月の戻し方
有用そうな情報を見つけるためにはまず捜索に最適な環境を作らなければならない。
今の神域はそこかしこに衣服やら読みかけらしい本が散らばっていて、お世辞にも片付いているとは言えなかった。
「まずは片付けからだな」
「はい、ますた」
シルイトの像を背中に背負うことにしたらしいコンフィアンザはひもで像を背中に括り付けている。そのひもは神域に落ちていたものを勝手に拾って使っている。だが、当の本人であるティルスクエルは全く気付いた様子がないので問題ないのだろう。
素直に返事をしたコンフィアンザは早速片付けを始めた。具体的に言うと、服を全て一カ所にまとめて一気に炎をつけて燃やし尽くす。
「ちょっと待てぇっ!」
コンフィアンザがやろうとしていることにティルスクエルは直前で気がついたものの時すでに遅し、ティルスクエルが部屋に投げ捨てていた衣服のほとんどは完全に焼失した。
「何をしているのじゃ!?」
「? 片付けですが」
あくまでも片付けだと言い張るコンフィアンザにティルスクエルは目をむいた。
かといって、コンフィアンザがしらを切っているわけではない。彼女にとってはシルイトや自分以外の衣服に特段の価値も見出せないので、シルイトの助けになるのであれば最も効率的な方法をとるのは必然であった。
「あれではただ処分しているだけであろ?片付けではないのではないか?」
「いいえ、片付けです」
そんなコンフィアンザの内情を知ってか知らずか、ティルスクエルはコンフィアンザを問い詰めた。
しかし、コンフィアンザのきっぱりとした答えに一瞬たじろぐ。
「いや・・」
「片付けです」
ティルスクエルの言葉を遮るようにして発せられる言葉と、コンフィアンザから漂う威圧感も相まって、ティルスクエルはその場を譲ることを余儀なくされた。だが、今後また同じことが起こらないように監視することにしたようである。どこからか椅子を引っ張り出してその上にあぐらをかいて座った。
ティルスクエルが見守る中、シルイト達は作業を続行した。
もう燃やすものもないのでコンフィアンザも重要そうなものとそうでないものとをよりわけて、それぞれを一カ所に集めていた。ティルスクエルは重要でないと判断された普通の道具類が万が一でも燃やされないよう周囲に結界を張っている。魔術とはまた少し違うその技術は錬金魔術に近いものがあった。
約二十分ほどで家捜しは完了した。実際に隅々まで調べたわけではなかったのだが、シルイトの目当ての本が見つかったため、それ以上探す必要は無いと判断したのである。
目当ての本とは、月や神について書かれたマニュアルのようなものだ。神が職業なのか何なのかはわからないが、月を元に戻そうとしていたティルスクエルが戻す方法を知らなかったことから全知ではなさそうだとシルイトは判断した。全知ではない以上、何かあったときに参照するものが必ず必要となる。もしティルスクエルが普段わからないことを尋ねる相手がいるとしたら、その相手がとっくに月を元に戻しているか、戻せない方法をティルスクエルに教えているはずだからだ。
そんなわけで、シルイトの予想通り「まにゅあるぶっく」と書かれた文庫本サイズの本が見つかったのである。
「あ、それは・・」
シルイトが手に持つ本を見つけると、ティルスクエルが思わずつぶやいた。どうやら心当たりがあるらしい。
「何か知ってるのか?」
「わらわがここに来てから最初にもらった本じゃ。確か、ここでできることのいろはが書いてあった気がする」
どこか懐かしむような様子で上を見上げている。
シルイトはそんなティルスクエルの様子に構うことなく本をパラパラとめくり始めた。
きちんと章立てされており、目次もあってわかりやすい構造をしていた。ウィスターム邸の地下の本とは大違いである。
サイズ感から見ても、本来は持ち運びながら必要なときにすぐに開いて必要なことがすぐにわかるように設計されているのだろう。だが、設計者は本をもらった人がとんでもなく自堕落である可能性は考慮していなかったようだ。いつまでも所有者につきまとうような効果でもついていない限り、ティルスクエルがこの本を携帯することはないだろう。
目次に「月について」と書かれた章があったので、目当ての情報はここに記載されているだろうと推測はできたのだが、まずは全体を見てみようと考えたシルイトは一通りパラパラとページを繰っていく。最後の方のページに達したとき、シルイトのページをめくる手が止まった。その章は「故障かなと思ったら」と言う題名である。その中に「月が赤い」という項目があったのだ。
解決方法は三つ書かれていた。一つ目は「仕様で赤く光る場合がございます。二日ほど経っても治らない場合はカスタマーセンターにご連絡ください」とのことだ。とりあえず保留とする。
もう一つは「過度に地上に干渉していませんか?数日経っても治らない場合は影響が強く地上に残っている場合があります。早急に取り除きましょう」と書かれている。恐らくこれが正しい答えだろう。要するにボモラ王子を排除すれば月も元に戻るということだ。
念のためと言うことで最後の一つも見てみると、「目から赤い光が出ていませんか?視界全てが赤く染まる病気の可能性があります。健康に害はないので、とりあえず別の人に月が赤く見えるかどうか聞いてみましょう」・・本当に健康に害はないのか?このマニュアルからはティルスクエルと似たような空気を感じる。
「わかったぞ、月の戻し方」
「さすがはますたです」
「わらわとしても、この部屋が元に戻ってくれるのはありがたい」
ティルスクエルも部屋がずっと真っ赤に発光しているのはいただけないようだ。
シルイトは本で得た知識を一通り二人に話した。
「なるほど。あの赤ローブを殺せば全て解決ということじゃな」
「ああ、ってわけで俺たちで倒してくるよ」
「本当か!?」
元々、ティルスクエルが自分でボモラ王子を処分できないために、ここまで野放しになっていると言っても過言ではない。だからこそ、シルイトのこの提案は魅力的なものだった。
しかし、シルイトはただで任務を引き受けるほど優しい性格をしていないのもまた事実。
「その代わりだが、俺たちにも何か特殊な力をくれよ。そうじゃないと勝てないかもしれないし」
シルイトがもっともらしい言い分をくっつけたのにもかかわらず、ティルスクエルは首を簡単に縦に振らなかった。
「元はと言えばそれが原因でこの月が赤く染まっているからのお」
第二のボモラ王子化しては困るとティルスクエルは考えていた。
シルイトとて同じことを考えていたようで、妥協点を用意していた。
「別に、ボモラ王子ほど強力じゃなくてもいいぜ。ちょっとした戦闘のアシストになるものがあればいいんだ」
そしてあわよくばそれを研究して、錬金魔術をさらに発展させようともくろむシルイトである。
「うむ、では欲しいものを言ってみろ。わらわがあげられるかどうか判断する」
ティルスクエルの言葉にコンフィアンザが間髪入れずに返答した。
「では、人の意識を転送できる装置を!」
「何を作ろうとしているんだ、おまえは」
ぽこりとコンフィアンザの頭を軽く叩いて、あきれたような目で見たシルイト。
痛みを感じるほどの強さではなかったが、シルイトに先んじて勝手に発言してしまったことに気がついたためか、若干涙目になって頭を押さえている。
申し訳ありません、と何度も謝るコンフィアンザをなだめつつ、シルイトはティルスクエルとの会話を続けた。
「では、そこの人形が言っておる装置でいいのか?」
意識を転送すると言うことは、例えば誰かの体に意識を転送することでその体を乗っ取ることができる代物ということだろう。だが、普通の肉体ではその体の本来の持ち主の人格が存在するため不可能に近いはずである。当然、シルイトが欲しいものはそんな装置ではない。
「それも追加でもらえるものならもらっておきたいが、まずは俺が欲しいものが用意できるかだな」
言い方が完全に強盗のものだが、ティルスクエルにとってもこれは得になる提案だ。少し力を与えるだけでやっかいごとの種を片付けてくれるというのだから。
それに、反抗しなければ敵対されないだろうとティルスクエルは考え始めていた。
「じゃあ、空間を瞬間的に転移できる技術が欲しい」
シルイトが自らの望みを口にした。
次回は来週の土曜日の零時に投稿します。




