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12.星々の思い3

甘い香りに目をやると、生垣を飾る梔子が、純白の花弁を広げていた。

毎日通っている道なのに、今さらのようにその存在に目を奪われた。


「ヒー君……ごめんね」

真琴は小さく呟いて、聖の制服の袖を軽く指先で引っ張った。


どこか子供っぽいそのしぐさが、無意識の媚態と映るのは、甘くただよう花の香りのせいなのか。

相手の歩調に合わせてゆっくり歩きながら、聖は白い花から目を逸らした。


「謝るようなことじゃないだろ? 真琴を起こさなかったのは僕の勝手だし、それに、本当に欲しいのは、謝罪の言葉なんかじゃないんだけど?」


欲しい言葉をもらえないことはわかっている。

それでも聖は、少し緊張した面持ちで、目の前の少女をじっと見つめた。

案の定、真剣な表情でしばし考え込んだ幼馴染が、はたと思いついたように口にしたのは、「ありがとう」の一言だった。


こんなやりとりを、いつまで続ければ良いのだろう?

二人分のカバンを小脇に抱えた少年は、瞳に浮かんだ落胆を隠すため、眼鏡のブリッジを押し上げた。


いつもなら、すぐに気持ちを切り替えられるのに、今日に限ってそれができないのは、真琴が倒れた時の状況を、二人の少女から聞かされたからに違いない。


倒れた原因は、極度の睡眠不足からくる疲労。

でも本当は、そんなことじゃない。


「いつも言っているけど、深夜勉強はほどほどに。真琴が倒れたって聞かされて、こっちは心臓が止まりそうだったんだから」

ごめんねと、また謝りそうになって、真琴は言葉を飲み込んだ。


顔にも態度にも決して出さないが、聖はいつも忙しい。

週の半分は予備校で、残りの半分は部活と生徒会。

それなのに今日は部活を休んだ上、真琴が目を覚ますまで、ずっとそばにいてくれた。


「ヒー君には迷惑かけてばかりだね。これからは、ヒー君に連絡しないよう、雅美にも、ちゃんと言っておくから」

「いいんだ」

「え?」

「真琴に何かあったら、誰よりも先に連絡して欲しいって、僕が木下に頼んだんだから」


きょとんとした顔を向けられて、聖は思わず苦笑した。

もしもこれがわざとなら、失恋はもはや決定的だ。


(真下のラブレターを、ハルに渡すのが、そんなにいやだった?)


真顔で問えば、真琴は何と答えるだろう。

危うい均衡を崩すのは簡単だ。

はっきりと言葉にすればいい。


聖が足を止めると、真琴も足をとめ、気遣わしげな瞳を向けてきた。

夜風が運んでくる甘い香り。

これは花の香りなのか、それとも少女の香りなのか。


(もう限界だ)


衝動に突き動かされるまま、聖は真琴を抱きしめた。

滑り落ちたカバンが、二つとも地面に転がった。


「ヒー君、どうしたの?」


どうしてわからないのだろう?

聖は唇をかみしめた。


「ひょっとして、ヒー君も気分が悪くなった? 家まで歩けそう?」


「違うんだ、真琴、俺は……」


「真琴さん」


聖の声にもう一つの声が重なった。

ぎくりとして振り返った聖の目に映ったのは、長身痩躯のシルエット。

立ち上がった影法師のようにも見えるそれは、一条家に雇われている住み込みの青年だった。

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