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遥かな昔に卒業した、小学校が廃校になると聞き、会社を退職した俺が思い出に浸る為にやって来たのだが「DESUノート」と書かれた勘違いノートを見つけた事で不思議な体験をした俺。
あれば夢だったんだと逃げ帰った小学校に再び来てみると、記憶の小学校が森の中にある校舎に変貌を遂げていた。
耳をすませば、自動車の走行音が響く街中に有りながら、大人のおじさんである自分が10分以上歩いても校舎には辿り着けない、変な場所になっていたのだった……。
さて、と。
俺は現実逃避を止めることにした。いや、現実は無職の40代半ばのおじさんで、ブラック企業に勤めていた頃の貯金で暮らしているだけの引き籠もり何だから、現実逃避を始めたって言った方がいいのか…?
目の前には、パタパタと羽のようにページを動かして飛ぶ……飛んでないな、浮かぶ? ノート。開かれたページには、ツインテールの金髪少女がメイド服着て『おかえりなさいませ、ご主人さま』と左手で俺を指差し、右手で自分を指した笑顔の絵が描かれている。
ムカつくのは、えらく上手く描かれているから不快には感じられない辺りか。いや、ドヤ顔しているのは普通にムカつくか。
空飛ぶノートの横には、夏が近い暑い日々にも関わらず黒いゴシックロリータのドレスを来た女性が微笑んでいる。口端から見える鋭い牙の様な歯が、とある伝説の存在を想起させ……る割には暑い日差しにも苦しむ素振りは見せていない。
すでに30度近いにも関わらず汗も流さず平然としているのは、やはり「人」ではないせいなのか。
少し離れた所で
「あーあ、泣かしちゃった!」
と元気に叫んだのは金髪を流した白磁の肌を持つ少女。
「女を泣かすご主人様は悪い男。」
静かに、だが心を抉る銀髪の長い髪を纏めている黒檀の肌の少女は、チラリと俺を見て……いや、ジトッと重い目で俺を見ている。
二人の少女も、想像が正しければ俺の数倍、もしかすると十数倍の年齢になる筈なのだ……長い耳をピンッと伸ばしているのだから、あの特徴的な姿だしな、たぶん。
走って行った小太りの背の低い少女…? 女性……はよく判らない。よく判らないのだが、背が低くてちょっと小太りで酒好き、と聞くと何となくイメージ出来るのが不思議ではある。
パタパタするノートが言うには、怒っても泣いても、上質な酒を贈れば笑って赦すそうだ。逆に言えば早急に酒を贈らないと絶対赦す事がない訳だが。
今、俺は小学校の保健室へ向かって森の中を歩いている。小学校に通っていた頃は校門から一分も歩けば辿り着く程度の距離が、大人の俺が歩いても、更に歩いていも校舎や昇降口に着かないのは何故だろう。
『ダンジョンは成長するのぢゃ』
中華服を着た少女がふんぞり返って弟子に教えるみたいな絵を見せつけ、次にヤレヤレと両肩を竦めたイケメン少女が
『何回目かな? これ言うの。』
と煽るようにしている姿を描き写すノート。
や、俺はもう大人ですから? いちいち反応しませんけどね?
保健室に向かっているのは、俺の他に「犠牲者」が居て、保健室に連れて行かれたからだ。その「犠牲者」は、俺と同じく廃校になった小学校の卒業生らしく、俺と同じく敷地に入り、俺と同じく理不尽な目に遭わされた「被害者」で、俺とは違い牙の有る女性と金銀の髪の少女達のケンカに巻き込まれて、ボロボロの姿にさせられた。
幸い生きていたのだが着ている制服から高校生だと思う彼女は、下着が丸見えになるまで裂かれ穴だらけの制服を哀しげに見ていたのだった。
まあ、気の毒としか言いようがない。
傷だらけの彼女を心配した二宮金次郎姿のゴーレム…がヒョイと姫様だっこで走り去ったのを追いかけているのだが、まだ着かないのは何故なんだろう。もう、体感20分以上歩いているのだが。
校舎の姿は、木々の間からチラリチラリと見えているのだから方向は間違えて無いはずなのに、何処ともなく水音がするこの道は果てが見えない。
『どこ行こうってしてるの?』
ずいぶん経ってから、ノートが不思議そうに首を傾げるメイド少女の絵に吹き出しを付けて訊いてきた。……ノートが、訊いてきた……ノートは問いかける物だったろうか。
「あー。……はぁ。……さっきの女の子が連れて行かれた場所へ向かってるんだよ。」
俺みたいな、おじさんには物理法則を超えた現象てのは、なかなか受け止めにくい。ましてや、人を煽るのが大好きであろうノートが、ワザワザ訊いてきたのだ、何か有ると思ってしまうのは当たり前じゃないか。
『ここ、エルフの魔法“メイズウッズ”がかかってるから着かないよ?』
魔法使いらしき、とんがり帽子に黒いローブ。大きなメガネをした少女が「あっれれぇ? おっかしいぞぉ?」といった顔をして吹き出しで答える。
妙にムカつく絵だった。
そして運動をしていない中年男の俺は、荒くなった息をしながら、ギチギチと首を回し二人のエルフを見る。
「……運動不足のご主人様の運動に付き合うなんてメイドの鏡なの。」
「適度な運動は、健康の秘訣、ベルトも切れなくて済む。」
二人はお互いを見合った後、互いに違う方向を見ながら棒読みで独りごちていた。
いや、騙されるか。
「つまり、エルフの魔法ってのは。」
思ったより低い声がでたのは、自分でも驚きだ。
「目的地に着かない様にする魔法なんだな?」
あー、とか、えー、とか言い出したエルフ二人が答えるより
『つまり、も何も。帰ろうとすれば一分もかからず外に出れるよ?』
えへぇーっ。とノートに描かれた魔法使いが吹き出しで答える。それも、今さら気付いたのって言わんばかりの煽り顔、である。
「あ……す、すまんかった。わしも久しぶりの事じゃから、言うのをすっかり忘れておった。」
ドレス姿の女性がポリポリ頬を描いて謝るのだが、小声で
「いや、なんで歩いているのか疑問じゃったんじゃ。」
と、呟いていたのは聞こえてしまった。
疑問じゃったんじゃ、じゃねぇよ! 歩いちまったじゃねぇかよ、30分もよお?
『森の中から出たいならリットちゃんかジルちゃんにお願いすればいいよ? 学校着いたら直ぐだしね』
相変わらず偉そうな魔法使いが「フフン」って顔で煽ってくる。いやいや、俺は大人、大人。この程度で怒ってちゃいかんだろ、うん。
ググッと我慢だ。
チラリとエルフ二人を見ると油汗を流して凄い勢いで頷いてくれた。
で。
目の前には小学校の校舎が現れる。
……。
エルフ二人が頷いた次の瞬間には小学校に辿り着いたのだよ。
この校舎に来る為に散々歩き。煽られ。挙げ句、頷き一つで辿り着きました。
クックックック、と低く笑い声が俺の口から出るのが止められない。
「よし、ここまで来たら保健室はすぐそこだな! 俺の記憶と変わってなきゃだけどな! アッハッハ。」
俺の声に、エルフ二人が身体を震わせる。
吸血鬼はコホン、と一つ咳をするとススッと身体を近づけ
「主よ。確かにあの者らの失態じゃ。しかしの、先ほども言うたが、主を得るのも久しぶり過ぎて気が付かなかったんじゃ。」
ムニッ。
豊満な姿の女性が腕を挟んで耳元で囁く。
「どうか、心広く持って赦してたもう?」
おじさんはねぇ、絶世の美人に優しくされると弱いのよ。




