第五十一話:妖魔討伐作戦にむけて
夕方になって、雪が降る中一花が疲れ切った表情で帰宅してきた。
けれども、俺の顔を確認した途端に笑顔を取りもどす。
「お帰り」
「ただいま、空お兄ちゃん」
ふたりで夕食をとりながら、今日あったことを聞いてみたら、三月のはじめに妖魔への攻勢をかけることになったらしい。
給仕の仕事は、少し前にもどってきた新人さんが務めてくれている。
たしか菜月さんといったはずだが、少し顔を紅潮させて俺と視線を合わせないようにしていた。
何かあったのだろうか?
さておき、一花によれば妖魔への攻勢作戦は、俺たちが持ち帰った紫水晶に端を発しているらしく、軍部主導で決まった作戦ではないとのことだった。
朝早くから会議に呼び出され、この作戦を知った彼女は、部下たちに指示を出したあと大公宮に足を運んで、陽一さんにクレームを入れるついでに事の経緯を聞きだしていた。
優先順位が逆のような気もするが、ぷんすかと怒りながら話していた一花にとって、この作戦がいかに得るものがない無駄なものであるということは十分に理解できた。
「――ということですから、今回は軍に所属していない人に召集はかけません」
「なら俺と遥は出なくてもいいんだ」
「ええ、もちろんです」
一花によると、今回の作戦は国会にあたる最高評議会で決まったらしく、軍部にはその拒否権がないらしい。
ここ富士大公国において、分権はきちんとなされているというわけだ。
しかし当然ながら、具体的な作戦詳細に関しては軍部に決定権があり、一花はその作戦内容を当初の無謀なものから無理のない作戦へと変更を指示してきたらしい。
詳細は部下に任せたから大丈夫だと言っていたが、それでも彼女の不満は、その話しぶりからありありと見てとることができた。
一花は俺と遥がこの作戦に駆り出されることはないと言っていた。
しかし、と、俺は考えてしまう。
「どうしようかな……」
作戦は二か月後。
一花にとってこれは仕事だから仕方がないことかもしれないが、俺はどうにも納得がいかなかった。
春に富士山跡地から湧き出してくる妖魔の数は、その規模からして、事前にちょっとやそっと減らしたところで変わることはないと思う。
以前に陽一さんも、富士山跡地に巣食う妖魔の規模が尋常な数ではないということを話していた。
俺は軍事の専門でも妖魔について詳しいわけでもないが、今回の作戦を決行する意味がわからない。
わからないなら……
「でもどうしてこんな作戦、評議会で決まったのかな」
「政治家が考えていることなんて私にはわからないわ。でも、ろくな考えじゃないことだけは確かね」
「そうなんだ」
とは言ってみたものの、やっぱり納得がいかない。
おそらく、政治家の勝手な都合で決められた無謀な作戦命令だということは一花の証言からわかった。
が、そんな作戦に彼女が従わらなければいけないことは、それがたとえ仕事だとはいえ、同情を禁じ得ない。
しかも、強い一花とくらべて命を落とす危険が高い一般兵にしてみれば、冗談はよしてくれよ、と言いたくなるだろう。
一花がもし赤の他人ならば、こんな心境にはならないだろうが、彼女は婚約者であり、すでに同居している家族同然の間柄なのだ。
そんな彼女が置かれた境遇、というほどのことではないかもしれないが、とにかく、そんな場所に彼女一人を行かせるなんて忍びないだろう。
というか、そんなことをしてしまえば男がすたる。
「わかった。俺、その作戦に参加するよ」
俺の意思表明に、一花は信じられないという感じで目を丸くする。
しかしその顔には、喜びの色が浮かんでいた。
「そんな…… 嬉しいけど、私たちに気をつかわなくてもいいんだよ」
「俺たちが持ち帰った紫水晶が発端なんだろ。だとしたら、責任を感じてるわけじゃないけど、けじめはつけておきたいんだ。それに、少しくらいはまともな作戦に変わるんだろ?」
「それはそうだけど…… 無駄足だよ」
「無駄足でもいいさ。一花ちゃんと一緒にいられれば」
「……ありがとう」
とまあこんなことが年始早々にあって、予定通りに遥と一花の実家に挨拶を済ませた。
どちらの家にも一泊ずつしたのだが、遥の家族からいつ式を挙げるのか、と、執拗に問い詰められた。
遥の父幸作さんからは、早く孫の顔を見せてくれと泣きつかれもしたが、彼女とはまだ婚約すら結んだ記憶がない。
もしかしたら俺がそう思っているだけで、会話の中で婚約が成立していたのだろうか。
まあ、遥の気持ちは聞いているし、俺もその気でいるから形式的な婚約は必要ないのかもしれない。
ただ、この時代にあるのかどうかわからないが、結納みたいな習慣については調べておく必要がありそうだ。
逆に一花との挙式については、彼女が次期国主だということもあって、すべてを国に任せることになっている。
そしてその挙式の時期なのだが、来年の春ということが既に決まっていた。
このことは、一花の実家に年始のあいさつをかねて泊りに行った際に聞かされたことだが、貴族の結婚の場合、婚約をして通常一年間くらいの準備期間が必要になるらしい。
どうしてそんなに準備に時間がかかるのか理由は分からないが、そういうもんだと別段気にはならなかった。
そして一花の実家では、正月ということもあるのだろうが、彼女の弟、太陽君七つにも会うことができた。
太陽君は教育が行き届いているのだろうか、まさにお坊ちゃまという感じで、その幼い顔立ちは、かつての一花を思い出させるものがあった。
さらに、希美花さんのお腹が大きくなっていることにもびっくりさせられた。
予定日は、ちょうどあの妖魔討伐作戦が決行されるころらしい。
それはそうと、一花には十七になる妹と、十四の弟、そして十二の妹がいるとは聞いていたが、今は和国の学校に留学しているということだった。
年に一度お盆のころに帰省しているらしいが、二、三年に一度、用事のついでに陽一さんや希美花さんが会いに行くこともあると言っていた。
十八になって成人したら大公国に帰ってくるらしいが、それまでは親元を離れて和国で生活しなければならないそうだ。
というのも、国主の継承権をもつ子供は、親から甘やかされないように親元を離れて育てることが和国のしきたりらしく、陽一さんと希美花さんはそれに倣って子供を和国のとある学校に預けているらしい。
和国のその学校に入学できるのが十歳からで、その年になったら太陽君も留学することになるということだった。
大公国にも当然学校はあるが、貴族がはいれるような寮が整備されているわけではなく、教師の質も経験も優っている和国の学校に留学させたと希美花さんは言っていた。
一花もその学校の卒業生らしい。
どうやら希美花さんはかなりの教育ママのようだ。
さらに、陽一さんの第二夫人と第三夫人とその子供たちも紹介されたのだが、人数が多くて全員をおぼえることができなかった。
彼女らの子供には国主の継承権がないそうで、将来国の要人となるための教育がなされているそうだ。
そしてもちろん、陽一さんの第二夫人と第三夫人は、男だったら誰もがうらやむような美人さんだった。
とは正直な感想だったが、それよりも俺が気になったのは、よくぞこれだけの子供を作ったということだ。
今は留学している、希美花さんとの間にできた子供も含めて指折り数えてみたら、なんと陽一さんには十二人の子供がいたのだ。
しかも、下はまだ一歳らしいし、希美花さんも身ごもっているということだから、これからもたぶん増え続けていくのだと俺は考えている。
もし俺に一花や遥みたいな可愛い相手がいなかったら、嫉妬の炎を燃え上がらせていたのはまちがいない。
というか、よくよく考えてみれば、陽一さんにこれだけの子供がいて、今なお増え続けているということは、そうなるだけのことを彼がしているということになる。
心の中での話だが、この絶倫野郎、という称賛を俺は陽一さんに送ることにした。
そしてこうも思った。
俺も今からカネを溜め、そして体力をつけ、来年春に解禁される桃色に彩られた夢の時間を存分に満喫するための準備をはじめなければ、と。
そんなこんなで有意義な誓いをたてた正月がおわり、一花と遥との仲も深めることができた二か月が過ぎていった。
明日は妖魔討伐作戦の決行日であり、あと二時間ほどで就寝時間だが、俺がその二か月で何をしていたのかを伝えておかねばなるまい。
まず、正月休みが明けてから急に貴族との人付き合いで忙しくなってきた。
それから執事さんも雇った。
どんな人かといえば、陽一さんに紹介された高見さんという見た目五十歳くらいの、落ち着いた感じのある人だった。
高見さんと使用人の人たちとの関係も良好で、とくに天音さんには喜ばれた。
さらに時間の合間を見て、俺はもう一つの行動をとっていた。
その行動とは、もちろん夜の性活を有意義に過ごすための特訓のことではない。
いや、その特訓は毎日欠かさずに続けているのだがそれは置いておくとして、中途半端な習得に終わっていた飛行術の訓練をしていたのだ。
というのも、正月の挨拶まわりが終わった直後に訪れたヒマな一日、疲れを癒すために、部屋でひとりボーっといろいろな妄想をしていたら、カッコよく飛ぶための方策に思い当たった。
その元になったのが”気”を使って夜の性活を豊かにする妄想だったので、閃いたという言葉は使わないでおく。
そしてその元になった妄想というのが、女の人が気持ちよくなると言われている秘孔をいかに”気”を使って刺激する、というか突き上げたり、押し広げたり、撫でまわしたり、振動を与えたりするためにはどうしたらいいか? というものだったので、一花や遥に秘孔術、いや、飛行術を披露した時に恥ずかしい思いをしないように、良い言いわけを考えておく必要がある。
もちろん、一花や遥に試してみようと思っている究極の秘孔術も、何種類か完成の域に到達しているし、今後もその開発を止めるつもりはない。
自分でも何を言いたいのか解からなくなってきたが、とにかく今いえることは、夜の性活を有意義で充実したものにするためには、日夜努力することを怠るわけにはいかないということだ。
もちろん彼女らを気持ちよくすることだけを考えているわけではなくて、俺自身がそうなることも併せて、秘孔術の特訓をしていることは言うまでもないが、究極的には肉体のかかわりをもたなくても、遠隔操作で俺と彼女らが同時に満たされる技術を開発していこうと考えている。
これは秘孔術という画期的な技術を考え、密かに命名した俺がなさなければならない崇高なる使命なのだ。
というか、俺はさっきから何を力説しているのだろうか。
何か重要なことを伝えようとしていたことは間違いないが、それが何なのか思いだせなくなってしまった。
こうなったらもうやけくそだ。
もとい、明日の作戦決行を前に、今俺にできる最善なことをしておこうじゃないか。
今、寝室に敷かれた布団の上にあぐらをかいて瞑想するふりをしている俺にできること。
それはもう秘孔術の訓練しかあるまい。
いや、訓練してばかりでは新しい技は思いつかない。
今までは、二十一世紀のころにNETで見ていた、エロいかがわしい動画を思いだしながら、主に女性の一番大切な部分やその周辺をいかに効率よく刺激し、そして止めどなく襲い来るような快感が得られるような技術を想像し、開発してきた。
しかしそれだけでは、究極の悦びと快楽をパートナーと分かち合うことはできないだろう。
さすれば、体全身が否応なく反応し、抗おうとする意志さえも瞬時に挫いてしまうような、名付けるとするならば、性なる秘奥義、いや、究極性秘奥義を開発していこうではないか。
”気”を駆使した夜の性活のための究極性秘奥義。
それはこの時代に生きる男たちならば、いや、女であろうとも是非にでも身につけたい技術だろう。
実際に女の人とそういったエロ悦ばしいことをした経験がいまだにないDTな俺にとって、かつて性典として活用するために収集していたエロい動画の記憶を参考に、想像力というか妄想力をフル活用するしかないのが口惜しいことこのうえない。
が、いずれは一花や遥と協力して究極性秘奥義を極め、彼女らとともに充実した夜の性活を堪能している自分を想像すると、今できるかぎりの努力をしておくことが欠かせないことは間違いないのだ。
なんてことを悶々と考えていたら、睡魔が襲ってきて布団にもぐりこんだ。
というかここ最近の就寝前はいつもこんな感じなので、一花と遥との新婚性活が待ち遠しくて仕方がない。
どうしても我慢できなくなったら、使用人さんたちと間違いを起こす前に、まずは一花に打ち明けて婚前交渉を頼んでみようか……
いや、いっそのこと押し倒して欲情をぶつけてみるのも……
と、そこまでは記憶に残っていたが、いつの間にか眠ってしまったようで、翌朝天音さんに起こされて、俺は妖魔討伐作戦決行の朝を迎えたのだった。




