12
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん」
キャンプサイトを作り始めて約三十分。
俺は悩ましい状況に直面している。
「チッ。また折れた」
悩ましい対象。当然、ジェシカである。
普段の性格、ファイトスタイルがそのまま手元にも出ていて、とりあえずパワーで解決しようとする。
こういう工作は性格が出ると思ってるんだが、本当にこうもガッツリ出るもんだとは思わなかった。
そこそこの数の枝を拾ってきていたんだが、ガツガツ折ってしまっているせいで尽きそうになっている。また拾いに行ったほうがいいんじゃないだろうかと思うくらい、あとわずか。
「これでいいかな」
一方のアイシャ。これも若干悩ましい点がある。
こいつはジェシカと違って割と出来るほうだった。普通、手斧での細かい工作はナイフよりも難易度が高いんだが、器用に取り回してポールを作り上げた。
何本かは失敗するだろうと思っていたんだが、ノーミス。まるで普段からやっているかのようだった。
その点に関しちゃ、アイシャが器用ですぐにできるタイプだった、の一言で片付くかもしれない。だが、出会ってから今までの立ち回りを踏まえると、実はそれなりに野営ができるのに、できないと嘘を言っているんじゃないかと疑ってしまう。
そんな嘘をついても得はない。寧ろ俺の不信感を煽る結果になるわけだし、意味が本当にない。だからそれはないだろうとは思っているものの、疑ってしまう自分もいる。
考えすぎだったらいいんだがなぁ・・・
「あなた、何本できたの?」
そろそろ自分でペグを作ろうかと思い始めた頃。
アイシャからジェシカに話しかけた。
「・・・別に、何本でもいいだろ」
「良くはないでしょう。できないと屋根がないらしいじゃない」
ああ、この感じは揉めそうなヤツ・・・
「屋根があっても壁がねぇよ」
「屋根があるだけでもマシだって言ってたし、あるほうがいいわよ」
素直じゃないほうと優等生?
性格がねじ曲がったほうと素直なほう?
例えがイマイチ分からんが、とりあえず分かるのは、一筋縄じゃいかないってことだ。もうこの段階でスッと終わる未来が想像できない。
「結局、一本もできてないじゃない!」
うん、そうなのよ。一本もできてないのよ。全部ブチ折ってるからな。
「うるせぇな!難しいんだよ!」
そりゃあまあ、やったことがないことだし、ジェシカのキャラからして向いてないことをさせてるし、こうなっても仕方がない。俺だって内容によっちゃあそういうことになるだろう。
ただ、一本もできないってことはないと思うんだよな・・・
とりあえず、手元に残っているバトルナイフでこっそりペグを作ったから、タープを張れないっていう悲しい事態にはならないわけだが、目の前の現実は割と辛い。
「貸してみなさいよ。私もやってみるから」
「お前には斧があるだろ!斧でやれ!]
「斧で作るのは結構難しいと思うんだけど・・・」
まあ、斧でもできなくはない。ただ、ナイフより難易度が上がるだけだ。
「はあ・・・」
このままギャアギャアとうるさいやり取りが繰り広げられ続けるのもしんどい。
まだマーベルさんたちが帰ってきてないが、戻ってくるまでにある程度形にしてかないと格好がつかん。俺は別にいいんだが、この二人が。
「おい、ジェシカよ」
しょうがないから助け舟でも出してやるか・・・
「あん?何だよ」
「何だよじゃねぇよ。お前、不器用にも程があるぞ」
「ああ!?ケンカ売ってんのか!?」
「お前に言われ・・・いや」
ここで俺も素直に撃ち返すと、凄まじい勢いでまた撃ち込まれるだけ。
ここはアイシャを見習うつもりで、俺も大人になろう。
「お前は力で解決しようとしすぎなんだよ。いいか?」
残り僅かな枝を一本取って、
「ナイフだろうが手斧だろうが、それなりに切れるようにできてるんだよ。まあ、研げてるかどうかって話はあるが、一旦それは置いておいて」
バトルナイフを抜いて、枝の先端を少しずつ削る。
「こうやって少しずつ削っていきゃあいいんだよ」
一発で解決しようとするから、枝に余計な力が加わって折れてしまう。
ジェシカが拾ってきた枝はそこそこ強度がある広葉樹だったが、全力で振り抜くと折れる太さでもあった。だから、少しずつ刻んでいくイメージで一回、二回、三回とナイフを入れていく。それを三面でも四面でもいいから作っていく。
そうすりゃあ、先端を尖らせることも無理なくできる。
「そのナイフもしっかり研げてるから、そんな力を入れなくても切れる。同じようにやってみろ」
「・・・おう」
折れてない枝を手に取ったジェシカは、またグッと力を入れていた。
「力入れ過ぎだ。また折れるぞ」
「うっせぇな!慣れねぇんだよ!」
「うっせぇのはオメェだよバカヤローコノヤローオメェ」
「・・・何だよソレ」
「気にするな。ちょっと力を抜け。肩の力を抜いてリラックスしろ」
さっきまでアイシャと軽く揉めてたし、これ以上ミスできないこともあって強張っているように見える。
そんなんじゃあできるモンもできない。
「刃物はそれなりに切れる、か」
「そういう道具だからな。大概荒い使い方をしてきたこっちのナイフだってそれなりに切れる」
「確かに狩猟用のナイフでもしっかりできてますよね」
とりあえず、一本は作ってやったし、
「あとの五本はやってみろ」
「おう」
よし、とジェシカがナイフを持ち直して、枝と向き合う。
さっきまでの様子と違って、少し肩の力が抜けているように見えた。
「少しずつだな。少しずつ」
さっきまで力任せに尖らせようとナイフを使っていた。
それが急に、力の加減ができるようになっている。
・・・何で急にできるようになったんだ?
「キリさん」
ヴェロニカが話しかけてきた。
「たぶん、統率の効果だよ」
・・・え?あれって戦闘以外でも効果あんの?
「効果の範囲がまだ分からないところはあるけれど、私生活の作業なんかにも効果があるみたいだよ」
そういう便利なスキルだったのか、あれって。
でもまあ、よくよく考えればそうかもしれない。
さっきまでできなかったやつが、急にできるようになるのも、可能性がないわけじゃあないが、どっちかって言えば難しいほうだろう。
それなりに説明して、実践してみせても、難しいものは難しい。アイススケート初心者が、いきなりアクセルジャンプができるようになるかってなったら無理だろうし。
統率が効いているなら分からんでもない。戦闘能力の向上がメインだとしても、私生活のこういった作業に影響しているとすれば納得できる。
・・・逆に考えれば、それがないとまともにナイフも使えない不器用・・・と取ることもできる。それはそれで悲しい現実だ。
「急に上手くなったじゃない」
「話しかけんな!難しいんだからよ!」
「はいはい」
アイシャは少し離れて、
「・・・やればできるんだから。あなたは」
そんなことをつぶやいた。
やっぱりこいつら、旧知の仲なのか?
じゃないと、そういう言葉は出てこないよなぁ。
聞くタイミングがあれば、聞いてみるか・・・?
「おらっ!できたぞ!」
少し待っていると、ジェシカが枝を五本握ってやってきた。
少し離れたところで倒木を使ってテーブルを作っていた俺は、
「おー。ちょっと見せてみ」
「おう」
受け取って見てみる。
「どうだよ?」
「・・・なかなかやるじゃないの」
枝の個体差があるのは前提だが、ペグとして使えそうなレベルで仕上がっている。
雑な物とある程度仕上がっている物がある辺り、こなしていくうちに慣れて仕上がりが良くなっている。
やればできるっていう表現が当てはまるようだな。
「よし、これでタープを張るか」
テーブルづくりは一旦置いておいて、タープを張ることにする。
「基本は俺がやるから、お前らはポールを持って立てるのを手伝ってくれ」
荷物からロープを取り出して、まとめるために作った結び目を解く。
「これでどうするんだ?」
「アイシャ、手斧を返してくれ」
「ええ、どうぞ」
アイシャから手斧を返してもらい、一旦地面に置く。
「まあ見ておれ」
まずはタープを地面に広げる。表裏の違いがあるなら、裏面を一旦表にする。この段階で木が邪魔になるとかなら、端から一メートルくらいまでキレイ目に広げておいて、あとはくしゃくしゃでもいい。
端から七十センチくらいのところでペグを打つ。直にタープに打ち込むと無論穴が開くから、ループがあるならそれを通して固定したらいい。
マーベルさんから買ったタープにループなんて便利な物は存在していない。だから、空き時間を使って俺が縫い付けた。素材こそ違うが、現代で売っているタープに近い状態に仕上げた。
「手斧でペグを打つんですね」
斧の背は分厚いただの鉄の塊の状態。
これを利用して金槌のように物を叩くわけだ。
「端はこれで固定できたから、今度は壁面を立ち上げる」
端から七十センチの個所を基準にして、残りの布地を起こしてやりつつ、
「アイシャ、ポールをくれ」
「はい」
ポールを一本受け取って、Y字にしている先端にループを掛ける。掛ける個所は反対側の先端の残りが、地面に残した七十センチくらいあればちょうどいいかもしれない。
ポールとループを引っ掛けたら、予め輪っかを作っているロープを追加で二本引っ掛ける。
これでポールとタープとロープが引っ掛かっている状態になった。
「位置は大体これくらい」
タープがピシッとテンションが掛かるくらいの位置にポールをずらしてやって、
「どっちでもいいから今の位置でポールを支えててくれ」
「おう」
ジェシカにポールを持ってもらい、
「程良い距離でペグを打つ」
ポールを立てる位置からある程度距離を取ったところでペグを二本打つ。
ペグはタープに対して直線上の位置と、四十五度とか九十度とか、適当な間隔で開いた位置に打てばいいだろう。
「ここからロープを張る」
タープとポールのテンションが緩まないように、しっかりテンションを掛けながらロープをペグに引っ掛けて、
「ここで自在結びをしてやる」
張り具合を調整できる結び方の”自在結び”を施して、ポールとペグの間のテンションを掛けてやる。
残った二本目も、二ヶ所目のペグに同じ要領で仕掛ける。
これで片方のタープを固定できた。
「へぇ・・・」
残った反対側はタープをきっちり伸ばしてやって、立ち上げた側と同じ方法で立ち上げるだけ。
「これで完成よ」
「ほお・・・」
「なるほど」
ちょっとした庇と風避けの壁、地面に残した七十センチのエリアで荷物を置いたり、マットと寝袋を敷いて寝たりする。
このスタイルをCフライという。
ポールの長さで壁面の傾斜と庇の量を調整できるから、雨にもある程度対応できる。
「こういう風にできるんですね」
「まあ、工夫すりゃあ他にもできるけどな」
風と雨に強いステルス張りとか、プライベート空間を確保できるビークフライなんかもあるし、色々できて面白いのがタープかなと俺は思っている。
本当は女の人がいるからビークフライがいいかなと思ったが、タープの面積の都合で断念せざるを得ない。
まあ・・・どうこうしようとしても、人数的に女子のほうが多数な上、旅を続ける以上、余計ないざこざは起こしたくもないし、キースも常識的な思考なほうだし、間違いは起こらんだろう。
「これで屋根は確保できた。心配ならロープとペグを追加したり、その辺の木に結んで固定個所を増やしたり、ロープの結び方をもっとしっかりした方法に変えたら安心だな」
壁面にした面の中央をロープで引っ張ってやって木に結べば、より広い空間を確保できる。
風が強いなら固定する個所を増やせばより強度を上げることもできるし、結び方を工夫すれば解けにくくなる。
この辺の判断は経験と勉強と慣れが必要だが、今はこれで十分だろう。
「とりあえず、どうにかなったか」
本当はタープも張ってもらいたかったが、このまま二人にさせると日が暮れる。
他にもやることはあるし、次にやる時は二人にやってもらうことにしよう。
「まだあの三人は戻ってこないな・・・こっちはこっちでやることやるか」
時間は待っちゃあくれないし、
「よし、次の準備だ」
「まだやるのかよ!?」
「当たり前だろ!?舐めるなよ、野営を!」




