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弁天の日吉・捕り物事件簿①  作者: shiroikaze
2/6

その1

徳川幕藩体制、即ち江戸時代は、金貨(小判など)、銀貨(丁銀など)、そして小額貨幣として銭貨がそれぞれ無制限通用を認められるという、いわゆる三貨制度が存在していたが、実態は東日本で主に金貨、西日本で主に銀貨が流通するというものであった。


両替率は、時代・時期だけでなく日々でも変動する。故に両替商が存在した。

ザックリといえば、

金一両=四分金=十六朱金≒銭四000文≒丁銀六0匁


大坂城内では、連日のように城代や東西の奉行が鳩首集めて協議をしていた。

江戸は南北奉行所、大坂は東西奉行所である。


豪商を狙った「ご用金強盗」が頻発しており、「浪花屋」が銀三万匁=3.75g×三万=約112㎏の銀、即ち丁銀で約五百個と、小判で五百両が奪われ、「堺屋」も同じく銀三万匁盗られた。


浪花屋は最初、「銀三万匁を持参せよ」というものを、そんな重い銀を一人で持参せよとは、いたずらであろうとして無視していた。

再度要求があり、いたずらにしては念が入りすぎているとして、月当番の東町奉行所に届け出て、捕り手を手配したのだが、持参した処には現れなかった。

「お上に訴えても無駄だと言っておいた筈だ。言いつけにそむいた故、六万匁頂く」との投げ文があり、当初は、倉の前で寝ずの番まで置いて警戒していたが、三日たち五日たっても現れないため、念のために倉を確認したところ、既に小判五百両と銀三万匁が消えてなくなっていた。


堺屋はこの話を聞いていたので、奉行所と相談し、流通がまだ先になる予定の、「改正された新刻印つきの小判五百両」を指定された場所に持参した。


手ぬぐいで頬かぶりをした男が二~三人近くをうろついていたが、金を置いたところに近づいていないのに、いつの間にか五百両は消えてしまった。

そして、それらの男たちも、忽然と消えてしまっていた。

そして数日後に、「出回っていない新しい刻印つきの小判などいらぬ。ぬすみ」との文と共に、その五百両は、主人の居間の床の間に戻され、倉の中から、きっちり「銀六万匁」が盗まれていることが判明した。

東西両奉行所の大失態であった。


ぬすみ」とは、元々加賀の前田利家が伊賀者五十人を組織した忍び集団「偸組ぬすみぐみ」であったが、元和偃武げんなえんぶ大阪の陣の後、徳川幕府に疑いを持たれるのを避けるため二代藩主・利長が解散させた。

後に「偸」は、バラバラに地に潜った「偸組」の一部か、或いは、その流れを組んだものだということがわかったが、「偸」を捕らえたわけではなかった。



同じ頃、京の都でも、京都所司代が頭を痛めていた。

大坂と同じように、近江屋が銀三万匁。伊勢屋も銀三万匁奪われた。

これらの脅し文には、出雲神流の印があった。

この、出雲神流とは、流祖は秋篠清成とされる。菅原道真の叔父に当たる、つまり、道真の父是善の兄という。幼より武を好み、家業の学問を弟の四男・是善に譲り、自分は武芸・軍学を専らとし、神代よりの秘法を極めて出雲神流を起こしたという。その淵源は天穂日尊の出雲神道に辿り、古代には相撲の元祖とされている野見宿彌が角力で名を揚げている。

秋篠一門は平安から鎌倉時代には源氏に仕え、南北朝より室町時代には足利家に仕えた。

戦国時代には山名の一族として山陰地方に権を張り、末期には禁門を守護しながら倉吉に本拠をもったが、侵攻してきた信長軍との戦いに敗れて零落し、摂津國嶋下郡(現在の茨木市・吹田市・摂津市など)に隠棲したといわれている。

早速、摂津嶋下あたりに、消息などが残っていないかを探索したが、手掛りは見つけられなかった。

地に潜った忍びのことを、通り一遍の探索では手掛りなど見つけられるはずもない。

禁門警護にも携わっていた関係から、京の都にも本拠地があったともいわれている。


京・大坂の大店は、それぞれ自衛の為に浪人を雇い、倉を更に塗り固めて守りに入った。

京都所司代、大坂両奉行所も夜回りや警護を多くしたためか、或いは既に目的を達したのか、「偸」や「出雲神流」らは現れなくなった。

それらの後始末等で、近藤八郎は大坂勤番から江戸に戻る予定が、そのまま延長され更に4年を大坂で過ごした。


そして、同様のことが長崎でも発生した。これは別の忍びの仕業であったという。


☆ ☆ ☆


そしてついに、江戸でも騒ぎが起こった。

京・大坂での騒ぎは、江戸にも伝わっている。

江戸には、風間党が現れたのだ。

いくつかの大店が狙われ、やはり各々小判五百両が奪われたという。


風間党かざまとうとは、相模・後北条家の祖・伊勢新九郎(=北条早雲)が創設した間者組織で、風間谷に居住したことから、風間党という。

しかし、頭目が風魔ふうま小太郎と名乗ったことから、世間では風魔流忍者と呼ばれるようになった。

後北条家が五代で断絶の後、地に潜ったが、後年江戸で盗賊として暴れ廻ったともいう。


江戸の町は「伊勢屋、稲荷に犬の糞」といわれるほど「伊勢」のつく屋号の店が多かった。

その中でも、おたなとしてはそう大きくはないが、内実はかなり裕福だともっぱらの噂がある「呉服商・伊勢屋新兵衛」の店に、「風間党」を名乗る者からの投文があった。


「五百両を大番頭一人で、暮れ六つに小草川の一本松に持って来い。おとなしく持参すればそれだけで許してやるが、持参しなかったり、お上に訴えたりすれば、倍の千両を頂くことになる。風魔小太郎」


新兵衛は出入りの定町廻り同心佐々格之進に相談し、佐々は奉行所に報告した。

江戸の町を荒らしまわっている風間党に対し、幕閣は両町奉行と火付盗賊改の三者を呼び、各々の手柄争いではなく、三者が一致協力し、「風間党を、頭目の風魔小太郎を、必ず捕らえよ」ときつく申し渡した。

早急に捕らえなければ、幕府の威信に関わる。

故に、もし抜け駆けなどでもして、取り逃がしたら、即刻お役御免となるか、下手すると切腹ものかも知れないのだ。


念のために、伊勢屋の蔵にも手配りをして、一本松の所に捕り手を潜ましておいた。


伊勢屋の大番頭らしい初老の男が、若い手代を従えてゆっくり歩いてくる。

「大番頭さん、あの松が一本松です」

「与七どん、ここからは一人でいきます。お前は怪我があってはいけないから、先にお店に帰っておくれ」

「しかし、大番頭さん一人残して・・・」

「私一人で来いということだから、どこで見張られているか判らない。手筈は整えて頂いているはずだから、早く行きなさい。風間党に約束を破ったと言いがかりを付けられてはたまりません。また捕り物の邪魔になってもいけません」

「判りました。十分お気をつけて。私は一足先にお店に帰らせて頂きます」

屋号紋入りの提灯に火を入れ、大番頭に渡して、与七は後ろ髪を引かれる思いで立ち去った。



☆ ☆ ☆


手ぬぐいで頬かぶりした二人の男が、足を引きずるようにしているが、足早に歩いてくる。


「ひでえ目にあった。こんな頭じゃ、表もまともに歩けねえ。家にも戻れねえ。髪が伸びるまで、どこぞの田舎にでも引きこもってなきゃ仕方がねえな」

「全くだ。ガキの喧嘩に口出しするもんじゃねえなぁ。あんな化け物が現れるとは思ってもみなかったぜ。『次は髷じゃなく、頭の鉢をスッパリと飛ばしてやる』って言われたときにゃ、生きた心地がしなかった。命あってのもの種だ。桑原桑原」

一本松のあたりは人通りもなく寂しい。そこに佇んでいる初老の男を見つけて、もう1人の男に

「おい、あの爺さん金を持ってそうだぜ。行きがけの駄賃に、脅かして金を巻き上げようぜ。懐が寂しいゆえ、路銀が必要だ」



☆ ☆ ☆


「暮れ六つだ。来たぞ。手拭いで頬かぶりの二人組み・・・上方の話どおりのようじゃ。奴らが行き過ぎるなら違うが、大番頭に近づくようなら間違いなかろう」

「ぬかるな、手向かうようであれば、かまわぬ切り捨てよ!」



☆ ☆ ☆


頬かぶりした二人の男が大番頭に近づき、脅かすつもりか懐の匕首を掴んだまま、

「おい、おとなしく、有り金残らず置いて立ち去れ。さもないと・・・」

匕首を抜いた。


とたんに、周りから両奉行所の捕り手が駆け寄ってくる。

「風間党!御用だ!御用だ!」

「神妙にお縄につけ、手向かえば容赦なく斬る」

先頭で刀を抜いているのは、火盗改めの羽織をきた武士たちだ。

大番頭は、さっと火盗改の後に逃げ込む。


二人の男は、一瞬「狐につままれた」ように呆然としていたが、火付けや殺しというような大罪ではないにしても、脛にキズをもつ身ゆえ、脅かす為の匕首を握ったまま慌てて逃げようとしたところ、手向かうものとして、一刀の下に切り捨てられた。

もう一人は嶺打ちで叩き伏せられ、よってたかって縛り上げられた。


火盗改めの屋敷にある牢内で、風魔小太郎の居所を吐けと拷問にかけたが、白状したくとも全く知らない話なので「違う」「知らぬ存ぜぬ」しかいえない為・・・拷問は熾烈を極めた。

翌日には、半殺しのまま打ち首となって、先に切り捨てられた男ともども、小塚原に風間党の手先として晒し首になった。


二日ほど後に、伊勢屋新兵衛の店から、きっちり千両が盗まれた。

以後にも何軒かが襲われて、被害は五千両を超えたようだ。


そして、仲間割れが起こったのか密告があり、江戸での風間党の本拠に、両町奉行所・火盗改めが、半信半疑で捕り物に向かったが、その周りには、何者とも知れぬ男たちが遠巻きにしていた。


五代目風魔小太郎は、両町奉行所・火盗改めの包囲網を殆ど破って逃げきれると思った時に、何者とも知れぬ男たちに阻まれ、結局お縄になった。

何者とも知れぬ男たちも忽然と消えた。

風間党の主だったものも一網打尽に捕らえられて処刑されたが、盗まれた金は一両たりとも見つからなかった。



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