プロメテウスの火・3a
プロメテウス号が地球に到達するまで、残り二時間を切った。
華たち五人が乗ったイ‐6800型スペースプレーンは、地球の上空十万キロメートルまで達し、日米両国による封鎖線の目前に迫った。
五人はヘルメットを脱いで、髪や肌の具合を整えると、電波が遮断される前に地上へ向けて最後の通信を行なった。
久しぶりに妹や母親と連絡を取った華は、これで重荷のいくらかが軽くなった気がした。他のメンバーもおのおのの家族や友人とネビュラで繋がった。妙子は仕事中の夫に事情を話して、しばらく語り合った。愛梨紗はロシアの恩師と話をした。しのぶは実家と宇宙船仲間の顔を見て回った。そして、ユズは数えきれないほどの友達に一斉にメッセージを送った。
そうやって大切な時間はたちまち過ぎ去った。
華たちのネビュラに米軍からの警告が鳴り響いた。視界にエフェクトがかかり、船全体が真っ赤に染まった。そして風防ガラスに大きく「警告」の文字が表示され、威圧的な英語での警告文が読み上げられた。
「当該宙域は封鎖されている。速やかに転回し、元来た針路へ引き返せ、だって」
ユズが聞いたままの文章を日本語で繰り返した。「警告に従わなければ警告射撃の後、撃墜する、だって」
「やれるもんならやってみろってんだ」
しのぶが、防護服に包まれた腕をつかみ、袖をまくったつもりになって、いきり立った。
「華ちゃん、大丈夫なの?」
妙子が心配そうに後ろの座席を振り返った。
華は自信たっぷりにうなずきを返してみせたが、実は内心、不安がいっぱいで心臓が飛び出しそうになっていた。
「このままの速度で進んでもよかね?」
振り返りもせず、いつもの軽い調子で訊いてくる愛梨紗に、華は、
「全速前進あるのみだよ」と答えた。
スペースプレーンは加速を続け、みんなの身体は座席に押しつけられた。視界を強制的に変化させているエフェクトはさらに強烈になり、真っ赤な光が点滅し、警告文がぐるぐると周囲を飛び回った。
前の座席に座る妙子が必死に手すりをつかんでいるのが見えたので、華はそっと自分の手を伸ばして、彼女の震える手を握りしめた。
「妙ちゃん、大丈夫だよ」と、そっと声を掛ける。
妙子は「ありがとう」と小さく答えた。
船は突然、電波妨害の領域に突入した。しつこかった警告は嘘のように消え、船内は静まり返った。目に焼きついた赤い残像と、鼓膜に刻まれたアナウンスの余韻だけがかすかにまだ残っている。
ネビュラの接続が途絶え、一切の情報が入ってこなくなった。電磁波の影響か、頭の中がなんだかおかしい。目が回る。内臓もぐるぐる回る。全員が同時に、気持ち悪くて吐きそうになった。
「ほら、こいつを使って!」
しのぶは慌ててエチケット袋を配った。「船を汚さないで!」
こんなときこそ、アナログ計器のイ‐6800は真価を発揮した。これがもしも新型の宇宙船だったなら、たちまち操作不能に陥っていただろう。
エチケット袋を片手に持った愛梨紗は、怯むことなく操縦桿を握り続けた。
同じくエチケット袋を片手に持った華は、前の座席に身を乗り出して、風防ガラスの向こうを強く指さした。明るく伸びやかな声で、華は叫んだ。
「見て! 約束通りに自衛隊の船がいる!」
濃緑に塗られた航空宇宙自衛隊の小さな船が目に入った。太陽に照らされた側がきらりと光って、漢字と英語で書かれた「航空宇宙自衛隊」の文字がはっきりと見えた。
ネビュラの接続が突然元に戻った。今度は気持ち悪さが嘘のように消えた。
航空宇宙自衛隊を表す独特の信号音が鳴った後、歯切れのよい男性の声が聞こえてきた。
「こちらは、航空宇宙自衛隊、ラグランジュ第二方面隊所属、早見勝也一等宙尉です。そちらはガラパゴス日本区航空宇宙消防本部第十七小隊ブラボー・チームのみなさんで間違いありませんか?」
華は代表して答えた。
「はい、間違いありません」
「わたくし、早見一等宙尉がこれよりみなさんの案内役を仰せつかります。さっそくですが、われわれの船の後尾に距離を詰めてください。そのまま操縦をわれわれが預かり、安全な場所までお連れします」
愛梨紗は不満そうに頬を膨らませたが、華は「お願いします」と答えた。
それから華は、ずっと訊きたくてたまらなかったことを、我慢できずに訊いてしまった。
「あの、第十七小隊アルファ・チームの人たちと、それと、小山隊長は無事ですか?」
早見一等宙尉は、これもまた歯切れよく答えた。
「現在、救助活動中です。みなさんの到着を、首を長くしてお待ちですよ」




