そして幼年期は終わる
ティルスクエルが言う。
「ずばり、今後練魔術を一切兵器開発に使わないで欲しいのじゃ。それさえ守ってくれればわらわも攻撃しないと約束しよう」
シルイトは、面倒なことになったな、と思った。
大体、どこからどこまでが兵器なのかと言う定義が曖昧だ。ティルスクエルのことだから、これは兵器じゃないと言えば通りそうな気もするが、面倒くさい。
それだけならまだしも、兵器じゃないものとして開発したものでも、兵器だといちゃもんをつけられる可能性もある。
ティルスクエルがそこまで考えて発言をしているのかは分からないが、シルイトは、自分がこの発言に同意して兵器開発をしないと確約してしまうと、ティルスクエルは自分にとって不利な研究を全て兵器開発だと言って制限することが出来てしまうと考えた。
ティルスクエルをここで殺すほどでは無いが、かといってティルスクエルの要求をのむ必要も無い、とシルイトは考えた。
「あ~、とりあえず帰るわ。んじゃ」
そう言って、手を振りながら魔術陣の光に包まれるシルイト。
「待つのじゃ!まだ答えを聞いてないぞ!?」
「・・・」
黙秘するシルイト。
そうしている間にも、シルイトの体はかき消えていく。
「このままじゃと、わらわはこれからも銀ローブを攻撃しないといけないんじゃぞ!」
「ルストを最終的に殺したのはティルスクエルだけど、体を穴だらけにしたのは俺だから、恨みを込めて攻撃してくれて良いよ」
「なっ!?」
今日、本気であろうティルスクエルと戦ってシルイトが分かったことがいくつかあるが、その一つはティルスクエルは召喚する兵器も含めてそんなに強くないと言うことだ。
この程度の強さであれば、攻撃を受けても撃退できるだろうと考えたのである。
結局、ティルスクエルの反応を見ることなく地上へと戻ってきてしまった。
転移先はコンフィアンザの隣だ。
急いで転移したため、地上の様子を探ってから場所を選ぶという工程が踏めず、コンフィアンザの近くが一番安全だと思って転移先に選んだのである。
コンフィアンザの隣、ウィスターム邸から少し離れた森の地面に転移時の魔術陣がきらめく。
「ますた!?」
その光に気付いたコンフィアンザが、歓喜の声を上げた。
直後、シルイトの体が魔術陣から現れた。
その姿を見て、コンフィアンザは顔を青くした。
「ますた、ご無事ですか!?」
今のシルイトの体は全身ボロボロと言った状態だ。
かろうじて原形は保っているものの、イシルディン製の銀ローブは所々がほつれて激戦の様子がうかがえる。
両腕の袖口から覗く銀白色の手は、すでに本来の手が失われたことを表していた。
しかし、質問の雨を降らそうとしていたコンフィアンザをシルイトは遮る。
「それよりも、今の状況を教えてくれ」
コンフィアンザは四方をオートマタに囲まれた状況で一人で戦っていた。というより、今も戦いながら会話をしている。
彼女のローブも所々が破け、激戦の様子がうかがえたのである。
「こちらは問題ないです。弱くはありませんが、所詮は数で群れているだけの雑魚ですから」
コンフィアンザの言うことは本当のようだ。実際、近くには大量のオートマタの残骸が転がっている。
今周りを取り囲んでいるオートマタもすぐに全員鎮圧できるのだろう。
「ゴールディアンとブラッキーにはウィスターム邸の前で警備にあたらせています。回り込まれて攻撃されてはいけないので」
「なるほど」
「あ、ますた!」
突然、コンフィアンザが叫んだかと思うと、シルイトの前に飛び出すようにして出てきた。
どうやら一体のオートマタがシルイトに向けて銃を発砲したらしい。
だが、シルイトは今もユグドラシルの恩恵を受けている。万が一、当たりそうになったとしても自動的に発動して守られるはずだ。
そもそも、危険だと思ったのなら、そのオートマタを先に排除すれば良いだけの話。コンフィアンザの身体的スペックを考えれば、攻撃される前に攻撃をするくらいのことはできるはずだった。
そもそも、コンフィアンザの得意芸は銃弾同士をぶつけさせることで銃による攻撃を無効化する技術。それを今使わない理由が分からない。
などといった疑問が頭をよぎったが、何か事情があるのだろうと考えてシルイトは後で聞くことにした。
【拠点防衛錬金魔術、ユグドラシルを緊急展開します】
コンフィアンザの脳内で流れるナレーション。
同時にシルイトの集合球体からイシルディンが供給されて壁を形成した。
ユグドラシルは、付近のものを自動的に使う練魔術なので、保護する対象が持っていないものでも近くにあれば活用することが出来る。
そうして、コンフィアンザの体はユグドラシルによって完全に守られた。
だが、間髪入れずにもう一つの銃声音が鳴り響く。
「ますた!?」
「ぐっ!」
シルイトが振り向くと、そこにはシルイトに向けて銃を構えているもう一人のオートマタの姿。
ユグドラシルはコンフィアンザを守るために起動中だったため、一度に複数の対象を守ることが出来ないという性質から、シルイトの防御が出来なかったのだろう。
シルイトを攻撃したオートマタは、即座にコンフィアンザに反撃されてただの鉄くずとなった。
残るオートマタも一分も経たずに排除され、排除を完了したコンフィアンザがシルイトの所へと戻ってくる。
「ますた、大丈夫ですか!?」
「いや、今度ばかりは駄目かもしれない」
シルイトの腹部には大きな穴があいており、今も血がドクドクと流れている。
通常の状態であれば、何らかの措置を施せば一命を取り留めるかもしれないものの、激戦の後で消耗しきっている状態ではそう長くは持ちそうもなかった。
段々とシルイトの視界が薄れ、暗くなっていく。
「・・・まさ、か・・こ、んな・形で・・・死ぬとは、な・・・」
コンフィアンザの目から涙が流れる。
シルイトの目からゆっくりと光が失われていく。
コンフィアンザは手でシルイトのまぶたを閉じた。
そっとシルイトのまぶたに手をやるその表情は、最初こそ悲しげに揺れていたが、段々と口元が緩んでいく。
「ふふ・・」
ーー
ウィスターム邸、コンフィアンザの部屋。
オートマタとの戦闘も終わり、ゴールディアンとブラッキーも浮島へと返した後、コンフィアンザは一人でこの部屋にたたずんでいた。
窓には分厚いカーテンが掛けられ、外からは中の様子をうかがうことは出来ないようになっている。
そして、コンフィアンザは今、一つの培養カプセルの前で中を覗いていた。
カプセルの中は培養液で満たされており、何かが浮かんでいる。
「もう少しです、ますた」
~最終章へ続く
やっとエピローグ章に持って行くことができます。
あと十話もない予定なので、年内の完結は達成できるかもしれないです。
ここで一つ報告があります・・学園編の閑話、書きません!
申し訳ない!やる気が出たら書きますが、恐らく出ないと思います。
まあ、本編とは関係ないお話ですし。
続編に第二章の途中まで書き上がっているものがあります。投稿のタイミングはまだ決めていませんが書くとしたらそちらの続きを書くことになると思うので、こちらは完結後は誤字の訂正や矛盾点の修正にとどめる予定です。
次回も来週の土曜日、零時に投稿します。




