目覚め
「彼」が目を覚ました。
「あ、おはようございます。ますた」
「彼」が声が聞こえてきた方に顔を向けると、視界にコンフィアンザの姿が映る。
今の「彼」はベッドに横になっており、その傍らに置かれた椅子にコンフィアンザが座っているという状態だった。
「彼」は長いまつげが生えたまぶたを動かし、ぱちくりと瞬きした。
「まだ頭が完全に起動していないようですね。もう少しゆっくりとしていていいですよ」
コンフィアンザは、人間味のあふれる穏やかな表情で「彼」に声をかけた。
「彼」は、今度はコンフィアンザと逆の方向へ首を動かした。天井や壁は質素な感じで、「彼」自身の家ではないことがわかる。
「ここはウィスターム邸ではありません。あそこは研究資料を回収した後ルーナウェポンで消滅させて、今は浮島の家に移っています」
「どうして・・あれ?」
「彼」は自分の声に驚いた。今までより声のトーンが高く、子供の声のようだ。
首を傾げる「彼」に、わかっていると言わんばかりに大きく頷くコンフィアンザ。
「ご自身でご覧になった方が早いと思います。鏡をご用意しますね」
その言葉とともに、「彼」の視界に鏡とともに自分の体が映り、「彼」の瞳が驚きから大きく見開かれる。
彼の髪色はコンフィアンザと同じ銀白色へと変わり、布団の膨らみからかなり体が縮んでいることが分かる。そして何より顔も全く違い、コンフィアンザの弟と言っても通じるような美少年へと変化していたのだ。
顔年齢的には十歳くらいだろうか。
「ますたの体は大きく変えさせていただきました」
「やっぱり重傷だったのか?というか、そもそもどうやってやったんだ」
「彼」、もといシルイトは自分が普通に目を覚ましたことと、五体の感覚があること、そして目を覚ましてから痛みを感じなかったことから、失血したことによるショックや疲労によって気絶しただけだったと考えていた。
だが、倒れたときは確かに死んだと感じており、その傷は小さく無かっただろう。代わりの体を使わなくてはいけない程と言われても納得は出来る。
それよりも問題なのは、体をほぼ全て入れ替えているにもかかわらず、何の違和感もなく会話が成立し、五感がしっかり働くのはなぜかというものだ。
シルイト自身、人の体を取り替える施術などしたこともなく、シルイトの研究成果をコンフィアンザが使ったということは考えにくい。しかし、いくらコンフィアンザが有能だとしてもシルイトが死にかけていて一刻の猶予もないと言う状況下で考えつくような簡単なものでもないのだ。
「実は、前々からますたの体を別のものに入れ替える研究をしていたんです」
「もしかして、今までずっと自室にこもってやっていたことってそれか」
シルイトの頭の中でコンフィアンザの今までの行動と現在の状況が結びついた。
「はい。新しい体は頭の回転も速くなっているはずですよ」
確かに、とシルイトは思った。
普通の人間であれば、自分の体が全く違うものに置き換わっていればパニックを起こしても仕方が無い。
それでも今は冷静に分析し、コンフィアンザの言葉に嘘がないか考えることも出来ている。
「まずは上体を起こしてみましょう」
シルイトは言われたとおり上体を起こしながらコンフィアンザに質問した。
「ウィスターム邸を消滅させたって聞いたんだが」
「はい」
「何故だ」
当然の質問である。
資料が回収されていれば良いとはいえ、あそこはシルイトにとっての思い出の場所。もうないものはどうしようもないが、少なくとも消滅するときに自分がいれば体を張ってでも止めようとしただろうとシルイトは思った。
「実はティルスクエルと交渉しまして」
不穏な言葉にシルイトの綺麗な眉がひそめられる。
今のティルスクエルは恐らく無害だが、コンフィアンザが交渉していた方が無害である補償はない。
「以前、ティルスクエルが私に好きなものをくれるという話になったことを覚えていませんか」
「ああ、そんなことがあったな。あのときに話し合っていたやつか」
「はい。そのときに錬金魔術を地上にとどめておくといつまでも狙われることになると言われまして」
「それを信じたのか」
コンフィアンザにしては不用心だ。ましてや自分の家をまるごと潰すような選択をそう簡単にしていいはずがない。
「彼女が嘘をついているようには見えませんでしたので。そして、そのときにますたの新しい体を作る機材を用意して貰ったのです」
「なるほどな」
コンフィアンザの嘘検知能力はかなり高い。そんなコンフィアンザがいうのであれば問題ないのだろう。
「そういえば、前はティルスクエルに対してさん付けじゃなかったか?」
「ますたを攻撃した段階でさん付けは中止です。そもそも名前を呼んであげているのも、私の研究に貢献してくれたことへの特例措置みたいなものです」
なるほどな、とシルイトは思った。
さん付けかどうかなんて些細なことは、今までの頭であれば気付かなかったに違いないが、今はわかってしまう。
「それより、上体を起こせたようですから、次はベッドから降りて二本足で立ってみましょう」
「ああ」
布団から出した足は細く、白く輝くように透き通っていた。発光しているのではないかと思うくらいには輝いている。
「ますたの体を作るに当たっては私を作るときの資料も大分参考にしました」
「みたいだな。フィアンの弟みたいだ」
シルイトの言葉に、コンフィアンザは少しうれしそうな表情をした。
「まあ!それでは言葉遣いも変えなくてはいけませんね」
「へ?」
「せっかく少年の体ですもの」
シルイトは首を傾げながらも足を地面につけ、立ち上がった。
「よくできました。それでは次は部屋の反対側まで歩いてみましょう。それも出来たら話し方の矯正です!一人称を変えて、語尾を少し変えるだけですから大きな問題は・・」
「ちょっとまて!そんなことをしてる時間はないんじゃないか?」
「時間ならたっぷりあります」
「おい、それって・・」
シルイトは少し顔を青くする。
「はい。私と同じく、ますたの寿命も極限まで長くなりました。世界が終わるまで一緒ですねっ!」
シチュエーションが違えばロマンチックかもしれないが、本当の意味で世界が終わるまで死ぬことはないかもしれないとなると話は別だ。
コンフィアンザと同じような物質で体が構成されていれば、少なく見ても数百年は死ぬことはないだろう。
そこで、シルイトは自身の体が人肌のような色彩とは裏腹に金属のように固く、冷たいと気付いた。
「もしかして、この体、有機物質じゃない?」
「総イシルディン製です」
「どこから持ってきた」
決戦後に地上に戻ってきたシルイトはほとんどイシルディンを持っていない状態だった。
集合球体のストックはほとんど空のようなものだったし、イシルディン製のローブもボロボロで子供とは言え一人分の体を作るには足りないだろう。
「最初に神域に行ったときにイシルディン製の箱を使ったのを覚えていますか?」
「人影みたいなやつの捕獲用に使ったな」
人影とは、神域への転送装置がある魔境で出会ったモンスターのこと。シルイト達の動きや武器をそっくり再現するという不思議な特性があった。
結局シルイトがイシルディンで箱を作ってその中に捕らえ、後で解剖でもしようと考えていたのだが、戻ってきたときには箱ごと無くなっていた。
あとで神域で人影は現れたが、イシルディンは行方不明だったのだが。
「あのときのイシルディンを実はティルスクエルが持っていたみたいで、私に譲ってくれました」
「だが、金属だけでは人の形に加工できないだろう。どうやって成形したんだ」
「ユグドラシルの技術を応用しました」
「そんな手があったか」
ユグドラシルは、使用者の意思に因らずイシルディンだろうと他の武具であろうと操ることが出来る。
その性質を応用すれば、本来シルイトしか操れないイシルディンを操ることが出来るかもしれない。
「流石にノーリスクということはなくて、ますたが使う量の数十倍の魔力を消費することになったんですが、少しずつであればそれでも何とかなりました」
「それじゃあ、俺が今までと同じように体を動かせるのはどういことだ」
「体の各部位に、動きを統制する魔術陣やセンサーの役割をする魔術陣を仕込んで、ますたの脳神経と繋ぎました」
「じゃあ、脳だけは元のままなのか」
「いえ、脳は大量の魔術陣を組み合わせることによって成り立っていますので、肉体としての脳はありません」
シルイトは急に自分が恐ろしいものに思えてきた。
そんな顔面蒼白なシルイトを心配してか、コンフィアンザがフォローしようと口を開く。
「あ、頭部は完全なシールド構造となっているので、周辺の魔力を乱されたり消去されたりしても、内部の脳には影響がないよう設計してあります」
「・・もういい」
「ちなみに肌は人肌そっくりの質感になれるよう調整してあります。金属質な質感から変更することが出来ますよ」
「・・もういいって」
シルイトの処理能力が向上した頭は、これ以上話を続けるのは精神的に良くないと告げていた。
もっとも、精神が本当にあるのかは疑問だが。
「いろいろ聞きたいが、正直聞きたくない」
「では、言葉遣いを変える練習をしてみましょう」
「もう、それでいいや・・・」
流されるようにコンフィアンザについて行くシルイトであった。
ついに最終章である第六章がスタートしました。
まあ、これとは別にプロローグと同じような一話だけのエピローグも用意する予定なので正確には最終章ではないんですが、気持ち的にはということで。
次回は来週の土曜日、零時に投稿します。




