第七十三話:鉱脈を探そう
遥と別れた俺は、鉱脈を探すために森の中をひた走っている。
しかしもちろん、ただ走っているだけではない。
足元から比較的広範囲に”気”のレーダーを地中に照射し、金属反応を探りながら走っていた。
地形や木々が邪魔になって直線では走れないし、今自分がどこにいるのか時々分からなくなるが、それは見つけてから上空に上がって遥の”気”を探れば済むことだった。
彼女はあの拠点にいてくれるだけで何気に役立っているのである。
「うぉっと、ゴメンな」
探査に気を取られていたら野生のクマに出くわして危うくぶつかるところだった。
そのクマはもちろん妖魔などではなく普通の野生動物だ。
ただし、”気”で強化されていることは間違いないので、一般人が出会えば命の危機に陥る猛獣にあたるが、俺や遥の場合は簡単にあしらえる相手でしかなかった。
そんなことはさておいて、さすがに森の中は走りにくくて仕方がない。
このあたりは高い樹木が群生しているだけあって下草が少なく見通しはいいほうなのだが、うにょうにょと大地に張り巡らされたぶっとい根に足を取られそうになるのだ。
しかもコケが生えていたりして滑りやすい。
「やりにくいけど我慢するしかないよな」
何かいい方法がないか色々考えてみたが、探査に集中できなくなるので深く考えることもできなかった。
だいたいいいことを思いつくときは閃きがあるものだが、そんなに都合よくはいかないようだ。
俺はあきらめて探査に集中し、森の中を何度も往復というか東奔西走というかできるだけ探査範囲が重複しないように駆け回った。
「あるにはあるんだけど、ちょっとな」
もちろん金属反応には結構な頻度で突き当たっている。
さすがは旧名古屋市街だ。
ただし、その反応は点在的で深さもバラバラだった。
軽く探査の状況を整理してみると、予測の域を出ることはないが名古屋近辺はかなり激しく地殻が攪拌されたようにごちゃ混ぜになっているような気がしてならない。
「これは苦労しそうだなぁ……でもまだ」
しかし、まだ調査した範囲はさほど広くはない。
というか狭い。
このペースで探査を続けたとして、全域を探査し終わるのは十日くらいは必要な感触というか予測が立った。
「やっぱり運次第かな」
と、落ち込みかけたところで上を見ると陽が頂点に達していた。
季節もあるが、木々の隙間から差し込む陽光が鋭い。
「そろそろ戻らないと遥に怒られるな」
一度森の上空へと舞い上がり、遥の”気”を探す。
こうやって森全体を見ればそれはかつての日本では考えられないくらいに広く、そして沿岸部までびっしり木々で覆われていた。
「見つけた」
”気”を探すまでもなく、一筋の煙が立ち上がっていた。
今この森というかこの近辺には俺たちしかいないはずだ。
”気”を探ってみるとやっぱり遥かだった。
しかもその”気”に乗って楽しそうな気持が伝わってくる。
たぶんいい獲物が狩れたのだろう。
「美味そうな匂いだな」
「あ、お帰り、空」
「何が捕れたんだ?」
「小型のイノシシよ。まだ若いから身が固くなくてきっと美味しいよ。ほんとうはもっと野菜が欲しいんだけどね」
すでに解体されていたそれを視線で指示し、遥は嬉しそうに鍋をかき混ぜていた。
そして石を組んで造られた簡易的なかまどから溢れる炎で、肉汁を垂らしながら香ばしい匂いをあたりにまき散らしている二本の骨付きカルビが俺の目をくぎ付けにしたのだった。
「空のほうはどうだったの?」
森の神々しい雰囲気のなかイノシシ版トン汁と骨付きカルビに舌鼓を打ちつつ、遥との楽しいひと時を過ごしていたら、会話は自然と今日の成果についての話題になった。
「反応はポツポツあるんだけどね、規模が小さくて鉱脈とよべるほどじゃなかったよ」
「そっか、そんなに簡単に見つかるわけないよね」
遥の言うとおりだろう。
そんなに簡単に鉱脈が見つかっていたら、今頃この辺りは開発されているはずなのだ。
ここでちょっと補足しておくと、
発掘師には大まかに分けて二種類のタイプがある。
一つはほとんどの発掘師がこれに属するが、既知の鉱山で発掘をする人たち。
そして二つ目が未知の鉱山なり、鉱山とは呼べないまでも誰も探査したことがない場所でお宝を探索し、発掘する人たちだ。
俺が考えているトレジャーハンティングは、もちろん二つ目のタイプの発掘師たちがやっていることである。
けれども、この二つ目のタイプの発掘師は当然だが少ない。
理由は簡単で、妖魔が闊歩する森の中を自由に歩けるだけの戦闘力が必要になるし、お宝を探索する”気”力にも高いものが求められるからだ。
その他にも経験や忍耐力が求められるが、”気”力が少ないと探索範囲も狭いからいくら経験があろうとお宝にはありつけにくいのだ。
「まぁ、まだ探し始めたばかりだし、探索した範囲も狭いからな。焦らずに探すとするよ」
「それもそうだね。わたしが言うのもなんだけど、焦らないほうがいいと思うよ。せっかく二人きりで過ごせるんだから」
最後のほうは声が小さくてよく聞こえなかったが、珍しく遥が嬉しそうにしているので聞き直さないことにした。
福井に遠征していたときは精神的に不安定になっていた彼女だから、それが落ち着いている今は自由にさせておいたほうがいいと思った。
それにしても遥は変わったと思う。
初めて会ったころは気が強くて男勝りな言動も多かったが、ここ最近はめっきり女らしくなって思わず抱きしめたい衝動に駆られたりすることが増えた。
しかしそんなことをしてしまえば一花に顔向けできなくなるし、我慢してくれているであろう遥にも申しわけない。
ここはじっと我慢して修行僧のような心持ちで邪念を払うことにした。
賢者モード発動である。
「じゃぁそろそろ行ってくるよ」
「もう少し休憩していってもいいんじゃない?」
そう残念そうに言ってくれた遥には悪いが、早いとこ体を動かして発散しないと賢者モードが終わってしまいそうで怖かったのだ。
今夜はそうとうに覚悟を決めておかないとマズいことになるな、と予定より精力的に動き回ることを心に決めて席を立った。
「うん。たしかにそうなんだけど、探索範囲が予想より広くなりそうなんでな。気合を入れていかないと本来の目的が達成できそうにないんだ」
「分かったわ。頑張ってね。わたしも野菜とかキノコをたくさん探すことにするわ。美味しい料理作って待ってるから」
まるで新婚の奥さんに送り出されるように遥と別れた俺は、気合一番森の中へとその身を忍ばせたのだった。
それからは日中森の中を走り回り、昼と夜に遥がいる拠点に戻って休むということを繰り返した。
昼はまだいいのだが夜の眠れない悶々とした時間を過ごすのが苦痛だったが、遥は楽しそうにしているし、俺も会話しているときは楽しくて仕方がなかったから、なんとか欲情を爆発させずに乗り切ることができた。
この辛抱もあと数か月だと考えると我慢しきった甲斐があるというものだ。
そして迎えた五日目の昼過ぎ、ようやくお目当ての鉱脈らしき塊を発見するに至ったのである。
「やっとだ。やっと見つけたぞコノヤロー!」
それは激烈な反応だった。
無数の金属隗が地下十五メートルから五十メートルの深さで、かなりの範囲に連なっている。
しかもその中には巨大なというか長大な塊が、何本も束ねられたように押し固まっていた。
「これはもしかして名古屋駅?」
それしか思い当たる物がなかった。
あれは間違いなく電車の反応だと思う。
しかもたぶん新幹線とかが丸々眠っていそうな感触だった。
そして反応はそれだけではなかった。
周囲には自動車らしき反応も無数にあったし、建築物の鉄筋らしき反応もそれこそ山のように感知できたのである。
「もしかしたら豊田以上の鉱山になるかもな。新しい大物を探さないでもよくなったかもしれないぞ」
陽一さんは豊田鉱山を発見して財を築いたという。
そうだとすれば、豊田を上回るこの反応は陽一さんが稼いだ以上の富をもたらしてくれるかもしれない。
発掘師たちに還元する部分を指し引いても莫大な利益になり得るだろう。
そんな皮算用が頭の中で駆け巡ってしまった。
しかしだ。ここは冷静になってよく考えたほうがいいと思う。
確かに巨大な鉱山を見つけたが、陽一さんのころよりも今のほうが発掘師の人数は遥かに多いはずだ。
この仕事の本来の目的は自力で鉱山を見つけられない発掘師たちの収入を安定させ、国内の景気を復活させることにあるのだ。
そう考えると俺の取り分はあるていど遠慮する形になるだろう。
俺は何も自分たちのためだけにこの依頼を受けたわけではないのだから。
「ここは冷静になって考えたほうがよさそうだな。それでもだ」
資金的問題がクリアできる公算が大きくなったのは間違いない。
もし足りなくても大きなヤマはまだいくつも当てがある。
「早いとこ遥に報告してこの喜びを分かち合おう」
そう口にして上空へと俺は舞い上がったのである。




