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「それはそれは、朝から大変でしたね」

「いやいや、まったくですわ」


 夕方になって、俺たちは市場に出た。


 マーベルさんは初めて一緒に食事をした屋台で食事をしていた。

 そこにお邪魔して、俺たちも食事をはじめ、談笑している。


 どうも、最後に会ってから今まで、ここで食事をしていたらしい。

 俺たちを気に掛けてくれていたようだが・・・

 何でそこまでしてくれるんだろうか?

 そりゃあ、そこそこ売り上げに貢献はしただろうし、嘘の話であってもキツイ話をしたから、多少気になる要素はあるだろう。

 だが、それはそれとして、ちょっと別の何かがあるような気がする。


 それが何かは・・・今は分からない。


「楽しい時間でした。では、私はこれで」

「あ、ちょとマテちょとマテ」

 立ち去ろうとするマーベルさんを引き留め、

「仕事終わりなのに申し訳ないんですが、いくつか調達してほしい物がありまして」

「・・・おやおや?」

 財布から食事代を出そうとする手を止めたマーベルさんに、

「・・・興味、ありますよね?」

 と、尋ねると、

「・・・もちろんです」

 マーベルさんも微笑む。

 デザートは別腹・・・とでも言いたそうな笑みだ。

「それで、今回はどういった物をお探しで?」

 財布をポケットにしまいながら、

「今回はいくつかありまして」

「ほうほう」

「まず、ナイフと鞭が一点ずつ」

 ボルドウィンから出たら、モンスターに遭遇するらしい。

 今まで何で遭遇しなかったのか不思議なモンだが、それはそれでいいとしよう。

 これからはそうもいかないだろう。その備えとして、持っておくべき物は持っておきたい。

「鞭ということは、探検家でいらっしゃいましたか」

「まあ、そんなところです」

「なるほど。野営の知識が豊富なのはそういった要素があったからですか」

「う、うん?まあ、そうですかね」

 何か引っ掛かるような、引っ掛からんような・・・

「ですが、すみません。私は武器の取り扱いをしていないのです」

「・・・えぇ?」

 何でも揃うようなイメージがあったんだが。

「でも、一応ナイフはあるんですよね?」

 グリューセン作のナイフ・・・あれは武器向きではないにしろ、一応得物のはずなんだが?

「あれは日常生活の道具です。武器としての取り回しは難しいですし、グリューセン先生は武器としてのナイフや斧を打たれない方です」

「・・・ほお」

「ですので、武器として卸さないという約束の元、私に卸してくださっているという事情もありまして」

 頑固一徹、というやつなんだろうか?

 まあ、そういう話は分からなくもない。


 自分が作った道具で誰かの命を奪う・・・これがたまらなく嫌だ、ということだろう。


 モンスターや家畜を捌くために使う分は仕方がない。それは生活する上で必要なことだ。

 ただ、モンスターの命を奪えるということは、人の命も奪えるということでもある。

 自分が作った道具が命を奪うこと・・・その一線を越えることが、グリューセンはたまらなく嫌なのかもしれない。

 ・・・まあ、本人に聞いてみないと真意は分からんけど。

「でも、他の誰かが作った物ならあるんじゃないですか?」

 グリューセン以外の物ならある、とも言えるはずだが、

「いいえ」

 マーベルさんは相変わらず微笑んでいる。

「私は商売できる様々な物を取り扱っています。ですが、一部例外があります」

 だが、その表情は他の感情が見える気がする。

「武器です」

 具体的にコレだって感じるわけじゃあないが・・・


 たぶん、悲しいんだ。


「それ以外なら、質の良い商品を提供できることをお約束します。ですが、武器だけはありません」

「・・・なるほど」

 ここまで強い意志を持って取り扱わないってことは、グリューセンだけじゃなく、マーベルさん自身も何かしら理由があるんだろう。

 絶対に取り扱わないっていう、鋼のような意思を持たせる何か・・・

「ですが、知り合いなら紹介できますよ」

 マーベルさんは名刺とペンを取り出し、裏に地図と一言を書き記す。

「このお店に行ってみてください。最高級というわけではありませんが、質の良い武器を扱っています。キリヤさんの要望にある程度応えられるでしょう」

 その名刺を受け取り、

「ありがとうございます」

「わたしも武器欲しいなぁ」

 ・・・赤ちゃん用の武器とかないだろうよ。

 ヴェロニカ用に何か準備するとなると、たぶん杖か何かだろうなぁ。魔術師って大体、そういう感じだろうし。

「武器だけじゃなくて、それっぽい衣装も欲しいよねぇ」

 赤ちゃん用の魔術師みたいな服って・・・あるの?

 一旦置いといていいかい?

「じゃあ、武器はこっちで準備するとして、次は装備の相談なんですけど」

「装備ですか」

 武器はイマイチ実感がないから二の次として。

 マーベルさんに頼みたい本命は装備品だったりする。

「色々見て回ってたんですけど、長旅に耐えられそうな装備がなかなか見当たらなくてですね」

 そう思い始めたのが最近だったってのもあるが、そもそもこっちの装備品で長旅に耐えられる物が見当たらなかった。

「・・・どういった物ですか?」

「紙とペンを貸してもらえます?」

 どうぞ、と差し出された名刺とペンに、俺は考えていた装備をできる限り詳しく描いた。

「こういう感じの物ってありますか?」

 詳細を描いた名刺をまじまじと見つめるマーベルさんが、

「・・・いえ、こういった物はありません」


 俺が欲しいと思っているのは、装備を身に着けるためのベルトとチェストリグだ。


 ベルトとチェストリグ。

 簡単に言えば、軍人が身に着ける装備になる。

 一般的かどうかは定かじゃあないが、現代の軍人が使う装備はモールシステムが採用されている場合が多い。

 モールシステムはベルトやベストに強靭なナイロンベルトを何本か縫い付けておき、同じようにナイロンベルトを縫い付けたポーチとか、専用のパーツを組み付けたホルスターなんかを装備する、一種の装備の拡張システムだ。

 このシステムの良いところは、自分に必要な装備を好きな位置に装備ができる点にある。

 例えばすぐにナイフを取り出したいというシチュエーションの場合、右利きの人は当然右側に装備したい。ベルトのように腰に装備したいなら、腰回りの右側にシースを装備すればいい。好みで自分の体の正面側に寄せたり、逆に背中側に寄せたりもできる。

 そういった自由度の高さがモールシステムの利点なわけだ。

「・・・さすがに無いかぁ」

 チェストリグは一種のベストのような物。まあ、形状は様々だ。体の正面と背中を覆うように装備する物もあれば、簡単なベルトで組み上げてポーチを付けるだけといったライトな物もある。

 リグは仕方がないにしても、ベルトまで無いとは・・・

 ベルトはナイフとかマッチとか、そういったサバイバル用品を取り付ける想定。チェストリグは医療品とか非常食、地図を入れておく想定だったんだが。

 すぐに取り出せるというのは意外にバカにできない。

 まあ、俺の場合は単純にサバイバルをするだけだから、そこまで影響は無いにしても、軍人ともなればその一秒の差で生死を分ける場合がある。

 重く考えないにしても、リュックからいちいち出すというのは面倒で、それがストレスになる場合だってある。それに、ヴェロニカの異変に対してすぐに動けるようにしておく、という一面もある。

 なるべくストレスは最小限にする。長旅かつサバイバルには意外と重要な要素なわけだ。

「・・・なら、よく似た物はありません?」

 現代と同じ装備があればそれに越したことはないが、無くて当然、当たり前。

 類似品で同じような運用をしても問題がない物があればそれでもいいんだが。

「・・・いつまでに必要になりますか?」

「・・・はい?」

 どうしようかと悩んでいた俺に、

「私の知り合いに作れないか確認してみます。お時間をいただけませんか?」

 ・・・え?何?オーダーメイドしてくれるの?

「特別に作ってもらえる・・・ってことですか?」

 認識が違うと困るから、念のため尋ねてみると、

「そういうことです」

「手厚いねぇ」

 赤ん坊が言うように、手厚い待遇。

 それはそれでありがたい話だが、おかしいくらいに手厚いと思うのは俺だけか?

 まあ、これをおかしいと思うのか、ありがてぇと思うのか・・・二つに一つ。

「どれくらいでできます?」

 とりあえず、ありがてぇということにした。

「うーん・・・」

 少し間を置いたマーベルさんが、

「五日もあれば十分かと」

 マジかよ。五日でそういうのができるの?

 っていうか、面倒くさいオーダーだろうに・・・大丈夫か?

「私が知っている仕立て屋さんにお願いすれば可能だと思います。五日間、いただけますか?」

 思ったよりも早くできるにしても、五日も滞在を伸ばすのか・・・

 いくら生存装備を手に入れるためとは言っても、ちょいリスキーな気もするが。

「キリ、お願いしようよ」

 市場で買ったぬいぐるみで遊んでいるヴェロニカが、

「滞在期間が延びるのは仕方がないんじゃないかな?ボルドウィンを出たらまたたくさん歩くわけだし、ちょっとでも負担を減らせるなら、それに越したことはないよ」

 と言ってくれている。

 それはありがたいが、懸念点は廃工場周辺にいるヤバいかもしれないヤツだ。

 そいつ、もしくはそいつらが何もしてこなければ問題ないわけだが、してこないとも限らない。

 俺たちの実力で切り抜けられるならそれでいいんだが、そういう展開になった時、結局はまたヴェロニカに魔法をぶっ放してもらわなきゃいけないわけで。

 アパートだけじゃなく、廃工場を吹っ飛ばしたら、今度こそ居場所が無くなるんだが・・・

「今度は加減するから!」

 ・・・マジで加減してくれよ?

「じゃあ、お願いします」

 ヴェロニカを信じて依頼することにした。

「かしこまりました。では、明日の早朝、この市場で集合しましょう。仕立て屋さんに依頼して、詳しい設計を説明していただき、その流れで体の寸法を測ってしまいます」

「了解です」

 初日は説明と採寸、素材の調達で終わるかな?

 最終日は現場で最終仕上げするだけとして、実質三日間で完成させるのか。

 こっちの人たちって優秀なのか?それとも結構面倒ってことが分かってない?

 まあ、俺としちゃあ、しっかり使えれば問題ないけども。

「では、また明日」

 料金を支払ったマーベルさんが屋台から去っていった。

「・・・ふうぅぅぅぅぅ」

 なんだろう。また何か負担が増えたような気がする。

「背に腹は代えられないってやつかな?」

「よく知ってるねぇ」

 ここ、実は日本なのか?洋風日本?

「よぅし・・・もうしばらく滞在しますかぁ」

 切り替えていこう!今までも大概そうだったけど、なるようにしかならん。

 となれば、気になるのはやっぱり・・・


 危険感知で察知した、拠点の近くにいる反応だ。


「キリが感知したそれって、本当に敵なのかなぁ?」

「それが分からんから困ってます」

 危険感知は自分に敵意があるやつに対して反応する。

 だから、その点だけで言うなら、拠点の近くで反応があったやつは敵と判断できる。

 ただ、このスキルの弱点・・・と言えばいいのか、俺を認識している人間だけに反応するわけじゃなく、野生動物でも反応する可能性があるってところか。

 例えば森から餌を探しに町に出てきた熊にも反応する。人間を襲えるくらい力のあるやつには大抵反応すると言ってもいいと思う。

 廃工場にいるのが野生動物じゃないかってことをヴェロニカは言いたいんだろう。

「テレパシー全開で周辺を探ってみるかい?」

「なに、その全力じゃないみたいなの」

 テレパシーと危険感知の二種類で、抜けの少ない防衛網を想定してはいた。

 してはいたが、

「それ、ヴェロニカの負担は重くないのか?」

 ヴェロニカの魔力の容量がどれくらいなのかがイマイチよく分からないが、普段しないことをして体調不良になったら困る。

「エアシェードを一晩使うよりは楽だよ」

 となれば、そんな無茶じゃないだろう。

「・・・試すだけ試してみるか」

 確認してみないことには、拠点が危険なのかどうかの判断がつかない。

 そこまで負担じゃないのなら、ヴェロニカにも協力してもらって判断材料を増やしたいな。

 ヤバければ拠点を捨てればいい。そうでもないなら居続ければいい。

 ただ、拠点を捨てなくちゃいけなくなった場合、また宿屋に行かないといけないわけだが。

「キリもゆっくり寝たいでしょ?」

「そうしたいのは山々なんだけどなぁ」

 アパート爆破・・・あれが無ければなぁ。

「ふかふかのベッドで寝られるよぉ」

 それ魅力。

「お風呂にも入れるよぉ」

 それ最高。

「臭くなくなるよぉ」

「そうそう、臭くなくな・・・ってオイ」

 お前、そういうこと言う?

「結構言うじゃないの」

「あはは、ごめんごめん」

 明日は装備品の調達か。

 その前に、帰ったらテレパシーで拠点の安全の確保をしないと。

 地味に忙しいな。徹夜にならなきゃいいが・・・

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