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「よし、これでオッケィ!」


 約束の日。


 早朝、宿を引き払った俺たちはマーベルさんと合流して、仕立て屋へ向かった。

「お待ちしておりました。こちらになります」

 着くなり、仕立て屋の店主は作った装備を出してくれた。

「いかがでしょうか?」

「おお、いい感じィ!」


 コヨーテで統一されたチェストリグとベルト、取り付けるポーチ類。


 ざっくり言うなら、ちょい濃いめのサンドカラーのことだが、カーキとかブラウンも合わせてアースカラーなんて呼ばれたりする。

 サンドカラーやカーキもそうだが、自然の中を行動するのにちょうどいい色がアースカラー・・・自然に溶け込む色だからだ。軍人が迷彩服を身に纏うのも、敵からの視認性を下げるため。そういう意味でも、自然の色というのはサバイバルにちょうどいい一面がある。

 俺がコヨーテを選んだのは、扱いやすい色合いで、ある程度どこでも溶け込む色だと思ったからだ。


 チェストリグは胸と背中を守る防御力を捨てて、装備の追加や変更といった自由度を優先して、モールシステムを取り入れたベルトを装着する形にした。

 簡単に言うなら、登山用リュックのバックパックを外した状態・・・と言えば分かりやすいか。

 ヴェロニカをだっこすることも踏まえてはいるが、胸元に地図を収納できるポーチを取り付けられるようにしてある。医薬品、紙とペン、常に身に着けておきたい貴重品なんかをポーチに入れて取り付けておけば、すぐに取り出せる。


 腰のベルトはがっしり身に着けられて、それでいて頑丈な造りにしてもらった。

 こっちもモールシステム対応にしてもらっていて、ポーチ類の取り付けができる。それに加えて、鞭とナイフの取り付けもできるようにしてもらったから、緊急時の対応もできるようになっている。まあ、戦うことなんか無い方向でお願いしたいんだが・・・


 取り付け具合なんかもストレスが無い。

 これは採寸だけじゃなく、体への締め付け具合を調整できるように取り付けを依頼したロープの効果もあるだろうし、仕立て屋の女将さんの技術もあるだろう。

 大きい荷物を背負っても問題ない設計と、作り手の技術。上手く伝えられて良かったし、紹介してくれたマーベルさんにも、対応してくれた女将さんにも感謝だ。


「おまけまでしてもらって、ありがたいねぇ」

 どういうわけか、抱っこ紐まで用意してくれた。

 赤ちゃんを抱えて旅をするってことはすぐに分かる話だし、特別難しいことじゃないだろうが、気配りができる女将さんだったらしい。

「お世話になりました」

「いやいや、珍しい要望だったけど、上手くできたようで何よりだよ」

 現代装備みたいな仕上がりは当然無理だと分かっちゃいるが、それを踏まえても十分な出来だ。

 正直、ここまでできるとは思わなかった・・・と言ってもいい。

「おいくらですか?」

「材料費と工賃とで七万フォドルいただこうかね」


 七万ってか!!


 そりゃ材料費も掛かっちゃいるだろうし、オーダーメイドなわけだし、工費も掛かるだろうけど、すごい額じゃねぇか!

 もうサバゲーマーどころか、本物の軍隊が使う装備に近い値段じゃないのか!

 抱っこ紐も付けてくれたと言っても、これはなかなか・・・

「これはもう・・・仕方ないねぇ」

 抱っこしているヴェロニカがぽんぽんと胸ポケットを叩いた。お金を転送してくれたらしい。

 すまん、ヴェロニカ・・・

「ちょうどお渡しします」

 紙幣を渡して、

「まいど。これから旅に出るんだろ?がんばってね」

「どうも・・・」

 七万かぁ・・・相当いいテント買えるなぁ。

 今の状況なら、某有名登山メーカーの月明かりの下ででも簡単に組めるテントとかいいなぁ。

 いや、部品が少なくて済むシェルターでもいいけど。

 いやいや、いかんいかん。

「じゃあ、お世話になりました」

 掛かったもんは仕方がない。

 日本で手に入る物ならまだ切り詰められるが、そういう物の概念が無い世界で無理言って作ってもらった物だ。それくらい掛かっても仕方がない。

 これからの生活で稼いでいくしかない。

 前向きに捉えよう。装備が揃って良かったってさ。

「おや、もう出発で?」

「ええ、宿屋も引き払いましたし、時間も限りありますしねぇ」

 次の町まではそれなりに遠い。野宿の可能性がかなり高い。

 となれば、安全に泊まれる場所の確保を最優先にして行動する必要がある。

 夕方までに・・・もっと言えば、15時くらいまでに今日の移動の区切りを付けたい。

「それじゃあ、お世話になりました」

 月明かりの下で組み立てられるテントのことを考えたが、夜になって野営の準備をするのは相当ハードルが高い。

 例えば購入したタープで屋根を作るにしても、それなりに太い枝と、ロープを固定する石が必要。

 枝も石も、探すところからスタートするとなると、見つけるのに苦労する。

 そういう時にシャインがあれば解決はするんだろうが、俺はポイントに限りがある。このために覚えるのはちょっともったいない。

「じゃあ、わたしが覚えたらいいじゃない!」

 ・・・などとヴェロニカが提案してくれた。

 なるほどな、30000ポイントもあれば楽勝だわ、なんて簡単に思ったが、踏みとどまった。

 ヴェロニカを頼らないと、この先もやっていけない。今も大概世話になってるわけだし、今更遠慮したところで大して変わらん。

 ただ、そうしなかった理由があるとするなら・・・


 その大量ポイントをどこかで使う可能性があるんじゃないか?

 そんじょそこらの一般人が使うには持て余す量のポイントを、ここぞという時に使う時があるんじゃないか?


 そう思って、スキル習得は保留とした。

 俺も探検家の端くれになった身。ここは自前の知識とスキル、探検家の能力を頼って切り抜けていく。

「それじゃ、俺たちはこれで」

 仕立て屋を出て少し歩いたところで、

「お世話になりました」

 一緒に出たマーベルさんに軽く礼をした。

「いえいえ、こちらも良い商売ができました。ありがとうございました」

「よし、じゃあ行くか」

 マーベルさんと別れて、俺たちは北へ。

「移動方法はどうするんだい?」

「・・・どうしようなぁ」

 移動方法・・・それは俺も結構悩んだ。

 生活者協会で聞いた内容だと、徒歩か、移動用動物の購入かチャーター、集団での移動の三つのみ。

 歩くのは別に構わないんだが、時間が相当掛かる。

 となれば、動物を使った移動とか、それ込みで安全に移動できる可能性がある集団の二択だが、ヴェロニカがいることを前提に考えないといけない。

「とりあえず、動物がいくらで借りられるか見てみるか」

 

 *


 北側へ出る門の近くまでやってきた。

 

 さすがに首都の出入り口なだけあって、人混みも相当だ。

 出ていく人間を目当てに商売をしている人もいれば、移動動物の取り扱いをしている人もいるし、同行者を集めている人もいて、トラブル対応要員だろう警備隊もいる。

 それこそ、地球で言うところのバスターミナルとか港とか、それに近い場所に近い。

「移動用動物・・・あれか」

 牛舎みたいな小屋がある。

「おー、いっぱいいるねぇ」

「確かに」

 近寄ってみると、たくさんのドードがそこにいた。奥には少しだけドッシュがいるらしい。

 ドードとドッシュの特有のにおい・・・家畜特有の感じがリアルだ。

「いらっしゃい」

 奥から若い男がやってきた。

「購入か?レンタル?」

「購入って、一頭どれくらいなんです?」

 とりあえず、どっちにするにしても金額を確認してみないことにはな。

「ドードを買うなら一頭五万。レンタルなら五千フォドルだ」

 一頭買いで五万フォドル・・・それくらいで買えるの?

 牛とかならもっとするだろうに。

 ドード自体の供給・・・生まれてから成長するまでのスピードが速くて、そんなに世話の手間も掛からないのか?

 それならそれで別にいいけど。

「レンタルするなら、どこかに返さないといけないんですよね?どこに返せば?」

 辺鄙な場所なら返すのが面倒なんだが、

「ああ、各町にウチの系列店があるから、そこに返してくれたらいいぜ」

 町ごとに支店があるのか。

 だったら、行く先々で返せるから楽か。

「ただ、レンタルするなら、何か怪我とか動けなくなるような異常が出たら、違約金が発生する。その辺りも考えておいたほうがいい」

 そりゃあ、大事な商売道具だもんな。そういうのがあっても不思議じゃない。

「分かりました。ちなみに、奥のドッシュだといくら?」

「あ、ああ・・・あっちなぁ」

 兄ちゃんは困ったように頭をバリバリ掻きながら、

「あっちはまだ調教中だ。上手く躾けられればドードよりも早いし、安定して動いてくれる。ウチとしても目玉になるんだが、難しくて・・・」

 生活者協会でも難しいと聞いていたが、その道のプロでも難しいもんらしい。

「わたしが交渉すればどうにかなるかもしれないねぇ」

 こっちには動物と意思疎通できるヴェロニカがいる。話せば上手い事いけるかもしれないが。

「分かりました。考えるんで、一旦保留で」

「あいよ」

 レンタル小屋から離れて、

「次はあっちかな・・・」

 少し離れたところに、人が込み合っている場所がある。

「行先、ナーコンのやつはいないか?」

「ヨーソン行きの護衛を募集中!出発は昼過ぎ、もうすぐだよ!」

 集団移動を目的にしている連中だ。

 こっちなら、ある程度のお金を出せば目的地まで行ける。

「うちならドードと荷台をレンタル済!移動も楽ちんだよ!」

 お金を出す量が多ければ、ドードと荷車をチャーターできるし、その荷車に幌を取り付けることもできる。

 人だけ集まっている集団もあれば、動物と荷車を準備している集団もいる。

 多少出費はするが、移動は楽なほうがいい。設備が整った集団に乗っかるのが一番いいが・・・

「行先はどうするんだい?」

 次の問題はそこだ。

 調査をするなら、全ての町や村を回る必要がある。

 ただ、地図を見る限り、人の生活区はそれなりに散らばっている。

 そこを全部回るのは相当しんどいし、考えて動かないと時間が掛かる。

「・・・狙うなら、このメリコかなぁ」

 早速、リグに付けている二つ折りポーチを開いて、地図を確認。

 メリコという町がある。ボルドウィンほど大きくはないが、そこそこ大きい町のはずだ。

 そこなら、情報もそこそこ多くあるだろうし、無いとしても、次の町へ行くための手段がそれなりにあるだろう。

 ただし、そこはそれなりに遠い。ドードと荷台を揃えている集団がいたとしても、何泊かの野営と見知らぬ面々との共同生活は覚悟する必要がある。

 そんなところに向かう集団があればいいんだが・・・

「あ。あっちにメリコ行があるみたいだよ」

 ヴェロニカが見つけてくれた。

 ドードが二頭と、幌付きの荷車が見える。

「おお、本当だ」

 人間もそれなりに揃っている。商人が男女数名と、護衛の男剣士が二人かな?

 料金がいくらか分からないが、それなりに安全に行けそうだ。

 話を聞いてみるか、と一歩踏み出した直後、

「あ、いたわよ!!」

 ・・・どこかで聞いた声だな。

 と思った直後、俺の危険感知が赤信号を急に点灯させた。

 ・・・なんで?

「あ。あの時の芋だねぇ」

「・・・芋?」

 芋・・・

「・・・芋!?」

 おい、ちょっと待て!芋ってか!?


 ヴェロニカが顔を向けているほうへ顔を向けると、そこにフレアバレットをお見舞いした芋二人がいた!


 マジかよ・・・なんでこんなとこいんの?

 どおりで危険感知がガンガン反応するわけだわ。

「いたわよ!あの時の男よ!」

 声張り上げるなよ!人の注目を集めるな!

「警備隊の方々、こっちです!」

 余計な連中を呼ぶな!

「ワクワク!」

 お前はワクワクするんじゃないよ!

「おいおいおいおい・・・」

 そうこうしているうちに、警備隊がぞろぞろ集まってきた。

「・・・こいつか?」

「ええ、そうです!私たちに魔法を使って、建物を吹き飛ばしたのは!」

 正確に言えば俺じゃなくて赤ん坊のほうなんだけど・・・

 言ったところで分からないだろうけどなぁ・・・

「お前、先日の居住区爆破の犯人か?」

 危険感知の黄色反応は警備隊とか、周辺の野次馬か。

 赤の反応は二つだけ。あの芋二人。

 あの芋・・・爆破してからずっと、捕まえようとしてこの辺りをうろうろしてやがったのか?

 パッと見たところ、視界に入っている警備隊の人数は十人くらい。危険感知の反応を見る限り、すでに取り囲まれている。

 逃げるのは難しいなぁ・・・

「・・・はっはっは」

 とりあえず、

「居住区の爆破とか言ったっけ?俺がそんな大層なことをやらかす人間に見えますか?」

 白を切ってみる。

「そんなことはどうでもいい。やったかやってないか、それだけだ」

 警備隊の偉いさんか?隊長とかかね?

「やってませんって、そんなこと」

 少なくとも俺は。もう片方は知らないけど。

「フレアバレットを使えるかどうか確認する。パスポートを出せ」

「・・・はあ、そんなことやって意味あります?」

 別に覚えていないから見せることに関しちゃどうでもいいが、俺が転移者だってことを知られると面倒だな。

 少なくとも、生活者協会の二の舞は想像できる。

「意味があるかはこちらが判断する。指示に従わなければ―――」

 隊長が腰に携えた剣に手を掛け、

「逮捕する」

 ・・・何のドラマだよ、これ・・・

「隊長さん、違うわよ!子供のほうよ、攻撃するのは!」

 メークイン、余計なことを言うなよ!!

「・・・赤ちゃんのほうか?」

「そうよ!すごい威力だったんだから!」

 指名手配されているのは俺だけだったし、人相書きも見当違いの出来だったことも踏まえると、正確な情報は回っちゃいない。

「そりゃあ、わたしだからねぇ。そんな簡単に負ける気はしないよ!」

 何を自慢げにしているんだ、お前は!

「あのねぇ、子供がそんなことできるわけないじゃないの」

 上手く白を切り通せないか?

 試してみるものの、

「子供のパスポートを確認する。出せ」

 ・・・どうも無理っぽいな。

 かと言って、はいそうですかって渡したら大変なことになる。

 ヴェロニカのパスポートは化物級の出来・・・逮捕一直線は避けられない。

「悪いね、まだ発行してないんだ」

 発行済だが、していないことにすれば確認する物が無いってことでスルーできるかも。

「なら、このまま生活者協会に同行する。発行すれば分かることだ」

 その流れもマズい。

 発行済ってのもあるが、あの内容のスキル欄を見られるのも困る。

 やっぱり、こっちの世界の人には、生まれたての子供でもスキルを覚えている場合があるってのは常識なんだろうか。俺だけか、異常だと思っているのは。

「俺たち、先を急ぐんだ。そんな時間はない」

「・・・どうしてもこちらの指示に従わないようだな」

 危険感知の信号が黄色から赤へ変わった・・・!

「爆破の容疑で連行する」

 隊長が剣を抜いた。

「抵抗するのなら、実力行使も辞さないぞ」

 周りの警備隊の連中も武器を抜いた!

「・・・キリ、焼こうか?」


 ・・・は?

 焼く・・・?何を?


「久しぶりに撃っちゃおう、フレアバレット」

 ああ、フレアバレットで焼くのか。なるほどな。

 って、バカ野郎!

 ノリツッコミしてる場合じゃねぇのよ!

「ここまで説明が通じないとなると、話し合いでの解決は難しいでしょ。武器も出されちゃったらキリだけでどうこうできないよ」

 だからってこっちも実力行使ってわけにはいかないだろうよ・・・!

「大人しくついてきてもらおうか」

 隊長が迫って来る。

「早く逮捕しちゃってよ!」

「いい気味だわ!」

 男爵もメークインも調子に乗って鬱陶しいな!

 かと言って、包囲されている状況を切り抜ける手段が思い浮かばない。

 ヴェロニカの魔法をぶっ放すのもダメ。

「・・・っすぅ」

 覚悟を決めるしかないのか。

 ヴェロニカの魔法で切り抜けるしかないのか。


「ああ、いました」


 後ろから声が。

「どこへ行ったのかと思えば、こんなところで何をしてるんです」

 腕を組まれて、思わず顔を向けた。


 巨大な荷物を背負ったマーベルさんだった。


「何だ?君は?」

「この人が何かしましたか?」

 人混みと警備隊を押し退けて、ここまでやってきたってのか?

「君は何者だ?」

 っていうか、行先は言わなかったはずなのに、なんでここに?

「私の夫ですが」

 ・・・いつの間にそんなことに。

「・・・何でそんなことに?」

 ヴェロニカが不機嫌になっている。

 ホントに何でだろうな?

「奥さんか。いくつか確認したいことがあるんだが」

「ええ、なんでしょう?」

 何故かマーベルさんが話を進めているんだが・・・

「お子さんのパスポートを発行していないと聞いたが、何故か?」

「ああ、そのことですか。私たちは稼業で各地を転々としているのですが、忙しくて協会に行く都合をつけることができず、ずるずると・・・」

 さっきまで話を聞いてたのか?

 えらく上手く話が繋がるじゃないか。

「次の取引が迫っているので、ここで失礼させていただきたいのですが?」

「確認をさせてもらえれば済むんだが」

「発行はしていませんので、追々協会に行くことにします。ところで、確認とおっしゃいますが、うちの人とうちの子が何をしたとおっしゃるのです?」

 強気だな、マーベルさん。

「居住区爆破の犯人の可能性がある」

「ああ、例の事件ですか。その日でしたら、取引先に出向いていましたので、居住区などに行っていませんが?」

 口を挟む隙が見当たらない。

 というか、上手いこと俺も切り抜けられるように動きたいが、口を挟んでマーベルさんの話の辻褄が合わなくなることが怖い。

「そんなことないでしょ!いたわよ、あんたの旦那!」

「ズタボロの服着て、朝から!」

 芋二人が必死に突っ込んでくるものの、

「さあ、それこそ見間違えでは?」

「はあ!?」

「朝から居住区にいる人など、たくさんいますよね?」

 この人、前々から思ってたけど、口が上手いな・・・

 商売人だからそういう技術を得ているのかもしれないし、この人が本来持っている才能かもしれないけど、それにしても上手すぎる。

 こんなヤバそうな現場でこれだけ冷静に対応できる人なんて、そうそういないだろう。

 場慣れしている・・・とかそういうレベルじゃない。

「うるさい女ねぇ!早く連行してちょうだいよ!」

「連行する理由がありません」

 まず、とマーベルさんは懐から例の手配書を取り出して、

「この人相書きの人物が例の犯人だということですが、うちの人と全く違います」

「それは話がしっかり伝わっていないだけで、あんたの旦那と子供が犯人なのは間違いないわ!」

「であれば、うちの娘の人相書きも出すべきです」

「話が伝わっていないって言ってるでしょ!?分からない女ねぇ!」

 芋二人は感情的で、

「的確な情報が伝わっていないことから、警備隊の方々も情報の精査をする必要があるのでは?」

「だが、今の話だとこの二人がそうだというわけだし、調べないわけにもいかんだろう」

「すでに得ている情報の信頼性も無いというのに、この二人の証言を優先してお調べになるのでは、調査の信頼性に欠けます。そんな調査に私どもが付き合う必要性を感じません」

「むう・・・」

 警備隊はあくまでも冷静・・・というより、業務的と言ったほうが正しいか。

「早く連行しなさいよ!」

「何の証拠があって連行するのです?ありますか?証拠」

 芋二人とマーベルさんに挟まれ、隊長もやり辛そうだな・・・

 こういうのを見ると俺まで辛くなる。

 今は標的が警備隊になっているだけで、俺自身は今も挟まれているのに変わりないわけだし。

「イライラするなぁ。もう吹っ飛ばしたほうが楽ちんじゃない?」

 こっちはこっちで大砲を撃ちたがっている・・・

 頼むから撃つなよ。フリじゃないぞ。

「うちの夫と娘に疑いを持つのなら、今ここで証拠を見せてください。でなければ、応じません」

 真顔で応じるマーベルさん・・・強すぎる。

「行きましょう、あなた」

 腕を組まれたまま、マーベルさんが現場を離れようとするが、

「待ちなさいよ、あんた!!」

 男爵芋が声を張り上げる。

「振り向かず、そのまま行きますよ」

 小さく、強く俺にマーベルさんがつぶやく。

「早く捕まえてよ!あの二人なんだから!攻撃を受けた私たちが言ってるんだから間違いないでしょ!」

「だが、あの奥さんが言うように、確かに情報が違い過ぎる・・・情報の精査をしないことには捕まえることはできんよ」

「はあ!?」

 後ろは相変わらず荒れてるな・・・

「行先は?」

「え?メリコかな、と・・・」

 切り抜けられそうな状況と、芋と警備隊の応酬・・・雰囲気で思わず答えてしまい、

「分かりました。集団で移動しましょう」

 そのまま警備隊を押し退けて、集団移動待ちのエリアへ向かう。

「え、いやいや」

「このままだと警備隊に時間を取られます。早くこの場から立ち去るほうが良いでしょう」

 言いたいことは分かる。

 分かるけど、この状況は何!?

「こちら、メリコ行でよろしいですか?」

「あ、おう・・・」

 集団の中心にいた男性に、

「あなたがこの団体のリーダーですか?」

「ああ、行商をしている者だ。一応、声掛けは俺がしている」

「そうですか。私たちも同行します。料金はおいくら?」

「今のところ一人当たり五千フォドルかな。小さい子はいらないよ」

「いいでしょう」

 マーベルさんはとんとん拍子で話を進めていく。

「では、これが私たちの分です」

 男性に一万三千フォドルを手渡し、

「少し多いぞ?」

「今すぐに出ましょう。その分の料金と思ってください」

 芋と警備隊にまた捕まる前に、さっさと出たいってわけか。

「分かった。それじゃあ、メリコ行、出ようか!荷台に乗ってくれ!」

 男性が荷車の前に乗って、二頭のドードを繋いでいる手綱を手にした。

 他の乗客が荷物と一緒に荷車に乗り込んでいく。

「私たちも乗りましょう」

「お、おう」

「まずは荷物を」

 マーベルさんは背負っていた荷物を一旦地面に降ろし、両手で触れてこの場から消した。

 そういえばこの人、転送ができるんだったな。なのに何でいちいち背負ってるんだ?

「よっと」

 そんなことを考えているうちにマーベルさんが先に乗り込み、

「フェリーチェさんを先に」

「あ、はい」

 抱っこ紐を解いて、ヴェロニカをマーベルさんに。

 身軽になった俺が最後に乗って、

「全員乗りました!」

「よぉし、行くぞ!」

 ドードたちが走り出した。

 繋いでいる荷車を引っ張って、力強く走っていく。

「よしよし、いい子でしたね。お父さんに返しますね」

 ヴェロニカを受け取って、膝の上に乗せた。

「・・・助かったねぇ」

 ドードたちが引っ張る荷車に揺られて、ボルドウィンの北門を通過。

「・・・ああ、マジでな・・・」

 ボルドウィンが少しずつ遠ざかっていく・・・


 最後の最後にえらい目に遭ったが、俺たちのボルドウィンでの生活が終わった。


 流れで集団移動になってしまったが、これから北に向けた旅が本格的に始まる。

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