怒涛の一週間
怒涛の一週間が始まった。
まず初日、王女は話し合いの通りに外海の航海を可能にするという公約を掲げた。
具体的なメリットも書いたうえで、スラムに近いところまで張り紙を貼っていった。
ただ、あまりにも貼る紙の量が膨大だったためにアポストルズの人員をすべて投入したにもかかわらず、ほぼ丸一日を費やしてしまった。
そして二日目、初日に発表した公約が市民にどう受け止められているのか調査をした。
結果としては良好だったのだが、その理由はシルイト達が考えていたものとは若干違った。
スラムの方にまで張り紙を貼ったことが功を奏したらしく、身分を気にせずに接する方という印象がついたらしい。
ちなみにボモラ王子の公約である自動車の普及は壁の中の特権階級のみの話で、公約の発表もその中でのみ行われている。
当然、壁の中の人たちの方が権力はあるのだが、人数としては外の人の方が断然多いし、そもそも次の王を決めるのは現王なので、支持者が持つ権力はあまり重要なファクターではない。
次に三日目、王子の陣営からの妨害活動が始まった。
具体的には町に貼ってある張り紙をはがされたり落書きをされるといった可愛いものから、張り紙を貼りなおす人員に攻撃を仕掛けるといった物騒なものもある。
妨害活動自体はシルイトも予測していたので、逆手にとって王子の批判材料として新聞に取り扱ってもらうよう交渉した。
壁の外の新聞社は王女に対してかなり好意的だったため、ほぼ二つ返事で取り扱ってもらうことになったが、貴族の新聞社にはほとんど取り扱ってもらえなかった。
四日目、壁の中の張り紙が一夜にしてすべて撤去されてしまった。
貼りなおそうと行動を開始したシルイト達であったが、相手も人海戦術で見張りをしており断念することになる。
代わりに、シルイトのイシルディンで飛行しながら上空から大量のビラを配布した。
その夜、シルイトは王女と話し合って次の方針を固めた。
五日目、王女を連れてシルイトは王都内のあちこちを回った。
壁内では演説をし、壁外では市場の視察や炊き出しなども行うことで親身な王候補のアピールを図った。
これは意外と好評だったらしく、今まで絵でしか顔を見たことがなかった人たちが王女の容姿にも惹かれたようである。
一方で王子は直接人の前に出たことは今までなく、すべてスポークスマンによる演説だったそうだ。
六日目、発表は七日目なのである意味最終日なのだが、王女に説得されたシルイトは現王と話すために王城へと訪れていた。
服はもちろん銀白色のローブではなく、五日目に方々を回った際に買っておいた正装である。
「面会希望のシルイト・ウィスタームが参りました」
扉で警護をする守衛が王様に告げた。
名前は偽名ではなく本名を使っている。これは王女のアドバイスによるものだった。
「中に入れたまえ」
扉の中から重厚な声が聞こえてくる。
その声に従って守衛は謁見の間の扉を開けた。
シルイトが久しぶりに見た謁見の間は、子供の頃と全く変わらない姿をしている。
床には赤いカーペットが敷かれて壁は上部に豪奢な窓が取り付けられている。
正面を見ると、これまた豪奢な玉座が設置されており、現王であるカリガン・ヴァシリアス・エスカメシオン国王が座っていた。
「失礼します」
短く言葉を発したシルイトは相手を敬うような態度を見せながらも、卑屈にならないようになるべく堂々と見えるように意識しながら前へと進んだ。
そっとシルイトが国王の方を覗き見ると、こちらを品定めしているような国王の視線と目が合ってしまった。
するとタイミングよく後ろの謁見の間の扉が閉まった。
「守衛は下がりたまえ」
しんと静まった謁見の間で国王の声だけが聞こえる。
守衛を下がらせるということはすなわちシルイトが刺客だった場合に守る者がいないということである。
逆に言うとそれだけ国王がシルイトのことを信用していることの表れであり、第三者に聞かれたくない話をするという意思表示でもあった。
扉の両隣を守っていた二人の守衛はそれぞれ顔を見合わせていたが、やがてうなずきあって二人とも外に出ていった。
シルイトも王の真意に気付き、少し動揺した表情を見せたが、すぐにポーカーフェイスにもどした。
それに対して、王はずっと威厳のある顔つきをしていたのだが、守衛が出ていった後にドアが閉まる音を聞くと途端に表情を緩めた。
「もう楽にしていいよ、シルイト君」
シルイトは不敬にならないようにと、ずっと直立の状態で腕だけ後ろに組んでいたのだが、それが王にはお気に召さなかったようだ。
だがシルイトも突然の変貌に戸惑ってしまった。
本意で言っているのか、自分を試そうとしているのか判断が着かなかったシルイトが姿勢を楽にせずに首をかしげていると、王は苦笑した後に口を開いた。
「シルイト君のことは旧友の子供、しかも娘の婚約者候補としても見ているからね。今更他人行儀で接する気にもなれないんだよ」
その言葉でシルイトは本意で言っているのだとわかり、姿勢を崩して楽に立つことにした。
「光栄です」
シルイトの態度に王は満足そうに一回うなずいた。
「いろいろとつもる話も聞きたいけど、今日はそれが目的じゃあないんだろう?」
「はい、国王陛下に話しておきたいことがー」
「昔のように名前で呼びたまえ」
シルイトの言葉にかぶせるようにしてそんなことを王は言った。
確かに子供の頃はシルイトもカリガンおじさんと呼んでおり、これからもそう呼べと言っているのである。
昔と同じように自分のことをシルイト様と呼ぶセレネ王女が頭に浮かんだシルイトは、やっぱり親子なんだなあと感じながらもうなずいた。
「わかりました、カリガンおじさん」
「よろしい。それで、話したい事っていうのは次期国王の選定についてじゃあないかな?」
この時期にカリガン国王のもとを訪れる理由はたかが知れていると考えていたシルイトは、来訪の理由を当てられても大して驚くことなく肯定した。
「はい、その通りです。それでー」
「次の王はセレネ王女にしようと思っているよ」
またしてもかぶせるように放ったカリガン国王の言葉があまりにも衝撃的すぎて、シルイトは思わず口を開けて呆けてしまった。
そんなシルイトを楽しそうに見ながらカリガン国王は言葉をつづけた。
「少し前ならボモラ王子もありだったんだけどね。誰かがセレネ王女に発破をかけてくれたのか、なんなのか。何であれ、あの公約はかなりいいと思うよ」
王女とシルイトの間のやり取りを垣間見て来たかのような発言に慄きつつも、カリガン国王からある意味言質をとれたことで、シルイトは安心したような表情を見せた。
「それにしても、どうして急にセレネ王女の味方をして王位継承戦に参加することにしたんだい?」
カリガン国王の言葉に答えるかどうか若干悩んだシルイトだったがやがて答えることに決めて口を開いた。
「俺の両親を殺した黒幕がボモラ王子だという情報を聞いたので・・」
「そうか・・」
シルイトの言葉に少し驚きつつも、ゆっくりと話し始めた。
「あれは私の初めての子供でね、ちょっと甘やかしすぎたのかもしれんな。それに教師もあまりよくなかった。後からわかったんだが、あれにつけた教師は魔術に対してかなりの偏見を持っていてね。傍から見るとあまり影響を受けていないようだったからそのままにしていたが、やはり影響を受けていたのか」
魔術に対する偏見と聞いて眉がピクリと動いたシルイトはカリガン国王に質問をした。
「魔術に偏見・・ですか?」
「魔術はまだまだ解明されていないことが多いからね。特に原理なんかは、どうして魔力を消費するのか、魔力とは何かなんてのは全く分かっていない。だから未開の学問として嫌悪していたようだ」
「未開の学問だからこそ研究のし甲斐があると思いますが」
「私もそう思うよ。でもその教師はそう思わなかったようだ。我々王族は基本的に魔術や錬金術のどちらかに肩入れしてはいけないんだよ。だからこそエスカメシオン王国は微妙なバランスを保ってきたんだ」
ウィスターム家と仲良くしていたのはいいのかと聞いてみたくなったシルイトだったが、声に出すことはしなかった。
「なるほど、興味深いお話、ありがとうございます」
「おや、もう帰るのかい?」
「はい。明日は忙しくなりそうですし」
「それじゃあ、今度会ったらいろいろと話をしよう」
シルイトは別れを告げて謁見の間から外へ出た。
帰り際、優し気にこちらを見て笑っているカリガン国王の顔が脳裏に焼き付いていた。
その翌日、カリガン国王はボモラ王子によって殺害された。
ボモラ王子を支持する貴族の私兵が王都内各地で制圧活動を開始している。
これもまた、シルイトの予想通りだった。
一話の中で登場して消えていく王様って・・・でもいいんです。
今までの王も大事ですが、一番大事なのはこれからの王なんですから。
次回は来週の土曜日の零時に投稿します。




