表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/44

30.天辺2

背後から絡み付いてきた細い腕。

少年は無造作にその腕を払いのけ、未練がましくケータイの画面を覗き込んだ。


「電話でしゃべってて聞こえなかったんだけど、今、何かいった?」

「ううん別に、ハル君って、呼んだだけ」


邪気のない言葉を返されて、遥はがくりと脱力した。

こちらからかけなおすことは簡単なことだったし、すぐにでも真琴の声を聞きたかった。

全てを話せば真琴は理解してくれるだろう。


でも……。

遥はいらいらと髪をかきあげた。

言えないことが多すぎる。


「どうしたの?」

砂糖菓子のような声。

フードから覗くカールした髪。

真下広夢は、遥の前に回り込み、少年の顔を覗き込んだ。


案の定、少年はこの上なく不機嫌で、少女の顔を見ようとはしなかった。

こっちへ来てから、いや、ニューヨーク市警にコネがあるという嘘がばれてから、少年の笑顔を見たことがない。


でも、そんなことはどうでもいい。

機嫌が良くても悪くても、一条遥が美しいことに変わりはないのだから。


リンカーンセンターの広場で噴水を見つめる少年の横顔を、いくつもの目が見つめている。

黒いパンツにブルーグレーのタートルネックのセーター。

その上から薄手の黒いコートをひっかけただけのシンプルな組み合わせが、着飾った誰よりもおしゃれに見える。


若い女、若くない女、ゲイ、そして、何かのスカウトと思しき連中が、次々と遥に声をかけてくる。

玉石混交の申出を全て断って、遥は動じることがない。


「マコの声が怒ってた。僕が外国で遊びほうけていると思っているんだ」

この世の終わりのような落ち込んだ口調に、広夢の眉が持ち上がる。

容姿にも才能にも恵まれた遥には、怖いものなどないように見えるのに、双子の姉だけは別格のようだ。


「そろそろお姉さん離れした方がいいんじゃない?」

何気なく告げた一言に、遥は傷ついた顔をした。


「君はどうして僕の行くところについてくるの?」

不快そうに告げられて、広夢は視線を泳がせた。


「だって、ハル君、外国は初めてだって……」

「初めてだけど?」

「だったら、色々、困るでしょう? その、私、こっちに土地勘があるし……」


言ってから、いたたまれない思いで俯いた。

遥は土地勘のあるガイドなんか必要としていない。


最初はアイドルを追いかけるファンのような気持ちだった。

知人を見送りにいった空港で、一条遥の姿を見つけた時、身体が勝手に動いていた。

真琴の姿が遥の周囲にないという状況も、広夢の背中を押していた。

ニューヨークへ行くと聞かされて、その場でチケットを買ってしまったが、嘘をついたのは失敗だった。


遥は何かを調べているようだった。

ニューヨーク市警、ジュリアード音楽院、地元のマスコミ、病院など、電話をかけたり、メールを送ったりしながら、次々とアポを取り付けては、地図を片手に出かけて行く。

はたで見る限りでは、言葉に不自由しているようには見えない。


「何を調べてるの?」

予想したとおり、答えは返ってこなかった。


吹く風の冷たさに広夢が思わず身をすくめた時、エヴリフィッシャー・ホール、メトロポリタン・オペラ、ニューヨーク・シティー・オペラと、コの字型に並んだ壮麗な建築群に一斉に明かりが灯り始めた。


建物群には目もくれず、遥はすっくと立ち上がり、日本に帰ると言い出した。


「か、帰るって、いつ?」

「明日」

「じゃ、じゃあ、今夜は私が泊まっている部屋に……」

「君の部屋?」


真顔で聞き返されて、頬に血がのぼっていく。

ニューヨークについたその日、半ば強引に遥を自分の部屋に招きいれた。

遥に抱かれ、彼女にしてもらった気になっていた。


「そんな気分じゃないよ」

そっけなく告げられて泣きそうになった。


「真琴に言うから!」

「何を?」

「遥君に捨てられたって、真琴に言うから!」


遥の腕が伸びてきた。

「いいよ、言えば?」

天使のような微笑を浮かべている。

抱き寄せられて夢心地になった時、頭上から優しい声が降ってきた。


「でも、気をつけてね。僕はマコ以外の人間には、いくらでも冷たくなれるから」

あんまり優しい声だったから、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。

夢から覚め、愕然と目を見張った広夢の頬に、キスが一つ落ちてきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ