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ガラパゴス・ガーディアンズ  作者: 霧山純
第十一話「プロメテウスの火」
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プロメテウスの火・2b

 華との通信はそれきり切れてしまった。いろいろ訊きたいことはあるが、姉を邪魔したくないので、翼はただ言われたことだけを実行しようと思った。


「師匠、どうしましょう?」

 智香がぐいと顔を近づけて指示を仰ぐと、翼は確信を持った目でこう答えた。

「まずは町長さんに連絡してみる。緊急避難警報を出してもらうんだ」

 翼と智香は自転車を路肩に寄せると、こめかみに両手を当てる同じポーズを取って、ネビュラに集中した。呼び出しを掛けると、西里町の森田町長はすぐに返事を返してきた。


「おはようございます、翼さん。どうかなさいましたか?」

「町長さん、お願いです。変な奴だと思わないで聞いていただけますか?」

「とんでもない、あなたのおっしゃることなら、なんだって信用しますよ」

 翼と智香は顔を見合わせてホッとした。

「それじゃあ、今すぐなんですけど、大急ぎで緊急避難警報を出していただけますか? 住人すべてを避難シェルターに避難させなきゃいけないんです」


 町長はほんの数秒沈黙してから、低い声で、訝しげに訊き返した。

「それはまた……、どういったことで?」

「詳しいことは私にもわかりません。ただ、お姉ちゃんが連絡してきて、急いでそうするように私にそう言ったんです」

「ほう、お姉さんが」

 町長の声色が急に変わって、明瞭に、力強くなった。姉の華はかつてこの町の人々の命を救った実績がある。「それなら間違いありませんね。今すぐ手を打ちましょう」


 町長への連絡が済んだので、翼はおじいちゃんの家へ向かって自転車を漕ぎ出した。智香はそれに必死で追いすがった。

 緑一色のみずみずしい田んぼが道の左右を高速で流れていく。辺り一帯を囲う山々がゆっくりと形を変えていく。興津川がやがて見えてきて、その流れに沿って進むと橋があった。それを渡った先がおじいちゃんの家だ。


 小さな山の途中に家が建っていて、その周囲を背の高いケヤキが囲んでいる。斜面には踏み固められた土の階段がある。

 この週末に翼が友達を連れてくることは前もって連絡していたので、おじいちゃんは待ちわびたように縁側でお茶を飲んでいた。

「おじいちゃーん!」

 と、翼が下から手を振ると、おじいちゃんも照れくさそうに、

「おーい」と手を振り返した。


「はじめまして、とか言っている暇ありますかね?」

 智香がこそっと後ろから訊いてきた。

「手短にね」と翼。


 二人は自転車をそこらへんの草むらに放り出すと、土の階段を登って、木の生えた斜面を横切り、おじいちゃんの待つ縁側へ直接向かった。スイカとトマトがそれぞれの背中でゆさゆさと揺れた。

「はっはっは、元気だ元気だ」

 と、何も知らないおじいちゃんはご満悦だ。


「はじめまして、わたくし、翼さんのクラスメイトの白石智香と申します」

 智香が早口で自己紹介して、ぺこりと頭を下げると、すぐに翼が割って入って、こうまくしたてた。

「おじいちゃん、今すぐ避難しなくちゃいけないの。走りやすい靴を履いてきて。あと、おばあちゃんは?」

 なんだかまだ頭がついて来ていないおじいちゃんは、ボーっとした顔で首をかしげた。

「はあ?」

「だから、避難しなくちゃいけないの!」


 じれったくなった翼が地団太を踏んだそのとき、けたたましいサイレンが山々を震わせた。

「緊急避難警報、緊急避難警報」

 機械的な声がはっきりと聴きとれた。「住人の皆さんはただちに最寄りの避難シェルターへ避難してください。ミニカーが近くにある方は、すぐにそれに乗り込んでください」

 同じアナウンスが何度も繰り返された。


 おじいちゃんもやっと呑み込めたのか、急に慌てだして、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、何か探しているのか、わけのわからないことをし始めた。

 翼は膝立ちで縁側へ飛び乗ると、おじいちゃんに向かって手を伸ばした。

「おじいちゃん、靴だけでいいんだよ。それと、おばあちゃんはどこ?」

「わたしならここだよ」

 おばあちゃんが家の奥から運動靴を二足持って走ってきた。さすがしっかりしている。


 おばあちゃんは縁側から靴を放り投げて、さっさと飛び降りた。

「はじめまして、わたくし、白石智香と申します」

「あら、まあ、よろしく」と、おばあちゃん。

「おじいちゃん、早く、財布とかいらないから」

 翼はおじいちゃんを縁側から引きずり下ろした。そして、靴を履くのを手伝った。

「あなたたちはずいぶん大きな荷物を持っているのね」

 おばあちゃんは翼の背中の抱っこ紐を懐かしそうに眺めた。

「そうだ、これ、お母さんに持たされたの」

 翼と智香はお土産のスイカとトマトを縁側に置いた。「とりあえずこれはここに置いとくね」


「ミニカーに四人は乗れないからね。とりあえず徒歩で行こうね」と、おばあちゃん。

 四人は走り出した。緊急避難警報は鳴り続けている。すぐ近くの小学校に、かつては大きな体育館があったが人工衛星の衝突で壊れてしまったので、その地下に、代わりに避難シェルターが作られた。


 たくさんのミニカーや避難の人たちが町中から集結しつつあった。誰一人として避難の理由を知らない。だが、過去に大きな事故があったことが教訓になっていて、警報があれば素直に従うような習慣が身についていたおかげで、逃げ遅れた人はいなかったようだ。


 少し後になって、政府が正式に避難警報を発令したことが、ネビュラのニュースで知らされた。翼にとっては当然のことだが、華が言っていたことは本当に本当だったのだ。

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