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廃校になった小学校の保健室には、絶世の美女と美少女が二人、骸骨模型と石像に俺と少女が居る。
……いや、ノートは不貞腐れたみたいに俺の手の中に居るんだが。ノートが不貞腐れる……。
頭を振って一旦置いておく。とりあえず今は少女が誰なのか、とかこの状況をどうにかしたいってところから始めなくては。
ずいぶん、遠くまで来たもんだ…俺は最近まで会社で毎日決まった時間に出勤して残業をこなし夜遅く帰る日々を続けていたというのに、退職してからの俺は怒涛の不思議体験に常識が薄れていくのを感じる。
親も亡くなり、友も無く、会社の同僚とも繋がりが少ない俺が、美女、美少女美少女、JKと知り合うなんぞ、会社から追い出された時には考えもしなかった。
二宮金次郎姿の石像や不気味に動く骨格模型と知り合うこともな! おまいら、どうやって動いてんのや?
ともかく、ドレス姿になった高校生と、二宮金次郎が入れてくれたお茶を飲みながら、骸骨が出してくれたお茶請けをポリポリして。
お互いに無言。
ちょっと離れた場所では、トラさんとリット、ジルのエルフコンビが言い合いを続けている。いや、キミらが来てくれたら意外に話が弾みそうなんだかね?
「えっと、わたしは江戸涼香って言います。柴川高校の三年生です。」
無言でお茶を啜ってると、意を決した様にJKが言った。柴川高校と言えば、ここから歩いて15から6分の所にある女子校ではないか。……いや、昨今の少子化で共学に変わったのだったか?
「……あーと、おれ…おじさんは南部吉影。近くに住む…就職していたんだが、最近辞めてね。今は求職中のおじさんだ。」
ニートとは違うのだよ、ニートとは。
一応、それだけはアピールしておく。いや、今さらなんのプライドだよ、とは思うけど。
「南部さんですか…それで、南部さんはこの状況に心当たりがあるんですね?」
冷静だなぁと思った俺はバカでした。
「なんかですね? 廃校になるって聞いたので最後の挨拶くらいしたいなって。そう思っただけなんですよ? わたしはただ、卒業した小学校をぐるって見て、小学校の頃を思い出したいだけだったんです。……それが歩いても歩いても校舎に着かなくて、それ以前に校門から森みたいに木が生い茂っていて、有り得ないですよね? 小学校ですよ? 小さな子が通うんです、そんな距離歩かせるわけ無いでしょう? なのになんか、校舎に着く感じしなかったんです。だから、怖くなって戻ろうとしたら、ナイフ片手に男の人が迫ってきたんですよ。もう、ね? 必死に逃げましたよ。必死に逃げて、森の中走って、気がついたら崖から落ちてました。崖ですよ、崖! 小学校の校門からの道に崖があったんですよ! 有り得なくないですか? 小学生が落ちたら誰が責任取るんです? わたし通っていたの6年前ですよ? なんで6年で森みたいに木が生えて必死に走っても出れなくなって、崖まであるんですか! 有り得ないでしょ! オマケに崖から落ちて痛みとかで朦朧としていた時に、足引っ張られて引き摺り回されるし、頭とかアチコチぶつけるし、なんか凄い衝撃が来て死ぬくらい痛かったんですから! で、南部さんはこんな事に心当たりが。あ、る、ん、で、す、ねっ!」
なんかちっとも冷静じゃなかった。どちらかと言えば理不尽な目にあって怒りのあまり平静に見えただけだったらしい。そして死ぬくらい痛かったじゃすまなくて、一度死んでいるんだ。
「制服だって、ビリビリに裂かれて穴だらけのだし、上下幾らするって思ってるんですか? まだ半年は着なきゃって裾上げしたばっかりなんですよ? お金無いのに、なんでわたしなんですか? お父さんもお母さんも亡くして、保険金は税金と葬式に消えて。親戚って人達が勝手に形見分けっていろんな物、盗んでいって。家も追い出されてアパートの家賃だって|バイトでやっと払っている《税金って…税金って!》のに、これ以上何を持っていこうってしてんですか! 弟だってバイトする為に好きな部活も辞めて、遊ぶ事だって出来ないくらいなのに……わたしからもう持っていかないで!」
無職のおじさんには、どうしようもないくらい重い話で酷い状態だった。
なんか、おじさんから見たら学生さんってだけで輝いて見えるのに、こんな闇を抱えた学生さんが居るのを知ると、何もしてやれない事が情けなくなってくる。
「ううむ、酷い話じゃな? 主殿、これはよく有る話かの?」
いつの間にか言い合いを止めてトラさんが話を聞いていた。見るとエルフコンビも黙って聞いて涙を流している。
「よく有る話……って思いたくはないなぁ。ただ、あり得る話ではあるかな。」
両親が亡くなる事は普通に起こり得るし、親戚が金の亡者になるのもあり得る。ソースは俺。俺の両親が亡くなった時にも、財産なんてない家なのに根こそぎ持っていかれたものだ。
おかげで俺には両親の形見が何も無い。そして俺が何も持っていない事を親戚連中は「親の形見も持たない親不幸者」って指差し貶した。
他人ってのは、それくらい勝手で無責任な集まりなんだ。
「けど、これからは此処に済むんだから大丈夫だね?」
「私たちと一緒、部屋は沢山ある。弟さんにも部屋一つ、住めば都。」
んん?
「うむ、主殿なら守ってくれようぞ。辛かったの? これからは妾たちが居るでの、心配はせず安らかに暮らす事じゃ。」
んんん?
「そんな。ろくでもない親戚たちなんて、わたしが投げ飛ばしてあげるわ。大丈夫よ、ご主人様を信じなさい。」
金ちゃんさんが言うと骸骨さんもカタカタと頷く…のだが、この子がここに住むって決めつけてないか?
俺は一言いわなくては、と口を開きかけ
「待ってください。わたし、帰る場所はありますから、帰らなきゃ。」
急に決まった事に驚いたのか、少女は慌てて立ち上がる。
「そうだぞ、弟さんも待っているだろう。変な事を言わないように。だが、江戸さん。何かあれば言ってくれ。おじさんも出来るだけ力になるからな。」
まあ、無職の俺に出来る事なんて……
「何を言って居るのだ主殿。そこな娘はこの土地から逃げれぬぞ。」
「そうだよ、私たちと一緒だもん。」
「領民の、一人。新たな人種の誕生、お祝い。」
領地の拡大、新たな人種の誕生。
それがノートの能力だった。おそらく、吸血鬼、エルフ、ドワーフ、ガーゴイル、スケルトン……それぞれも領地が拡大する度に産まれた“新たな人種”の筈。
あの時、ノートにはっきり書かれた「死亡」の文字とコンテニューが正しいのであれば、一度死んだ彼女を生き返らせる為に日本という国からやって来た彼女は、人外の領民に産まれ変わらせたのだ。
事態を覚り頭を抱えた俺に
「どういうことですか。まだなにかあるんですか。なにを隠してんですか!」
幽鬼の様にユラリと立ち上がり彼女は俺の胸ぐらを掴む。低いぶつ切りになる声、巫山戯んなっと轟く副声音。正直言って怖い。怖いが言わなければ余計に怖いのだ。
「落ち着いて聞いてくれ。江戸さん、あなたは死んだんだ。」




