第五十二話:妖魔討伐作戦その一
三月一日の朝、俺は一花を迎えにきた馬車で軍本部へと向かった。
ついて来るだろうと思っていた遥も、もちろん一緒だ。
一花が憂鬱そうな雰囲気を少しだが漂わせているのに対し、遥は特訓の成果を見せると張りきっていた。
軍本部に到着し、馬車を降りた俺たちを出迎えてくれた藤崎さんに先導される形で奥へとむかう。
大きな建物の脇を通り、演習場だろうか、建物の裏手に見えてきた広大な広場には、ざっと見ただけで万は超えるだろう軍人さんたちが一部のみだれなく整列していた。
いや、右奥の方に見える数百人の一団だけが、軍服の色というか華やかさが違うし姿勢もだらしなく見える。
「あれは?」
「作戦の首謀者たちよ。予備役だけど自主参戦するらしいわ」
忌々しそうにそう言って、華やかな軍服の一団をちらりと一べつした一花は、用意された演台へと向かって歩を進めた。
その演台の下というか横には将校らしき人たちが十人ほど並んでおり、俺と遥は藤崎さんに案内されてその末席へと加わった。
演台に上がった一花と、その前にずらりと整列している軍人さんたちをちらりと横目で見ると、高校に通っていたころの、校庭での全体朝礼を思いだしてしまった。
俺が通っていた高校は、全校生徒五百人くらいだったから、その規模は全く違うが。
「わが大公国の誇りある兵士たちよ、明日の早朝より我々は忌まわしき妖魔どもへと攻勢をかける。民を害し、安寧な生活を脅かす妖魔どもに遠慮はいらない――」
演説をはじめた一花は、さっきまでのイラついた雰囲気を完全に振りはらい、キリリと引き締まった表情で兵士たちの士気を煽っている。
ここまで来る途中の馬車の中で話していたことだが、兵士たちの生存率を上げるためにも、彼、彼女らの士気をくじくような振る舞いは避けるようにということだった。
一花はそれを実践しているようだ。
兵士たちに見せる彼女の表情、そして台詞回しまで、俺が知る一花とはかけ離れたものだった。
宝玉採取の旅で兵士に接していた時でさえ、こんなに凛々しく、雄弁な彼女を見ることはなかった。
旅に同行した兵士たちが精鋭だったからということだろうか。
それとも、別に理由があったのだろうか。
俺には分からなかったが、このときの一花には、たぐい稀なるカリスマがあった。
そしてそれは、兵士たちが彼女を見上げる表情が証明していた。
陶酔といったら言い過ぎだろうか、一花の言葉に聞き入っている兵士たちの表情からは、ある種信仰にも似たものを感じることができた。
演説を終え、演台から降りたた一花とともに、俺たちは出陣していく兵士たちを見おくった。
何せ兵士たちの数が数だ、三十分以上も延々と続く隊列を敬礼で見おくる一花たちに俺も倣ったのだが、しまいには上げた右腕が重くてしょうがなかった。
それでも兵士たちにだらけた姿は見せられないから、凛々しく敬礼を続ける一花を見習って、俺も表情を崩さずに最後まで兵士たちを見おくった。
兵士たちの隊列が途切れたあと、俺たちも戦場へ向けて出発することになっている。
が、兵士たちは徒歩で戦場まで向かうため、俺たちが軍本部を出発したのは昼過ぎのことだった。
そして俺たちが乗る馬車が到着した時、戦場を見下ろす丘には無数の大きなテントが設営されており、今日はここで一泊して明日の朝それほど早くない時間に作戦が決行されるということだった。
「鵜ノ木凛だ、よろしく頼む」
「空といいます。こちらこそよろしく」
戦場に到着して、一花に紹介されたのは鵜ノ木凛さんという見た目二十五歳くらいの凛々しい女将校さんだった。
というのも、一花は全体の指揮を執るため作戦時に俺の相手をすることができない。
そこで、軍の中に入って戦ったことがない俺と遥に、いろいろなことを教えてくれるために彼女が選ばれたらしい。
凛さんは俺よりも少しだけ背が高く、見惚れるようなモデル体型の美人さんで、茶色がかった短めの髪に白い鉢巻がよく似合っていた。
しかも胸が大きく、ついついその軍服を破らんばかりの膨らみに視線が固定されてしまいそうになるが、そのつど一花が、氷のような笑顔のまま肘で突いて俺をたしなめた。
ついつい豊満な胸に目が行ってしまうのは男の性なのだから一花にもわかってほしいものだが、それは無理な注文なのだろう。
さておき、凛さんから受けた説明では、今回の作戦では俺たちの出番はない可能性が高いということだった。
というのも、今回の作戦ではあまり深くまで妖魔が徘徊する領域に入らないことがすでに決まっているかららしい。
俺は一花から聞いてある程度は予想していたことだったが、作戦の内容を知らされていなかった遥は、出番がないだろうと聞いて少し残念そうにしていた。
もし俺たちに出番があるとすれば、兵士たちだけではさばききれない数の妖魔が押し寄せたときか、カテゴリー四以上の妖魔が出現したときだということだった。
「――ということだから、空殿と遥殿は私の合図があるまでは後方にて兵士たちを見守ってほしい」
「わかりました。それで、今日は自由にしてもいいんですか?」
「ああ構わん。だが、一般兵たちはどうしても貴族に対して身構えることがあるやもしれん。そうなってもどうか気を悪くしないでほしい。彼らに悪気はないのだから」
「ええ、気に留めておきます」
とは言ってみたものの、身分制度に慣れていない俺にとって、少し寂しい凛さんの忠告だった。
こんな気持ちは、俺が生まれた時代だったら、大企業の役員さんクラスが平社員に対して接するときに近いのだろうか。
「では、決行の時まで自由に過ごされよ。これから私は部下たちとの打ち合わせがあるが、用があるときは遠慮なく申し出てくれ」
「そうさせてもらいます」
俺たちに説明を終えて去っていく凛さんの後ろ姿は、凛々しいというか勇ましいというか、頼りになるお姉さんといった感じだった。
凛さんみたいな人にリードされてDTを卒業するのも悪くないかな。
なんてことを妄想していたら、顔に出てしまっていたのだろう、一花と遥にほっぺと脇を同時につねられてしまった。
さておき、明日の朝までは自由時間になったわけだが、まだ夕方までは時間があるというこの状況でやることが無くなってしまった。
すでに昨日のうちに、部下たちへの指示を出し終えている一花は俺の傍から離れる気はないようだ。
やることもないし、何かすることがないなと考えていたら、そういえば一花と妖魔のこととか軍のとる戦術とか、そういうことについて話をしたことがないな、ということを思い出した。
「ところで一花ちゃん、富士山跡地の妖魔って何千年もずっと湧き続けてるの?」
「言い伝えではそういわれてるけど、記録が残ってないからわからないわ」
「そうなんだ。規模はどんなかんじなの?」
「知られている範囲だと、妖魔の数は都心とおなじくらいで最大規模よ。ただし、妖魔の強さで言ったら都心の方が上らしいわ。私は都心に行ったことがないけど、お父様がそう言っていたから」
「陽一さんは都心に行ったことあるんだ」
「ええ、和国にいた発掘師時代のころに何回か行ってたみたい。私は小さかったから覚えてないけど」
陽一さんは発掘師時代に一財産築いたと言っていたけれど、都心に行って荒稼ぎしたのだろうか。
今後のことを考えるとカネはいくらでも必要になるから、今度詳しく聞いてみようと思うが、都心に行けるのはいつになるかまだ分からない。
それはそうと。
「都心の妖魔が強いって一花ちゃんは言ったけど、具体的には?」
「お父様の話だと、実態をもたない”妖気”だけの妖魔と、妖魔化した人が多いらしいわ――」
一花は少し言いにくそうに話してくれた。
彼女は小さいときに一度”妖気”に侵されて死にかけたということだったから、それを思いだしたのだろうか。
”妖気”に侵されて死んだ人は放っておくと妖魔化するらしいから、間違いないと思うが、一花を都心に連れて行こうとは考えない方がいいだろう。
さておき、妖魔の強さに関しては、都心にはカテゴリー四以上の妖魔が多いらしく、広範な”妖気”溜まりが点在しているらしい。
そして、特に地下がヤバいことになっているそうで、できるだけ地上を進んだ方がいいそうだ。
ただし、お宝は地下に眠っている場合がほとんどなので、あらかじめ目標地点を決めて潜った方が良いと思った。
面倒でも地上から”気”溜まりを探っていくしかないだろう。
注意が必要なのは妖魔化した人間らしく、カテゴリー一から五まで幅広く存在しているということだった。
強さを見分けるには、内包している”妖気”から判断するしかないということだった。
パッと見ではわからないから、遭遇した場合は慎重な行動が求められるらしい。
そして、実態をもたない”妖気”だけの妖魔は、”気”力千以上の発掘師や軍人ならば脅威ではないということだった。
その理由は、”妖気”だけの妖魔には物理的攻撃手段がないかららしい。
つまり、”気”力千四百を超える遥なら大丈夫だということだ。
それを聞いた遥は、ほっとしたように胸をなでおろすしぐさをしていたので、俺が都心に行くと言ったらついて来る気なのだろう。
肝心の富士山跡地の妖魔に関しては、中心部まで潜入した人間がいないので正確なことは分からないが、湧き出してくる妖魔はカテゴリー二までが大半を占めるらしく、カテゴリー三以上の妖魔を見ることは稀だと言っていた。
ただし、去年の春はカテゴリー三と四の妖魔が多かったらしく、気を抜くことはできないとも言っていた。
今回の作戦では、まだ活動期に入っていない妖魔をあまり刺激したくないというのが一花の本心であり、誘い出す妖魔は低ランクを狙い打つそうだ。
そしてその仕事にはこの前の旅に同行した小隊の兵士たちがあたるそうだが、彼、彼女らは斥候としての任務のスペシャリストらしく、不意打ちをされないかぎりはキッチリとした仕事をこなしてくれるだろうとも一花は言っていた。
ただし、それでも富士山跡地の妖魔活動域に侵入することは、何が起こるか分からない危険性を孕んでいるらしく、一花はそのことをしきりに気にしていた。
ならば。
「そういうことだったんだ。それなら俺が偵察に行こうか?」
一花にとって俺の提案は意外なものだったのだろう、キョトンとしてしばらく固まってしまった。
遥も目を丸くして驚いている。
「危険すぎるわ。空様の”気”の量と強さは妖魔を刺激しすぎる恐れが……」
一花の言いたいことは尤もな話だが、俺にはとっておきの秘策があった。
彼女は俺の心配をしているわけではなく、大量の妖魔が誘い出されることを心配しているということも分かった。
しかし、確かに俺一人で偵察に行くには問題もあった。
その問題は一花が心配していることとは違う話だが、やはり専門家の力を借りる必要があるだろう。
「わかった、それなら一花ちゃんも同行してもらうことにしようか」
「えっ? そんなことをしたら余計に……」
「大丈夫だよ。一花ちゃんは”気”の流出を抑えてくれるだけでいい。俺に任せてくれ。それから遥、さすがに二人抱えて飛ぶことはできないから」
俺の発言に今度は一花が目を丸くした。
遥も同じように驚いているようだったが、薄々感づいていたのかそれほど驚いたようには見えなかった。
「わかったわ。空の言うとおり大人しくしてるね。悔しいけどわたしじゃ偵察はできないから。けど、浮くだけじゃなくて本当に飛べるようになったんだね」
なんだか最近遥の言動がしおらしくというか、女らしくなったように感じるが、それは差し置いても、少し寂しそうに見えるのは、やはり行動を共にしたいという本心が滲み出しているのだろう。
「本当に飛べるようになったの? 浮くだけじゃなくて」
まともに飛行できるようになったのは、人には言いにくい妄想から”気”で翼を形成することを思いつき、密かに特訓した成果だった。
「ああ、二人には内緒で特訓してたんだけど一花ちゃん一人くらいなら抱えても問題なく飛べると思うよ」
「おめでとう! 私も訓練してるけど、ようやく浮かぶことができるようになった程度だから、やっぱり空様は凄いです」
こうも面とむかって凄いと言われると、かなり照れくさいことは確かだが、一花ほどの美少女に両手を握られて喜んでもらえたのは嬉しかった。
遥も嬉しそうに俺のことを見てくれているから、あまり心配はしないで良さそうだ。
「じゃあ行こうか」
そう言ってヒョイと一花をお姫様抱っこしたら、両手を口に当てて赤面されてしまった。
しかしその顔には喜びが溢れ出ていて、しまいにはウルウルとした瞳で俺を見つめるもんだから、照れくさくて俺まで顔の温度が上がった様な気になった。
一花を抱えた俺は、地上十メートルくらいまでそのまま浮上すると、背中から”気”の翼を出して、大きな円を描くように空高く舞い上がった。
地上には、目を見開いてポカンと口を開け、俺たち二人を見あげている大勢の兵士たちの姿が見える。
俺は彼、彼女らを眼下に、富士山跡地へと飛び立った。




