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36.罪と罰

髪の色も肌の色も服装も体格も違う人たちが、同じ空間でごちゃまぜになりながら、それぞれの方向へと流れていく様を、真下広夢は険しい目で見つめていた。


どんなに大勢の人の中でも、広夢には遥を見つけられる自信があった。

でも、自分が見つけない限り、遥が自分を見つけてくれることは絶対にないこともわかっていた。


親友の双子の弟。

でも、真相はその逆で、遥の双子の姉だからという理由だけで、広夢は真琴に近づいた。

今では大切な親友だけど、誰からも愛される真琴のことを、ねたましいと思う気持ちだけはどうすることもできない。


遥の気を引きたくて、広夢は確かに嘘をついた。

だが、遥に告げたことは、全てが嘘というわけではなかった。


外資企業のエグゼクティブとして世界中を飛び回っている父なら、ニューヨーク市警にも何らかのコネクションがあるに違いない。

ただ、多忙を極めている彼が、いくら娘の頼みとは言え、遥のために動いてくれるはずもない。


学校をさぼって、学校理事長である祖父にも内緒で、こんなところまで来てしまった。

何度か連絡を入れたけど、厳格な祖父はかんかんで、今では電話にも出てこない。

ダイナースの家族カードが使えるのがせめてもの救いだけど、戻ったらしばらくは監視付きの生活だろう。


広夢の高校生活は遥を中心に回っている。

遥が載っているファッション雑誌と、苦労して手に入れた隠し撮りの写真は宝物だ。

生身の遥は、二次元の遥とは全くの別物だったけど、知れば知るほど、麻薬のようにはまっていく。

美しい容姿、時折見せる気まぐれな優しさ、天使のような微笑、双子の姉に対する異常なほどの執着。

淫らで退廃的なものと、ストイックで清らかなものを同居させながら、圧倒的な才能と華やかなオーラを周囲に撒き散らす少年から、片時も目が話せない。


まともに相手にされないことは、わかっていた。

でも、双子の姉に対する執着の、何分の一かでも、自分に向けさせることはできないだろうか。


思いつめた少女の瞳に、少年の姿が映ったのは、午前十時を少し回った頃だった。

ジーンズにTシャツ。その上に薄手のカットソーを重ね着して、首元にシンプルなチョーカーを飾っただけなのに、どうしてあんなに目を引くのだろう。


「ハル君」

荷物を預け終えた少年がこちらを振り返る。

その何気ない仕草までもが鮮烈で美しい。


日本人離れした明るい色の瞳と目が合った時、少女は昨日のことも忘れて駆け出していた。

冷たくあしらわれるかと思ったが、話があると告げると、遥はあっさりとついてきた。


「私、初めてだったの」


人影のない場所に男の子をつれこんで、こんなことを言うなんて、どうかしている。

でも、言葉は止まらない。


「私、ハル君が好きなの! ハル君に冷たくされたら、もう生きていけない!」


鼻がつんとして、目の奥がじんわりと熱くなった。

こんな風に誰かを好きになったのは、初めてなのだ。


正直な気持ちをぶつけたのに、少年はきょとんとした面持ちで首を傾げた。

「で、僕にどうしろと?」


困ったような苦笑とともに訊ねられ、広夢の目がみるみる潤みだす。


「どうして笑うの!?」


「ごめん、だってさ、初めてだったのは知ってるよ。でも、誘ったのも、途中でやめるなって言ったのも、君の方だ。冷たくされたらって、どういうこと? 昨日の言葉を真に受けているのかも知れないけど……」


広夢は唇をかみ締めた。

少年の言うとおりだった。

興味のない相手に、わざわざ冷たくする理由がどこにある?


広夢の沈黙をどう受け取ったのか、遥は殊勝な顔をして目を伏せた。


「でも、悪かったと思ってる。マコの友達だなんて知らなかったんだ。本当だよ。どうしてずっと黙っていたの?」

そんな言葉を聞きたいわけじゃない。


「奪っちゃったものは、もう返せないけど……」

ごめんねという声音の優しさに、広夢は容赦なく打ちのめされた。

この優しさは、自分ではなく、双子の姉に向けられたものに他ならない。


ポケットに手を入れて、固い感触を握りこんだ。

広夢は上着のポケットに、切り札をしのばせていた。


ホテルから持ってきた果物ナイフには、意外にも鋭利な刃がついていた。

それを自分に向けた途端、遥が目を見開いた。

瞳に喜色の色が浮かべた少女は、ナイフを奪い取ろうとする少年に全身で抵抗しながら、思い切り腕を振り上げた。


本気で自分を傷つけるつもりはなかったが、求めるものを手に入れることができるなら、一筋の傷をつけることに躊躇はなかった。


力を加減する器用さを、少女は持ち合わせていなかった。


振り下ろした切っ先が何かに沈み込む不気味な感触。

驚いて手を離した少女が、閉じていた目を再び開けた時、眼前には表情をなくした遥が立っていた。


わき腹には、さっきまで自分の手の中にあった、果物ナイフが刺さっていた。

傷を庇うように前傾姿勢になった少年の指先が、さまようようにナイフに触れた。


音のない世界で、スローモーションの映像を見ているようだ。

白っぽいカットソーに広がっていく、赤い花のようなシミだけが鮮やかだった。


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