45-笑う。-
「・・・・・・」
右手の力を使えば追跡は出来る。
1日かければ、間違いなくあの男を追いかけることも可能だろう。
だが。
追いかけたところで俺にはどうにも出来ない。先ほど同様、撒かれてしまうだろう。それに行き着いた先には恐らく化物が揃っているに違いない。
今この状況で俺がやれることは、ない。
「・・・・・・帰ろう」
俺は地面に向かって呟いて、足を進めた。
「お帰り」
帰ると隼人がそう言って迎えてくれた。
いや、迎えてくれたというには少し乏しい出迎えだった。
扉を開けて、玄関に倒れていた。
「酔っ払いか」
「こう見えて――」
と言いかけて、少し黙った後、
「見た目どおり、僕は運動はあまり得意じゃないんだよ」
と言い直した。
「走ってたのか?今まで」
「いや。帰ってきて、10分は経ったかな」
「何で倒れっぱなしなんだよ・・・・・・」
俺はそう言って隼人の横に座り込む。
「体力が無いもので」
「ていうか、キングダム使って何とかできないものなのか?」
「アレは異常に精神力を使う。慣れたら戦いにも利用できそうだけど・・・・・・それにそれ以前に、アレは本来の世界とは別次元にあるといっても過言ではないし、対象者がいないと使用できない」
「対象者ってのは?」
「基準が無い。どうも、そのあたりは『アイツ』が勝手に決めている」
「アイツ・・・・・・?」
・・・・・・。
ああ、そうか。
「僕は会話したこと無いけれど、アクターだね」
「会話って・・・・・・」
「僕も良く分からない。それ以上聞かれても何とも答えられないよ。それより」
手早く話を切って、追求を避け、さらに話を転換する。
行動が早い。
「君は一体何をしていたんだ?」
「・・・・・・」
「いやいや、深い意味は無いよ。僕らが居なくなってから君が帰るのは遅かったから、聞いているだけだよ」
「・・・・・・別に何も」
「本当に?」
隼人はそう言って尋ねる。
「・・・・・・」
「例え君が犯人を追跡する事が出来て、見事見つけることが出来たけれど、『聖域指定』によって負かされて撒かれたとしても、僕は責めたりしない」
「知ってたのかよ・・・・・・」
全く。
お前は本当に「見透かした野郎だ」と隼人が先に言った。
見透かされた。
「いやいや、僕は僕の予測を話しただけだよ」
「嘘つけ」
「それにしても君はテンプレのような天才的な展開だね。さすが主人公」
「俺は主人公じゃない。それより、現状の話しをしろ」
「ふむ。じゃあ能力の話から」
そう言って隼人は体をようやく起き上がらせた。
「聖域指定」
聖域指定とは、科学的に根拠を見出すとすれば、空間把握能力を司る器官をかき乱す事で違和感を感じさせる、ということらしい。
どんな人間でも経験した事があると思う。
階段を下る際にもう一段あると思って足を踏み出した瞬間や、逆にもう階段は無いと思って歩いた瞬間に、違和感を感じた事があるだろう。
アレを瞬間的に起こすのが、聖域指定だ。
脳や視線ではそこには壁は無いと判断しているが、実はそこには壁が(・・・・・・)あったのだ(・・・・・)。
「君が謎の男を見つけた公園を君はしっかりと見たことがあるのか?」
隼人はそう言った。
「無い・・・・・・」
「だろうね。だったらすぐにも違和感に気付いたはずだ」
そう言って隼人と俺はその公園に立った。
朝だというのにも拘らず、人っ子一人見当たらない。だからこそとも言うが。
いや――。
それよりもブランコだ。
「あれ・・・・・・?」
ブランコが見当たらない。
「ブランコが無いんだが・・・・・・?」
「あるよ。あそこに」
そう言って指差したのは、壁だった。
「は?」
「あの後ろにあるんだよ。この公園はちょっと特殊なのさ」
「・・・・・・って、待てよ!それじゃ俺が立っていたはずの場所の後ろには――」
「壁があったはずだよね」
冷静に隼人は言った。
俺がブランコのあるところに現れた瞬間、あの男が聖域指定を発動させて、壁を感じないようにした。
アイツの前に立つまでは壁を見ていて、立った瞬間に能力を使われ、壁を忘れたという事か。
そして俺を攻撃しながら壁を飛び越えた。そういえば1度、異常に高く飛んだ覚えがある。
上手い事しやがる。俺が騙されるわけだ・・・・・・。
「でも、それって幻覚ってことなのか?」
「まぁそういう類になる。警察署であったのは、他人の意識をその部屋から反らしていたから。空間に関する幻覚だと思ってくれ」
そう言って隼人は笑った。
「でも普通の人間には避けられないね。いくらそういう類に強くても」
「・・・・・・じゃあどうすれば?」
「その場所の構造を把握して場所を記憶する。それによって、明らかにおかしいものを削除していく。これが一番確実」
「そんなことが出来る奴はお前くらいだよ」
「いやいや、僕でも初めてきた場所では分からないよ」
そう言って隼人は笑顔を浮かべる。
「あとは、脳を単純化させて、幻覚対する態勢をつける」
「バカになれって事だな?」
「何も考えるなって事だね」
できるかそんな事。
少なからず何か考えるだろう。
「まぁ・・・・・・。後はもうひとつあるよ」
「あるのか?」
「さて、じゃあ行こうか」
「・・・・・・」
そう言って隼人は歩きだす。
俺はソレを追っていく。
「どこに行くんだ?」
「犯人達のアジト」
隼人は笑う。
「・・・・・・さっきから何で笑ってるんだ?」
「・・・・・・笑ってる?」
「笑ってるよ」
「ああ・・・・・・。無意識だね」
さらに笑った。
どういうつもりなのだろう。
「・・・・・・何なんだよ」
「何って・・・・・・」
隼人はこちらを見ずに言った。
「アクターとの決戦だぜ?」
顔は見えなかったけど、間違いなく笑っていた。
運動神経が悪い割りに、好戦的な男だった。