清州会議当日②
「明智の旧領と、曖昧になっておった本願寺の旧領、畿内の佐久間の旧領、この辺りは儂らで
考えるほかあるまいて」
柴田勝家がまず一つ目の議題から発言する。
それについては皆、異論はない。
領土の問題は非常に繊細で気を遣うものである。
人材の配置、適正、人間関係、年次と功績の塩梅……
気を払う事は、無数にある。
信忠が健在であったとしても、現状記憶に難がある
以上、それを任せるのも酷であろう。
それに、そうあまり待っていられない事情もある。
(もうそろそろ、うちの家臣たちも限界じゃろうしの……)
この時代、戦の必要経費は自身の持ち出しで、
戦の恩賞で後払いでなんとかするのが基本である。
それが限界に来た時に、占領地での略奪などが
発生する頻度が急上昇する。
好ましくない事は当然なのではあるが、それを
完全に禁止すると軍の維持ができなくなるため、
ある程度は黙認せざるを得ないのが実情ではある。
特に今回の明智征伐は織田家の領内であったため、
厳に略奪を禁じている。
その代わりに羽柴家の蔵からある程度の金と糧秣を
出してはいるのだが、それも限界に
きていると留守居役から度々悲鳴の書状が
届いている。
早急に今回の恩賞を確定させておかないと、織田家の領地で羽柴家の軍が略奪を始める
といった非常に好ましくない状況が生まれかねないため、これについては異論は挟めない。
既に、事前に希望の領地は出しており、事務方がある程度の調整は行っているため、
最後の調整と意見を出し合うのが通例ではあるのだが、
(ちっーと、多すぎなのではないけ?)
自身の予想よりも、与えられる領地が多い事に秀吉は疑問を覚える。
特に、自身の希望に入れていなかった河内、和泉が
羽柴家の領地に含まれていた。
その辺りは四国征伐の準備をしていた丹羽長秀が希望を出すと思っていたため、
あえて希望から外していたのだが……
「五郎左殿、よろしいので?」
「実際、本能寺の際に我らの兵は相当逃げてしまったからの……その儂らが領主では、
彼らもなにかとやりづらいであろう」
それに柴田勝家が補足を入れる。
「正直、領土の釣り合いがとれぬようにはなるのでな。そち、筑前の近江長浜の領土は召し上げ、
五郎左殿に移す事になるが……構わぬかの」
「まあ……致し方ないでしょうな」
長浜は秀吉にとっても初めて城持ちになった土地だ、思い入れがないかと言えば、嘘になる。
ただ、現在の拠点の姫路から考えれば飛び地になっており、不便さを感じていたのも事実である。
(河内、和泉を頂ければ必然堺との関りも深くなるわけじゃし……どう考えても得じゃな)
その辺りは信長の思考を忠実に読んできた影響か、考え方も土地にあまり縛られない性格をしている。
愛着はあるが、執着はしない。
「五郎左殿、わしの長浜の民を、よろしゅうおたのもうします」
「相分かった。任されよ」
それに丹羽長秀は内政面でも優秀なのはわかりきっているので、秀吉としても
どこの誰かわからぬものに領地を持っていかれるよりはよほど安心である。
結果、領地の再配分は以下の通りとなった。
柴田修理亮勝家……現在の越前一国に北近江坂本加増
丹羽五郎左長秀……現在の若狭一国、北近江佐和山に長浜周辺の加増
羽柴筑前守秀吉……現在の播磨一国に摂津半国、丹波(羽柴秀勝拝領)、河内、和泉加増
池田勝三郎恒興……摂津半国と摂津衆の旗頭(代表者)を襲名。
「筑前、異論はなかろうな」
「異論も何も……」
ありようがない、というか過剰では?と秀吉は思う。
まあ、貰えるものはなんでも貰っておくのが信条なので、それ以上はなにも言わないのだが。
「それでは、次の議題に移るが……」
柴田勝家が次の議題を話始めようとした所、
「ここからは、私が話すとしよう」




