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弁天の日吉・捕り物事件簿①  作者: shiroikaze
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その2

ここは、通称・火盗改こと火付盗賊改方の寄騎、旗本一千五百石・近藤こんどう八郎はちろうの屋敷。

近藤は、火盗改の中でも『裏の取纏め役』、つまり密偵や隠密の纏め役である。

もっとも、実質はその用人の原城はらしろ九内くないが取り仕切っている。

近藤本人はいたってのんびり屋で、名前をもじって近藤八郎こんどやろう、ついたあだ名が「この次さん」。


春四月とはいえ、朝夕はまだ肌寒い日もあるが、そんなある日の昼下がりに、

「御免」と声がして、着流しに月代さかやきを伸ばした浪人風の男が、部屋に入ってきた。

大刀を一本左手に持ち、右手には鉄扇を持っている。


部屋には、床柱を背にしたこの家の主・近藤八郎と、その前にかしこまって座っている二十歳前だろうか、若い町人がいた。


「やっとお見えか、待ちかねておりもうした。こちらへどうぞ」

近藤が自分の横の席を指し示した。


浪人風の男は、ヌボーっと立ったまま

「この者は?」

と近藤に聞く。


「先程、家の女中のおゆうが、所用の戻りに、どこぞの中間に絡まれて困っているところを助けてくれた恩人じゃ。なかなか、鯔背いなせな若い衆であろう」


紹介された町人は、頭をかきながら、

「偶々(たまたま)通りかかっただけで、助けるっていうほどのことじゃありません。あっしは、山王・弁天のそばに住む日吉と申します」


浪人風の侍が

「ほほう・・・山王・弁天の日吉とな・・・聞いたことがあるような名だが、最近はとんと噂を聞かぬが・・・拙者、南田みなみだ是織これしき。故あって浪々の身だ」


日吉が両手をついて、近藤に頭を下げた。

「それじゃ、お忙しいようなので、あっしはこれでお暇致しやす」


「待て待て、日吉。色々と教えてもらいたいことがある。但し、今からここで見たり聞いたりしたことは一切他言無用ぞ。」

「宜しいんで? そりゃもう。言っちゃならねえことは口が裂けたって喋りやせんが・・・本当に宜しいんですかい?」


「早速だが、今年は山王神輿がお城の中に入る番だ。担ぎ役などに不穏な輩が混じらぬよう町役に注意を促しておくようにとのお達しがあった。もっとも山車は町内の若い者が引くから、顔の知らない怪しい者はまぎれようもないのだが・・・」



☆ ☆ ☆


元和元年(1615年、寛永12年=1635年とする異説もある)には、祭の山車や神輿が江戸城内に入る事が許され、将軍の上覧を許されるようになった。また祭礼は本来毎年行われていたが、天和元年(1681年)以後には神田明神の神田祭と交互に隔年で行われる事になった。


江戸の町の守護神であった神田明神に対して山王日枝神社は江戸城そのものの守護を司ったために、幕府の保護が手厚く、祭礼の際には将軍の名代が派遣されたり、祭祀に必要な調度品の費用や人員が幕府から出される一方で、行列の集合から経路、解散までの順序が厳しく定められていた。

神幸祭の行列に加わった山車の行列は、大榊を先頭にして、次に各町の山車練り物、その次に神輿3基を中心とする行列が続くというものであった。


(※この山車行列の内容は文久2年=の時のものである)

一番 諌鼓鶏の吹貫の山車

二番 幣猿の吹貫の山車

三番 傘鉾6本 女猿・太鼓打ち人形・神功皇后・馬乗り人形・八幡太郎・鐘馗

四番 剣に水車の吹貫の山車

五番 ※小舟町これらの町は山王社に御初穂を納めるのみで山車はなかったという。

六番 松に羽衣漁夫の山車

七番 弁財天の山車

八番 春日龍神の山車

九番 静御前の山車

十番 加茂能人形の山車

十一番 石台に牡丹の山車

十二番 武内宿祢の山車

十三番 天照大神の山車

十四番 石台に牡丹の山車・武蔵野の山車

十五番 石台に牡丹の山車

十六番 武蔵野の山車

十七番 網打ち人形の山車

十八番 日の出松に鶴の山車

十九番 武蔵野の山車

二 十 番 月に薄の山車

二十一番 羅陵王の山車

二十二番 武蔵野の山車

二十三番 分銅に槌の鉾2本

二十四番 神功皇后の山車

二十五番 玉の井龍神の山車・石橋能人形の山車

二十六番 棟上人形の山車

二十七番 日本武尊の山車・浦島人形の山車

二十八番 大鋸の山車・蓬莱の山車

二十九番 茶筅茶杓の山車

三 十 番 鯨船の山車

三十一番 佐々木四郎高綱の山車

三十二番 神功皇后の山車

三十三番 静御前の山車

三十四番 武蔵野の山車

三十五番 武蔵野の山車

三十六番 斧に鎌の山車

三十七番 源頼義の山車

三十八番 武蔵野の山車

三十九番 茶臼挽き人形の山車

四 十 番 八乙女の山車

四十一番 武蔵野の山車

四十二番 武蔵野の山車

四十三番 棟上道具の山車

四十四番 武蔵野の花山車

四十五番 猩々の山車

そして、神輿3基が続くという流れになる。



☆ ☆ ☆


「しかも、今年は上様を始め、御台様もご覧になられるそうじゃ。神輿の神酒御供には、筆頭老中松平武蔵守様自ら行うと張り切っておられる」


「お頭にお達しがあったように、万全を尽くさねばならぬ。この日吉も当日は神輿の担ぎ手とのこと。色々なことを教えて貰っておるところじゃ。なにせ長崎奉行所と大坂勤番が永く、江戸表には十数年振り。すっかり忘れておるわ」


南田が座りながら聞く。

「それで、私を呼んだのは、何かご用ですか?」


「内々の話だが、お頭からの指示もあり、貴殿に此度の大役を任せたいのだ」


「大役とは?」


茶碗を持ち上げ、おもむろに一服、唇を湿らせた。

軽く頭を下げて、「上様の・・・」

「お庭番が、おかしなことを掴んできた。上様がそのことを御老中松平武蔵守様に伝えた」

近藤は、上様という度に、軽く頭を下げる。

「御老中から『各地の忍び達が動き出しているそうじゃ。探ってみよ』との下知をうけた伊賀者、甲賀者、黒鍬者、裏柳生を使って各地の動静を調べ廻っている」

「実態は別にして、伊達家の黒脛巾などの表向き親徳川家の忍び達は動いていないことが、判った」


「驚くことに、密かに反将軍家連合が組織されつつあり、包囲網が完成すれば侮れない勢力となりうるとのこと。しかも、あろうことか親藩の大藩と外様有力大名2~3藩が名を連ねる予定だという」

「但し倒幕ではなく、あくまで将軍家の簒奪であり、幕閣・旗本をかえるのが目的とか」

「飛び地や新田の整理、三百諸侯を百諸侯ほどに統合し、行政を簡略化するなど、新たな幕藩体制を敷くという」


「もっとも、ただ将軍職に就きたい、領地を増やしたい、要職に就きたい、権力を握りたいだけのものから、大領地経営で農民の重税を少しでも減らそうと考えるものもいる。雑多な連合体になりそうだという」


「戦国の世には活躍したものの今では日の目を見ぬ忍びや、或いは、かつての反徳川家関係などの忍び達が競い合い、勝ち上がった忍びが、新体制のお庭番となる。更に、筆頭老中松平武蔵守を、しかも千代田城内で暗殺すること。これがお庭番筆頭になれる条件だそうな。」


「新体制のお庭番の筆頭、すなわち全国の忍び集団の頂点に立つことになるが、その他は筆頭の下で、将軍家直属のお庭番として扶持を得る」


「当然じゃが、筆頭になるには、まず他流派との闘いに勝ち残らなければならない。勝ち残る技量が必要となる。その後に千代田城内での暗殺がある。故に、この試合は、ただ勝てば良いと言うわけではなく、そのあとのことを考えた代表選びが必要となる」


「如何に手練であっても、多くの家臣・旗本たちがおり、伊賀者・甲賀者を始め黒鍬者や裏柳生などが警護している中での暗殺することの難しさを考えれば、いくつもの方法があるとは思えぬ。各々流派が作戦、戦略を練った上で代表選びを慎重に選んでいるようだという」


南田が、呟くようにいう。

「その手練たちをどうにかせよと・・・・」


近藤は、帯に刺してあった扇子を抜き出し、煽ぎながら

「いや、そうではない。そこまでの話は掴めた。ところが、そこから先、公儀お庭番たちは殆ど戻らぬ。・・・各地の忍びが立ち上がったとすれば、派遣された隠密は全滅に近いと思われるが・・・」


「お頭は、手を下さなくても、どうせ仲間内で倒し倒されて一人残る。その勝ち残ったものだけをこちらが倒せばよいと申された。」


南田は頷きながら

「道理ごもっとも。つまり、私に、勝ち残った者を倒せと、仰せあるか」

「ま、そういうことだ。ここにお庭番たちが貴殿に報告に来る。それまではゆるりとされよ」



南田が、日吉の方に向き

「ところで日吉殿は、小草川沿いにある三本松の船着き小屋は知っておるか」

隣の部屋で、ガチャンと茶碗を落としたような音がした。


南田が間髪を入れず襖を開けた。

一人の女中が茶碗を落としたようだ。

「申し訳御座いません。粗相を致しました」


南田はじっと女中の顔を見つめながら、

「この者は?」


近藤がのんびりと答える。

「ん?引き合わせなんだかのう。わしが江戸に戻った時に、奉公にきた、おきちじゃ。」


「きちと申します。宜しくお願い致します」

神妙に三つ指をついて挨拶をする。


「そうか・・・そこに控えておれ」

と、南田が指示して、襖を開けたまま、次の間に控えさせた。


南田は日吉に向かって

「あの船着き小屋あたりも変わったであろうの」

「何年かめえに大風が吹いて飛ばされてしめぇやした」

「そうか・・・」


「無けりゃ不便だってってんで、近くの大店連中が持ち寄り、その金で大工や鳶の若いもんがよってたかって新しく建て直しやした」

「新しく建て直したのか。それじゃ思い出も消えたか」

「は?」

「いや、こっちのことだ」




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