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第四十二話:宝玉採掘その九


 妖魔の巣窟だった盆地を駆け抜け、大きくへの字に曲がったかなり長い川沿いの谷間をしばらく走ったあと、広範囲に常時展開している”気”のレーダーに禍々しい反応が引っかかった。

 このぞっとするような二度と思い出したくない反応には覚えがある。

 豊田鉱山でヒドイ目にあわされたあのグロテスクなカマ野郎だ。

 雰囲気は少し違うが、感じる”妖気”の濃密さと禍々しさからして、間違いなくカテゴリー五だろう。

 そしてその反応は、ゆっくりとではあるが何かを追うように移動している。

 ”気”の性質から見て人だ。


「一花ちゃん、カテゴリー五の妖魔が人を追ってる。この谷間を抜けた先だ…… 見えた!」


 谷間の出口まではそれほど距離がなく先が開けていて、その出口あたりにいる巨大な妖魔が目に入ってきた。

 しかもどんな妖魔なのかまで一目瞭然で、超巨大なムカデがうねうねと動いていた。

 並走している一花も視認したようで、表情を引き締めた。


「助けるべきだよな」

「当然でしょう」


 間髪入れずに帰ってきた一花の答えは、微塵も迷いを感じさせないものだった。

 引き締まった表情からも分かるが、一花はすでにやる気満々の戦闘モードだ。

 しかし、危険な仕事を一花に任せるわけにはいかない。

 打ち合わせ通り俺が奴をしとめるか、奴の気を引きながら戦うべきだろう。

 幸い、今の俺にはこの刀があるし、敵の動きもトロそうだ。


 決して油断はしないが、あのにっくきカマ野郎とくらべれば、ムカデごときノロマ野郎は俺の敵ではない。

 実はムカデの足は速いというのは言ってはいけない。

 あの巨体で機敏に動けるはずがないのだ。

 間違いなく、ただただ巨大で、おそらく固いだけの気持ち悪いグロテスク野郎に俺が負けるはずがない。


「俺が一発かまして注意を引きつける。一花ちゃんはフォローに徹してくれ」


 一花を伺うことなく、そう言って俺は走る速度を上げた。

 いちいち彼女の了解を取っている暇がなかったからだ。


 あっというまにムカデ野郎との距離を詰めた俺は、渾身のハイジャンプで天高く跳ね上がる。

 ちょっと気合を入れすぎて高く上がりすぎたが、奴の頭に狙いをつけて一花から教えてもらった空を蹴る技で方向を調整し、思い切り加速をつけて渾身の一撃をお見舞いしてやった。

 俺の刀はいとも簡単に奴の頭にグサリと突き刺さる。

 さすがに一撃では倒せないと考え、刀を抜いて一旦地上に飛び降りると、そうとう効いたのだろう、奴は体全体を使って頭を振っている。

 しかし予想どおりその動きは緩慢だった。


 ムカデ野郎は、今の一撃で完全に俺を標的に定めたらしい。

 体全体を使って巨大な頭部を叩きつけるように、自慢の大顎で噛みつきにきた。

 俺はそれをいなすようにして切りつけ、そして飛び退る。

 当然ツルハシと違って確実にダメージを与えることができた。

 三浦の爺さんから教えてもらっている”気”の使い方はまだあまり上手くできないが、毎晩遥と共に一花をお手本にして繰り返してきた素振りの効果は出ているようだ。


 その後もムカデ野郎は俺をかみ殺そうと必死になって襲い掛かってくるが、そのことごとくにカウンターを当てていった。

 その間に一花が驚きの動きを見せる。

 完全に頭に血がのぼって俺しか見えていないムカデ野郎の後背を驚きの速さで動き回り、何十本もある足をスパスパと、それはもう小枝を切り払うかのごとくあっさりバッサリ切り落としていったのである。

 あまりの切れ味のよさに、ムカデ野郎はそのことに気づきもしないようだった。

 ただ一心不乱に俺を攻撃してくる。

 しかし、足がなくなってしまえばミミズと変わらないわけで、いくら体をうねらせようが思うように俺を追うことができず、ただただのたうつことしかできない。


「空様、そろそろとどめをっ!」


 そう一花が叫んで離れたのを見計らい、俺は奴の頭上にさっきみたいに上がりすぎないようにジャンプし、頭に刀を突き刺しながら付け根の部分に跨ると、弾けろとばかりに超圧縮した”気”を流しこんだ。

 すると、みるみるうちに頭が膨張し、強烈な閃光とともに爆散したのだが、カマキリ野郎と戦ったときの教訓を俺はココで活かした。


 体の周りに”気”の膜を張って飛散物を完全にシャットアウトだ。

 ”妖気”にまみれた血肉を浴びて、二度とあんな気持ちの悪い思いをしたくない。

 そしてもくろみ通り、綺麗な体でとどめを刺すことに俺は成功していた。


「さすがだね空お兄ちゃん」


 一花が駆け寄って耳元でそう呟いてくれた。

 俺も少し調子に乗って返す。


「あのカマキリにくらべたら大したことなかったよ。怖い攻撃もなかったし」

「それでもスゴイことだよ。こんなにあっさり倒しちゃうなんて」

「一花ちゃんのほうが凄いよ。全部の足を切り落としたんだ。俺には剣筋を見るのがやっとだったよ」

「えへへ、年季が違いますから」


 一花に褒められて俺も嬉しかったが、俺に褒められた彼女も嬉しそうに照れていた。

 しかし、遥や藤崎さんたちが駆け寄ってくると、彼らの視線に合わせて一花が視線を俺から外した。

 彼女の視線の先には、さっきまでムカデ野郎に追われていた人が呆然と立ち尽くしている。


「襲われていたのはあの方ですよね。どういたしましょうか?」


 一花の問いかけに反応したのは藤崎さんだった。


「妖魔に追われていたとはいえ、かなり位の高い武人の様子。どこの者かもわかりませんし、まずは私が話を聞いてきましょう」


 富士大公国の西にあたる福井近辺は未開の地と聞かされていた。

 未開ということは誰も立ち寄ったことがないということだろうが、俺はてっきり人が住んでいない土地だと思っていたのだ。

 藤崎さんが、俺たちから離れて追われていた人に向かって一人歩き出した。


「ねえ一花ちゃん、このあたりに人が住んでるなんて聞いてないんだけど」

「わたしも知りませんでした。けれども、ここは山を隔てた未知の土地ですから人が住んでいても不思議ではありません」


 言われてみれば確かにその通りだと俺は思った。

 よく周りを見回してみれば、向うの方にテントらしきものと簡単なつくりのかなり長いバリケードのようなものが見える。


「おそらくここは、あの谷から出てくる妖魔を食い止めるための前線が敷かれていたのではないのでしょうか」

「なるほど…… でもなんで兵士がいないんだろう? あの人鎧着てるから軍人さんだよね」

「理由はあの方にお伺いすればすぐにわかるでしょう。わたしたちと敵対する様子はないようですし」


 確かに一花の言うとおりだ。

 そんなことを考えていたら、藤崎さんが戻ってきた。

 そして、逃げていた人の仲間だろうか、同じような鎧を着たひとが一人彼のもとへと駆けよってきた。


「一花様、報告いたします――」


 藤崎さんによれば、あの人は福井の国というこの辺り一帯を治める国主さんだそうだ。

 そして一花の予想どおり、ここは妖魔を食い止める前線で、あのムカデ野郎が出張ってきたために兵士を撤退させた直後だったらしい。

 あの人は、ムカデ野郎を引きつけて兵士を逃がしていた最中だったということだ。

 そして、とりあえずは俺たちに敵対するつもりはなく、ムカデ野郎を倒してくれた礼がしたいということだった。


 そんなことを藤崎さんから聞いている内に、例の二人が俺たちのところへ歩いて来た。


「此度は我が国の危機を救ってくれたこと、心より礼を申す。余は福井の国が国主、大洗善之助である」


 さすがに一国の主だけあって、俺たちに恐縮しないというか、威厳がある。

 まぁ、俺たちも福井の国の国民じゃないので、へりくだる必要はないのだが、こんな調子で話しかけられたら思わず畏まった喋り方になりそうだ。


「私はここより山を越えた東の国、富士大公国の第一大公女、高科一花と申します。この地へは旅の途中で立ち寄ることになりました。ことわり無き訪来、無礼かとは存じますがご容赦くださいませ」

「無礼などとはとんでもない。余とて其方らに命を救われた身、すぐには碌なもてなしもできぬこと許されよ。それにしても、山向うに国があったとは驚いた。さて、いろいろと話を伺いたい。狭苦しいところではあるが許されよ。木原」

「はっ」

「客人は余が案内する。その方は見張りに残しておいた兵を早馬として伝令に出せ。退却した兵たちを引き返させよ」

「はっ」


 話し方は丁寧だが、物おじしないどころか、余裕しゃくしゃくの微笑を浮かべて対応する一花は、さすが次期国主といったところだろう。

 根が小市民の俺も、伯爵になったことだし彼女に見習ってせめて堂々としていようとこのとき決心した。


 案内されたところは多くのテントが集まる中で、ひときわ大きい一張りだった。

 ただ、俺たち全員が入るのも無理があるし、相手は国主だ。

 案内されたテントには俺と一花、そして藤崎さんだけが入ることになった。

 テントの中は、四角い大き目の木のテーブルと、椅子が十脚あるだけで、おそらく高官の休憩や打ち合わせ専用に使われるところだろうと察しがついた。

 俺たちは国主さんに案内されたとおりにテーブルにつく。


「部下がおってはこのような姿、見せられぬのでな」


 そう言った国主さんは、テーブルに両手と頭をついて深々と礼をすると。


「此度は誠に助かった。その方らがおらねば余は確実に死んでおったところだ。ぜひとも一度我が城でもてなしをさせてくれぬか」

「頭をお上げください善之助様。もてなしの件は置いておくとして、私たちはどうしてもこの地を通らねばならなかったのです。私も大公女ではあれ武を志す身、人が襲われていればお助けするのは当然ではありませんか」

「かたじけない」


そう言ってようやく頭を上げた善之助さんは、俺に視線を固定すると言いづらそうに口を開く。


「高科大公女殿の武力にも感服いたしたが、其方……」

「俺は葵空と言います。空と呼んでください」

「では空殿、その…… 富士大公国には其方ほどに武の達者な者が他にもおられるか?」

「たぶんですけど、俺と一花ちゃん以外は…… あっ」


 このとき、善之助さんは目を丸くして驚いていた。

 それを見た一花がすかさずフォローを入れてくれた。


「空様はわたしの婚約者なのですよ。ご自由な方ですから言葉使いは大目に見てくださいませ」


 どうやら俺の言葉遣いが悪かったらしい。

 直そうと思えば直せるが、どうにも極まりが悪いし、変な言い方になったら嫌だからこのまま押し通すことにした。

 言葉使いに関してはいずれ一花に矯正してもらおう。


「武力に関しては、空様以外では私の両親も同程度かと、それ以外では聞き及んでおりません」

「それはまた何とも羨ましい。我が福井の国ではご覧のとおり魔の物の対処にてこずっておる有様」

「魔の物とは私たちが妖魔と呼ぶ化け物のことかと存じますが、富士大公国でも苦慮しているところは同じでございます。旅の目的もそれを克服するためなのですから」

「なんと、それはぜひその目的とやらを知りたいものだ」

「少し、相談させてくださいませ。よろしいですか? それで、その前に一つお聞かせください」

「なんなりと」

「不躾ではございますが、御国は他国との国交はございますか?」

「この世には我が福井の国と其方らの富士大公国以外にも国があると」

「ええ、もちろんでございます」

「では、その話は後ほど」

「ええ、構いません。では」


 さすがに、一花も旅の目的が宝玉を大量に採掘することだとは答えられないようだ。

 相談するために俺たちが席を立とうとすると、善之助さんが気を聞かせてテントを出てくれた。

 そして俺と一花と藤崎さんで話し合った結果、俺たちの目的が宝玉採掘だということを伝えざるを得ないということになった。


 石川に入るにはここから北上しなければならない。

 藤崎さんによるとここは東の谷と呼ばれているらしい。

 そうなれば、地形的に考えてこの国の都は西のそう遠くないところにあるはずだ。

 寄り道しても、もてなしの件は一日程度だったらロスも少ないしなんとかなる。

 今後のことを考えれば、素通りするよりは理由を話して採掘に協力してもらったほうが得策だろうということで意見が一致した。


 さらに、福井の国はいわば今まで他国と付き合ったことがない。

 今後政治的折衝をするならば、他国との付き合いがある富士大公国が有利に事を運べるはずである。

 現時点での多少の不利益には目をつぶっても、さほど困ったことにはならないと考えられるのだ。


 そういうことで話はまとまり、藤崎さんが善之助さんを呼んできた。

 俺たちはここから北にある石川まで出向き、そこで宝玉を採掘したい。

 そう告げたのだったが、善之助さんは困った顔で俺たちを一度見渡したのである。


「北の地は魔の物の巣窟、簡単には入り込めぬぞ。ましてや力石の採掘など…… いやまて、その方らならば……」


 どうやらこの国では宝玉のことを力石と呼んでいるらしい。

 そんなことは置いておくとして、また妖魔か……

 というのが善之助さんの言葉を聞いての俺の感想だった。

 妖魔戦に長けた俺たち一行ならば、妖魔の巣であろうと入り込めるだろう。

 しかし、そんな場所で採掘するのは確かに困難を極めるだろう。


 だがしかし、カテゴリー四までなら俺と一花で簡単に蹴散らすことができる。

 もしカテゴリー五が出てくる可能性を考えると、俺と一花と藤崎さん、それに女小隊長さんで調査を行い、見つけたら一旦戻って採掘係を二、三人を連れてこればいい。

 俺たち四人で採掘係を守り、その間に宝玉を採掘してもらうのだ。

 これで行ける。

 と、俺の中で考えがまとまったときだった。


 バサリと天幕が開けられ、一人の兵士が駈け込んで来た。

 どう見てもこの国の兵士だが、表情を見るに、かなりヤバげなことが起こったようだ。


「緊急であります。北の前線が抜かれました!」

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