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28.死神4

「今からでも、美山さんのお宅へ行っていただくわけにはいきませんか?」

「この人は誰?」

「もともとは大物代議士の息子だそうですが、今は裏社会の人間で……。いや、そんなことより……」

「直己さんも裏社会の人間なの?」


まっすぐな目を向けられて、直己は視線を泳がせた。


「今さら否定はできませんね。私はもともとこの男たちの一味です。何食わぬ顔で一条家に入り込み、麗華さん、つまりは、あなた方のお母様を監視していました」

「何のために?」

「真琴さん、お願いですから」

「何のために?」

「…………」


聞こえないふりをしても無駄だった。

真剣な表情で詰め寄られたのでは、降参する他はない。


「麗華さんは弱みを握られていたのですよ。稼ぎのほとんどをヤクザに吸い取られて……」

淡々と語りながらも、家事をこなすのと同じ手際の良さで、直己は男を縛り上げ、ポケットから携帯電話を取り出した。


「どこに、かけるの?」

青年は床で気絶している男をちらりと見て、再び少女に視線を移した。


「警察です」

「捕まるわ」

「この男が捕まると、まずいことでも?」

「何、のんきなことを言ってるの? 捕まるとまずいのは直己さんでしょ!」


少女の指がすばやく動いて、青年の携帯電話を奪い取った。

きょとんとしたまま、少女を見つめていた青年は、呆れたように吐息をついた。


「今までの話、全然聞いていなかったんですか? いいですか? 私は裏社会の人間で……」

「聞いていたわ! 聞いていたけど!」


少女の切れ長の目が怒っている。

怒りながら泣きそうになっている。


「とにかく、ケータイを返してください」

開いての瞳から涙がこぼれる寸前で、直己はあわてて顔を逸らした。

あさっての方を向きながら、ためらいがちに伸ばした手を、いきなりつかまれ引っ張られた。


「逃げましょう!」

「え?」

「早く!」

「ど、どうして真琴さんが逃げるんです!」


引っ張られた手を、無理やり引っ張り戻したが、少女は逃げるの一点張りだ。


「まさかとは思いますが、私を誰かと同一視しているのでは?」

「誰かって誰?」

「その……ピアノの上の……」


指差された写真たての中でタキシード姿の青年が笑っている。

直己はそれをチラリと見ただけで、すぐに直己に向き直った。


「直己さんがお父様と似ていることには気づいていたわ。でも、他人の空似でしょ?」

「そうです。他人の空似です。だから一緒に逃げる理由もない。私のことは忘れてください。あなたにはステキなナイトが二人もいるのですから、二人のどちらかを選べばいい」


「ハルは弟で……」

「それでも私よりは何倍もましだ。いいですか? あなたは品行方正な優等生なんですよ? 危険なことに首をつっこんではいけません。それとも、私を愛しているとでも?」


こんなことを言うつもりはなかったのに。

直己は恥じ入るように目を伏せた。

即座に否定すると思ったのに、少女はそれをしなかった。


「私、直己さんを愛しているのかしら?」

「いや、違う。そうじゃない。そんなことは絶対に……」

「ね、もう一回だけ、試してみてもいい?」


開いての返事を待たずに、目の前のシャツの胸倉をつかんで引っ張った。

青年の上半身が傾いで、互いの唇がかすかに触れた。


その刹那、急に視界が暗くなり、暖かい体温に包まれた。

押し付けられた唇の感触に鼓動が早くなる。

重なったままの唇が軽く押し開けられ、細く開いた間から、やわらかく湿ったものが入り込んできた。


身体がしびれて、胸がどきどきして、頭がくらくらして、息ができない。

ようやく離れた唇が、今度は真琴の耳元に移動した。


「さようなら」


そっと耳たぶを甘噛みして、吐息とともに吹き込まれた言葉に、真琴はぱちりと目を開いた。

言葉を発する暇もなく、鳩尾に強い衝撃が落ちてきて、あの男と同じことをされたのだと、気づいた時は手遅れだった。


「もう会うことはありませんが、あなたの幸せを祈っています」


紗がかかったように掠れていく意識の中、直己の声が耳朶を打つ。

言葉の意味をたぐりよせることができぬまま、真琴は意識を手放してしまった。

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