23-癒えぬ傷には、手向けの花を-
隼人の発言には俺たち全員が固まった。
いや、全員というには乏しいか。なぜなら、向こう側のメンバーは誰一人として驚いていなかったからだ。ただ、飯を食べ始める空気でもないことを感じたのだろう、手持ち無沙汰に待っている(のは華壱だけで、残りの二人は想像以上に冷静だったが)。
「ここが……ヤクザの家……」
日本家屋。
政略結婚。
一条字家。
ヤクザ。
……マジかよ……これだけの情報があれば俺でもわかる。
「本当ですか?」
俺はシオさんを見た。
「ああ、本当だ。間違いなくな」
その着物姿には似合わないほどの男らしい口調でシオさんは言った。
「それが何?」
「……先ほども言いましたよね、僕は『政略結婚』という物が嫌いなんですよ」
昔経験していた故に、ですが。
そう言って隼人は眉間にしわを寄せた。
俺は隼人の隣に座っている音河を見る。少し表情が曇っている。今思い出せば、この2人も元々は政略結婚のような形で結婚話が出ていたことも事実だ。というよりそれを最初として始まって、結果的には今のように丸く収まったが、もしそのままだったとすれば隼人はこの人たちを責める権限がない――否、そういうことか。
自分がその立場になっていないのは、そういう状況を嫌っていたから。
だから今、その立場になろうとしているこの2人に対して、軽蔑の意を示しているのだ。
「……貴様が王城である以上、避けては通れない道なのではないのか?」
一条字先輩は当然のように、正しい推測を投げかける。
「当然通ってきました。拒絶しましたが」
「その結果が音河響花だと?音河財閥のお嬢様……音河響花を選んだ、と貴様はそう言うわけか?」
信じていない様子だ。
「……」
「ありえないな。結局貴様も同じ穴のムジナ。答えは一緒だろうに」
「……愛ってなんですかね?」
隼人は唐突に言った。
「何の議論だ?そんな議論に価値がないことを俺はよく知っている」
「愛は価値じゃないんですよ。愛は意味じゃないんですよ。愛は理由じゃないんですよ」
隼人の中に怒りが芽生えているのが感じられた。
ふつふつと、徐々に溜まっていくような、そんな怒りだった。
「僕は響花の価値に惹かれたんじゃない。僕は響花といることで人生に意味を持つと思った訳じゃない。響花と一緒にいることで僕の存在の理由づけをしようとした訳じゃない。アンタには一生わかんねーよ愛なんてものはな」
口調が荒くなり、イライラが見える。
「日下副会長」
俺は言った。
「何だ」
「今回は申し訳ありませんが、帰らせていただきます」
「……」
「選挙戦が終わった後、もう一度お誘いください。その時、僕たちが分かり合えていたら、楽しみましょう」
俺は返事を待たずに立ち上がる。
「皆行こう」
「お送りいたしますよ」
気づくと御手洗さんが既に前方に立っていた。
「結構です」
「学園生徒のサポートとしての行動でございます。それにこちらからお呼びした挙句あなた方に不快な思いをさせてしまったようなので、申し訳ついでの行動と思っていただければ幸いでございます」
「……ではお言葉に甘えて」
「ありがたき幸せ」
そう言って御手洗さんが宴会場の扉を開けて、外に出る。それについていく。隼人と海馬と虎郷はさっさと出て行き、音河と雅と俺は一礼してから外に出た。性格が出ているな、と思った。
「言い訳するようではありますが」
御手洗さんはそう言って少しほほえみを見せる。
「王城様の言うように、一条字様は恋愛という物が分からないのですよ」
「……」
本当にいいわけだな、と俺は思ってしまった。
が。
「私たちには名前がありませんでした」
と。
いきなりそう言ったのだった。
「詳しくはお話しできませんが、私たち3人――つまり私と華壱様と籠目様は、元々孤児でございます。そんな私たちを救ってくださったのが一条字様なのですが、だからこそというべきでしょうか。あの方は息を吸うように人を助け、息を吐くように悪を撃ち滅ぼす。誰でも助けるのでございます」
「それは……」
それはさながら、隼人やタケルのようだと感じた。
「誰にでも優しいということは、つまり特定の誰かを愛せないということにございます。それゆえ、あの方は政略結婚の様な形でしか愛を示せないのでございます。当然、それを本当の愛だと表現するつもりは毛頭ありませんが」
と御手洗さんが言ったところで、門の外についた。
「本日はお忙しい中お集まりいただいたのに、このような結果となってしまって残念でございます」
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした」
そう言って隼人が謝った。事情を聴いて心の中で何かが変わったのかもしれなかった。
「あと、常盤様」
「な、何ですか?」
少し動揺した様子を見せた。
「庶務戦はよろしくお願いします」
「あ、はい。よろしくお願いし――」
「いや」
と。
海馬が口を開いた。
「庶務戦は俺が出る」
「え……」
隼人が驚いた顔を見せる。
「確か、後に生徒会役員職を変えることは認められているし、それに雅も俺も庶務と書記どちらでもいいようなものだ」
「でも、どういう理由で」
「御手洗 新」
海馬がそう言って御手洗さんの前に立った。
「貴様の嘘、俺が暴く」
「……なるほど」
そう言って御手洗さんは笑顔を浮かべた。
「かしこまりました。ぜひ、よろしくお願いいたします」
先ほどまでの包容力のあった雰囲気が一気に威圧に変わった。