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第四十一話:宝玉採掘その八

 福井の国の東の谷から湧き出る妖魔に対応していた国主である善之助は、魔の物の主、すなわちカテゴリー五相当の妖魔の出現に事態の深刻さを痛感していた。

 主の出現は、全軍の撤退を意味する。

 どれほど力が強かろうが、どれほどの武を誇ろうが、どれだけの名刀を携えていようが、主の前では何の役にも立たない。

 それが彼らの常識だった。


 しかし、国主たる善之助には守らなければならない者たちがいる。

 田畑がある。

 都がある。

 国がある。


 今、善之助が取れる唯一の手段。

 それは力、すなわち”気”が最も強い自分が主をひきつけ、都から遠ざけることだ。

 それはすなわち、自らが囮となって妖魔の巣窟である東の谷に単身飛び込むことに他ならない。

 それが何を意味するか?

 十中八九生きては帰れない死地へと飛び込むということを、もちろん善之助は理解していた。


 重鎮たちには逃げればよいと軽口をたたいたが、それはこの地へと赴くための方便。

 主が出張ってくる確率は低い。

 現に、今まで源之助はこの地に三度ほど来たことがあるが、主が出たことは無かった。

 それよりも、国の守りのため戦い続け、疲弊しきった兵たちに報いるために必要なことだと確固たる思いで出向いて来たのだ。

 案の定兵たちは限界を迎えていた。

 自分が出向かなければ確実に戦線は崩壊し、妖魔の流入を許していたことは間違いないだろう。

 前線に駆けつけたことで、たとえ祖父と同じように命を散らすことになろうと背に腹は代えられなかった。


 かつて善之助がまだ駆け出しだったころ、彼の祖父も主の出現にその身を犠牲にして国を守った。

 善之助亡き後、国を任せられる力ある跡継ぎも育った。

 まだ若い女の身であるが、武の資質は善之助をしのぐほどだ。

 孫の顔をまだ見ていないことが心残りだが、今は主の侵入を何としても防がねばならない。

 そう善之助が思いを固めていると、木原が必死の形相で駆け寄ってきた。


「陛下っ!」


 主の出現で善之助が取るであろう行動を、木原はすでに確信していた。

 そして国のために、その行動を止めてはならないことを理解していた。

 自分が囮になりたいのはやまやまだが、己が力では主を引きつけることさえできない。

 自分がいくら攻撃を仕掛けようと、主が圧倒的に力すなわち”気”力が上の善之助に向かっていくことは明らかだからだ。


「木原、其方は見張りを残し、残り全ての兵をまとめて即時撤退、都の守りを固めよ」


 木原が覚悟していたとおりの命令が、善之助によって下された。

 しかし、この命令だけは受け入れられなかった。

 兵をまとめて撤退してしまえば、たとえ主を谷の奥に誘導できたとしても、他の妖魔が国内に流入してしまう可能性が高い。

 が、木原が納得できなかったことはそんなことではない。


 木原は善之助の前に跪き首を垂れる。


「陛下、最後までお供をする我がままをお許しください」

「ならぬ!」

「どうか、どうか最後のそのときまで陛下のおそばに」


 善之助は木原の前まで一歩あゆみ寄ると、片膝を落として彼の両肩をつかんだ。


「ならぬ木原よ。分かってくれ、其方には我亡き後の国を、寧々を盛り立ててもらわねばならぬ」

「し、しかし……」

「我が意をくんで後を任せられるのは其方しかおらぬのだ」


 がっしりとつかまれた両肩にかかる力と温もりに乗せて、善之助の想いと覚悟が伝わってくるように木原には感じられた。

 痛いほどにわかるその想いと覚悟に、木原は自分の我がままを押しとおせないと観念した。


「ならば陛下、せめて、せめてお姿が見えなくなるまで見届けさせてくださりませ」

「わかった。ただし、兵は今すぐに撤退させよ」

「はっ」


 名残惜しむように駆け出した木原を見送った善之助は、ハチの巣を突いたような混乱を見せる兵たちに背を向け、ひとり戦場へと歩きだした。

 そして戦場にたどり着くと、長槍の柄をぐさりと大地に突き刺し、厳しい視線を谷へと固定したのだった。


 しばしの時間、善之助には兵たちがあげる喧騒が後背から聞こえていたが、やがてそれもなくなり、戦場につかのまの静寂が訪れた。

 善之助が谷に飛び込まず、この戦場で主を待ち受けることには理由があった。

 狭い――とはいっても幅五十メートルはある――谷に入ってしまうと、主と遭遇した時に攻撃を躱せない可能性が残る。


 善之助が知っているかつての、祖父を亡き者にした主の全長は三十メートルを超えるものだ。

 谷ですれ違えば確実に主の間合いに飛び込んでしまうことになる。

 主の攻撃は、掠っただけでも致命傷になりかねない強烈なものだ。

 善之助の使命は主を確実に谷の奥底に誘導すること。

 そのためには、自分を餌に一度主を谷から戦場である平原へと誘い出し、間合いを避けて谷の中へと走り抜けなければならない。


 谷の中では主の間合いから距離を置き、しかし離れすぎることなく誘導を続けなければならない。

 主が善之助を見失い、再び谷を出てしまっては元も子もないからだ。

 さらに、うまく主を谷の奥へと誘導できたとしても、そこは魔の物すなわち妖魔の巣窟だ。

 主ほどの強敵は残っていないにしても、善之助ですら一体に苦戦する敵がゴロゴロうろついていることは想像に難くない。


 妖魔は敵を認識すると果てるまで確実に襲い掛かってくる。

 したがってそれらの敵を確実に葬り去りつつ、主との距離を保ち、谷の奥底へと誘導しなければならないのだ。

 もしそれらに成功し、谷の奥底で主に自分を見失わせることができれば生還の可能性はあるだろうが、それを期待するほど善之助は愚かではなかった。

 この戦いで自分は確実に命を散らすことになるだろう。


 だからこそ失敗するわけにはいかない。

 都を発つと決めたときからこうなる覚悟はすでにできていた。

 国主が前線に赴くということは、主をおびき出してしまうリスクを背負うことになるからだ。

 しかしそのリスクを冒してまで前線に赴かねばならない状況に既に陥っていた。


 善之助は抗うことができない天の采配に悪態をつきつつ、しかし心を落ち着かせて主が姿を現すのを待った。

 そしてそれほど待つことなく、谷の出口に巨大でおぞましい姿をした主が姿を現したのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 善之助が覚悟を決めてひとり戦場へと歩き出したころ、都で留守を守る彼の娘寧々は、駈け込んで来た伝令の兵士によって凶報を知らされていた。


「――北の前線が抜かれました」


 伝令によってもたらされたこの凶報は、東の戦線に出ねばならなくなった父善之助の無事を、居ても立っても居られない状態で心待ちにしていた寧々の心を打ち砕きそうになった。

 しかし、都を預かる今の自分は、言わば民や兵士そして臣下たちの屋台骨も同義。

 取り乱し、苛立ちをぶちまけることができる立場にはなかった。

 寧々は今にも城を飛び出したい気持ちを必死に抑え、しかしつとめて冷静さを装った。


「状況を詳しく報告なさい」

「はっ、北の前線を抜けた魔の物は十体、うち三体が黒き大熊にございます。現在、都の守備隊が北門前に陣を敷いて防いでおります」

「北の主が現れたのではないのですね」

「はっ、しかしこのままではいずれ北門も抜かれるかと」


 北の主が出てきたのではないことが分かり、寧々は少しだけ安堵のため息をついた。


「高木、私の刀を。私が出ます」


 国主である善之助が城を留守にしている今、その代行である寧々は最悪の事態を見据えていつでも出撃できる準備を整えていた。

 平時ならば、腰まである艶やかな自慢の黒髪を結い上げることなどしない寧々だったが、今はその髪を結い上げ、動きやすい軽甲冑を身につけている。

 寧々はまだ十六歳になったばかりの若輩ではあるが、生まれ持った資質は善之助をも超え、すでに父に次ぐ国内二位の戦闘能力を身につけていた。

 それを知る彼女の腹心である高木は、迷うことなく、そしてうやうやしく彼女の長刀を差し出したのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 善之助はようやく姿を現した主の全姿を見て、その巨大さと妖異さに圧倒されそうになった。

 かつて祖父が相手にしたときより二まわりは大きく成長し、全長で四十メートルはあろうかという長く太い巨体をうねらせ、幾十もある体の節からはそれぞれ足が飛び出している。

 主の正体はどうみても超巨大なムカデだった。

 巨大ムカデは全身から紫がかった”妖気”をたれ流し、ぬめるような輝きを放つ黒い巨体の前部を浮かせ、鮮血のように赤い頭部を持ち上げて何かを探している。


 そしてその頭部が善之助の方向を向いたところでピタリと止まり、巨大な前顎をガチガチと鳴らしはじめた。

 ゴクリとツバを飲みこんだ善之助は、すこしづつ後ずさりながら、しかしその視線は固定したまま、巨大ムカデを谷から遠ざけようと試みた。

 巨大ムカデの全長と歩行速度と自分の足を考えれば、少なくとも三百メートル。

 確実に回り込むためには五百メートルは谷の入り口からおびき出したい。


 そう考えて後ずさる善之助を追うように、巨大ムカデは上体を下してうねるようにしながら器用に足を動かして谷から出てきた。

 巨大ムカデと善之助との距離は二百メートル強。

 完全に善之助を標的に定めた巨大ムカデがその速度を上げる。

 善之助はそれに合わせるように後ずさりを止め、進行方向を向いて逃げるように走りだした。


 少し走っては振り返り、巨大ムカデとの距離を確認する。

 そして三百メートルは走っただろうかという頃だった。

 後ろを振り返った善之助は、巨大ムカデの動きに違和感を覚えた。

 理由は分からないが、巨大ムカデは突如として善之助を追うのを止めるようにその足を緩めたのだ。

 そして巨大ムカデは善之助を追うことを止めて完全に停止すると、彼などまるで眼中にないかのように体をくねらせて後ろに振り返った。


 なにが起ころうとしているのか分からなかった善之助だったが、巨大ムカデのはるか向うに見えた信じられない光景に立ち尽くすことになる。

 

「何なのだアレは……」


 善之助が見たもの。

 それは谷の入り口から走り出てきた人影だった。

 善之助の視界には右手に長刀を持って走ってくる男と、それを追うように走る、同じく右手に刀を持った女。

 そしてそのさらに後方から数十名の見たこともない兵装をした集団が現れたのである。


 妖魔の巣窟である東の谷から人が出てきた。

 それだけでも信じがたいことなのだが、善之助はさらなる事実に驚嘆を禁じ得なかった。

 それは巨大ムカデが自分を追うのを止めて標的を切り替えたということだ。

 標的を定めて追いはじめた妖魔は、よほどのことが無いかぎりその標的を変えることがない。

 それなのに巨大ムカデは善之助を標的から外し、谷の方へ振り向いた。

 それが何を意味するのか?

 答えは簡単だ。

 谷から走り出てきたあの男が、善之助よりはるかに強いということ。


 善之助が考えたこと、すなわち標的を変えたことを裏付けるかのように、巨大ムカデは駆けてきた男に向かってその巨大な頭部を振り上げた。

 その刹那、男は驚愕の跳躍を見せる。

 優に地上二十メートルはあろうかという巨大ムカデの頭部よりはるか上空。

 男が跳びあがった高さは優に五十メートルは越えていたのだ。

 どう考えても人間業ではない。


 善之助にしても福井の国一の強者だ。

 助走をつけて全力で跳びあがれば、地上十メートルくらいは跳躍できる。

 それなのにあの男が跳躍した高さはそれをはるかに上回っていた。

 いや、巨大ムカデが標的を変えたことを考えると、それほどまでに常識外れの強者でなければ説明がつかない。


 善之助がそんなことを考えているうちに、男は上空を蹴るようにして落下、というよりは落下では考えられない速度で巨大ムカデにせまり、刀を下方に突き出した。

 そしてあろうことか、巨大ムカデの頭部にその刀を深々と突きさしたのである。

 その瞬間、巨大ムカデの頭部がバチバチと青白い閃光に包まれた。

 そして気がつけば、男は巨大ムカデの頭部から刀を抜き去り、すでに地上へと着地していたのである。


 そんな信じがたい光景をまのあたりにした善之助は、ただただ立ち尽くすことしかできなかった。

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