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第二十六話:豊田鉱山その六

 巨熊三体を宿屋街の入り口から遠ざけることに成功した俺は、これで誰も巻き込むことにはならないだろうと確信した。

 街の周りを囲む幅約十メートルの堀、その堀に二か所かかる街の出入り口として使われている幅約五メートルの頑丈な木製の橋。

 その橋から俺が今いる位置は二十メートルほど離れている。

 対する巨熊三体は、俺の垂れ流す”気”に敵意をむき出しにしていた。


 巨熊をここまで引き離そうとした際、橋を渡り切ってすぐに俺のショルダータックルを受けた巨熊の後ろにいた残り二体は離れたが、俺の”気”に反応してここまで追ってきた。

 ようするに俺は今街を背にしているのだが、俺の後ろに二体、前に一体の巨熊に囲まれているわけだ。

 ヘイト管理は見事に成功し、俺としてはしてやったりなのだが、知らないやつが見ればまんまと敵に囲まれた哀れな男に見えるかもしれない。


 そんなどうでもいいことはさておき、俺は背にしょっていたツルハシを手にとって構えた。

 カテゴリー四の妖魔がどれほど強いか、話しには聞いているが俺には実感がない。

 いままでの動きを見たかぎりでは、遥が戦っているはずの大きな山犬ほどの素早さはなさそうだ。

 いや、はっきり言って鈍い。

 ”気”が使えなかったころの昔の俺からしてみれば、おそらく反応できるかできないか程度の動きだった。

 ならば、ここはひとつ引っかきまわしてやろうか。


 そう考えて俺は目の前にいる一体よりも、後ろにいる二体を目標に定めた。

 そう決めた特別な理由はないが、まずは俺の速度にどこまでついてこれるかだ。

 とっさに身をかがめた俺は、三割の力でそのまま横に五メートルほど跳躍して振り返った。

 巨熊三体はしっかりと俺の動きを目で追っている。

 動きがの鈍くてもこの程度はできるわけか。

 ならば。


「ハッ」


 そのままの体制から五割の力で斜めに走って今度は二体の後ろに周りこむ。

 回り込むといっても直線的な動きだ。

 これなら眼だけで追うことはできまい。

 その考えを証明するように、二体は俺の姿を見失ってキョロキョロしている。

 二体を挟んで向う側にいる一体には俺の姿が見えているようだが、合図を飛ばして連携をとるみたいな知能は持ち合わせていないらしい。

 しかも、目で追うだけで俺に向かってくるそぶりはみせない。

 いや、見せないというのは表現がよくないだろう。

 襲い掛かろうとしても俺の動きが素早すぎてついていけないとみた。


 ならばこれ以上様子を見る必要はないか。

 とも考えたが、敵の能力を見誤ってケガをしたとあってはただのバカである。

 ということで、まずはジャブを入れてみることにした。

 ジャブと言ってもさすがに素手で殴りつけるつもりはない。


 二体の後ろに周りこんだ反動をいかし、今度は巨熊の後ろから右側にすり抜けるようにはしりぬける。

 そのすれ違いざま、ツルハシを一振り。

 反撃されると怖いのでツルハシを振るう力は二割ほどだ。

 ガキッ、という音がしてツルハシは巨熊の後頭部に見事命中した。

 しかし、青白い火花を散らしただけで巨熊には傷一つついていないようだった。

 しかも、痛がっている素振りすら見せやがらない。


 ツルハシの尖ったほうの先端で殴りつけたのに、傷一つ負わずに痛がるそぶりも見せないとはさすがカテゴリー四といったところか。

 うわさに聞いた話では、一花はカテゴリー四の妖魔を一刀両断に瞬殺できるという。

 今の俺とでは雲泥の戦闘能力差だ。

 なんてことを考えてみたが、よくよく思い出してみれば、一花の”気”の保有量は俺より少し多い程度だった。


 ならばなぜ俺にはできなくて一花にはできるのだろうか。

 なにかコツのようなものがなければ説明がつかない。

 しかし、この場でのうのうと考え込んでいるような余裕はないだろう。

 そう思った俺は、巨熊三体の間を縦横無尽に駆け跳びまわり、徐々にツルハシを振るう力を上げていった。

 攻撃していればそのうちわかるかもしれない。


 もうどの個体が目標というわけではなく、ランダムにツルハシの尖ったほうで殴りつけていく。

 三割の力で殴ったときは巨熊に変化がなかった。

 うっとうしいハエでも追い払うかのごとく、俺が通り過ぎたあとを自慢の爪で薙ぎ払うだけだ。

 守りを固めていれば別だが、その爪を無防備に喰らったら、ただでは済まないと思わせるだけの威力を俺は感じ取っていた。

 四割の力で殴ったときも、五割の力で殴ったときもほとんど同じだった。

 少し違ったのは、ツルハシを握る俺の手が少しだけ痺れただけだ。

 コイツらどれだけ硬いんだ? というのがその時の俺の感想である。


 巨熊三体を引っかきまわしながらも振るうツルハシに力を乗せる。

 こんどは六割だ。


「フンッ!」


 音がガキィ、からガシィッ、に変わった。

 理由は簡単だ。

 巨熊に傷をつけたからである。

 その証拠に、巨熊は殴られた後頭部を抑えて吠えた。

 六割の力で傷つけることができるということは、全力で殴ればなんとかなるかもしれない。


 ただし、全力で殴ってしまうと、確実に俺の動きが止まってしまうことになる。

 相手が一体ならそれでもいいだろうが、現実には三体をあいてにしているのだ。

 そんな危険なまねはできない。

 ならばどうすべきか?

 とりあえず七割の力で試してみよう。

 あまり深く考え込んでいる余裕はない。

 そう考えて再び巨熊三体を引っかきまわす。

 そして適当な一体に狙いを定め。


「ドォリャァッ!」


 こんどはガシュッ、に音が変わった。

 さっきよりは確実にダメージが入っている。

 ツルハシで殴られた巨熊は、後頭部を前足で押さえながら頭を二度三度と振った。

 これなら八割程度の力で殴りつづければなんとか倒せそうだ。

 それ以上力を入れると、殴った後の俺の動きに遅延が出そうだった。


 さらに、殴りつける力を八割に抑えなければならないもう一つの理由があった。

 それは、ツルハシの柄が限界に近づいていたのである。

 全力で殴れば確実に折れる。

 木製の柄を”気”で強化しているとはいえ、俺の全力には耐えられそうもない。

 こうなることが分かっていたのなら、もっと高級なツルハシを買っておけばよかった。

 なんてことを考えても後の祭りだ。


 しかしである。

 なんとか巨熊を倒せるめどは立った。

 時間はかかるだろうが、三体の巨熊を引っかきまわしつつ八割の力で殴りつづける。

 これしか今の俺と愛用のマイツルハシに取れる選択肢はなさそうだ。

 そうと決まれば後は実行に移すだけ。

 俺は気合いを入れなおして巨熊三体の中に飛び込んでいった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 中村とともに戦っていた遥は、二人で連携を取り合って着実にダメージを大山犬に蓄積させていた。

 ”気”力が高い遥が攻撃のかなめで、中村は遊撃というよりは陽動として戦っている。

 中村は一応特級発掘師であるが、その”気”力は五百強と特級発掘師としては低い部類に入る。

 実質、彼の”気”力が遥の三分の一強でしかないのも事実である。

 そんな中村であるから、遥の実力を知っていることも併せて、彼女に攻撃を任せていた。


「はぁ、はぁ、遥嬢、もう少しだ」

「ええ、わかってる。でも油断しないでね」

「遥嬢もなっ!」


 遥に飛びかかろうとした大山犬の後頭部を、中村が後方から駆け抜けてツルハシで殴り飛ばした。

 中村はその場で反転離脱し、大山犬の注意を自分に引きつける。

 中村を睨みつけて唸り声を上げる大山犬は、体中を切り刻まれていたるところから血を流しているが、その血の色は赤ではなく、黒と言っても通用するほどの濃い紫色だった。

 本来血液とは、酸素を体細胞に運ぶため、赤血球に含まれる酸化鉄の赤色をしているものだが、妖魔の場合は、運ぶ対象が”妖気”であるため、このような色になっているとこの時代の学者の間では結論付けられている。


 与太話はこれくらいにして、こんどは遥が攻撃する番だ。

 遥の予測というか経験では、あと一、二回攻撃を叩き込めば大山犬は動けなくなる。

 そうなればシメたもので、一気にたたみかけてとどめをさすだけだ。

 遥は、できるだけ慎重に狙いを定めて大山犬の後頭部、さきほど中村が殴りつけた場所へとツルハシを振り下ろした。


「ハッ!」


 ギャイィィィン! と今までにない大きな悲鳴をあげた大山犬は、遥のほうに振り返ったが、もうその動きに精彩はなかった。

 予測どおり大詰めが近い。

 そう感じ取った遥は、離脱することなく一気に攻勢をかけた。

 大山犬の頭部めがけてスピードに乗ったツルハシを振るう。

 一撃、二撃、そして三撃目が後頭部に深く突き刺さった。

 ついに大山犬の頭骸骨をツルハシの先が貫通したのだ。

 遥はすかさずツルハシにありったけの”気”を流しこむ。


「くたばれぇぇぇ!」


 バチバチという破裂音が、青白い光とともに大山犬の後頭部、すなわちツルハシの先から聞こえてきた。

 やがてその光と音がおさまり、大山犬がぐったりと倒れ込む。

 大山犬の痙攣すら起こさない完全な死だった。


「ふぅ、なんとか終わったわね」

「ああ、完全に死んでいる」


 大山犬の死を確認した遥は、周りの様子を見渡して戦況を確認している。

 それは中村も同じだった。


「もうほとんどケリはついたみたいだな」

「そうね、あっちを除けばだけど」


 確かに中村が言うとおり、カテゴリー二の妖魔、山犬の群れは残すところあと二体にまでその数を減らしており、あと数分もすれば決着がつきそうだった。

 ここまで事態が好転したのは、遥の加入が大きかったこともあるが、鈴音や哲也の活躍も大きかった。

 しかし、心配そうな表情の遥の視線の先では、今も空が巨熊相手にツルハシを振るい続けていた。

 

「だが、始祖というのは俺たちの常識の外にいるのは間違いないな。カテ四の妖魔、大爪熊三体を相手にしてあの立ち回りだ。しかも使っている武器は発掘師らしくツルハシだしな。軍人が持つ妖魔専用刀があれば一撃で倒しちまいそうな勢いじゃないか」

「たしかにねそうね。でも空は軍人じゃないから」

「それにしても、アイツは空っていうのか。遥嬢をここまで心配顔にさせるとは、隅に置けないじゃないか。遥嬢、アイツのことまんざらでもないって思ってるだろ」


 遥は中村に核心をつかれて動揺を隠せなかった。

 顔を紅潮させたまま、それ以上言ったら承知しないとばかりに中村を睨みつける。

 しかし、その間に巨熊と空の戦いに動きがみられた。


「おお、コワイコワイ。それより見なくていいのか? 決着がつきそうだ」


 中村の視線の先では、空が一体目の巨熊にとどめを刺しているところだった。

 巨熊の後頭部に空の振るったツルハシが突き刺さっている。

 残りの二体も空を攻撃しようと、ヨロヨロと立ち上がろうとしているが、力が入らないようで、空に近づくことができないでいた。


「ええ、あの調子だともうすぐ終わりそうね」


 顔はまだ紅潮したままの遥だったが、空を見つめるその表情には、空が巨熊を圧倒している安堵感よりも、彼を心配する色のほうが濃かった。


 発掘師や兵士たちと山犬との戦いにも決着がついたようで、ほぼ全員が空と巨熊の戦いを観戦している。

 しかしながら、誰もその戦いに近づこうとする者は現れなかった。

 みんな知っているのだ。

 いかに弱っていようとカテゴリー四の妖魔に近づくことが自殺行為だということを。

 うかつに近づけば、戦いの邪魔にしかならないということを。


「遥先輩、空さんはやっぱりスゴイ方だったんですね。妖魔化した大爪熊を三体も相手にして圧倒してるじゃないですか。カテゴリー四を三体ですよ」

「鈴音ちゃん、無事だったみたいね。哲也君も」


 そう言った遥の表情はすぐれない。

 たとえ圧倒しているといっても相手はカテゴリー四だ。

 少しの油断でケガでは済まされない深手を負ってしまう可能性がある。

 加勢に駆けつけたいが、自分の実力では足手まといにしかならないことを遥は理解していた。


 鈴音と哲也が遥のもとに駆けつけたちょうどそのとき、空は二体目の巨熊にとどめを刺し終えていた。

 残るはあと一体。

 ここまでくれば、宿屋街への妖魔襲撃も終わりだろうとほとんどの者が考えていたが、最後の一体が倒れるまで、遥の気が休まることはない。


「この調子じゃ富士宮防衛線に出した早馬が無駄になっちまうな。まぁそうなった方が良いことなんだが」

「今まで豊田鉱山にカテゴリー四の妖魔が出るなんて無かったことよ。軍に報告を入れて直ちに調査してもらったほうが今後のためだわ」

「まぁそういうことにしておこうか。お小言を喰らうのは俺が引き受ければいい話だしな」

  

 そんなことを言いながらも、中村は大山犬や山犬の群れと戦って負傷した仲間たちの安否が気になっていた。

 はやく倒れた仲間の元へと戻りたい。

 そんな思いが中村の心中に渦巻いているが、クランのリーダーとしては、脅威すなわち今空と戦っている巨熊が完全に倒されるまでは、戦況に注意を払っていなければならない。

 妖魔とは、生きている限り決して気を抜いてはならないことを中村は熟知していた。

 倒れた仲間全員が生きていれば、という思いが無いわけではない。

 しかし、そんなに世の中甘くないことも中村は知っている。


 早く終わってくれ。

 そんな中村の祈りが通じたのかどうか分からないが、最後の巨熊が倒れ、とどめを刺された。

 周囲から怒号のような勝鬨が上がる中、中村は倒れた仲間のもとに急いだ。


 そして、遥も空のもとへと駆けだしたのだった。

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