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銀白の錬金魔術師  作者: 月と胡蝶
第四章 赤い月編
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転移・転送

今回は少し長いです。

転移、と一口に言っても、そこには様々な方法が存在する。


しかし、いずれも人間には到底実現できないほど高いハードルが存在する。

例えば、エネルギーの問題。単純な移動とは訳が違うので、戦闘に必要なリソースも残した状態で何回か転移ができるくらいには貯蓄している必要がある。そして、そんな規格外の能力には、それだけ規格外の魔力などが必要となってしまうだろう。とても貯蓄することなど出来まい。

また、転移先の座標を指定しなければならないという問題もある。戦闘中という極限状態でも正確に座標を指定できるようなシステムがないと実用的に使うことは厳しいだろう。


つまり、戦闘用に転移能力を身につけるというのは、あまり現実的ではないアイデアなのである。ちなみに、戦闘用でない転移も現在の技術ではまだ開発されていない。


「戦闘用の瞬間的な転移が限りなく実現不可能なのは知っているのであろ?」

「普通の人でも使える魔術による転移はできないだろう。でも、神聖術なら別だと思ってね」


神聖術の行使の際には、魔力とは異なるエネルギーを神域から供給されていた。そして、リクトや文献に載っていた他の堕ち人達を見るに、連続での使用も可能のようだった。つまり、神聖術のエネルギーは実質無制限に使えるということだ。


「確かに、地上の人間達が言っておる神聖術に該当する能力は、無限にエネルギーを使うことができるじゃろう。だが、座標の指定まではアシストできんぞ」


座標の指定をアシストするということは要するに、戦闘中の刹那の間に使用者の考えを読み取って反映させると言うことである。これは、いくら神聖術といっても簡単にできることではない。

そして、それだけ強力な力を与えてしまえば、またボモラ王子のように月を赤くしてしまう原因を作ることになるという考えなのだろう。


「わかってるよ。そこで、俺が考えたアイデアを聞いて欲しい」


自信満々な表情に、勿体振った様子でシルイトは話し始めた。といっても長い話はなく、極めて簡潔なものだった。


「ずばり、神域を経由すればいいんだよ」


その言葉にコンフィアンザはなるほどと言った表情をしたのだが、ティルスクエルは若干困惑気味である。

神域から地上の好きな場所へ転送できることは、ウィスターム邸の地下にあった本に記されていた。そして、魔力を必要としない神聖術で神域に瞬間移動できるのならば、神域を介してあらゆるところに瞬間的に移動できるのではないかというアイデアである。


「神域、とは何じゃ?」


初め、シルイトはティスクエルが何らかの理由で知らないふりをしていると思ったのだが、表情を観察してみてもそんな様子は見当たらない。それに、よくよく考えてみると、地上で自分たちが使っている名前が本当の名前のはずがないのは自明であった。


「ここの部屋のことだよ。こっちではティルスクエルのことは神だと考えられているからね。神がいる区域、つまりは神域ということさ」

「わらわは神ではないぞ?そもそも、全知でも全能でもないからのお」


それはシルイトも薄々感じ取っていた。本当に全知全能であれば、コンフィアンザが服を燃やそうとしたことを事前に察知して何らかの手段で止めただろうし、そもそも必死に守る必要も無くもう一度創り出せばいいだけの話だからだ。

ただ、普通の人間は月なんかに住まないし、神聖術のような神秘的な力を堕ち人に与えることもない。一体ティルスクエルとはどんな存在なのか、シルイトは気になり始めていた。


「じゃあ、お前は一体何者なんだ?」

「わらわは錬金魔術師の子供じゃよ」

「錬金魔術師の・・」


錬金魔術師の子供、その意味がシルイトにわからないはずもない。シルイトが世界で初めて開発に成功したと考えていた錬魔術。すでに誰かがその開発に成功しており、しかも子供ができるほどの前の話だというのである。依然として世界は錬金術と魔術に分けられているというものの、水面下で密かに錬魔術が浸透しているのかもしれない、とシルイトは思った。


「何を考えているのか知らんが、わらわが生まれたのは今から何百年も前の話じゃ。それこそ歴史が失われてしまった頃のな」

「歴史が失われた・・?」

「今時の学校に歴史教育なんてないのであろ?だから知らないんじゃろうが、昔は今のように錬金術と魔術に分かれておらず、全員が錬金魔術を学んでいたんじゃ」


それからティルスクエルの口から語られた世界の真実はとても衝撃的なものだった。

錬金魔術は世界中で研鑽され、やがてそれは戦争へと転用されるようになった。終わらない戦火を嫌った国の代表者達は、強力すぎるその技術を錬金術と魔術に分離して、決して交わらぬよう意識をコントロールする装置を作り出したのである。

それこそが月であり、そこに住むティルスクエルなのだそうだ。


「わらわの役割は錬金魔術を開発しそうな人材を見つけて対処をすること。銀ローブのときはたまたま失敗してしまったのじゃが、いつもは他の世界から人を持ってきて手駒にしていたんじゃよ」

「神聖術の付与も月の効果ってことか」


シルイトの言葉にティルスクエルは鷹揚に頷いた。


「うむ。だから、他の人が神聖術を使えるようにすることは可能なのじゃが、自分が使うことはできないんじゃよ。今のわらわができることは、昔の錬魔師ができた一般的なこと程度にすぎん」


実際は、古の錬魔師、つまりは錬金魔術師達が残していった兵器を使うこともできるのだが、ティルスクエルはあえてそのことを言わなかった。

寿命はどうなっているのかとか、子供とはどういう意味だとか、本当に人間なのか、など質問をあげればきりが無かったため、とりあえずほとんどの質問を飲み込んで、シルイトは一番確認すべき内容を質問した。


「ここへは、地上のどこからでも無条件に来られるんだよな?」

「無条件とは行かんぞ。当然相応のエネルギーは消費する。ただ、神聖術による転送ならばほとんど無条件じゃろう」

「そして、ここからは地上のあらゆる地点に転送できるんだよな?」

「なぜ銀ローブがそのことを知っておるのかはわからんが、その通りじゃ。つまり、一度ここに転送した後にもう一度地上の任意の地点に転送する神聖術が欲しいということじゃな?」

「ああ」


ティルスクエルは少し考えるそぶりを見せた。もしかしたら、転送能力が強力すぎるのかどうかを思案しているのかもしれない。

その後、ティルスクエルは確かに頷いた。


「いいじゃろう。それに、ここから地上への転送はわざわざ能力にする必要も無い。だから地上からここへ転送するというだけの能力でいいわけじゃ。全く強力でもないし、むしろ弱いくらいじゃろう」


ティルスクエルの言葉に、まだ追加で注文をつけられそうな気配を感じたシルイトは、コンフィアンザを横目で見ながら口を開いた。


「なら、さっきフィアンが言っていた人の意識を転送できる装置とやらもくれよ」


シルイトの言葉にコンフィアンザの表情が明るくなった。

そして意外なことに、注文を追加されたのにもかかわらずティルスクエルの表情も暗くはならなかった。


「わらわは全能ではないからな。もともとここにあるもの以外はあげることはできんが、もし似たようなものがあったらあげてやろう」


後で聞いたところによると、本人はほとんど使わないのにもかかわらず、昔の錬魔師が置いていった道具がたくさんあったようで、在庫処分をしたかったようだ。


「だそうだ。フィアン、ティルスクエルと交渉してこい」

「はい、ますた。ありがとうございますっ!」


そう言うと、コンフィアンザは小走りでティルスクエルの元まで行き、ひそひそと話し始めた。

シルイトが待つのに飽きて、ティルスクエルの部屋にあった本をパラパラとめくり始めた頃、二人は話し合いが終わってこちらに戻ってきた。


「欲しいものは手に入りそうか?」

「はい。ますたのおかげです」

「それはよかったよ」


コンフィアンザの頭を撫でながらにっこりと笑ったシルイトは、今度はティルスクエルの方に向き直った。


「じゃあ、俺にも能力を早いとこくれ」


ティルスクエルは一瞬ぽかんとしたが、すぐににやりと笑って口を開いた。


「能力ならもう与えたぞ?」

「なに、いつの間に」


シルイトの体感上は何の変化も感じられなかったし、部屋の中に能力を与えるようなそれらしい装置もない。ティルスクエルの話はにわかには信じがたかった。


「わらわが了承した直後じゃよ。この部屋自体が月の中にあるからの。どこからでも能力を与えられるというわけじゃ」

「まあ、嘘をつく理由もないか」



コンフィアンザがほしがった装置はシルイトの像とともにすでにウィスターム邸のコンフィアンザの研究室に転送済みのようで、帰るときは二人とも手ぶらの状態だった。


「いろいろと世話になったな」

「世話をしたというより迷惑をかけられたといった方が近いと思うんじゃが・・」


ティルスクエルはなぜか疲れたような表情をしている。


「コンフィアンザはお前が送ってくれ。俺は自分で地上に戻れるようになれないとだめだからな」

「わかった。どこに送ればいいのじゃ?」


シルイトはすぐにウィスターム邸と答えようとしたのだが、魔境の転送装置の近くでまだリクトが待っていることを思い出し、ティルスクエルにそう伝えた。


「わかった。じゃあ送るぞ。ほれ」


その言葉と同時にコンフィアンザの体はかき消えた。

後に残されたのはシルイトとティルスクエルの二人だけである。


「本当にいろいろありがとうな。こう見えても結構感謝してるんだ」

「礼はいらん」


ぶっきらぼうに言ってそっぽを向くティルスクエルを見て、照れているんだと考えたシルイトは、そのまま何も言わずに背を向けた。

それと同時にシルイトの足下に黄金に輝く魔術陣が現れる。複雑な模様をしているその魔術陣は右回りをするものや、左回りをするものなど様々な魔術陣が組み合わさってできていることがわかる。

ティルスクエルがシルイトに与えた神聖術は、この魔術陣を特に何も考えなくても一瞬で作れるというものだったのだろう。


黄金の光がひときわ強く輝き、魔術陣から真上へ放射されるように光が上っていくのに合わせて、シルイトの体も消えていた。

後に残されたのはティルスクエルただ一人である。


「本当に・・礼はいらんのじゃ」

忙しいのは今週までの予定です。ただ、書き溜めがもう無いので、次話もやっぱり校正する時間があまり取れずに投稿することになるかもしれません。時間を見つけつつ今までの話の編集も含めて書き進めていきたいと思います。


次回は来週の土曜日の零時に投稿します。

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