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プロメテウスの火・3b

 航空宇宙自衛隊の小さな宇宙船を追尾する形で、華たちの乗るスペースプレーンは操縦権を明け渡した。

「プロメテウス号へはあと十分ほどかかる見込みです」と、早見一等宙尉の声が言った。


 外からの通信を遮断された電磁バリアの内側は、静寂と漆黒が支配する古き良き宇宙という雰囲気だった。かつて人々が小説や映画の中でイメージしていたであろう無機質な宇宙がそこにはあった。遠くに見えるのは小さな地球、その反対側には太陽――そして、果てしない星々の広がり――日常と喧騒の延長線上に溶け込んでしまった現代の宇宙では、この静かな風情はめったに味わえない。本来ならば任務を前にした緊張と興奮で落ち着かなくなるはずなのだが、そういった感情も行き過ぎると何も感じなくなるのか、華は不思議とどっしり構えていられた。さっきまで心臓が飛び跳ねていたのとは大違いだ。今なら、龍之介さんの役に立てる働きができるかもしれない。これまで訓練で積み重ねてきたものが、確実に血肉となって、今の自信を支えている。


 などということを華がぼんやり考えていると、操縦席の愛梨紗が慌てふためくようにシートベルトを外して、座席から立ち上がった。

「どうしたの? 愛梨紗」

 華がそう訊くと、愛梨紗はむしろなぜそんなわかりきったことを訊くのかという顔をして答えた。

「華はお腹すいとらんと?」


 そう言うと、身体の小さな愛梨紗は狭い通路をすいすいと泳いで、一番後ろの列に座っているユズのほうへと向かった。

 ちゃんと風呂敷包みを抱きかかえて大事に守っていたユズの頭を、愛梨紗が「偉い偉い」と撫でてやると、ユズはご満悦の表情だ。


 宇宙船の中にお弁当の匂いが広がった。

「華、おにぎり投げるよ」

 返事を待たずに、しのぶの手からおにぎりが放たれた。海苔で一周巻かれた白いおにぎりは、鮮やかに回転してまっすぐ飛んでくる。華は慌てて手袋を脱ぐと、バラバラにはじけ飛んでしまわないようにそっとそれを受け止めた。続けて爪楊枝でまとめて串刺しにされたウインナーと玉子焼きの塊も飛んできたが、手が足りないので口で直接受け止めた。

「ナイスキャッチ」と、しのぶ。

 妙子はニコニコ微笑みながら愛梨紗とユズが食べるのを手伝っている。


 たった十分の束の間の休憩で、五人は戦いの前の腹ごしらえを急いで済ませた。教官たちの気遣いが本当にありがたかった。


 無数の黒い染みが星の光を遮り、次第に染みの範囲が広がっていくと、それらが編隊を組んでいる日米両国の軍艦だということがわかった。

 軍艦たちは闇の中で光ひとつ漏らさず沈黙している。お互いの通信も特別な方法を使っているのか、まったく傍受できない。それらが華たちの針路の両脇に列をなしていて、まるでパレードの観衆のように道を作っている。両脇からの視線を一身に集めているようで落ち着かない。あの艦の中から大勢がこちらを見つめているのだろうか。それとも、こんなちっぽけな宇宙消防士の船など眼中にないのだろうか。


「日米のフリゲート艦隊がそろい踏みだね」

 しのぶが次々と横を通過していく厳つい軍艦の列を見ながら言った。いつもならネビュラで説明文が表示されるところだが、電磁バリアの内側なので情報がまったくわからない。

「プロメテウス号を護衛するための中型の船がありったけ集まっているんだ。あるいは、捕獲して破壊するためかもしれないけど……」


 やがて軍艦の密度が高まって、艦と艦が折り重なって壁のようになって飛んでいる場所までやって来た。ぶつかりそうなスレスレの隙間をすり抜けて飛んでいく。航空宇宙自衛隊の操縦はきびきびとして確実だ。すると、突然にパッと視界が開いて、あの、さっきまで見慣れていたプロメテウス号の黒い船影が姿を現した。華は、なんだか懐かしくさえ思えた。


 艦隊は一定の距離を置いて、プロメテウス号を球で包むように囲んでいる。その球の内側に、華たちのイ‐6800(ろくせんはっぴゃく)は、ぽんと放り出された。

「操縦をお返しします」

 早見一等宙尉の歯切れのよい声が聞こえてくると同時に、愛梨紗の握る操縦桿が意志を取り戻したように力強く立ち上がった。

「ありがとうございました」

 華のお礼に答えて、航空宇宙自衛隊の小さな宇宙船は後部の赤いランプを点滅させ、元来た針路へ引き返していった。

「幸運を祈る、ってさ」とユズは言った。


 プロメテウス号の近くには、三隻の消防宇宙船が飛んでいた。そのうちの二隻は新旧の第十七小隊の持ち船で間違いない。それと、もう一隻のひと回り小さい船は小山隊長の乗る司令船と思われる。

 銀色のスペースプレーンが接近したのが見えたのか、古いほうの消防宇宙船から通信が入った。映像に現れたのはアルファ・チームのパイロットの、ロジャーこと山田(やまだ)健太郎けんたろうだった。チーム一番の優男が目の覚めるような爽やかな笑顔で登場した。


「ごくろうさま、よく来てくれたね」

「ロジャーさん、やっと出番ですね」

 と、ユズが軽口を叩いた。

「まったくだよ。やっと出番だと思ったらとんでもなく忙しいんだ。さっそくだけど手を貸してくれないか」

「私たちは、何をしたらいいですか?」と華。

「パンドラは一時間前から、十分おきに乗組員を解放し始めた。ついさっきで七人目だ。治療が必要な人も数名いる。彼らに与圧服を着せて、新しいほうの消防宇宙船に移しているところだ。君たちには彼らの世話をやってもらいたい」

「わかりました」と華。


 そこに、小山三郎隊長が割り込んできた。

「よく来たな、諸君」

「説明は俺が済ませましたよ」とロジャー。

「よく消防本部長が許可したもんだ」

 隊長はいろいろ言いたいことがある様子だが、それらを端折って、こうとだけ言った。「君たちには後でたんと礼を言うからな」


 スペースプレーンは新しいほうの消防宇宙船にドッキングした。ヘルメットをかぶり、お互いの防護服を確認し合ってから、五人は繋がったハッチから直接、向こうの船へ乗り換えた。


 そこには六人の船員たちが横たわっていて、アルファ・チームの隊員たちが世話にあたっていた。

 ちょうどそこに、七人目の要救助者が龍之介に肩を貸してもらいながら入ってきた。

 龍之介は華の姿を見るなり、にこりともせず、機械的に指示を出した。

「乗組員の容態を確認し、適切に処置するんだ」

「はい!」

 と、華は答えた。

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