11話 【共鳴】 Ⅵ
視点:天霧夜
地点:人間界 天霧邸 ホール
「魔界侵攻部隊長さんがこんな所に何の用ですか? 色々と警備施設壊して貰いましたけど、しっかりと弁償してくれるんですよね?」
「ああ勿論だ。お前が変な事してなけりゃあしっかりと弁償してやるさ」
「それだけじゃないですよ。不法侵入、脅迫……」
「それも全部同じだ……もっとも、帯刀している時点でその可能性は低そうだが」
これはまずい。
俺がシャル……魔族とのコンタクトがある事をジルは勘付いている。
「ただでさえでかいこの家を捜索するのに邪魔されちゃ面倒だ。悪いがお前さんには眠っててもらうぜ」
「それは困ります。プライベートを覗かれるのは、好ましくないですからね!」
刹那、俺は刀に手を当てジルへと駆ける。
霊装神殿の時は刀が無くて戦えなかっただけだ。
刀さえあれば俺だって戦える。
──名刀【天之叢雲】
天霧に伝わる名刀で、その切れ味は剣型霊装に引けを取らない。
霊装の普及化で名刀の価値は鑑賞用に落ちてしまったが、【天之叢雲】は今尚、他の霊装に対抗できる稀有な刀だ。
その刀を腰に構え、一呼吸置いて突撃。
相手は歴戦の戦士。搦手を使った所で簡単にいなされてしまうだろうし、全力でぶつかった方がまだ勝機がある。
……その勝機はほぼ皆無と言っていいが。
「俺と相対して立っていられる奴はなかなかいないんだがな……その気迫、流石は天霧の長男だ。だが……」
そこで背中に手を伸ばし斧を掴むジル。
侵攻部隊長を相手に技の出し惜しみしている場合じゃない。……相手の一挙一動に集中!
俺の目が充血していくのが分かる。
──天霧流戦闘術【集眼】
人間は自ずと集中力を分散して生きている。
周囲の危険を感じ取り、即座に行動する為の生存本能だ。
【集眼】は生存本能──周囲への注意力、聴覚や味覚といった感覚を一時的に無くし、視覚から得られる情報処理能力を爆発的に強化する技だ。
集中力を五感の一つである視覚に集め、更に視界を狭める事で、視覚内での情報処理能力は通常時の十倍を超える。
無論、視覚外からの攻撃に全く対処出来なくなるという凄まじいデメリットはあるが、視界に捉えてさえいれば無類の強さを発揮できる。
集中力、視界をジルへの一点に絞り込む。
視線、構え、筋肉の動き、ジルを攻撃へと転じさせる要素を視覚内で全て計算し、ジルの攻撃を俺の未来と結合。
そこから予測されるジルの攻撃地点は──地面。
一点に集中力を集めたせいで時の流れを遅く錯覚している俺はその真意を深く探る。
地面を介して攻撃を行うとしたら地上にいるのは危険か……なら!
斧が地面に接触する直前、地面スレスレを跳躍。足と地面との間は10cmも無い。
視覚情報からの計算では、この方法が勢いを殺さず、かつ予期せぬ攻撃を避けられる確率が一番高い。
更にこの距離なら、鞘から抜いていなかった【天之叢雲】の抜刀タイミングとしても最適だ。
──だが
『読みは悪くねぇな』
そう、ジルの口は動いていた。
斧が地面に触れたその瞬間──何も起こらなかった。
何もない……ジルの狙いは何だ? 斧の叩きつけられた地面を確認する。
……何も起こらない、再び正面を向──
「な!?」
ジルが、いなくなっている。そこには彼の得物である斧が地面に刺さっているだけだ。
跳躍と抜刀の勢いを止めきれない俺は、地面に突き刺さった斧の柄を身体を捻って回避する。
霊装は絶対に壊れないという性質を持つ。
ここで柄に切りかかって【天之叢雲】の刃を傷付けるより回避した方が良い。
そう判断しての行動だったが、一連の行動全てがジルに読まれてる事を、背中に加えられた凄まじい衝撃で察した。
「いい気迫だったが……まだまだだな」
俺の意識はそこで途絶えた。
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視点変更:【雷】ジル・ブラッド
「……ヒヤヒヤさせてくれる、才能と努力はオルフィリア並だな」
天霧の長男が地面を見た瞬間、俺は斧の柄の先端を軸にして強引に空中へと躍り出た。
そのまま体勢が崩れた所へと落下。首の辺りを強引に殴りつけて気絶させた。
要は死角に移動して殴って気絶させた訳だ。
だが今の切り込み、あれはなかなか出来るもんじゃない。
ある程度空いていた距離を詰めると同時に意識……いや、多分視覚だけを強化したんだろう。目が一瞬で充血しやがったからな。
視覚を俺へと集中させて【雷斧アルゴノート】の攻撃地点やら攻撃方法を予想してやがった。
まあ天霧の長男がここまで予想していた……っつうのも俺の予想だ。
もしかしたら間違ってるかもしれん、ぶっちゃけ勘だしな。
だが戦場ではこの勘が意外と馬鹿にできないからなぁ……
俺の勝因は天霧の長男の戦闘経験が少なかった事だ。
たった一回の切り込みだが、俺から言わせてみれば大きく二つはミスがある。
まず第一に視線。
狙った対象から視線を外して良い訳がない。
歴戦の猛者が相手ならそんなスキを見逃すはずがない。
そして第二に思い切りの良さ。
……つっても、10歳にここまで求めるのは酷な話だがな。
駆け出しから切り込みまでの一連の流れに、まるで殺意を感じなかった。
どんな勝負だろうが、殺意を持った相手と相対するならば、それ相応の殺意が無いと気圧される。
その殺意が無いにしては天霧の長男はまるで気圧されて無かったが、それは持ち前の胆力が強靭なだけだ。
殺意を持った相手と相対した時はピリピリした空気が流れるもんだが……その特有の空気は感じなかった。
つっても、こんな事は実戦を重ねる毎に勝手に覚える事。ここまでの戦いができるのなら上出来だ。
だが……霊装を使わなかったのは何故だ?
俺は一時間前の報告で霊装神殿が魔族に襲撃されたという報告を受けている。
最奥に取り残された天霧の長男が魔族……シャル・アストリアを背中に抱えて出てきた事も。
事情があるにしろ、その場で霊装を作って、……それも強大な力を秘めた霊装を作らなければ、そんな状況を打開する事はできない筈だ。
俺が舐められてた可能性も無くはないが、それだと俺から逃げた時のあの切羽詰まった表情は説明できない。違和感が残る……が、今は置いておこう。
問題なのは──
「なんか事情のありそうな霊装、凄まじい戦闘の才能の持ち主、それが魔族の味方となりゃあ、尚の事ほっとく訳にはいかねぇよな」
俺が来たのはそれを確かめる一点だ。
「じゃ、探索再開しますかね」
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地点変更:人間界 天霧邸 とある一室
なんつー家だ、部屋多すぎるだろ。
ったく、一々各部屋に盗聴器を仕掛けるのも面倒くさいぜ。
「ん?」
布団だ。
だがその布団の横に白く大きな羽が落ちている。
鳥の……ではなさそうだ。
「これは……なんかあるかもしれねぇな」
さてと……一応全部の部屋に仕掛け終わったし帰りますかね。
因みに天霧夜を連れて行く気は無い。
今の所物的証拠も無いし、それに仕掛けた盗聴器が何かを拾うかもしれない。
俺はこのまま退散するとしよう。
「…………?」
何か視線を感じた気がしたが……気のせいか?
「……何もなさそうだな」
うし、このまま帰ろう。
今日は妻の三周忌。家に居たいからな。





