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銀白の錬金魔術師  作者: 月と胡蝶
第四章 赤い月編
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「神様に会ったことはないか?」


「・・ある。あるよ」

「それはこの世界にやってくるときか?」

「そうだ」


そこでリクトはこの世界に堕ちる時の話をざっとした。

何かの動物が襲いかかってきたときに頭の中で声がしたことである。


「姿を見たことは?」

「あるような気もするんだけど・・思い出せない」


そうか・・とシルイトは残念そうにうつむくのだが、記憶をなくす原因はシルイトにある。

リクトとの模擬戦の後にシルイトが使用した記憶の一部を消す薬剤が働いているのだ。


「リクトが堕ちてきたときって時間帯としてはいつくらいだった?」

「昼間だったよ」

「昼間?なら月や星は見えていたか?」


昼間であっても月などは時たま見えることがある。リクトが堕ちてきたときがまさにそんな状況だったのではと考えたのだ。


「う~ん、覚えてないなあ。今日みたいな状態ならさすがに覚えてるだろうけどね。ちょうど森に堕とされたから空も見えなかったし。あんまり力になれなくて申し訳ないけど」

「そんなに気にするな」


昔と比べると大分丸くなったなという感想を抱きつつも収穫はなしということで少し落ち込むシルイト。

リクトも決まりが悪そうな顔をしていると、突然応接室のドアが開いた。


「お取り込み中失礼します!!」

「ノックぐらいしたまえ」


リクトは一応注意したものの、その声からして真剣に起こっている感じはしない。儀礼的なものだ。

なぜなら、入ってきた伝令の者の顔がかなり切羽詰まったものとなっていたからである。


シルイトたちに聞かれたくはなかったのか、その伝令はリクトに何かを耳打ちして去って行った。

リクトは話を聞いていくうちにどんどん顔が青くなっていった。


「すまないが、用事ができた。今日のところはここら辺でよろしいだろうか?」

「ああ。そうとう切羽詰まった案件なんだろう?」

「そうだ。すまないね」


そう言って、リクトは慌ただしく部屋を出て行った。

シルイトたちもこれ以上部屋に残っていても何も得られないということで、同じように部屋を出た。


「それでは、家に帰りますか?」

「そうしよう。もう予定もないわけだし」

「あの、帰る前に夕飯の食材を買ってもいいでしょうか?」

「もちろんだよ」


そうして二人は本当の意味で、ウィスターム邸への帰路についた。



「ただいま~」


玄関から中に入るシルイトたち。靴を脱ぐ文化はないのでそのまま中に入っていくのだが、その前にどこからかタオルを取り出したコンフィアンザがシルイトの靴をさっと拭いて汚れを落とした。

貴族の家ではよくある習慣で、泥や土で汚れた靴で歩き回ることで家の床が汚れるのを防ぐ目的がある。もともとは、どこかの貴族の家に勤めるメイドが掃除の負担を減らそうと考えたものなのだが、最近は衛生面においてより重要視されるようになっている。


「いつもありがとう」

「いえ、助手ですので当然です」


自分の靴も拭き終えて、シルイトと合流するコンフィアンザ。


「それでは夕食の用意をして参ります」

「まだ夕飯の時間には早いんじゃないのか?」


空は依然として深夜のごとき暗さではあるのだが、時間的にはまだ夕方になるかならないかといったあたりである。


「下ごしらえをしますので」


コンフィアンザが買った食材を見てもシルイトは夕飯のメニューがわからなかったが、どうやら今夜は早めに準備しないといけないレシピのようだ。


「そうか、じゃあ俺は神について調べてみるよ」

「了解です。私が必要になりましたらおよび付けください」


一礼すると、そのまま一階のキッチンに向かうコンフィアンザ。夕飯用の食材はウィスターム邸に向かう道すがらに購入済みである。その後ろ姿を見送ったあと、シルイトも行動を開始した。

まず、ウィスターム邸で神に関する情報があるとしたらどこにあるかだ。これについてはすぐに答えが出た。ウィスターム家の人たちが殺されたときにシルイトがいた地下である。

殺し屋たちの黒幕が神であると仮定できた以上、たとえ地上に何らかの神に関する手がかりがあったとしても回収されているだろう。ましてや事件の後に調査のために王国騎士団が隅から隅まで調べているはずだ。そして事件が解明されていないと言うことはその王国騎士団も神が絡んでいる可能性が高い。

ちなみに地下室は王国騎士団が調査する際にも封鎖している。もともと事件は外で起こっているので、騎士団には中を調べる口実はないのだ。

強引に調べようとした形跡もあったものの、地下室の扉にかけられている防護魔術に阻まれて侵入することはかなわなかったようだ。


普段なら、地下に降りる階段を降りきるとちょっとした廊下があり、廊下の左側に扉がある。扉といっても部屋の扉のような一般的なものではなく、上から下ろすように閉めるタイプのシャッターのような扉である。あらゆる魔術的な防護措置がとられており、ウィスターム家の血族しか解錠できないようになっている。

それほどまでに強固なセキュリティーの部屋で何が保管されているのかというと、ウィスターム家が長年研究している魔術についてまとめられている本である。シルイトも錬金魔術を開発するにあたっては、ここに保存されている書物を参考にしている。だからこそ、ほとんどすべての本を読んでいるシルイトは、この地下に神に関する記述がある本がないだろうと思っていたのだった。


だが、シルイトの予想は裏切られる。

階段を降りていくにつれて段々と指輪の痛みが鋭くなっていった。それはまるで初めて赤い月の光を浴びたときのようだった。

無意識に左手を押さえながら降りていく。

どうも様子がおかしいというのはすぐに気がついた。いつもは廊下の左側にしか扉がないはずなのに、右側に全く見覚えがない扉が出現しているからである。

形としては普通の扉と同じようなもので、両開きの形状なのだが、扉自体が赤く光っている。その光に指輪が反応しているようだった。


「とりあえずは・・」


そうつぶやくと、シルイトはイシルディンを動かして扉の方へ向かわせた。もし扉に何か殺傷性のある仕掛けが施されていると危険だからである。

そのままイシルディンを手の形に変えて扉を開こうとした。しかし、ドアノブはまるで扉と一体となったかのようにピクリとも動かなかった。

試しに魔力を吸収させる性質に変化させてみて、もう一度開こうとしたのだが、魔力はどんどん吸収できたものの扉が開くことはなかった。

その後も扉に衝撃を与えたり、無理矢理こじ開けようとしてみたりといろいろと試したが、努力の甲斐なく、イシルディンで扉を開くことはかなわなかった。

となると、やはり一番怪しいのはシルイトの指にはまっている指輪である。

今つかったイシルディンには何の跡も残っていなかったため、毒や高熱などの人体に悪影響があるものは扉に仕掛けられていないことがわかった。

あるとすれば指輪が反応して何かが起こることだが、そればかりはどうしようもない。多分死ぬことはないだろうと考えたシルイトは、意を決して扉のノブへと手を差し出した。

ノブを握った瞬間、指輪からとてつもない痛みが走ると同時にシルイトの視界が暗転した。




「ますた?」


シルイトの叫び声が聞こえた気がして、コンフィアンザが地下へと降りてきた。

家の中に有害な仕掛けがないのはコンフィアンザも把握していたし、あったとしてもシルイトなら把握しているだろうと考えていたので心配はしていなかったものの、念のための確認ということで様子を見に来たのである。

地下へと降りると、いつもと同じように廊下の左側に扉があった。その扉は当然のように閉まっている。コンフィアンザはウィスターム家の血族ではないため、自分では開けることができない。しかし、中から外に声が聞こえることがないと知っていたので、さっき聞こえた気がした声は勘違いだったのだろうと思い直してキッチンへと戻っていった。

だが、コンフィアンザが見つめていた扉の先にシルイトはいない。

どこかで扉が開く音がした・・。


次話は来週の土曜日の零時に投稿します。

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