第三十一話 大増殖
どうやらボックルは俺やミラのことをわざわざ探していたようだ。
たまたま出会うならまだしも、ボックルが俺達に自ら会いに来るなんて初めてのことだな。
『そんなに慌ててどうかしたのか?』
「どうかしたのかじゃないポン! あ、あれポン! ゴブリン退治はどうなったポン?」
「それは、ドゴンさんから話を聞いて、まだレベルが足りないかなと思ってね。だからちょっとこの周辺で鍛錬してたんだ。強くなるためにね」
淀みなくミラがボックルに説明する。全く何の間違いもない、わかりやすい説明だな。
「そ、そうだったポン……それで、レベルは上がったポン?」
「うん、最後に君と話してから更に2レベルぐらいは上がったけどね。でも、ゴブリンロード相手するにはまだ――」
「そんな悠長な事を言っている場合じゃないポン! そのゴブリンが大増殖してるポン! このままだとこの洞窟中にゴブリンが溢れることになるポン!」
ボックルが全身で重大事案を表現し、俺達に訴えてきた。大増殖? つまりゴブリンがとんでもない量に増えてるってことか?
『とりあえず落ち着けよ。そもそもなんでそんなことになってるんだ? それにボックルはなんでわかったんだ?』
「そんなの簡単ポン。おいらと初めて話した場所の階段を覚えてるポン?」
「うん、あの上にゴブリンロードがいるからまだ上がらないほうがいいって言ってたんだよね」
「そうポン。でも事情が変わったポン。本当ならあの階段の上に門があるポン。ゴブリンはその門の向こうから出てこなかったポン。でも今はワラワラと門から出てきてるポン!」
『ワラワラって、一体今どんな状況なんだよ……』
「少なくともおいらはもう踏み込みたくないポン。あそこまで増えるとあの辺りのブラックウィドウもイビルバットもやられるしかないポン」
そこまでか! つまりゴブリンといってもブラックウィドウに勝てるぐらいの強さではあるってことか……勿論数の暴力ってのもあるかもだけど、ドゴンもゴブリンロードが配下においてるゴブリンは通常よりレベルが高いと言ってたしな……。
「う~ん、でもこれはもしかしたらもう片付けにいかないと不味いのかもね」
『……確かに放っておくわけにもいかないか――』
とは言え、ドゴンが言っていた必要なレベルまであと1だったんだけどな。しかも、最低でも、だからな。やっぱ不安は残るが――
『とりあえず準備だけは万端にしていこう。ドゴンの店にいって事情は話しつつ、俺を回復してもらって、ミラもポーションを最低のでもいいから飲んで後神秘の水も少し残ってただろう? 俺にかける分は残しておくにしても飲んでおいて、HPと疲労を回復させた後、向かったほうがいいだろう』
それにはミラもそうだね、と同意してくれたので俺達は一旦ドゴンの店にいく。ボックルは念の為もう一度ゴブリンの様子を見てきてくれるそうだ。
「そうか、ゴブリンが溢れてやがるのか……」
ドゴンに俺やミラの装備品やらを修繕して貰った後、ボックルから聞いた内容をドゴンにも伝えた。すると神妙な顔を見せるおっさんである。
「もしかして結構不味い状況なのかな?」
「まあ、楽観出来る状況でもないな。正直ゴブリンロードが出てきたことも運が悪いと思ってたが、まさか大増殖とはな」
『う~ん、そもそもその大増殖ってのもはどうして起きるんだ? 実は魔物がなんて時間が経つとまた現れるかも判ってないんだけどな』
なんとなく気になったからドゴンに質問してみる。何せ冷静に考えるとこの迷宮は不思議な事が多い。今聞いたように魔物なんかはゴブリンに限らず時間が経てばまた出現するしな。
「魔物の増え方は基本は他の生物と一緒だ。雄雌がいれば互いに交配して増やす。ゴブリンみたいに雄しかいないタイプは他の種族を媒介して宿す。まあゴブリンの場合相手が雄でも雌でもとりあえず試す厄介な種族だが――ただ、これが迷宮となると少々事情が異なる。何せ迷宮の場合迷宮そのものが魔物を生み出すからな」
……なるほど、やはりゴブリンについては俺の知識にあったとおりだったな。そして何故かミラの顔が紅いが。
まあそれはそうとして、重要なのは迷宮が魔物を生み出すって事か。なるほど、それで倒しても倒しても魔物が出現したってことだな。
『でも、迷宮が魔物を生み出すのは判ったが、どうしてゴブリンだけ大増殖なんてことになってるんだ?』
「それはゴブリンというよりもゴブリンロードの問題だな。尤もこれはゴブリンに限らないが、魔物の中には時折指揮官級の魔物が生み出される場合がある」
「それはゴブリンリーダーとか?」
「いや、ゴブリンリーダーも確かに他のゴブリンをある程度纏める力を持っているがそこまで大きな権限はない。ゴブリンの場合は指揮官クラスと言えるのはゴブリンロードからだな。違いはスキルなんかも大きい。ゴブリンロードは周囲のゴブリンを鼓舞させて強化させるスキルを持っていたり、ゴブリンを鍛えてレベルを上げたりするスキルもある」
なるほど、ゴブリンロードの周辺のゴブリンのレベルが高めなのはそういった理由があったわけだな。
「で、本題はここからだ。ゴブリンロードみたいな魔物は自分の配下の魔物が倒されれば倒されるほど、より数を補充しようとする。それが迷宮にも反映され、魔物が生み出される数や周期が早まっていく。つまりゴブリンロードを倒さず、周囲の兵士達だけを倒し続けていると、今回のような大増殖に繋がってしまうってわけだ」
ああ、なるほどな。つまりゴブリンロードの側仕えである兵士が倒され、うん?
『ちょっと待て! 一体誰がそのゴブリンを倒したんだよ? そんなゴブリンを倒せるのがこの迷宮に他にいるのか?』
思わず念で捲し立てるように聞いてしまった。ただミラも同じように疑問顔である。
「確かにエッジの言うように、僕達も迷宮をウロチョロしてるけど、他に人の姿は見てないよね……」
「……まあ、ゴブリンを倒すのが必ずしも人とは限らないけどな」
うん?
『つまり人以外で何か可能性があるってことか?』
「ないとは言い切れないさ。お前らだってこのあたりウロウロしていたなら魔物同士がお互いに争い合ってるのを知ってるだろう? ゴブリンは他の魔物とは敵対してる事が多いからな」
そう言われてみるとイビルバットともやりあってたな。どっちもまさに食うか食われるかって感じだったが。
だが、逆にツインリザードヘッドに関しては、イビルバットは敵対してるというよりは協力してるって感じだったしな。まあイビルバットレベルだと、仲間というよりは強者と弱者として上下関係がはっきりしてたと見るべきかもしれないが。
「でも、あの辺でゴブリンをそんなに倒しちゃう魔物ってなんだろね? ブラックウィドウかな?」
『う~んあの周辺だとそうなるか? まあ今は逆に数の差でゴブリンが倒してしまってるって話だけどな』
あくまでボックル情報だが。
「どっちにしろ今のお前たちのレベルで相手するなら慎重に行くんだな。ゴブリン程度1体1体倒すのは苦じゃないだろうが、囲まれると話は別だ。それとエッジ、お前の熟練度がMAXになるまで出来るだけロードとの戦いは避けろ。どうせもう少しでMAXになるだろ?」
『え? ああそうだけど、良く判ったな?』
「ふん、何度お前を直してると思ってんだ。それぐらい判る」
な、なるほど。確かにこのおっさんには散々弄くられ……いやいや! 何を言ってるんだ俺!
「それと、これを持ってけ。多少は役立つだろ」
うん? なんだ? ドゴンがカウンターに置いたもの――先端が尖っていて、細長く、羽が付いていて一見矢っぽいが、矢に比べると短い、これって……。
「え? これってダーツ?」
ああ、そうだダーツだ。投げて相手に刺す投擲武器だな。でも、こんなものどうしろというんだ? 正直殺傷力はそこまで高く見えないけど。
「ああそうだ。ダーツだ。だがただのダーツじゃねぇ。魔法の込められた魔法武器でな。当たると小さな爆発を起こす」
おお! なんかそれを聞くと凄そうに思えるな。
「え? でもいいんですかこんな貴重なもの……」
「別に大したもんじゃねぇ。それにゴブリンが溢れるのは俺からしても勘弁願いたいからな。どうせならとっとと片付けてくれ」
なるほどな。ちなみに魔法効果の込められたダーツ――ダーツボムというのが正式名称らしいが、全部で5本譲ってくれた。
「だが、あまり過信はするなよ。それは爆発といってもそんなに大きいものじゃない。ゴブリンロードあたりじゃほぼ効果はないだろう。ただホブゴブリンならダメージはそこまでじゃなくても怯ませるぐらいは出来るだろうしな。上手く使え」
「は、はい! ありがとうございます!」
そして俺達は改めてドゴンにお礼を述べて、店を後にしゴブリンが大量に発生してるという現場に向かったわけだけどな――