第六十五話:名古屋方面開発計画その七
ランタンの明かりに照らし出された地下街は、当たり前のことではあるが俺の記憶にある二十一世紀の地下街だった。
暗くてはっきり確認できる状況ではないが、遥も高橋さんもツグミさんも目を丸くして、最初に感嘆の声をあげたあとはしばらく無言だった。
鈴音ちゃんを案内役に、一店舗ずつ中に入って残っている品々を確認していく。
服飾店関係が多く、畳まれている衣服の劣化はほとんど見られない。
雑貨屋や飲食店、小物屋とか酒屋とか本屋などなど、店種はあまり多くは無いが二十数店舗の店と、店舗奥のスタッフルーム? を見て回った。
時計店とかアクセサリ店とか宝石店が無かったのは悔やまれるが、あまり贅沢は言っていられないだろう。
「まだ取りこぼしが結構あるわね」
最後の店舗を出たあと、遥が俺の耳元で囁いた。
そしてそれは俺も同感だった。
「俺もいくつか確保しておきたいものを見つけたよ」
降りてきた入り口に戻ると、踊り場や階段の脇に集積しておいたお宝の引き揚げ作業が既に開始されていた。
「よう空、もう終わったのか?」
「ああ」
「で、どうだった?」
「俺も遥もいくつか取りこぼしを見つけたよ」
「多いのか?」
「俺が欲しいと思ったものはそれほど多く無いけどね」
「わたしの方もそんなに多くは無いかな。ココにあるお宝と比べると価値は落ちるけど欲しいと思ったものが十数点あったわ」
高橋さんとツグミさんは俺と遥の報告を興味深そうに聞いていたが、自分たちの取り分、すなわち残り物がまだまだ多数にのぼることが分かったのだろう、ホッとしたような顔になっていた。
「じゃぁ、打ち合わせの後俺と遥で取りこぼしを回収してくるから、引き続き引き揚げ作業をお願いできるかな」
「おう、任せとけ!」
阿古川哲也に作業の続きをお願いして見回り組五人は少し離れたところで今後のことを話し合うことにした。
踊り場から階段の下に場所を移してランタンを中央に置き、車座に座る。
「どうでしたか?」
そう俺が高橋さんとツグミさんに問いかけた。
すると、高橋さんが少し考えて口を開いた。
「予想していたよりずっと凄かったよ。高級品は残っていないみたいだけど、残り物は数があるし、状態もいいしボクたちの普段の稼ぎからしても多分何十倍もの稼ぎになると思う」
「そうですわ。それに、換金せずにわたくし自身が欲しいと思った品物も沢山ありました。特に神話時代の衣類や小物には心躍る――」
ツグミさんは瞳を輝かせて力説していた。
女性用の小物や衣類、化粧品なんかもかなりあったから、ツグミさんというか他の女子たちも、一部は換金せずに自分で使ったりするのだろう。
化粧品が今でも使える状態にあるのか俺には分からないし興味もないが、そこは遥に判断してもらえばいいと思う。
ただ、化粧品が今でも使える状態だったのなら、半分は残すように遥に助言しようとは思っている。
ツグミさんのあの興奮ぶりからして、化粧品が一点も残っていなかったら彼女はそうとう悲しい思いをすると思うし、他の女子たちも後々の反応が少し怖い。
なんてことを考えていたら、遥も同じことを考えていたようだ。
「そうですね。化粧品に関してはもし使えそうだったら半分は残しましょう。わたし達のメンバー女性三人だけでは多すぎて使えませんしね」
「ありがとうございます! 遥さま」
ツグミさんが感激の涙を流しているのは置いておくとして、俺的には店舗の奥で見つけた折り畳み式の自転車と何台か見つけたノートパソコン、本屋で見つけた専門書を確保したいと考えている。
全部俺が使いたいと思った物だ。
ノートパソコンについては使えるかどうか定かではないが、電力さえなんとかできれば使えると思うし、陽一さんも生きているパソコンは持っているようだった。
パソコンが使えればいろんなことが出来るし、貴族としての書類仕事の武器になることは間違いない。
自転車に関しては空気が抜けていたが、修理すれば間違いなく使えると思うし、街中では重宝するだろう。
専門書に関しては今ではなかなか知ることができない専門的な情報があるから、陽一さんというか国に引き取ってもらおうかと考えている。
二十一世紀の科学技術の一端でも復活できたら国の繁栄に大きく寄与できるだろう。
小説とかマンガとか週刊誌なんかは俺的にはあまり興味はないが、良い娯楽にはなると思うのでこれも陽一さんに相談してみようと思う。
「みんな聞いてほしいんだけど。本屋にあった本についてなんだけど、これは国に買い取ってもらおうと思うんだ。一応協会を通して代金は貰おうと思うんだけど、俺たちや協会の人だけじゃその価値を判断できないと思うし、量が多すぎて運び出すだけで大変だと思うんだ。だからここに残しておいて軍にでも運び出してもらおうと思う」
「そうよね……。わたしは空の意見に賛成だけど、高橋さんたちはどうかしら」
「ボクはそれでいいと思います。その他のお宝だけでも全部集めれば物凄い価値がありそうですから。ボクたちで運び出さないなら報酬も貰える立場にはないと考えています。設楽さんはどうかな」
「ええ、わたくしも本に関しては国に任せた方がいいと思いますよ」
遥や高橋さんは至極真剣に答えてくれたが、ツグミさんはわりとどうでもいいといったニュアンスだった。心ここにあらずでレディース用の小物とか衣類とか化粧品のことで頭がいっぱいのようだ。
「じゃぁ、最後の確認。俺が欲しいと思ったのは雑貨店の奥にあった折り畳み式の自転車とノートパソコンが数点かな。遥は?」
「そうねぇ……。女物の小物から数点と、衣類から数点。あとは化粧品とお薬が結構あったかな」
「薬は価値があるんだ」
「そうよ。特に痛み止めとか風邪薬とか、ほかにも色々あるけど」
「じゃあ薬は俺たちの取り分ということでいいかな」
俺は高橋さんとツグミさんを見てそう言ったが、ふたりとも意味が分からない? みたいな顔をして首を傾げていた。
「ボクたちに異論があるわけないよ。初めから余ったお宝を運び賃として貰う約束だったし、日用雑貨とか小物とか衣類とか台所用品とかそれ以外のもかなりのお宝が手に入りそうだからね」
「わたくしも異論なんてあるはずがありませんわ。わたくしたちみたいな右も左もまだ分かっていない新人にこれほどのお宝を分けていただけるのですから。それに、換金せずにわたくしが使いたいと思ったお宝も数多くありましてよ」
まぁ、半分以上は女性物の衣類や小物の店舗だったからツグミさんの言い分は理解できる。
「じゃぁ、話もまとまったことだし、俺たちも作業に参加しよう」
ということで、お宝の引き揚げ作業に参加したわけだが、陽が傾くだいぶ前には第一陣というか助っ人を頼んでの一回目の荷運び準備は終わっていた。
踊り場や階段に残ったお宝の量を考えると、あと二回ほど往復すればすべてのお宝を運ぶことが出来そうだ。順当に行けば一周間ほどで運び終わるだろう。
日暮れにはまだ時間がある。
かと言って今から出発するのはすぐに陽が暮れそうなので効率が悪い。
ということで、まぁ予定どおりなのだが今日はここで一泊し、明日の早朝発掘師街に向けて出発することになった。
皆でテントを張り、持ちよった食料で夕食の準備を始める。
火を起こして高橋さんたちが持参した大鍋を掛け、干し肉と近場に生えている食べられる野草でスープを作った。
俺たちが集めていた食料も少しだけ残っていたので、勿論それも鍋の中に投入してある。
その後、皆でワイワイと騒ぎながら夕メシを喰らい、酒は無いが陽が暮れてもかなり遅くまで盛り上がった。
そして皆が寝静まったころ、テントの中で阿古川哲也が話しかけてきた。
テントの中には俺と阿古川哲也しかいない。
「なぁ空。話があるんだ」
「何だ哲也?」
「報酬の取り分なんだけどさ。空と遥さんが探索している間に残った三人で話し合ったんだ。でさ、その結論なんだけど――」
阿古川哲也曰く、今回のお宝は均等に山分けするには額が多すぎるらしい。
だから今回のお宝は山分けじゃなくて、お宝を発見した俺と遥がその殆どを手にするべきだと進言してきた。
「そんなこと言ってもなぁ……。俺は均等に分けた方が後腐れないし、最初からそう言う約束だったじゃないか」
「お前の言いたいことはもちろん分かる。でもな空、遥さんに鑑定してもらう前でも今回のお宝の価値が尋常じゃないことは簡単に分かったし、俺たちが働いた対価と、空と遥さんの手柄を考えると均等に分けることが不公平に思えるんだ。美奈に聞いた話なんだが、他のパーティーじゃ、第一発見者の取り分が多くなることは当たり前だし、まぁ、取り分にはパーティーの中の力関係も関係してるらしいけどな。だから俺たちの方がおかしいんだ」
「でもな、お前はそれでいいかもしれないけど他の二人は?」
「鈴音ちゃんも美奈も俺と同じ考えだよ。これは三人で決めたことなんだ」
言いたいことは分かる。
が、簡単にはハイそうですかと認めるわけにはいかなかった。
「俺だけじゃ決められないから遥とも相談するけど、今回だけは均等に山分けにしたいと俺は考えている」
「お前もずいぶん頭が固いな。第一空、お前はあの大豪邸の維持費とか貴族の付き合いとかで金が要るんじゃねぇか? それを差っ引くと俺たちの方が残るカネはメタクソ多くなっちまうぞ」
「それはそうなんだけどな……。とりあえずこの話は後でだ。荷運びが完全に終わった後に五人でもう一回話し合おう」
ということで阿古川哲也との話は終わったわけだが、俺はなかなか寝付くことができなかった。
阿古川哲也はすぐに寝息を立てはじめたが、俺はその横で悶々と自分の考えを巡らせていた。
確かに阿古川哲也というか三人の言いたいことは分かる。
俺としては均等に分けた方が後腐れ無くていいと思っていたが、身に余る大金というのは、金に欲深くない一般人というか普通の人にとっては気が引けるものなのだろう。
何にせよ人付き合いというものは一筋縄ではいかないとこのとき俺は思った。
阿古川哲也たち三人の仲間が、俺の屋敷の維持費まで考えてくれているというのは正直感激したというか嬉しかったが、一度約束したことをそう簡単に反故にするのは、例え相手側からの提案で俺に理があることだと言ってもそう簡単に納得できない。
俺は頭が固すぎるのだろうか?
それともただの意地っ張りなのだろうか?
なんてことを悶々と考えていたらいつの間にか眠りに落ちていたようだ。
翌朝、いつまでも起きてこない俺を叩き起こしてくれたのは遥だった。
「空、朝ごはん出来てるわよ! いつまでも寝てないで早く起きなさい!」
皆に遅れて俺は朝メシを喰らい、そして俺たち一行は発掘師街への帰路に就いた。
大鍋とかの食器類はこの場に残し、パンパンに膨れ上がったザックを全員が背負っている。
先頭は阿古川哲也たち三人にまかせ、俺は遥の手を取って一行から少し遅れて最後尾に付いた。
最初遥は何事かと少しだけ挙動不審になったが、昨晩阿古川哲也に提案されたことを彼女に相談しておいたほうがいいだろう。
俺は遥の耳元で小声で話しかけた。
「遥、相談があるんだけど――」
遥の反応は予想していたより呆気ないものだった。
というかすぐに答えが返ってきた。
彼女の見解では約束を違えるのは良くないというか、あってはならないということだった。
カネが絡んだトラブルは発掘師という職業柄付き物なのは否定しないが、約束を一回でも反故にしてしまえば、噂が広がって一発で信用を失い、他の発掘師達とのまともな付き合いが出来なくなるとのことだ。
発掘師でなくともそれは当たり前のことだろう。
「じゃぁ、今回は最初の約束どおり均等山分けでいいよな」
「いや、今回は提案を受け入れた方がいいと思う。空が言いたいことも分からなくもないけどね」
「なんで?」
答えは簡単に帰ってきたが、遥の考えは俺とは少し違うようだ。
どうにも俺は頭が固いらしい。
「今回哲也君たちがした提案は約束の反故じゃないからよ」
「えっ? だって均等に分けるってのが約束じゃん」
「約束を反故にするっていうのは、言いだした方が一方的に得をしたり有利になったりすることよ。今回のは言い出した哲也君たちの方が取り分が減る。つまり不利になる提案だもの」
「じゃぁ遥は哲也たちの提案を受け入れたほうが良いっていうのか?」
「もう一回皆で話し合う必要はあるけど、そのほうがお互いの為になるし、今後の活動を考えると一度取り分についてルールを決めておいた方がいいわね」
遥の言うことも分からないでもない。
が、何か納得がいかないと思って少し考え込んでいたら遥が耳元で囁いた。
「あのね空、今回のお宝の総額はおそらく五千万を超えるわ。均等に分けたら一人当たり一千万以上。駆け出しの平民発掘師が手にしても碌なことにならない金額よ」
「つまり?」
「特級発掘師のわたしや元貴族家の鈴音ちゃんと貴族になった空はまぁ大丈夫だと思うけど、哲也君と水瀬さんには良からぬ輩が間違いなく近づいてくることになるわ。発掘師として実績を積んでそんな輩を寄せ付けないようになるまではね」
そこまでは考えていなかった。
確かに学生時代の俺が一ケ月やそこらのバイトで、簡単に一億手に入れたら碌なことにならないだろう。
遥は今まで何回も修羅場を潜ってきたというか、トラブルに遭遇してきたはずだ。
特級発掘師としてあれだけの人望と畏怖を集めていることを考えると、彼女にはそれ相応の人生経験があるのだと思う。
いや、無ければおかしいか……。
「分かったよ遥。運び出しが終わって高橋さんたちに地下街を引き継いだらもう一回俺たち五人で話し合おう」