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第四十七話:宝玉採掘その十四

 その結晶は、崖の下に傾斜するようにして溜まった小山の中に薄紫色の光を放っていた。

 ずいぶん遠くからだったが、俺の超強化されたまなこが捕えたそれは間違いなく紫水晶だ。


「見つけたぁ!!!」


 そう叫んで俺は走りだしていた。

 それはもうすべてをぶっちぎってダッシュした。

 そして石くずの手前で急ブレーキ。

 もう俺の目にはその石しか見えていなかった。

 全体的に白みがかっているが、その結晶の頂点付近が薄い紫色に染まっている。

 質のいい紫水晶ではないし、色のついている部分も少ない。

 しかし、この崖の中に鉱脈があることは確かだ。

 しかも、小石がたまった中にはいくつもの紫色の輝きが見えていた。


「ついに発見されたのですね」


 俺のすぐ後ろから覗き込むようにして一花が顔を出した。

 遥も寧々ちゃんも他のみんなも俺の周りに集まってきた。

 俺は振り向いて一花に紫水晶を手渡す。

 一花は、手にとったその石をまじまじと見つめている。

 俺は小石の山からべつの紫水晶を手にとって皆に見せる。


「これは価値がないくず石だけどね。でも、この崖の中に鉱脈がある。”気”を使って探れば質の良い宝玉がみつかるはずだ」


 ゴクリと生唾を飲みこんだ皆をよそ目に、俺は手にしていた紫水晶のくず石をポイと投げ捨て、崖に視線を集中した。


「ああっ、なんと勿体ないことを」


 それは藤崎さんの声だった。

 藤崎さんは森の中に消えた紫水晶から視線を俺に戻すと、信じられないものでも見るように目を丸くして俺を見ている。


「えっ!? だってあんなくず石じゃ役に立たないでしょう」

「とんでもない! あの質の宝玉でも、一般兵の武器には十分すぎる強化になりますぞ。そもそも一花様や空殿がお持ちの――」


 完全に認識が違っていたらしい。

 藤崎さんによれば、かつて俺が一花にプレゼントした結晶は、超高品質なものであり、”気”の増幅力が強すぎて一般兵には手に余るシロモノだったらしい。

 あの品質の宝玉を使いこなすためには、遥クラスの”気”力が必要なのだそうだ。

 あの女小隊長でも手に余るシロモノらしい。


 かといってあの品質の宝玉を一般兵が使えないかといえばそれも違って、二ミリ程度の小粒に分けて使えばいいそうだ。

 ただし、そんな勿体ないことはよほどのことが無いかぎりしないらしい。

 よくよく考えれば当然で、そんなことをするくらいなら”気”力千越えの高官に使わせた方がよっぽど戦力の向上につながるということだった。


「――でありますから、貴重な宝玉をあのように」

「藤崎!」


 長々とお説教じみた講釈を垂れていた藤崎さんを一花が一喝した。

 その一喝にビクッと反応した藤崎さんは、肩をすぼめてやらかしちまったことを自覚したように口を半開きにした。


「も、申し訳ありません。ついつい熱くなって、空殿にはとんだご迷惑を」

「そんなに恐縮しなくてもいいですよ。それに、俺も宝玉の価値がよく分かりました。この目の前にある小石の山をまずは分別しましょう。藤崎さんは指揮をお願いします。寧々ちゃんと高木さんは分別に参加してもらって、福井の国の取り分を確保してください」


 そう話した俺は、一花と遥を少し離れたところまで引っ張った。

 チラッと小石の小山を見ると、藤崎さんが指示を出し、小隊の兵士が大き目のスコップを使って小石を分別しやすいように分けていた。

 俺はそれをしり目にして一花と遥に方針を伝える。


「まず一花ちゃん」

「はい」


 一花は真剣なまなざしで俺を見つめてきた。


「一花ちゃんは宝玉がみつかったあたりの崖の上を調べてほしいんだ。どこかに宝玉の層が露出しているはずだから、それを見つけてほしい。見つかったらそこを掘り進めて」

「わかりました」


 と、胸の前で握り拳を作った一花は、さっそく藤崎さんに何やら指示を出している。


「そして遥は俺と発掘師としての仕事だ」

「はい。ようやくわたしの出番なわけね」


 そう答えた遥は、少しホッとしたように、しかし嬉しそうにやる気を出したようだ。


「そういうこと。この崖の奥にもしかしたらずっと品質が良い宝玉が眠っているかもしれない。だから”気”を使ってその反応を探してほしい」

「わかったわ」

「俺が崖の左側を見るから、遥は右側を頼む」

「了解」


 やる気をみなぎらせた遥が、ツルハシを右手に崖の右側へ走っていった。

 それを見届けた俺は、崖の左側へゆっくりと歩を進めた。

 焦る必要はない。

 もう一つ目の鉱脈を見つけたのだから。


 なんて余裕をかましていたら、分別をはじめた兵たちから歓声が上がりはじめた。

 俺は崖に右手を当てて”気”を送り込みながらも聞き耳をたててみると、どうやら見つけた数を競い合っているようだ。

 ときおり寧々ちゃんの、ありましたぁ、という可愛い声が響いてくる。


 そして俺の方はといえば、けっこう苦戦していた。

 この崖自体に結構な密度で質の悪い紫水晶がまぎれている。

 俺としては強い反応を探しているのだが、質の悪い紫水晶が邪魔して効率的に探れなかった。

 もういっそこの崖全体を打ち砕いてしまおうかとも考えたが、けっこう高い崖で、上の方が崩れて大変なことになりそうだ。

 ので、自粛する方向で地道に探していると。


「空様! ここに宝玉が密集しています」


 という一花の声が聞こえてきた。

 彼女は”気”を使って、器用に垂直の崖にへばりつき、地上五メートルくらいのところで俺の方を見ている。

 どうやら確認してほしいのだろう。

 そう考えた俺は、彼女と同じ方法で崖をよじ登って一花のすぐ横まで移動した。


「たしかにこの層が崩れ落ちたのが下に溜まったみたいだね」


 一花が見つけた場所には、質は悪いが大量の紫水晶が詰まった大きな晶洞が潰れたような、幅十センチほどの層が横方向に二メートル強露出していた。

 下を見ると、もうほとんど崩れ落ちた小石は持ち去られている。


「この層を掘り出せばかなりの数が確保できそうだね」

「ええ、でもどうやって掘り出すのですか。上が崩れてきそうで危ないです」


 たしかに一花が心配するとおり、やみくもにツルハシを振るえば、高さ二十メートルはありそうな崖が崩落しそうな気がする。

 崖の上側を全部崩すのはあまりにも大変そうだし、時間もかかるだろう。

 採掘期間にはまだ十分余裕があるから最悪はそれでもいいが、積極的にやりたいとは思えない。

 ならばどうするか…… と、考え込んでいたら。


「あった! あったわ空」


 三十メートル近く右に移動していた遥からも発見の報告があった。

 彼女は高品質の反応を探っていたはずなので、期待できそうだ。


「一花ちゃん、簡単には掘り出せそうもないし、遥も見つけたみたいだし、どうするか一度皆で打ち合わせしようか」

「……そうですね。このままここで考えても答えがでそうにありませんから」


 意見が一致したので、俺は遥のところまで行って彼女が見つけた反応を確かめた。

 反応は十メートルほど奥に入り込んだところにあって、なるほど強力な”気”の増幅反応がある。

 高さはほぼ俺の頭の位置だった。


「でかした遥。これで旅の目的は達成できそうだ」


 俺は満面の笑顔で遥を労わる。

 嬉しそう、というよりはホッと安心したような感じを受ける笑顔を見せた遥に、一花が見つけた潰れた晶洞の状況を説明し、掘り出し方の打ち合わせをすることを告げた。

 でもその前に。


「――で、遥の意見を聞きたいんだ。今から見せるからプロとしての見解が欲しい」


 そう言って遥をひょいとお姫様抱っこし、未完成の飛行術で件の物とその周囲をじっくりと見てもらった。


「だいたい分かったからもういいわ。視線が痛いからそろそろ降ろして」


 頬を染めたまま居心地が悪そうにしている遥を降ろし、少し機嫌が悪そうな一花と、あわわわ、と、動揺しているというか、見てはいけないものを見てしまったというか、でも少し羨ましそうにしているというか、嬉し恥ずかしそうに俺と遥を見ている寧々ちゃんと、その他主要メンバーで採掘方法を打ち合わせた。

 その結果、ほとんどが遥の提案というか、ベテラン特級発掘師の提案に意見する者など現れなかった。


 結果、小隊を二手に分け、崖の中腹にある紫水晶のところまで足場を組み、ツルハシ手はなくスコップで丁寧にその上方を抉っていくことになった。

 足場にはスコップで崖を掘る係と、万一落石があったとき、それに対処する係を配置し、一花がその指揮を執る。


 遥が見つけた質の高い紫水晶の採掘は難易度が高いらしく、きわめてもろい地層を掘り進めるにあたって、崩落防止の木枠を設置しつつ慎重に掘り進めることになった。

 当然その指揮は遥が執る。


 今日はさしあたって足場や木枠をつくるための木材の伐採と、それを切りそろえたりする作業をすることになったが、人数がいるおかげで、日が傾く前に作業を終えることができたのは幸いだった。


「みんなお疲れ! 今日はここまでにして明日のために英気を養おう」


 俺一人だけ流していた作業をやり終えた感いっぱいの爽やかな汗をぬぐいつつ、そう宣言したら、小隊の兵士たちから歓声が上がった。


 なかなか見つからずに苦労はしたが、探索期間の期日にまだだいぶ余裕がある段階で、目標数をはるかに上回る成果を手にできるめどが立った。

 後は事故が起こらないよう、慎重に採掘作業を終わらせるだけだ。

 ということで、お祝いと慰労の意味をこめて宴を開くことになった。

 持参した食料も帰りの行程を楽にする意味もあって、大盤振る舞いの食い放題に近い状態だ。

 というか俺には必要ないシロモノだが、酒を持ってきていないので、せめて腹いっぱい食ってもらおうと思った。

 俺はその宴で一花の機嫌を直すのに必死で、ろくにメシがのどを通らなかったわっけだが。


 さておき、そんな宴が終わり、寧々ちゃんたちと稽古をした翌朝から採掘作業がはじまったわけだが、足場を組みたてる採掘班は、富士大公国一のアイドル的存在である一花が直接指揮しているとあって、兵士たちの張りきりようがもの凄く、一糸乱れぬ連携と相まって、瞬く間に足場が組みたてられていった。


 一花の前で女小隊長が班分けが発表した時、感極まった一人の兵士が涙を流しながらビシッと敬礼して「か、感激でありマス。ワタクシィ、全身全霊、命をなげうってでも使命を全うするでありマス」と、所信表明していた。

 彼が何に命をなげうとうとしているのか俺には分からないが、頑張るのならそれでいいかと、流しておくことにした。


 基本、小隊の兵士たちは規律ある行動をとらされており、俺や一花に近づくことがない。

 俺たちに直接声をかけられることもなく、基本的に藤崎さんか女小隊長が命令するので、一花に直接指揮、つまり命令されることが嬉しいようだ。


 一方、遥が指揮する穴掘り隊は、というか俺もこっちに参加しているわけだが、穴を掘るのは慣れている遥と俺なわけで、兵士たちは崩落防止の木枠をその後から施工するだけの楽な仕事なせいか、士気が落ちるということは無く、逆に楽な仕事を割り振られて恐縮されてしまった。


 ただし、予想していたとおり地盤が恐ろしくもろく、少し掘り進んでは木枠で補強せねばならず、たかだか十メートルちょっと掘るのに昼過ぎまでかかってしまった。

 一花たちの採掘班は、ことさらに順調に採掘が進んだようで、昼飯明けには紫水晶の分別に取りかかっていた。

 一花の報告によると、その数は前日の分と合わせて千をはるかに超える勢いだといい、寧々ちゃんたちにかなりの数をわけても余裕で目標達成できるそうだ。

 分別作業に加わっていた寧々ちゃんも、満足そうについてきて良かったと喜んでいた。


 そしていよいよ俺的には大本命の採掘作業が大詰めにさしかかってきた。


「もうすぐ出るぞ」

「ええ、すぐそこに在るのが私にもよく分かるわ。しかもこの反応、とんでもなくスゴそうなんだけど」

「そうだな。よし、ここからは慎重に行こう。おーい、木枠の施工を頼む。これが最後になりそうだから、ギリギリのところまでやってくれ。今までよりも頑丈に頼む」

「ハッ、分かりましたでありマス!」


 悲しい現実だが、俺が直接兵士に声をかけても感極まる者はいなかった。

 まぁそれはいいとして、一旦穴の外に出た俺と遥は、外で待っていた一花にもうすぐ採掘作業が終わることを報告した。


「では、いよいよですね。成果は今のままでも十分な戦力の底上げになりますが、質の良い宝玉が増えれば、高級武官たちの戦力レベルがグンと上がります。私やお父様が戦場に出る機会も減って空様と共に過ごせる時間が増えます」


 と、上機嫌な一花に遥を交え、旅に出てから今日までの思い出話に花を咲かせていると、穴の中から兵士が駆け出してきた。

 

「木枠の施工、完了でありマス」

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