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「焚火ってあったかいな」
「そうだろ」
陽が沈んでしばらく経った。
俺たちは焚火を囲って一息ついている。
タープを立てて少しして、両手に大量の薪を抱えたマーベルさんたちが戻ってきた。結構遠くまで探しに行っていたらしい。
それを使ってリフレクターを作って、焚火を始めて、料理を作って食べた。
今はケトルに水を入れて、湯を沸かしている。
「あまり焚火ってしたことがないけど、結構いいわね」
「あったかいのは助かりますね」
火は焚いているだけで単純に暖かい。
料理することもできるし、暖まることができる。寒い時期には必須なものだし、よりありがたみを感じることができる。
それに、今回はリフレクターを設置した。
リフレクターは要は反射板だ。
焚火だけだと熱は四散していくから、暖まるまでに時間が掛かる。だが、リフレクターを設置することで熱を反射させることができる。
自分の前に壁の要領で設置したリフレクターは、熱を自分のほうへ反射してくれる。例えそれが薪で組んで隙間が空いている物だとしても、無い状態より圧倒的に熱を受けることができる。
更にテントやタープで背中側に壁を作ってやると、熱をこもらせることもできる。より保温ができるというわけだ。
冬場のキャンプでの熱源は最も重要と言ってもいいし、生命維持に不可欠と言ってもいい。現代みたくガスストーブや携帯式の薪ストーブがあるならまだしも、こっちの世界でそんな都合のいい物はない。焚火こそ最大の熱源になる。
「それにしてもキリヤさん、すごいですね。ここまで快適に過ごせるなんて」
「確かにな」
「ほれ、コーヒーだ」
それぞれ入手したカップにコーヒーを淹れて渡した。
「そんな褒めても何も出んぞ。出るのはコーヒーくらいだ」
「十分だろ」
「焚火だって簡単そうに点けていたし」
「まあ・・・慣れだな」
焚火が難しいっていうイメージを持たれている話はたまに聞く。
あながち間違っちゃいないんだが、手順と条件が揃えば誰でもできる。まあ、こういうことを言い出すと何でもそうなるんだけど。
今回は俺がパパっと仕掛けてしまったから、他のメンツは見ているだけだった。今後もするかもしれないし、一つ手ほどきでもしてやりますかね。
「まずは乾いてる薪を探す。これが条件の一つだ」
極端な話だが、乾いている枝と、雨でビッチャビチャになっている枝となら、どっちが火が点きやすいかって尋ねられたら、単純に前者だろう。
水分が含まれていると、それだけ火が点きにくい。
「火が点くためには三つのポイントがある」
「三つもあんのかよ」
「一つ目は空気。酸素だ」
火は空気中の酸素に反応して点火する。宇宙みたいに酸素が無いところでは火は付かない。
「二つ目は着火源。今ここで言うところの薪だな」
燃やす物が無ければ火は点かない。紙とか竹なんかもそうだし、一酸化炭素なんかもそれに当たる。
「最後は点火源だ」
「・・・点火源?」
「例えばこういう」
マーベルさんから買った火打石と火打ち金を取り出して、
「小さい火花とか」
数回打ち付けて、火花をいくつか発生させてやる。
「こういうのとか、まあ、豪快な方法でいうとフレアバレットとか、そんなんでもいい」
「そうなるとわたしの出番だね!」
・・・うん。そうなるんだろうけど、お前のはマジで一発がキツイからやめてくれ。
「こういう乾いた枯葉とか、すぐに火が点きそうな草なんかに火花を散らして、一つの火花を大きくしてやる。そうすりゃ立派な点火源ができる」
火花一つだとめちゃくちゃ小さいが、杉の枯葉とかススキなんかに落としてやると、油分なんかで火を大きくすることができる。
酸素は常時供給されているわけだから、この段階では特に気にしなくてもいいと思うが。
「最初の小さい火だといきなりデカい薪を燃やす力がないから、細い枝から順番に太くしていくわけよ」
「・・・デカい薪を燃やす力がないってのはどういうことだ?」
お?結構興味あり?
「薪でも紙でも何でもそうなんだけどな、物を燃やすにはそれに応じた温度ってのが必要なんだよ」
「温度・・・高熱である必要があるということですか?」
「物によるけどな。例えばこういう」
試しに細い枝と太い薪を持ってやり、
「この二つだと、どっちが燃えやすい?」
「細いほうだよな?」
そう、とキースに頷いてやりつつ、
「細いほうがよく燃える。これはこの細さの木を燃やすために必要な熱が低いからだ。熱の伝わりがいい。逆にこういう太い薪は熱の伝わりが悪いから熱が上がりにくい。だからいきなり燃えないわけだ」
例えば、薄い焼肉用の肉と、分厚いステーキ肉となら、どっちが火の通りが早いか?
こういう話をする時、俺はそういう例を挙げるんだが、当然ステーキ肉のほうが焼けるのが遅い。分厚くて熱の伝わりが遅いからだ。
薪も同じこと。太いほうが熱の伝わりが遅い。
だから細い枝から順番に太くしてくべていくわけだ。
「火が大きくなってきたら、くべる薪の量を増やしていく。しっかり火が大きくなったら太い薪を入れて終わり。それが目の前のこれでございます」
俺が作った焚火は十分に熱を持って、太い薪を燃やし続けている。
あとは火が小さくなってきたら追加してやるとか、空気を与えて燃焼を加速させるとか、その時の状況に応じていじってやればいい。
「まあ、濡れた薪でも焚火ができないわけじゃないけど、テクニックが要ることは間違いないな」
「そうなの?」
「俺もできなくはないけど、薪の状況に左右されるかな」
芯までビッチャビチャの薪は相当ハードルが高い。表面が濡れているくらいなら、割って乾いたところから火を与えれば燃える。
多少濡れていても、乾いた個所が燃えていればいずれ乾くし、燃えている焚火の傍に置いておくとか、底に敷いてやったりすることで、乾燥を促すこともできる。
まあ、乾燥してる薪を燃やすよりはハードルが高いってのは間違いない。
「さて・・・あとは食器の片付けくらいか」
焚火講座は一旦置いておくとして、やることはやっとかないとな。
肉を焼いたスキレットと、使った食器。次の日に置いておくと悲惨なことになりかねないから、さっさと片付けておくに限る。
「近くに水場がないからアクアで洗うとして・・・」
「大量に必要なら任せてよ」
俺の少ない魔力で生み出せる水なんか高が知れてる。
戦闘をするわけでなし、自然な状況でヴェロニカが魔法を使える。ここはヴェロニカに頼るとして、
「私が洗いましょう」
マーベルさんが一緒にいてくれるならありがたい。
周りにはとてつもなく強い威力の魔法を扱える存在ってのが根付いてるし、より違和感なく作業ができる。
「俺はシーズニングをするとして」
「シーズニングって何だ?」
何だ?
ジェシカお前・・・意外とアウトドアに興味があるのか?
「シーズニングってのは鉄製のフライパンとか鍋に施すならしみたいなもんだ」
シーズニング。
調味料なんかをそういう風に言うこともあるが、今回の場合は鉄製品の油ならしのことになる。
「マーベルさん、ちょっと水ください」
「はい」
「あげるのはわたしだけれどね」
あくまでも俺流だが、まずは軽く水で洗う。汚れがひどいなら、軽くたわしで洗ってやってもいい。
「ざっくり洗ったら、熱して水分を飛ばす」
焚火とか、現代だとガスバーナーなんかの火に掛けて、水分を飛ばしてやればいい。
「せっかく洗ったのにまた黒焦げになるじゃねぇか」
「ご指摘はごもっともなんだが、こっちにそんな便利は道具がなくてなぁ」
「こっち?なんのこった?お前の地元か?」
「気にするな」
杉なんかの針葉樹の焚火に掛ければ、また底が黒くなる。広葉樹ならまだマシだが、焚火に掛ける以上、多少の汚れは仕方がない。
携帯用ガスバーナーでも何でもいいが、そういう煙とか灰が出ない道具があればそれに越したことはないが、残念ながらここは文明レベルが低いラヴィリア。そういうわけにはいかない。
「わたしが焼けばいいんじゃないかな?」
・・・そういう手もあった。
ただまあ、マーベルさんは水仕事をしているわけで、片手間にフレアでフライパンを加熱するなんてことをさせるのはどうだ・・・?
できるヤツはできるんだろうが、周りの反応が読めないからやるにやれない。
一旦、そのことは置いておこう。
「こうやって水分を飛ばしたら、油を敷いてやる」
カラカラになったフライパンに油を少し入れて広げる。
まあ、当たり前の話だが、ここで使う油は食用油でいい。現代ならオリーブオイルでいいだろう。
こっちで食用油は何だって探したところ、花から抽出した油があるってことで、それを買って使っている。質感はオリーブオイルよりさらっとしているような気がするが、まあ、その辺りは良しとしている。だってダメって言ったってしょうがないし。
「油を敷いたら広げて、常温になるまで放置」
高温のままだと危ないし、かばんに入れられないし、当然常温に戻す。今日の場合、焚火から外してやるだけでいい。
その際、余分な油が残っているようなら、クッキングペーパーなんかで拭きとってやるといい。こっちにそんな物はないから、俺は布で代用している。後の洗濯が面倒だけど、こればっかりは仕方がない。
「これで終了」
あくまでも俺流だ。
もっとしっかりやる人はそうするだろうし、手順が違うと思う人もいるだろうが、この辺りはそれぞれが最適だと思う方法でやっていただきたい。
「そうやって見ると面倒だな・・・」
「・・・まあ、そうなるわなぁ」
確かに手間が掛かることは掛かる。それは間違いない。
シーズニングを嫌っている人の大半は、その手間を嫌がる気がする。現代のフライパンだと、テフロン加工されている物も多いし、洗う手間が省ける。その点はすごくいい。
だが、ちょっと待ってほしい。
鉄のフライパンは確かに面倒な一面がある。
だが、焼いた食材がふっくら仕上がる。使っていけばいくほど、油が染み込んでいって味が出てくる。
道具を育てる。それを楽しむことができる。それが鉄のフライパンの・・・いや、手間が掛かる道具全般に言える醍醐味だと俺は思う。
今の時代に逆行しているだろうが、それを楽しむことができるのはこういう道具のいいところでもある。
手間をどんどん省いていく時代に、あえて手間を取る。それが楽しみであったっていいんじゃないか?俺はそう思ってる。
「まあ、お前には縁のない道具だけどな」
「お前、ケンカ売ってるなら買うぞ?」
「お前の攻撃力なら受けても大丈夫そうだ」
「ああ!?」
ケアが必要だからなぁ。脳筋系のジェシカじゃあ無理だろう。そもそも料理しないし。
「さて、そろそろ寝るか」
「まだ話は終わってねぇぞ!!」




