第七十二話:森の中で
遥と共に早朝に屋敷を出た俺は、彼女を抱き抱えて空へと舞い上がった。
以前は抱き上げられることを恥ずかしがっていた彼女も、最近は慣れてきたみたいで眼下の景色を楽しむ余裕を見せている。
遥を抱き抱えているのは、背中に大きなザックもろもろを背負っているからだ。
「こうやって空から景色を見れるのってスゴクいいね」
しんみりとそう言った遥は、朝焼けに映える地平線を眺めていた。
ピンク色の雲が青い背景に映え、黒い森とのコントラストが際立って神秘的な絵画のようだった。
「そうだな」
「でも、わたしばっかりこんないい思いをするのは良くないわ。たまには一花様も空のお散歩に連れ出してあげてね」
「まあ、そのうちな」
最近の一花は忙しすぎて、かまってあげられる時間がなかなか取れないでいる。
遥が忠告してくれたように、暇を見て一度連れ出すか……。
いや、あいつは根がまじめだから俺のほうから暇を作ってやらないとダメかもしれないな。
そんなことを心に誓い、まだ薄暗い空中の旅路を急いだ。
今回の依頼では鉱脈の探査がメインだ。
だから荷馬車も引かず、遥とふたりきりで空の旅を楽しんでいる。
それに身軽なほうが調査には最適だった。
言い方は悪いかもしれないが、足手まといがいない俺と遥のふたりきりの調査なら、きっと仕事がすごく捗ると俺は考えている。
願望を言えばだが、三日くらいで鉱脈を探し出し、自分のための調査に時間を割きたいと考えている。
俗な話になるが、福井の山奥で得た紫水晶とかの儲けや、豊田鉱山とか名古屋の地下街とかで儲けたおカネだけでは次の事業をはじめるには全然足りないのだ。
恐らくだが陽一さんの依頼に対する成功報酬を足してもそれは変わらないだろう。
それに少しでも上乗せするためにも今回の独自調査は重要だと考えている。
将来的にはもっとデカい山を見つける必要があるが、それに取り組むのは一花と遥との式を挙げた後になるだろう。
とにかく今回は陽一さんの依頼を手早く終わらせ、自分のための調査を優先する心構えでいこうと思っている。
今の遥なら俺の調査にも付いてこれるはずだ。
妖魔と出くわしてもそうそう足手まといになることもない。
俺は知っているのだ。
遥は今でも血の滲むような努力を毎日コツコツと続けている。
今の彼女は、恐らくだがカテゴリー四の妖魔とでも対等に戦えるはずだ。
こうして抱き抱える俺の両手から伝わってくる遥の”気”は、以前のものよりもはるかに強く鋭くなっているのだから。
時間にして二時間ほどだろうか、俺たちは探査の出発地点にたどり着いた。
位置的に言えば旧名古屋市街の中心地区である。
西に行けば木曽川にぶち当たり、東に少し戻ればあの地下街があるといえば分かりやすいだろう。
「それじゃぁまずは……役割を分担しようか」
「って、考えてなかったの?」
遥に呆れられてしまった。
実を言うと飛んでる最中に次の事業のことを考えはじめてしまい、今回の調査を具体的にどうするのか考えていなかったのだ。
言い訳がましいが、というかまごうことなき言い訳だが、陽一さんに依頼をされてから細々としたことがあって碌に考える時間を取れていなかった。
「ごめんな遥」
「べつに謝らなくてもいいけど、そっか、わたしも考えるよ」
「ありがとう。それでさ、二人で動くのは効率が悪いと思うんだ」
「前みたいにわたしが記録に専念するのはだめなの?」
「うん、今回は浅いところにある車とかを探そうと思ってるんだ。前みたいにどの深さにあるか分からない大物を探すわけじゃないからな」
そんなことを話しているうちにいいことを思いついた。
というか悩む必要もないことに気が付いた。
「じゃぁ、分かれて探すわけね」
「うん、たしかに遥が言うとおりなんだけどさ、今回も探すのは俺ひとりでやろうと思ってる」
「じゃあわたしは?」
「遥には今日から数日間の生活を支えてほしいと思ってるんだ――」
俺が遥に提案したこと。
それは彼女に食材を集めてもらったり、料理をしてもらったり、水を汲みに行ってもらったりということをやってもらい、俺は森の中を走り回って鉱脈を探すことに専念したいことを説明していった。
獣がうろつく森の中に遥ひとりを残すことになるが、今の彼女の実力なら心配する必要がないし、逆に獣を狩り過ぎないように注意しておく必要があるくらいだった。
まぁその辺は遥も心得ているようで「そんなことは言われなくても分かってるわ」と怒られた。
「――こんな感じでどうかな?」
「いいんじゃないかな。でも、時間が余ったらわたしも探すからね」
「そのへんは任せるよ」
「それでね空、ちょっとだけお願いがあるんだけど――」
笑顔で納得してくれた遥だったが、少し言い辛そうに頼まれごとを言ってきた。
それは彼女には難しいことだが、俺には簡単にできることだった。
おそらく一花にもできるだろうが、遥はまだその域に達していないと悔しがっていた。
そんな彼女を見て可愛いと感じてしまうのはいけないことだろうか。
一花にはできると考えた理由は、彼女ならば刀に”気”をまとわせて俺と同じことができるはずだからだ。
いや、彼女なら”気”の力だけで俺と同じことができるだろう。
俺と遥は一花の域まで刀の使い方に精通しているわけではない。
人並み外れて”気”の力が大きい俺の場合は何とかなるが、遥の場合はそれも無理なので俺に頼んできたわけだ。
「わかったよ。手っ取り早く済ませてしまおう」
「お願いするわ。さぁ、はりきっていきましょう」
遥に発破をかけられ、俺は今巨木の前に佇んでいる。
その巨木は直径二メートルほどもあって、この森にはこんな木が至る所に生えていた。
で、なんでそんなことをしているのかといえば、テーブルと椅子を作ってほしいというお願いをされたからだった。
生木を切っても湿気っていて使えないなんて堅苦しいことを言う輩は、俺の鉄拳をお見舞いしてゴミ箱にポイだ。
多少湿気っていようが大自然の中で二~三日使う分には何の問題もない。
家の中で末永く使うわけでもないのだから。
なんてことは置いておくとして、俺は掌の先に”気”を集中させて見えない刃を形成した。
そしてそれを渾身の力で一振り。
すると巨木は軋む音もたてずに根元から倒れていった。
あとには少し歪な形をした円形のテーブルの出来上がりである。
倒した巨木はこのまま放置しておけば森の栄養になるし、使いたいと思えばこのまま乾燥させておいていつの日か持ち帰ればいい。
「あとは椅子だけか」
「それは分かるんだけど、空の力はいつ見ても桁外れだね」
そんなことを言いながらも、遥は呆れるとも感心するともとれる微妙な顔で頷いていた。
いつものことなので遥には構わずに倒れた巨木の端を切り取り、ブロック状にして椅子を仕上げる。
仕上げると言っても高さを調整するくらいしか手をかけない。
切り株の高さは一メートル強。
それに合わせて生木のブロックを切りそろえた。
「あとはこの根をなんとかしなくちゃな」
切り株を良く見ると、いや、よく見なくても根が張りだしてテーブルとして使うには適していなかった。
俺は再び”気”の刃を形成し、ザックザックと張り出した根を幹に合わせて丸く切り取っていった。
土の中に隠れている部分は無視し、地面と平行に根を切り取って段差が出ないように気を使ったつもりだ。
「こんなもんかな」
「ありがとう空。後の処理はわたしがやっておくわ」
「じゃぁ、俺はそろそろ行ってくるよ。昼メシ楽しみしてるから」
「まっかせなさい。美味しい手料理作って待ってるから」
手料理の部分を遥は強調して俺を見送ってくれたのだった。
俺はそんな遥を残し、森の中へと駆け出したのだった。




