第11話 早起きは何文か得になる、かもしれない
カーテン越しに降り注ぐ柔らかな日差し、大きく開けた窓から聞こえる小鳥の囀りとそっと髪を揺らす涼やかな風。
テーブルの上にあるのはホカホカのパンケーキと冷たいオレンジジュース。
ああ、なんていい朝なのかしら…!
「お嬢様、現実逃避はおやめください」
「……なんのことかしら?」
「今さら深窓の令嬢ごっこは恥ずかしいですよ」
「うぐぐ。ちょっとくらいいいじゃない!私だってそういうのに憧れるお年頃なの!」
「はいはい。さっさと食べて支度してください。王女殿下をお待たせするわけにはいかないでしょう」
「はいはーい」
「はいは一回!」
「はーい」
「伸ばさない!」
昨日はあれから城のメイドさんを見つけ、なんとか誤魔化して部屋まで送ってもらった。
それでやっと一息ついてふかふかのベッドで眠ったはいいのだが、朝早くから叩き起こされることとなったのだ。
あと少しで午前6時を迎えようというこんな早朝に、私はサラに急かされながら朝食を食べている。これにはもちろん理由がある。
それにしても王城のパンケーキ美味しい。5枚は余裕ね。
「なんで王女様がお茶会を朝の8時なんて時間からやろうとしてるの?そういうのってアフタヌーンとかブランチの時間にするものでしょ。それじゃお茶会じゃなくて朝食会じゃない…」
「お嬢様への嫌がらせのためだけに早起きしてお茶会の準備なんて、可愛らしいじゃないですか。」
「サラは直接見てないからそう言えるのよ。あれは可愛らしいなんてもんじゃない、般若よ般若!」
畑作天使であった私にとって早起きはそう難しいことでもないし、慣れてるから困りはしない。問題はそこではなくて、あの王女様がお友達を連れてくる、と早朝5時に届けられた招待状に書かれていたことだ。
「お城に来て次の日には仲間を引き連れて嫌がらせしようなんて、どんだけブラコンなのよ」
「さあ?それよりほら、早くお着替えをお願いします」
「むむむ…昨日持ってこられたドレスでいいのかしら?」
「あれはお茶会には派手すぎるかと」
「でもあれ以外は家から持ってきたドレスもどきのワンピースしかないわよ」
別にワンピースが嫌なわけじゃないの。ずっと気に入って着ていたからここまで持ってきたわけだし。村一番のデザイナーであるサリーお婆ちゃんが私のためだけに作ってくれたのよ。
でもあれを着て行けば笑われることが目に見えてる。向こうも私がドレスなんて持ってないことをわかってて、さらに準備をさせないように畳み掛けてきてるんでしょう。
それを知ってるのに、みすみす罠にハマりに行かなきゃいけないのが納得いかない。なんとか避けられないかしら。
広いクローゼットに吊るされた昨日のドレスと私物で一番上等なワンピースを見比べる。
ドレスは淡い黄緑色で、未成年の可憐さを演出するようにリボンやフリルでボリュームを出した、いかにも贅を凝らしましたって感じ。悪くはないけど、私にはちょっと子供っぽすぎる気がする。
それに反してワンピース、こちらは元は白だったのがくすみ始めたことで後から染め直した空色で、少し刺繍が入ってはいるけれど飾りもない膝下丈のシンプルなもの。ドレスと見比べると寂しいけど、たぶんシンプルイズベストってやつよ。
「お嬢様、早くしないとメイクや髪を結う時間がなくなりますよ?」
「わかってる!」
「今はそれしかないんですから、諦めてどちらか選んじゃってください。どうせまた呼ばれるんでしょうから、その時までに新しく仕立ててもらってそれでぎゃふんと言わせればいいじゃないですか」
「新しく仕立てるって、そんなお金ないわよ?」
「王妃教育の一環で夜会やお茶会に参加するんでしょう?それならきっと必要経費で落ちますよ」
「……なかなかあくどいわね」
「よく気がつく良い侍女でしょう?」
「そうね」
必要経費で落ちるにしても、それは後日の話。今日も諦めたくなんてない。今すぐ新しいドレスが仕立てられれば全部解決なのに。
……ん?新しい、ドレス?
目の前のドレスとワンピースを見比べる。
「ねえサラ!ちょっとお城のメイドさんに裁縫道具借りれるか聞いてきて。借りれなくても借りてきて!もちろん2人分ね」
「……また面倒なこと考えてますね?」
「だってやられっぱなしは嫌じゃない!今こそ、腰をぎっくりやったサリーお婆ちゃんの手伝いで体得した技を見せる時よ!」
「本気?」
「もちろんよ!」
「……はいはい、わかりましたお嬢様。行ってきますよ」
「はいは一回よ!」
「はーい」
ニヤリと笑ってメイド服を翻すサラは最高にカッコ良かったとだけ言っておこう。
あとは時間との勝負。あと1時間ちょっとでどこまで出来るか。
あのブラコン王女様の思う通りにはいかないってところ、見せてやるわ!