第四十六話:宝玉採掘その十三
陽が昇る前の朝まづめ、善意で食料を補てんしてもらい、準備万端で都の北門に集合した俺たちは、善之助さんが用意してくれた馬にまたがり、一路北の前線へと向かった。
寧々ちゃんは髪を上げて革製の軽鎧と薙刀のような武器を背にしている。
彼女の護衛には高木さんという武人がつき、こちらも革製の軽鎧に槍を装備していた。
二人とも背中にはザックを背負っているが、食料は俺たちが運ぶことにしたのでパンパンではない。
あのザックにザックザクの宝玉を詰められれば喜ぶだろうな。
なんていう犬も食わないだろう、しょうもないダジャレがとっさに頭をよぎり、ツボにハマって噴出しそうになった俺は、この時代に来て娯楽から遠ざかりすぎて、笑いの感覚がおかしくなってしまったのかもしれない。
誰に対してとは言わないが、決してオヤジ臭くなったわけではないことを、今一度強調しておくことにする。
都を出発して一時間ほど北に馬を走らせると、東西に長いバリケードと、テントの群れが見えてきた。
陽はすでに昇り、東の山から射す陽射しが眩しい。
「どうどう、馬で行けるのはここまで。ここから先はいつ魔の物がでてもおかしくない」
わざわざ見送りのためにここまで同行してくれた善之助さんが、手綱を引いて馬を止め、俺たちを見渡しながらそう言った。
俺たちは馬を降り、そのまま前線の兵に引き取ってもらう。
「空殿、寧々のことくれぐれも頼みますぞ」
「父上! わたくしが無理を言って同行させてもらうのです。空様に余計な役目を押しつけないでくださいませ。だいたい父上はいつもいつも――」
親心からだろうが、ついつい口をついてしまった善之助さんの言葉に、寧々ちゃんは呆れたと言わんばかりの表情でたしなめはじめた。
善之助さんは、しまった、と、口をつぐんだが、俺はべつに彼の娘を想う言動は不自然ではないと思った。
生まれた国と時代の違いで常識に乖離があるのかもしれないが、そこまでムキにならなくてもいいとも思った。
いまだにグチグチとお説教が続いていて、大きな体を小さくしている善之助さんが可哀そうになってきた。
「まぁまぁ、そのへんにして。せっかく見送りに来てくれたんだから」
エキサイトしていた寧々ちゃんは、ハッと気がついたように口に手をあて、俺の方に振り返った。
「も、申し訳ありません。つい、いつもの調子で……」
恥ずかしそうに謝った寧々ちゃんだったが、状況から察するに、常日頃から彼は娘にお小言をもらっているらしい。
なるほどこれは、微笑ましい親子の日常風景なわけだ。
「じゃあそろそろ出発しましょう。二時間から三時間走りっぱなしになると思うので、そのつもりでいてください」
一旦走りはじめたら、よほどのことが無いかぎり止まることはできない。
立ちどまってしまえば、俺たちの”気”をめがけて、妖魔が押し寄せてくることになるからだ。
俺は全員に目配せして皆が頷いたのを確認し、北へ向かって走りはじめた。
そして一時間半ほど北に走ったころ、東側の山が迫り前方が急激に狭くなった。
西側には日本海だろう水平線が見えている。
と、言ってしまえばここまでラクに走破できたと勘違いされる諸氏も多いと思われるが、実際は障害物がない平原を走ってきたわけではない。
ゴツゴツした大岩とか、飛び出たコンクリの塊とか、むき出しになって朽ちかけた鉄筋とか、物陰から飛び出してくる妖魔とか、底が見えないような地割れとか、まあいろいろあって楽なことは無かった。
一昨日走り抜けた盆地の方がまだ幾分走りやすかったくらいだ。
そして、山と海に挟まれて狭くなったところを通り抜けると、そこからは一路山沿いを東に向かって走る。
はずだったが、山沿いは草がボウボウに生えていてとてもじゃないが走れそうになかった。
どうやら、妖魔によって踏み荒らされて草が生えないところじゃないと走りにくいらしい。
「もう少し北に向かいましょう!」
そう俺は叫んだ。
皆は右手に見える背の高い草原を見て、一も二もなく頷いてくれた。
このあたりは、妖魔に踏み荒らされている範囲が狭く、通り道になっているようだった。
その後十分弱北に走ったところで突然視界が開けた。
たぶんこの平地が北の妖魔の本居地なのだろうが、うろついている妖魔の数はそれほど多くはなかった。
けれども、走りやすいかといえばそういうこともなく、あいもかわらずの悪路だった。
俺たちは当然そこで進路を東に変え、石川東部の山岳地帯を目指した。
さっきまで走っていた狭い道もそうだったが、基本的には草むらの中から妖魔が飛び出してくることは無い。
仮に隠れていても俺のレーダー網にかかるので、草むら側は安全になる。
今現在は俺たちの右側が安全地帯になり、ほぼ左側だけに注意を向ければ済むので、行軍は思ったよりもかなり楽になっている。
それでも。
「はぁっ!」
俺の左を少し離れて並走していた寧々ちゃんが、小隊の合間を縫って飛び込んできた犬型の妖魔を自慢のなぎなたで払い飛ばした。
というか両断した。
北の地に入ってからもう数度目になる彼女の斬撃だったが、なるほど国主の娘というだけの強さがある。
一花の斬撃スピードにははるかに及ばないが、それでもカテゴリー三程度までの妖魔なら安心して見ていられると俺は思った。
「寧々ちゃんもけっこう強いね」
「まあ、空様ったら、それは女の子にいう褒め言葉ではありませんよ。でも、うれしいですわ」
「ああ、ゴメンゴメン。寧々ちゃんが男っぽいとか勇ましいとかそんなことを思ったわけじゃないんだ。寧々ちゃんは十分女の子らしいよ」
「まあ、うれしいですわ。それにしても、わたくしが驚いたのは三浦様ですわ。あれだけお歳を召されていらっしゃるのに、戦いながらこれだけ走って、息を乱されないなんて……」
そう言って寧々ちゃんは、少し後方を元気に走っている三浦の爺さんを見やった。
「あの人のことを気にしたら負けだよ。あの一花ちゃんの師匠だし、俺も最近弟子入りしたんだ」
「すごい方だったのですね。一花様も空様もわたくしより遥か高みにいらっしゃるのに、そのお二方が師事されるなんて。わたくしも機会があれば手ほどきを受けたいものですわ」
「うーん、ヒマな時にでも頼んでみようか?」
「まぁ、ぜひお願いしたいですわ」
なんてことを寧々ちゃんと話していたら、俺の右前方を走っている一花が振り向いて冷ややかな視線を送ってきた。
危ない危ない、気が緩んでもう一つの危ういものに近づいていたらしい。
ヤバイと思って俺がそっと視線を落としたら、一花はクスッと笑って、しょうがない人だね、とでも言いたそうな顔をしていた。
どうやら許してくれたようだ。
そんなささやかなコミュニケーションがあっりしながら、俺たちは妖魔の巣を無事に突破することができた。
よくよく考えてみると、秋も本番になりつつある今の季節は、夜の気温が下がって妖魔の活動も大人しくなってきているのだろう。
走りはじめて三時間強、ようやく妖魔の巣を抜け、それほど茂ってはいない藪を突破し、森に駈け込んだところで俺たちは走るのを止めることができた。
予定より少し時間はかかったが、許容範囲だと俺は思う。
現に、俺たち主要メンバーは一人も息を切らしていない。
小隊の兵たちがすこし辛そうに座り込んだり、両ひざに手をついて肩を上下させているが、ここで一休みしていけば問題ないだろう。
少し気がかりだったのが、女小隊長が息を切らして辛そうにしている小隊の面々を見て、これは良い訓練になりますね、と、小隊の彼、彼女らからしてみれば、勘弁してくれと言いたくなるようなことを、喜色をうかべながら口にしたことだ。
以前この女小隊長から感じた危機感というか、あまりか関わらないほうが良さそうだという直感は、もしかしたら彼女がSである証かもしれない。
俺は以前ドSのモーホーにヒドイ目にあわされた記憶がよみがえって、背筋が凍る思いがした。
もしかしたら俺は、Sの人からしてみれば、いぢめたくなるM男に見えるのかもしれない。
あの女小隊長に関わって、変な性癖に目覚めないようにしなければ。
でも、綺麗な女の人にいぢめられたら気持ちいいのかな……
なんていう他の人には話せない恥ずかしい妄想をしていたら、小隊の兵たちの息が整っていたようだ。
さいわい、妄想してるときの顔を一花たちには見られていないはずなので、俺は表情筋をキリリと引き締めて口を開いた。
「そろそろ出発しましょう。陣形は以前森を歩いた時と同じでお願いします。寧々ちゃんと高木さんは山歩きになれていないだろうから、俺の後ろについてきてください。それから、ここからは本格的な宝玉探索になります。打ち合わせの時に話しましたが、尾根の下の崖になっているところをめざし、崖の下を縫うようにして奥へと進んでいきます。探すのは石英という透明の石ですが白みがかっている場合が多いです。よく崖の下に落ちていますから見つけたら報告してください」
「先頭は私にお任せ下さい。宝玉を見つけて見せます」
女小隊長の気合いがハンパない。
妖魔から国を守るために一番苦労しているのが、彼女と遊撃小隊の面々らしいので、宝玉をもっとも欲しているのも彼女らだ。
それは間違いないはずなのだが、彼女の気合いは別のところからきているような気がしてならない。
遊撃小隊が使う武器を宝玉で強化して、なにやらよからぬことを、主に小隊の兵たちが苦労するようなことを画策しているのだろうか。
それとも武器ではなく、防具を強化して体術の強化でも図るつもりなのだろうか。
いずれにしろ、俺は彼女の部下である遊撃小隊の面々に心の中で合掌しておいた。
そんなこんなで捜索を開始して俺たちは、途中食事休憩を挟んで一日目の探索を終えたわけだが、まだ山岳地帯の浅いところだけあって、目的のものを発見するには至らなかった。
野営できそうな、とは言っても斜面なのだが、場所を見つけてテントを設営し、夕飯を食ったら獣除けの”気”を放出して一日目の夜は就寝になった。
さすがにあれだけ走ってそのまま山歩きをしたのだから、木刀を使った”気”の稽古は中止になった。
そして二日目、三日目、四日目と探索を徐々に山岳地帯の奥へ、つまり東へと進めていったわけだが、いまだに宝玉の発見には至っていない。
この広い山の中を、登ったり下りたりしながら崖を見つけては沿うように探索し、北へ南へと移動しながらジグザグと少しずつ東に移動してきた。
もちろん途中何回か石英の鉱脈は発見したのだが、見つかるのは全て、ただの水晶ばかりだった。
いちおう、透明度の高い水晶は飾りや指輪などに使う宝石として扱われるので、質の良いものだけを確保している。
木刀を使った”気”の稽古は二日目から再開し、寧々ちゃんとその護衛の高木さんも加わることになった。
ただし、ふたりとも長物というか、なぎなたと槍が主装備なので、木刀ではなくそのままなぎなたと槍を使って稽古に参加している。
「三浦老師の仰るとおりになぎなたを振るうと、なんだか見違えたように切れ味が上がる気がいたしますわ」
「確かに寧々様の仰るとおりに御座いますな。この高木、この歳になって成長を実感出来るとは……」
「ほっほっほっ、おふた方ともずいぶん無駄があったでのう。それを矯正しただけよ」
なんだか二人とも、三浦の爺さんを見る目がずいぶんと変わったようだ。
こんなことを言ったら爺さんに怒られそうだが、最初は二人とも爺さんのことを、ただの元気がいい刀術の達人だとでも思っていたのだろう。
しかし、三浦の爺さんが教える”気”の使い方というか考え方は、福井の国には無かった理屈のようで、しかもその理屈を分かりやすく教えるものだから、二人は今や尊敬の眼差して爺さんを崇拝しはじめたようだった。
宝玉探索の方に話を戻すと、あの盆地から今いる石川の山岳地帯まで、馬や走りで来たこともあって、当初の予定よりずいぶん日程が短縮できている。
今が九月の終わりなので、十月の終盤まで探索できるとすれば、まだ一か月弱の余裕があることが救いだろう。
「ねえ空、もしこのまま見つからなかったらどうするの?」
稽古が終わって、まだまだ日程的には余裕があるなんてことを考えながら体を休めていたら、遥が心配そうな顔で問いかけてきた。
「空様が仰った予定ですとまだまだ日程には余裕がありますから、まだ心配するのは早いですよ。それに、空様のお顔にはまったく焦りが見えません」
一花は俺が余裕をカマしていることを見抜いているようだ。
実際、この山岳地帯のどこかに宝玉が眠っていることは確定しているのだ。
いくら天変地異があったと言っても、消えてなくなるなんてありはしないのだから。
もしかしたら遥はこの前の一件というか、自分が役に立っていないことを、いまだに引きずっているのかもしれない。
「一花ちゃんの言うとおりだよ遥。この山のどこかに宝玉が眠っていることははるか昔にこの目で確認しているんだ。ただ正確な場所が分からなくなっているだけだから心配する必要はないよ。大丈夫、手がかりを見つけたら遥には大活躍してもらう予定だから」
「そう…… 空がそこまで言うならきっと大丈夫ね」
そう言って遥は笑顔を見せてくれた。
しかし、心の底から笑っているようには思えなかった。
彼女の笑顔にまだ何か引っかかるようなものを感じるのだ。
このまま引きずるのもなんとなくよくない気がする。
はやいとこ目的のものをみつけて彼女にはじゅうぶんに活躍してもらう必要があだろう。
なんてこと考えるようになった五日目も発見には至らず、六日目、七日目、八日目と探索を続けた九日目、ついに俺のまなこが紫色に光る小さな結晶を、崖の下に溜まった石くずの中に捕えたのだった。




