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最終話 未来へ想いを縫い止めて、故に少女は勇者なり

 今回、他の話よりも2倍ほど、長くなっております。

 今回の話は、どちらかとえいば後日譚よりであったため、ひとつにまとめました。


 それでは、この物語の締めの旅。

 ごゆるりと、お楽しみくださいませ。




 それで、エノは……?



 あとからアンに聞いた話だと、そう尋ねたお父様の顔は辛そうにゆがんでいたみたい。

 お父様のななめ後ろに立っていたお母様も、同じく辛そうな顔をしていた、らしい。


 ついでに、アルバートさんは顔を(そむ)けていたわ。

 これは、私が魔力で周りを見たり聞いたりしてたからわかったことね。

 さすがに表情はわからなかったけれど。

 声も、とりあえず聞こえはするけど、どんな感情でかはわからないのよね。

 やっぱり[神授技能(スキル)]なしだと、これくらいが限度なのかもしれないわ。


 アンしか帰ってこなかったから、三人は私が死んでしまったものと思ってたんだろうね。

 屋敷の正面玄関から帰ったから、魔王が倒された……殺されたことは、わかってたと思うけど。



「エノお嬢様はこちらにおられますよ?」



 アンが小さく首をかしげてさしだした、丸い核に少しだけジェルをまとったジェルスライムを見て三人が驚いたことは、なんとなく想像がついたわね。


「……アン、気が狂ったのか?」

「狂っておりません。

 エノお嬢様、[神授技能盤(スキルボード)]を宙に出すことはできますか?」


 えぇ、もちろん。

 出せるわ。


 《能力百倍(フォルティーケトム)》を発動させるだけなら魔力は使わなかったもの。

 まだ少しだけなら魔力、残ってるわ。


 えぇ、少しだけなら。


 ……できるだけ魔力を使わないように、表示させるのは名前と種族と性別だけにするわ。



「…………本当に、エノなのか……」

「エノちゃん、生きてたのね……!

 けどなんで、スライムの姿なのかしら?」


 お父様とお母様がそう言ってる部屋のはじっこで、アルバートさんが「いやしかし、(わたくし)が見たときは人間のお姿をしていたような……?」とつぶやいたの。


 それを聞いた私の両親は、アルバートさんにつめよってたわ。

 なんか、すごい早さで。

 アルバートさん、詳しくは知らないと思うんだけど……。



 けど、信じてくれてよかったわ。


 [神授技能盤(スキルボード)]を(いつわ)ることはできないから、というのはあると思うの。



 あとは、アンが信じてくれたから、というのもあるのかもしれないわね。


 アンって、けっこう暗い過去を持ってるわ。

 まぁ、道ばたで死にかけてたのを前世の私が拾ったくらいだもの。

 だから、疑い深いのよね。

 他の人と比べると、ものすごく疑い深い。


 そんなアンが信じてることだから、お父様もお母様もアルバートさんも信じてくれた、っていうのは大きいと思うわ。



 追いつめられてたアルバートさんがなにも知らないってことに気づいたお父様とお母様は、今度はアンにつめよったの。

 でもアンは、私の口から説明してほしいって言って。


 ……いや、私、人間の姿になれないのよ。

 今。


 どうしようと思ってたら、アンは続けて言ったわ。


「ですが、今のエノお嬢様は人間のお姿をおとりになることができません。

 わたしの考えでは、お嬢様が魔王戦で最後にお使いになられた[神授技能(スキル)]の影響である、といったところでしょうか。

 エノお嬢様、いつ頃になれば人間の姿をおとりになれるか、教えていただくことは可能ですか?」


 えぇ……っと、……そうね。


 私が動いて、ジェルで床にシミを作ればどうにかなるかしら。


 そう思ってちょいちょいっ、と手の上で動くと、アンは床の上におろしてくれたわ。

 ……アンって、やっぱりすごく優秀ね。



 改めて感動しながら、私は床に文字を書く。


 えっと、たしか。


 十六日と十三時間~十四時間、だったわよね。



 床に書くと、アンは思わずといった感じにつぶやいた。


「……本当に、ですか?」



 …………仕方ないじゃない。

 だって、前にやったときはそんだけかかったんだから。






 ☆☆☆






 そんでもって、十六日後。


 ようやく私は、人間の姿に変身できるようになったわ。


 魔力の消費をできるだけ抑えれるように、ジェルはほぼ出さずにすごしていたの。

 しかもなぜか、ほぼアンの胸ポケットにいれられていたわ。


 ……残り魔力が少ないから、どこかへ行ったりしないのに。



 《外郭変化(メタモルムーター)》で人間の姿になって、《空間収納(アルカティウム)》から制服を取り出して。


 ちなみに勇者育成学部のこの制服は、魔力を流せば破れたところとかも直すことができるわ。

 

 魔王戦で破れたところとか、あと、バエニアン様との戦いで穴が開いたところも、魔力を流して直したの。

 そのせいで、さらに残り魔力が少なくなったけれど。

 あ、バエニアン様との戦いで穴が開いたのを直したのは、バエニアン様との戦いで《起死回生(プリース=コンペート)》が発動してからすぐに、よ。



 今の時刻は、朝四時三十九分。


 アンはまだ、ベッドの上で寝ていたわ。


 うぅん、と。

 魔力、魔物を倒して回復しに行きたいけど……。


 私が屋敷の今いるアンの部屋に帰る前にアンが目を覚ましてしまったら、(さわ)ぎになるわよね。


 せめて家族のみんなにこの姿を見せてからにしようかしら。



「……エノ、お嬢様?」


 そうこう悩んでいるうちに、後ろから声がした。


 振りかえると、アンがベッドから上半身を起こした状態で固まっていたわ。


「おはよう、アン。

 それから、えっと、久しぶり? かしら。

 この姿では、だけれ――」


「お嬢様っ!」


「――どっ! どっどど、……ど?」


「お嬢様、お嬢様っ。エノお嬢様……っ」


 いきなりのことに驚きすぎてドクドクしてる心臓をなんとか落ち着けながら、周りを見……れないわね。

 視界は、アンの寝ているときに着ていた服で埋めつくされているわ。


 わかるのは、アンに思いっきり抱きつかれた、ってことくらい。

 さっきまでベッドの上にいた、わよね……?


「えっ……と、アン?」


「お嬢様っ、お嬢様っっ。

 生きてる、動いてる、しゃべってる……っ。

 良かった、良かったよぉ……っ」


「あ、アン?」


 なんとか顔を上に向けられた私の(ほお)にふってきたのは、数滴の(しずく)


 ……アンが、泣いて、る?


 そんな、泣いてるのなんて、今まで一回しか見たことがないのに……。



「…………申し訳、ありません、取り乱してしまいました。

 エノお嬢様、領主様と奥様、それからアルバートを叩き起こして……失礼、丁重(ていちょう)に起こしてきますので、この部屋でお待ちください」

「え、えぇ。わかったわ」


 ぽすんっ、と私をベッドの上に座らせて、アンは部屋を出ていった。

 歩いてるのに、風みたいに軽くて早い歩き方で。


 ……えっと、叩き起こすのは、ダメだから、ね……?


 アン、あなたはこの屋敷のなかで一番強いんだから。


 特にお父様なんて、最近の手紙で、腰が痛いって書いてあったもの。

 突然起こされたりなんてしたら、もっと痛くなってしまうわ。


 そもそも、アン、あなた。

 着替えてなかったわよね?


 せめて着替えてから、……と言うには、もう遅いわね。


 私は汚れさえも魔力で落とせちゃう、外へ着ていくときにも使える、万能な勇者育成学部の制服を着ているからいいけど。

 アン、あなたはせめて、寝間着(ねまき)からメイド服に着替えるべきだったと思うわ。



 それと、涙のあとはぬぐった方がよかったかもしれないわ。


 ……私のために泣いてくれる人がいる、ってことは。

 その、言っちゃいけないのかもしれないけど。



 すごく、嬉しかった。






 ☆☆☆






 約一時間後。


 メイド服を着たアンが部屋に戻ってくるなり言った。


「エノお嬢様、準備が整いましたのでついてきてください」

「え、ぇえ。わかったわ」


 私は立ち上がる。


 ではこちらに、と左手で私を導いたアンの後ろについて、部屋を出た。



 ……え?

 アンはいつ着替えたのか、って?




 ………………さぁ?

 けどたしかアンって、《空間収納(アルカティウム)》を持っていたし。

 まぁ、どっかで着替えたんじゃないかしら。



 ……着替えて、お父様たち三人を起こして、お父様たちの着替えも手伝って、一時間かぁ……。


 やっぱりアンって、すごいわぁ……。



「どうかされましたか? エノお嬢様。

 わたしの顔を凝視(ぎょうし)されているようですが」

「なっ、なんでもないわよ。

 ただアンはすごいなぁ、って改めて思ってただけだから」


 アンのことをじっと見つめてたら、前へと進みながら、器用にちらりと私の方に視線を送ったアンにツッコミをいれられてしまったわ。



 ……てか、今どこに向かってるのかしら?


「あの、アン。

 このままだと、屋敷の外に出ちゃう気がするんだけど」

「…………」

「えっと、アン?」


 アンが返事をしなくなっちゃったわ。

 もしかして、さっきじっと見てたの、マズかった?


「あ、アンっ」

「……ごめんなさい、エノお嬢様。立ち止まり、面と向き合って会話ができないこと、お許しください」


 お許しくださいもなにも、さっきも面と向かっては話していないような。

 あ、でも、さっきは視線は送ってくれてたから、いいのかしら。


 その、今アンは、前を向いて歩いてるんだけど。

 今回は、視線も送れないから、ってことよね、きっと。


「別に構わないわ。

 それで、どこに向かっているの?」

「お屋敷の外へ向かっております」


 屋敷の外へは向かっていたのね。

 けどなんで、外へ……?


「あの、その……?」

「ほら、エノお嬢様。この裏口から外へ出ますよ」

「……あ、はい」


 この先はお楽しみに、ってことかしら。

 答えてくれそうにないわ。


 ガチャリと音をたてて、アンは裏口の扉を開ける。



 ……あら。

 能力が低下している間に、完全に春の季節になったみたいね。


 暖かくて気持ちいい風が、アンの(だいだい)色の肩くらいまである髪の毛を揺らしているわ。



 同時に、なんだかキラリと光るものが、散っていった。

 それは光の粒のような、まるで水に光が反射したかのようなもので。


 ふと私が視線をあげると、アンは静かに手を目のあたりにあてていた。

 あてて、静かになにかをぬぐっていた。



「アン、前へ進むわよ」

「……はい、そうですね」



 それがなにか、なんとなく、わかったけど。


 私はアンの声を聞いて、ホッとする。



 アン、笑ってるわ。

 優しく、笑ってる。



 なんとなく、声にのせられた感情を聞いただけだけど。

 人間の姿の今なら、前世のようになんとなく、感情を聞けるから。


 ……前世いじめられていて、そのせいで他の人たちの感情とかを読みとらなきゃいけなくなって。

 なんとなく、声から人の感情を聞けるようになった、というのは、そのときに身につけた技。

 [神授技能(スキル)]とは違う、私だけの技。


 悪いことばかりが人生じゃないっていうのは、ホントみたい。

 だって、苦しいなかで生き延びるために身につけた技が、今、アンを優しく笑わせることができたんだもの。




 ツッコミ、いれなくてよかったわ。


 また、泣いてるの? って。

 言わなくて、よかったみたい。






 裏口から外に出た私たちは、正門へ向かったわ。


「さぁ、エノお嬢様。つきましたよ」


 アンがそう告げたときに立っていたのは、正面玄関の手前。


「エノお嬢様、準備はよろしいですか?」


 しっかりと私を見て、アンは尋ねてくる。


 その視線に、私はしっかりと向き合って、返答した。



「えぇ、もちろん。

 ――帰るわよ、私たちの家に」



 優しい笑顔のまま頷いたアンが、ゴンゴンッ、と扉をたたく。

 そして、ギィっ、と。

 両開きの扉を開いた。



 正面玄関の扉の先には。


 お父様と、お母様と、アルバートさんが、こっちを見て立っている。



 ――エノ……っ、とお父様は顔をゆがませる。

 ――エノちゃんっ、とお母様は泣きそうになりながらも笑っている。

 ――エノお嬢様、とアルバートさんも微笑(ほほえ)みながらも泣きそうになっている。

 ――となりに立ってるアンも、また、泣きそうになりながら、優しく笑っている。


 みんなみんな、大事な家族。


 伝えなきゃいけないことは、たくさんある。


 勝手に自殺してごめんなさい、って言わなきゃいけないって、わかってる。


 こんなことがあったのよ、って話したいこともたくさんあって、今にもあふれでてきそう。



 けど。


 まず、言わなくちゃならない言葉。

 言いたい言葉がある。



 春の季節のゆるやかなつむじ風が、私の黄色い髪の毛を巻き上げる。

 そのあったかい応援に、背中を押されたような気がして。



 そっと、私は息を吸って。

 ゆっくりと、口を開いた。



挿絵(By みてみん)




「――ただいまっ」



 たぶん、私の目からも涙がこぼれそうになっていた。



 お父様に、お母様に、アルバートさんに、そして、アンに。


 四人の大事な人たちから、ぎゅっと、優しく、抱きしめられて。


「お帰り、エノ」

「お帰りっ、エノちゃん」

「お帰りなさいませ、エノお嬢様」

「おかえりなさい、エノお嬢様」


 思い思いの言葉を、おかえりのあいさつを、聞いて。


 たぶん、私の瞳からは、涙がポロポロとあふれだしていた。



 ……――帰ってこれたのね。

 家族のもとに。



「あのね、話さなきゃならないことも、話したいことも、いっぱいあるの。

 私が勇者育成学部に行ってから、今ここに帰ってくるまでの話を」

「もちろん聞くよ、エノ」

「たっくさん、話してね。エノちゃん」

「もちろん、聞きますとも。エノお嬢様」

「……うんっ!」


 頷いて、ぎゅっと、引きよせられる。


「エノお嬢様」


 上を見上げると、そこには満点の笑顔に嬉し涙を浮かべたアンがいて。


「今まで、お疲れさまでした」


 そっと、頭がなでられる。


「そして、救ってくださり、ありがとうございました」


 その一言で、私はまた、泣きそうになる。


「エノお嬢様は、わたしたちフォーダニモニア男爵家の、誇っても誇りきれないくらい。

 大事な大事な娘ですよ」


 横を向くと、お父様もお母様もアルバートさんも、みんなみんな笑って、頷いた。



「…………うんっ」



 私。

 家族のこと、笑顔にできたよ。


 勇者になる原動力になってた一番の夢、叶えられたよ。



 そして私は、満面の笑みを浮かべた。


 春の季節の優しい日差しが私たちを包みこむなかで、私は思う。


 きっとこれから、どんな困難があっても乗り越えていけるって。


 淡い期待でしかないはずなのに、確信をもって、私は。


 今、家族のみんなと、笑いあえてる。



 ここには、私のほしい、全部があった。






 ☆☆☆






 それから。


 家族に私の体験してきた全部を話して、受けいれてくれて。


 なんか勇者凱旋(がいせん)があるから、ってことで王都に呼び出されて。


 勇者育成学部の制服のまま、国王様と面会して。


 なんでも褒美(ほうび)をやろうって言われたから、私の町の支援金と、それから魔王によって傷つけられた他の場所に支援を送ってほしいって言ったら、それだけでいいのかと驚かれて。


 で、そのあとなぜかバエニアン様に迷宮の上の崖の野原にまで来るように言われて。



 今、私とバエニアン様は、迷宮上の野原に立っていた。


 無言で暖かいそよ風が吹くなか、最初に口を開いたのはバエニアン様だったわ。


「おまえ、死んだんだな」


 明後日(あさって)の方向を見ながら、バエニアン様はつぶやく。


「そうね」


 私は崖の下を見る。


 今落ちても、死んでしまいそうなくらいな高さがあるわね。

 そりゃあまぁ、こんな高さから落ちれば、人間の身体なんて、ばらばらの肉片になっちゃうわよねぇ、なんて思う。


「だがおまえは、帰ってきた。

 最弱種族のスライム種のなかでも最弱のジェルスライムに転生して、それでも地上に帰ってきた。

 俺を倒せちまうだけの強さを備えて、な」


「そうね。

 だって、これでも私。迷宮を完全踏破したんだもの。

 しかも、最速で」


 完全踏破を証明できる極光竜(オーロラドラウティ)の角は、私が食べちゃったけど。


 そうちょっとふざけたような感じに私が言う。

 なにやってんだ、とバエニアン様は笑ったわ。


「んー、まっ、おまえらしいっちゃらしいのかもしんないけどな。

 ……正直俺からしたら、よくわかんねぇ賭けで、おまえ、自殺しちまうしさ」


「んえっ?

 わかんなかった?」


 それは初耳よ。

 勇者になるために頑張ったの、その賭けもひとつの理由になってるんだもの。


「よくわかんなかったさ。

 そりゃ、死んだらおまえが勇者になれねぇのはわかるけどよ。

 なんで生きてたら、おまえは勇者になれるんだ?」


「そりゃあ、勇者になるために必死で頑張るからよ。

 こんな高い崖から飛び降りても、私は死ななかった。

 そんな奇跡が起こるなら、私にも勇者になれる奇跡を起こせるはずって。信じてたから」


「……結局それ、俺からしたら意味わかんねぇんだけどな。

 ま、理由はわかった」



 ヒュッ、とバエニアン様は息を吸う。



「…………すまな、かった。

 おまえを自殺するまでに追いこんじまった、こと。

 俺が、おまえを、殺してしまったこと」



 春の季節の包みこむような風が、私たちを暖かく抱きしめる。


 そっと、私は笑う。

 アンのような優しい笑顔になってるかは、わかんないけど。


「なに言ってるの?

 自殺をするって決めたの、私自身よ?

 それに、勇者選抜大会に挑むなら、それくらいの覚悟、絶対にいるでしょ? だって、そのあとに格上の魔王と戦うんだもの。殺す殺される覚悟で挑まないと、魔王を倒すことなんてできないわ。

 少なくても、今の私の実力じゃぁ、ね?」


 実際、《能力百倍(フォルティーケトム)》を使わないと、私の力なんて魔王に(かな)いもしなかったわ。


「……だが……」


 私がそう言っても、まだ言葉をつまらせているバエニアン様に、私は続ける。


「それに、私だって、バエニアン様にひどいことをしたわ。


 あなたから、勇者にならなくてはならない、という義務を奪ってしまったこと。

 義務という名の生きる意味を、奪ってしまったこと。


 深く、謝罪するわ」


 私は、勇者になりたかった。

 だからそのために、目の先にいる彼の義務を奪ってしまった。


 それも、たしかな事実よ。



 ――違う、とバエニアン様は私の目を見る。

 違わない、と私はバエニアン様の目をしっかりと見つめる。


「私はあなたの義務を、生きる意味を奪ったの。

 ……きっとこのことと、バエニアン様が私にしたってことをイコールで結ぶことはできないと思うわ。

 けど、だからってバエニアン様だけが苦しむことなんてない」


 だって、バエニアン様は。


 ここで私は大きく息を吸って、微笑(ほほえ)んだ。



「一番最初に、私のことを勇者だって認めてくれた人だもの。

 ありがとう、私を勇者だって言ってくれて。

 ありがとう、私に勇者の証を届けてくれて」


 今もその勇者の証【勇者の首飾り(オピニネオム)】は、私の胸の上で輝いている。



「ありがとう、私に夢を叶えさせてくれて」



 私がそう言って、少ししてから、バエニアン様はおかしいものを見たかのように大声をあげて笑った。


「あっはははっ、まったく。

 やっぱおまえには、(かな)わないな。

 前世のおまえも、今世のおまえも、まったく変わっちゃいない」

「か、変わったわよっ。

 一回死んで、転生して、奇跡があるってわかったから。

 私は、覚悟を決めれたんだもの。

 必死に勇者になろうって、くらいつけたんだもの」


 たぶん死ななきゃ、前世で繰り返してたように、ほとんど意味のない[神授技能(スキル)]ばっかり取ってた。

 そして、その[神授技能(スキル)]が弱いからって理由で、私は勇者になれないと思ってしまった。


 勇者になるのに必要なのは、天から授けられたほどの[神授技能(スキル)]ではないというのに。


 バエニアン様が、今世の私を越える[神授技能盤(スキルボード)]を持っていても、勇者にはなれなかったように。

 最弱の遠距離魔法の《(バレット)》も、使い方次第ではいろいろな敵を倒すことに使えたように。



 バエニアン様が【勇者の首飾り(オピニネオム)】を握っても、光りはしなかった、と。

 彼は少し前に(かな)しく笑いながら言っていた。




 ――それはおまえの覚悟の話だろ、とバエニアン様は続ける。


「おまえは変わってない。

 いろいろと考えすぎるくせに、他人には優しすぎるんだ。

 そのくせ、自分の真価には気づくこともない。


 ……俺は、おまえのことがまぶしかった。

 ただ勇者になりたいからって理由で、勇者育成学部に入れる実力を身につけたおまえのことが。

 まっすぐに、勇者を目指す、おまえの姿が。


 ま、その果てに暴走して自殺しちまったのは、さすがの俺もこたえたけどな」


「……えっと、ごめんなさい」


「謝ることじゃない。

 そのとき確かに俺は一生縛られるであろう『おまえを自殺に追いこんだのは俺だ』という呪いにかかったが、その呪いも今じゃとっくのとうに解けちまってる。


 それは、おまえが勇者になったから。

 おまえが勇者になるために戻ってきて、俺を倒して勇者になったから。

 俺は今もここで、笑えてるんだ」


「……うん」


 なんだか涙がこぼれそう。


 ……昔は敵のように怖かった人でも、笑ってくれたら嬉しかったなんてこと。

 私は今、知ったわ。


「だから、やっぱりおまえは勇者なんだ。

 俺にとって、俺の人生にとって、おまえは勇者として輝き続けているんだ。


 自殺に追いこんだ俺が言うのは、なんか違うのかもしれねぇけど。



 ……生きて帰ってきてくれて、ありがとな。

 俺の勇者として現れてくれて、ありがとう」



「……うんっ」



 春の季節の暖かくて優しい風が、私の(ほお)をそっとなでる。



 前世の私が終わって、今世の私が始まったこの場所で。


 【勇者の首飾り(オピニネオム)】は、強く光り続けていた。


 それは勇者の証。

 私が私を信じるかぎり、決して絶えることのない決意の光。



 私が勇者であると胸を張っているかぎり、私は勇者よ。

 その想いがきっと、私の未来へとつながる道になるから。



 私はずっと、勇者で()りつづけたい。





~Fin~



 故にエノディフィは勇者です。

 ご読了、ありがとうございました。


(この物語の一番のチーターは、バエニアン様でも《弾》でもなく、勇者育成学部の制服だと思う)

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