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憧れの第十七小隊・4

 月軌道に浮かぶたくさんのスペースコロニーの中に、ひときわ警備の厳しい、ある人物の持つプライベート衛星があった。

 その人物、アメリカ人のマリオ・クロフォードは、クロフォード・ラグランジュ・リゾート社のCEOだ。彼の趣味は大きな衛星を丸ごと使ったゴルフ場で、様々な有力者と密談しながらプレーすることだった。

 その日は、思いもかけない相手とのプレーが予定されていた。


「どうも、初めてお目にかかります。国際刑事警察機構の捜査官、岡本(おかもと)半七はんしちと申す者です」

 岡本捜査官は宙に浮かぶ名刺をクロフォードに差し出した。その立体映像はクロフォードの手に乗ると、そのまま彼の住所録に記録された。その小柄な捜査官は人懐っこそうな笑顔を浮かべて、その職業からイメージする威圧感をまるで感じさせない。タンスの奥から引っ張り出したような、ベージュのソフト帽に同じくベージュのよれよれのコートを着ている。


「そして、こちらは私の相棒でクロノシティ警察本部日本チームの松本(まつもと)優作ゆうさく刑事です」

 こちらは上下びしっと濃紺のスーツで決めた若い色男だ。顔つきは面長で、全身の骨格もがっしりしていてスポーツならなんでもできそうな風貌をしている。

 クロフォードは岡本捜査官に言った。

「君はともかく、そっちの若い彼はなかなか期待できそうだな」

「お手柔らかに願います」松本刑事は恐縮した。

「しかし、その格好はいかん」


 初老のクロフォードは引き締まった大柄の身体に、涼しげな白の半袖シャツと膝下までのゆったりした青い半ズボンを穿いている。頭には青いキャップだ。すぐ近くに停めてある青いバンで、捜査官二人に着替えさせるよう、彼は秘書でありキャディを務める年配の美しい女性に指示した。

 すると、岡本捜査官は困ったように言った。

「いやいや、私たちはこのままで失礼させていただきたいのです」


 クロフォードはたちまちムッとした顔になった。彼は片手間のプレーを侮辱と感じているようだった。

「申し訳ありません。どうやら時間がないようなので、手短に話を済ませなければならなくなりました」

 岡本捜査官は帽子を取り、薄くなりかかった白髪頭を掻くと、再び帽子を被った。

「あなたが所有されている、リゾート衛星の件です」

 ところがクロフォードは最後まで言わせない。

「立ち話だけなら帰ってもらおう。プレーするのか、しないのか?」

「わかりました。それでは少しだけ……」


 二人の捜査官は上着を脱ぎ、球を打つときにはお互いに服を預け合ってプレーすることにした。松本刑事は予想通りの腕前だったが、岡本捜査官もなかなかのものだった。三人とも伯仲していて先が読めない展開になった。

 しばらくプレーを続け、三つ目のホールで広いフェアウェイを歩いていたところで、楽しい勝負で上機嫌になったクロフォードは、ようやく彼らに話す機会を与えた。


「それで、君が訊きたいこととは何だね?」

「あなたがお持ちの、ヤング・ロング・スターのムーブメントの件でお尋ねしたい」

 さすがに年齢のせいで岡本捜査官は息が上がっている。

「消防の立ち入り検査では特に問題はなかったようだが」

 クロフォードはそう言い切るとクラブを握り、すぐにプレーを再開しようとした。それを松本刑事が遮った。


「それは立ち入り検査のときに限った話です。あなたがお持ちのリゾート衛星で運用されている十二基のうち、検査をパスできる性能を持ったムーブメントは三つしかありません。これは我々の調査によってわかったことです。残りの九つは基準を満たさない廉価なモーターを使用していて、それを立ち入り検査のたびに付け替えてごまかしているというのが実情です。心当たりがあるはずですよね?」

「そんな心当たりがあるはずがなかろう。誰が流したデマだね?」


 松本刑事は続けた。

「デマではなく、事実です。九つの衛星では今も危険な運用がなされています。そして、そのうちの一つはここ数日で致命的な損傷を起こす可能性がある」

「そんなバカなことがあるものか。わが社にムーブメントを提供している製造会社は信用のおけるところだ。各国の政府とも取引している」

「その製造会社イカロス・エンジニアリングですが、すでにソラリ・スペースラインによる買収の話が進んでいることはご存知ですか?」

「初耳だね」


「それでは、ソラリ・スペースラインがあなたの会社を狙っていることもご存じではないようですね」

「どういうことだ?」

 それまで余裕を持って話を聞き流していたクロフォードが、ここで初めて前のめりになった。「何も知らんぞ。あのイギリス野郎のバラードのくそったれが何か企んでいるというのか?」


 ここからは岡本捜査官が話を進めた。

「ここは一つ、取引をしましょう。あなたが我々に本当のことを話せば、私たちも本当のことを話します。ムーブメントの立ち入り検査について、ごまかしがあることをお認めなさい。そうすれば、我々はあなたがこれからどうすべきかを教えることができます。正直に話せば、罪に問うことはありません。これには多くの人命が関わっており、時間もそう長くは残されていません。手短に決断をお願いいたしたい」


 長い沈黙があった。クロフォードはもうクラブを握ってはいない。キャディにすべてを持たせ、自分は芝草の上に座り込んで帽子を脱ぎ、銀髪の頭を抱えて考え込んだ。二人の捜査官はその横に立ったまま、忍耐強く待った。

 やがて、クロフォードは立ち上がった。怒りと強い意志を感じさせるギラギラした青い目で、彼は捜査官たちをまっすぐ見つめた。


「はっきりと言おう。私は確かにムーブメントの立ち入り検査でごまかしを働いた。本物と安いモーターを付け替えて検査をパスするよう指示を出した。立ち入り検査の日時についてはイカロス・エンジニアリングの担当者が確かな筋から情報を得られると聞いて、それに任せた。その筋がどこなのかは、私は知らない」

 岡本捜査官は帽子を脱ぎ、クロフォードの手をそっと握った。そして、にっこりと微笑んだ。

「よく決断なさいました。これで多くの命が救われます」


「私はどうすればいい?」

 これには松本刑事が答えた。

「ただちにヤング・ロング・スターからすべての人員を脱出させてください。もうすぐ衛星のムーブメントは停止し、重力が失われます。制御を失った海水が人々を襲うでしょう。これほど規模の大きなスペースコロニーでそのような事故が起きた前例は未だありません」


 クロフォードはにやりとした。

「それを未然に防げば、クリスチャン・バラードはわが社に手が出せまい?」

「ええ、この件に関しては」と松本刑事。

「あいつの鼻を明かせるのなら、私は満足だ」

 クロフォードはそう言うと、くたくたと力が抜けて再び地面に座り込んだ。

 岡本捜査官も地面に胡坐をかき、彼と向き合った。クロフォードは自嘲するように言った。

「商売というものは、なかなか難しいな。うまくいっているときほど、危険と罠がすぐそばにある」

「それを切り抜けるのが優れた経営者というものです」と岡本捜査官は微笑んだ。


「妻に連絡してもいいかね?」

「ええ、どうぞ」

 クロフォードはネビュラを通して本社にいる妻に呼びかけた。夫がゴルフで遊んでいる間、妻は会社の実務を取り仕切っている。

「どうしたの? マリオ」

「ジェーンか、実は大変なことになった。いや、大変なことになるところだった。今から私が言うとおりに、すぐに行動を起こしてくれ」

「どうすればいいのかしら?」


 クロフォードは、ヤング・ロング・スターからすべての人たちを脱出させることと、彼らの当面の宿泊場所を手配すること、苦情の処理の方法について、マスコミ対策、そして、その後のムーブメントの管理についてなど、細々したことの要点をわかりやすく伝えた。

 横で聞いていた岡本捜査官と松本刑事は、その手際の良さにただただ感服していた。


「とりあえずは人命を第一に行動してくれ。私もなるべく早くそちらへ向かう」

「ええ、任せてちょうだい」

「それと、もう一つ、君に言いたいことがある」

「なに?」

「ジェーン、君を愛している」

 妻は嬉しそうな笑い声を響かせた。

「私も愛しているわ、マリオ」



 砂浜で車座になって難しい顔を突き合わせていた龍之介たち四人は、ついに他の家族の苦情を受けてやって来た監視員によって、その場から立ち去るよう注意を受けた。

「俺たちにだって楽しむ権利があるはずだぞ」

 反論する龍之介に、制服を着た若い監視員は冷ややかに言った。

「揉め事の話し合いはそれにふさわしい場所でお願いします。あなたがたが楽しんでいるようにはとても見えない。みなさんが怖がっていらっしゃいますので、すぐによそへ行ってください」


「横暴だ、訴えてやる!」

 わめくコウジを、他の監視員が二人がかりで取り押さえた。

「警察沙汰になりますよ」と監視員。

「おいこら、暴力はよせ」とコウジ。

 それに源吾と健太郎も加わって、ちょっとした揉み合いになった。


「何してるの? お兄ちゃんたち」

 そこに現れたのは、仲良く手を繋いで歩いてきた夏木ユズと犬養守だった。守は申し訳なさと照れの混じった笑顔で、しきりに頭を掻いている。ユズがコウジたちに言った。

「これから私が仲介人になってあげるから、みんなここで仲直りしなさい。さあ、守さん、みんなに謝って」


 守は四人の前でぺこりと頭を下げた。

「みんな、勝手なことばかり言ってごめん。僕もいろいろ考えたんだけど、やっぱり、僕は宇宙消防士でやっていくしかないと思う。もしもみんなが許してくれるなら、これまでと同じく、仲良くやっていきたいんだ。……どうかな?」

「お、おう」

 と、龍之介はぎこちなく答えて、右手を差し出した。「お前が反省しているなら、俺もそこまで責めるつもりはないよ」

 差し出された手を、守は握り返した。

「ありがとう、龍之介」


 他のみんなも、ぎこちなく守と握手を交わした。それをユズは満足げに眺めている。

「これで第十七小隊ブラボー・チームは元通りだね。私が来てよかったでしょ? ねえ、お兄ちゃん」

「お、おう」

 と、コウジはしらじらしく答えた。

 ムーブメントの緊急メンテナンスのために避難を指示するアナウンスが流れたのは、それから数分後のことだ。



「ということで、私の働きによって一件落着というわけ」

 ユズはベッドの上で、誇らしげにふんぞり返った。

 ここはガラパゴス日本区航空宇宙消防本部に隣接する消防学校の宿舎だ。消防本部に出頭した華たち五人は、明日の訓練初日に備えて宿舎の部屋で早めに寝床についた。ユズはそこで、ようやくお預けになっていた自分の身の上話を披露したというわけだ。


 桃井(ももい)はなは、なんとなくしらけたような調子で言った。

「あんたが第十七小隊の人の妹だってことには驚いたんだけど、結局、この話で何が言いたかったわけ?」

「はあ? 私のおかげでお兄ちゃんたちは結束が深まったんだよ。その甲斐あって、お兄ちゃんたちは見事にアルファ・チームに昇格して、新しいブラボー・チームを迎えられるようになったわけよ」


「龍之介もいるし、ユズの兄貴もいるんなら、ねえ華、私たちの希望する隊は第十七小隊でいいんじゃないか?」

 千堂(せんどう)しのぶは無邪気に言った。

「そうだね……」

 それは願ってもないことだけど、華はなんだかどんどん自分の言いたいことが言いづらくなっているのを感じていた。私だって龍之介さんのことが好きなのに、もう言い出すに言い出せないじゃないか。


「妙ちゃんと愛梨紗はどう思う?」

 華がそう訊くと、天野(あまの)妙子たえこからは意外な答えが返ってきた。

「第十七小隊がすごく優れた隊だってことは、成績表を見ればわかることだから、私には異論はないよ。それに、どうせ目指すなら一番を目指したほうがいいと思うの。龍之介さんたちのチームはそれにふさわしいチームだと思うから、私もできれば、そこを目指したいな」


「愛梨紗はどう?」

 佐藤(さとう)愛梨紗ありさはあっさり言った。

「あたしは命知らずで大胆なチームならなんでもよかよ」

 これで結論に達した。華は恐る恐る言った。

「そうか、それなら、私たちの第一志望の所属先は、第十七小隊ということで、申し込んじゃってもいいかな?」

「異議なし」とみんなは答えた。


 ついにここまで来た。龍之介との最初の出会いから長く苦しい努力を続けて四年、もう少しでずっと憧れていた場所が手の届くところまで近づく。明日から苦しい訓練が始まるけれど、華にはどんな苦しさにだって耐えられる自信がある。

 龍之介さん、待っていてくださいね。

次回、第八話「アバター訓練」

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