第六十四話:名古屋方面開発計画その六
持ち込んだお宝をパレットに並べ終えたころ、五所川原会長が若い発掘師達を十数名引き連れて姿を現した。
その中のひとりが俺の前に進み出た。
「君は……」
「お久です高橋さん」
五所川原会長が連れて来てくれた発掘師に俺は見覚えがあった。
背が高く女にモテそうな、俺より少し年上に見える長髪の優男は、発掘師試験の時に共に受験した高橋直哉さんだ。
試験のとき、この人には世話になっただけあってよく覚えている。
「いやぁ、依頼主がまさか君だとは思わなかったよ。名古屋鉱山の発見といい、依頼の内容といい、さすが空君だね」
「そのとおりです。やはり空さまはわたくしが見込んだとおりの殿方でしたわ」
そう言いながら俺の前に迫ってきた少女も、試験のときに知り合った女性だった。
彼女は名を設楽ツグミさんといい、話し言葉から想像できるとおり、貴族家のお嬢様だ。
ツグミさんはいかにもお嬢様然とした立ち居振る舞いをする人で、発掘師の装備を身につけてはいるが、装備にしろ、身につけているアクセサリにしろ、いかにも高級品だと一目で分かる。
背は遥より五センチほど低く、艶のあるしっとりとした黒髪を綺麗に後ろで纏め、出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいるとても女性らしいナイスバディで綺麗な人だ。
しかし場合によっては、彼女は感情表現が豊かというか直情型で、貴族のお嬢様ではあるが、普段の性格はとても素直で懐が広い人だったと記憶している。
「まあっ! 遥さまではありませんか! わたくし、前からファンでしたの。ぜひ、握手してくださいませ」
俺の横に出てきた遥を見るなり、ツグミさんは感激の声をあげ、握手を迫った。
遥は面食らったような顔で、乞われるがままに手を差し伸べ、彼女の要望に応じていた。
「ありがとうございますっ!」
「ど、どういたしまして……」
なかなか握手を解こうとしないツグミさんに少し困惑気味の遥を見て、呆れ気味の笑顔で高橋さんが口を開いた。
「設楽さん。設楽ツグミさん!」
「わっ、わたくしとしたことがはしたない真似を。申し訳ございません。あまりに嬉しくて、我を忘れてしまいましたわ」
そう釈明しながらも未だ興奮が収まらない様子のツグミさんは、よほど遥のことを尊敬しているのだろう。
噂には聞いていたが、遥が女性の発掘師に人気があるという話は紛れもない事実のようだ。
「空君、詳しい話を聞きたいんだけど……いいかな?」
ツグミさんの行動に呆気にとられていた俺を、高橋さんが引き戻してくれた。
遥も彼の話を聞いて、これでまともな話ができると言いたげに安心したような顔でホッとしていた。
「そうですね。ここでは邪魔になるから外で話しましょう。五所川原会長、ありがとうございました」
五所川原会長にお礼を言って俺たちは卸し場の前から離れた。
その途中、高橋さんと少し話をしたのだが、高橋さんたちのパーティーは試験で一緒だった人たちが集まって結成されたようで、俺は何人かの顔を覚えていた。
ちなみに、リーダーは高橋さんが務めていて、サブリーダーがツグミさんらしい。
ちなみに、高橋さんたちのパーティーは「宵の月」というパーティー名だそうな。
俺たち五人は特にパーティー名を決めていないが、今後もこのメンバーでパーティーを続けることを考えると、パーティー名は決めておいた方が便利なのかもしれない。
「この辺りでいいかな」
「そうですね」
「まずは自己紹介といきたいところだけど、先に仕事の詳細について教えてくれるかい?」
高橋さんにそう問われ遥に視線を送ると、彼女は頷いただけだった。
彼と面識がある俺の方が説明役としては適任ということだろう。
「それじゃぁ説明します。五所川原会長にある程度は聞いていると思いますが、今回俺たちが依頼したい仕事は発掘品の運搬になります。そしてその内容と報酬なんですが――」
依頼する仕事の日程や内容の詳細、そしてその報酬を説明すると、高橋さんのパーティーメンバーから一様にどよめきが起こった。
その反応を見るに、彼、彼女らに不満は無いようだった。
というか、不満どころか喜色に満ちた顔が並ぶ様子を見るに、彼、彼女らにとってこの仕事はかなり美味しい依頼なのだろう。
「本当に君たちはその条件でいいのかい? ボクの意見だけじゃ決められないけど」
「もちろん構いません。この依頼を受けてもらえるだけで俺たちにとってはありがたいですから」
「空君たちが納得しているならボクは遠慮なくこの依頼を受けたいけど、まずは仲間たちと相談させてくれないかな?」
「もちろんいいですよ」
「じゃぁそうさせてもらうよ。回答は少し待ってもらってもいいかい?」
話しの流れに乗って思わず即答しかけたが、一応仲間たちの意見を聞いておこうと思って振り向いたら、皆が満足そうに頷いていた。
阿古川哲也はこの仕事を依頼することに消極的だったように記憶していたが、今の顔を見るに踏ん切りがついたのだろう。
「わかりました。ただ、明日の出発は早くなると思いますから夕食の後にでも聞かせてくれればそれでいです」
「了解、空君。ボクたちは一度テントに戻って話し合うから君たちの居場所を教えてくれるかい?」
と聞かれて、俺たちは今日の寝床をどこにするか決めていないことに気がついた。
「ちょっと待ってください」
とりあえずそう言って遥たちと相談し、どのあたりにテントを張るかを答えたあと、高橋さんたちと別れた。
今いる発掘師街は街とは言っているが、まだ宿屋どころか建築物の一つも建ってはいない。
当然宿屋など有るはずがなく、発掘師たちは思い思いの場所にテントを設営して寝泊まりをしているのが現状だ。
俺たちもそれに倣い、仲間たちとともに多くの発掘師達がテントを張っている場所に移動し、適当な空きスペースを探してテントを二張り設営した。
その後屋台が並ぶ一角へと移動し、美味い夕メシを堪能しながら会話に花を咲かせた。
夕飯が終わってテントに戻ろうとしたとき、ばったり高橋さんたちと会って依頼を引き受けてくれることを伝えられたのだった。
開けて翌日の早朝。
陽が昇る前に高橋さんたちと合流し、お互いを紹介し合ったあと、俺たちは再び地下街への道というか森に入った。
高橋さんたちのパーティーは十五人の大所帯だった。
互いに若いパーティーなだけあって打ち解けた俺たちは、道中楽しく話をしながら森の中を歩いていたわけだが、道案内は俺たち五人が代わる代わる務めることになった。
今の俺たちは総勢二十名の大所帯なわけだが、遥と水瀬さんを除く俺を含めた十八人は同期生なわけで、俺もそうだったが、阿古川哲也にも鈴音ちゃんにも顔見知りがいたようで、すでに中村さんのところのパーティーで活躍していたり、俺たちと豊田鉱山でひと暴れして勲章まで貰った二人は、彼、彼女らにとってすでにあこがれの対象になっているようだった。
もちろん俺も遥も水瀬さんもチヤホヤされていたが、水瀬さんは「私は何も特別なことをしていないし、特別な存在でもないわ」と、俺や遥とは違って普通の発掘師であるとアピールしていた。
偉そうに聞こえるかもしれないが、俺はすでにこんな状況には慣れてしまっているというか、慣れざるを得ない状況にここ最近置かれ続けているわけで、ごく自然に対応し、受け流している遥を見習って同じように対応するのに必死なわけで、女子にチヤホヤされたいと願っていたあの頃の俺を殴ってやりたい気分だった。
そんなことがありながらも、俺たちは前回野営した場所で再び野営し、翌昼頃に目的の地下街へと通じる縦穴へと辿り着いた。
「これが空君たちが発見した地下街への入り口なのかい?」
「そうです」
「深そうですね。わたくしには底が見えませんけど、どれくらいあるのですか?」
「掘ったのは仲間たちだけど、深さは二十メートルくらいかな。そこから五メートルくらい下に階段がある。狭い縦穴だから光が届きにくいんだ。目が慣れれば見えるようになるよ」
「さすが空さまですわ。そんなに深いところにある遺物を探り当てるなんて。わたくし、感動しています」
代わる代わる縦穴を覗き込む高橋さんの仲間たちをよそ目に、ツグミさんは潤んだ瞳で俺を見つめてきた。
「いやぁ、そんなことないですって。俺はただ”気”力が高いだけの男ですから。適材適所ですよ」
「こんなに凄いことをさも当然のように謙遜なさるところもステキですわ」
「いったん休憩したら案内するから、貴女たちは代表をふたり選んでくれるかしら」
暴走気味のツグミさんに戸惑っていると、遥が少しだけ怒気を孕んだ口調で注文を出した。
ツグミさんはハッと我にかえり、恥ずかしそうに返事をする。
「またご迷惑をお掛けしてしまいました。申し訳ありません。空さま、遥さま」
「さっ、設楽さん。言われた通り、僕たちの代表を決めましょう」
「ええ、そうですわね」
高橋さんの掛け声で、宵の月のメンバーは一か所に集まり地下街に降りる代表二人を決めることになった。
その間、俺たち五人も方針を再確認することにした。
「わたしと空で宵の月の代表二人を地下街に案内して、彼らの取り分になるお宝を説明するということでいいわよね?」
「うん、それでいいと思う。あらかた見せて回ったあとに宵の月の人たちには荷造りに専念してもらって、その間に俺と遥で地下街に残ったお宝の再見分をしよう」
「OKそれでいきましょう」
遥のOKが出たところで鈴音ちゃんがおどおどしながら手を上げた。
「あの、ちょっと待ってください遥先輩」
「どうしたの?」
「遥先輩や空さんは地下の状況をまだ見ていませんよね。だったら私か哲也君や水瀬さんが同行して説明した方が早いと思います」
鈴音ちゃんの提案に、遥は少しだけ考え込むそぶりを見せて答えを出した。
「たしかに鈴音ちゃんの言うとおりね。じゃあ鈴音ちゃんがわたしたちと一緒に地下街に降りて、哲也君と水瀬さんは宵の月のメンバーに荷造りを指導してくれるかな」
「任されました遥先輩」
「俺もそれでいいです。遥先輩」
水瀬さんも阿古川哲也も異論は無いようだった。
俺はこのパーティーのことはできるだけ遥に任せようと考えているから、彼女が決めたことにはめったなことが無いかぎり従うつもりだ。
もちろん、ただ従うだけじゃなくて提案はしていくつもりだが。
ということで俺たちの方針は決まった。
後は高橋さんたちだが……と、宵の月の方を振り向いてみれば、ちょうど高橋さんとツグミさんが俺たちの方に歩いてきた。
「地下街にはボクと設楽さんが同行することになりました。残りのメンバーにお宝の運び上げと荷造りを担当してもらうことになったから、遥さんたちのパーティーから指導する人を出してもらえますか?」
「わかりました。荷造りの指導はこの二人が担当するわ」
リーダー同士だからだろうか、それとも遥が相手だからだろうか、高橋さんの話し方がいつもより硬くて緊張しているようでもあった。
阿古川哲也と水瀬さんを紹介した遥の方は落ち着いて対応している。
「よろしくお願いするね。水瀬さん、阿古川君」
「こちらこそよろしく、高橋さん」
「おう、俺に任せとけ」
ふざけてふんぞり返った阿古川哲也の頭を水瀬さんがはたいた。
すると、遥と話をして緊張気味だった高橋さんから笑顔がこぼれた。
阿古川哲也のこういった行動は、自覚してやっているかどうかまでは分からないが、場の雰囲気を和ませてくれて助かっていると俺は思う。
「それじゃぁ、昼食を摂って一息ついたら地下に潜りましょう」
「分かりました遥さん。指導してもらう代わりに昼食の準備はボクたち宵の月が担当したいんですが、いいですか?」
「遠慮なくご馳走になろうかしら。みんなはどう?」
もちろん誰も異論を唱える者はいなかった。
そして和気あいあいとした昼メシののち、階段と踊り場に所狭しと並べられたお宝に驚く高橋さんとツグミさんを案内しつつ、俺たちは地下へと潜ったのだった。
鈴音ちゃんが掲げたランタンに照らし出された地下街に、俺たちは息を飲んだ。
高橋さんもツグミさんも、そして遥までもが驚きに目を見張っている。
ただひとり鈴音ちゃんだけが、少しだけ得意そうな雰囲気だった。
「これはまた……」
「神話時代の空間がここまで綺麗に残っているなんて……それに、なんて神秘的な造りなのかしら」
地下街の光景に高橋さんは絶句し、ツグミさんは感動して瞳が潤んでいた。
俺にとっては見慣れた当たり前の空間だが、ツグミさんの感覚が間違っていないのであれば、この時代に生まれた人々にとって二十一世紀の地下街は、どうやら神秘的に見えるらしい。
そんな彼女を見て、俺は少しだけノスタルジーというかホームシックというか居たたまれない気持ちに襲われたのだった。
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