ACT.57 一つの解決
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事後処理の為に領内の教会へ二人はエルトール伯親子を連れて戻る。
「逃げる気はもう無いとは思いますが、一応拘束はさせてもらうッスよ」
教会に着くなり礼拝堂に入り、取り敢えず親子を長椅子に座らせる。
そして手際よく備品庫に備えつけてあった縄を使ってエルトール伯の両腕を後ろに拘束するノア。
抵抗する気の無い彼は、黙ってその拘束に従う。
「パパ、大丈夫?」
「あ、あぁ」
「お兄さんたちはもうパパをイジメる気はないからね、大丈夫よ」
そんな父親を気遣う幼い娘に対して、ノアは努めて明るい声色で話しかける。
親子を安静に置いておき、彼らを視界の端に捕らえつつライとノアは今後の相談を始める。
「さて、これからの手順はどうします?」
そう問われてライは顎に手を当てて考え込む。
とは言え、彼らに取れる選択肢は少ない。
エルトール伯親子は一先ず聖教会本部へ連行するのは確定だが、娘の身体が弱いことがネックだ。
彼女の体調を考慮するなら、馬車を手配して日数をある程度かけてゆっくりと向かうのが望ましい。
だからまずやるべきは──。
「まずは鳩を飛ばして、本部に結果報告。そして僕たちで別途馬車など必要な物を調達して出立かな」
そうライが判断を下すと、ノアは"うへぇ"とでも言いたそうなうんざりした表情をする。
嫌々といった感情を隠さずに彼は悪態を吐く。
「めっちゃメンドいッスね」
ノアの反応に、ライもまた無言で同じような表情で返す。
ここから報告書書いて伝書鳩飛ばして、馬車見繕って、必要な道具は取り敢えず自分たちが実費で買って、地図から帰還ルートを調べて考えて──。
「──面倒だよね」
ついついライもそう漏らしてしまった。
本来、粛清騎士とはバリバリの戦闘職であり文官ではない。
実は、彼らの戦闘で発生してしまう書類仕事などの雑務全般を担当する為にいるのがカーティス特務神父の存在意義だったりする。
大体いつも過労ギリギリで特務神父が頑張ってくれているから、ライたちは転生者への殺意のみを高めてゆけるのであって。
「特務神父殿には感謝しかない。今度何か差し入れした方がいいッスかね?」
「その時は半分出すよ」
控えめに礼拝堂の扉がノックされたのは、二人で小さくため息をついたその時だった。
礼拝堂にノックとは場違いだなとライが思ったのも束の間、中からの返事を待たずに扉が開く。
「失礼致します」
そう言って入ってきたのは、この教会に勤める神父だった。
拠点として間借りしていた手間、面識があった二人は彼に対して軽く会釈を返す。
「先程、この教会宛てに手紙が届きまして」
「あ、はい」
「え、と、お二人宛てです」
神父の予想外の言葉に、ライは怪訝な表情を作る。
伝書鳩や早馬でとは言ってないので、恐らくは普通の郵便の形式だろうか。
それなら、尚のことおかしい。
この国の普通郵便は、発送から着くまでにはかなりの時間がかかる筈だ。
つまりその手紙が出された時には、まだライやノアはこの仕事を請け負っていない可能性がある。
妙な予感を感じ、神父から件の手紙を恐る恐るライは受け取る。
白い封筒に赤い蝋で止められたその手紙。
封蝋の紋章は──。
「聖女ステラからだ」
「めっちゃ嫌な顔しますね、パイセン」
ライは嫌々ながらも雑に封を開ける。
中には五枚の聖女直筆の手紙。
「えーと、うち三枚は無視して」
ざっと目を通して、半分以上は無価値なラブレターと断じてそこ以外を読む。
そこには、今回の件が解決したのちの新たな指示が詳細に書かれていた。
──エルトール伯とその娘を移動させる為の馬車の手配書も、同封されている。
余りにも手際が良すぎる、いや不気味なほどの先読みにノアは思わず顔を引き攣らせる。
「どこまで読んで──見えていたんスかね」
盲目の聖女ステラ。
目元をいつも黒い布で覆って視界を塞いだ状態でいながら、健常者と変わらない様子で生活している不可思議な少女。
花や星に例えられる美貌の少女は、その美しい鍍金の下に何を隠しているのだろうか。
それが不気味でおぞましい何かでない事だけを、ノアは願う。
ライは更に手紙の指示を読み込み、小さく嘆息して目を少し閉じる。
そして側に立つノアに手紙を押し付けるように渡す。
「この後の帰還ルートとか、細々とした指示はこれに書いてあるから指示通りに」
ライはそう言うと踵を返して礼拝堂を出て行こうとする。
「え、あの先輩?」
ライの後ろ姿に困惑して声をかけるノア。
「僕には別件が来た。だからノアが二人を連れて行ってくれ」
手紙を届けてくれた神父に深々と会釈をし、振り返らずに出ていこうとするライ。
だが、それを呼び止める声があった。
「よろいのおにいちゃん」
幼い声に、思わずライの足が止まる。
しかし振り向かない、振り向けない。
「えっとね、パパずっとむりしてたからね。パパをむりからたすけてくれてね、ありがとう」
舌足らずで稚拙な、だからこそ真摯な感謝の言葉だった。
感謝なんて、粛清騎士として血塗れの日々を送る彼らにかけられることなど殆どない。
それが子供からとなれば、余計に。
「先輩、最後に頭くらい撫でてあげてもいいんじゃないッスか?」
彼はノアの言葉に、一瞬立ち止まった足を戻しそうになる。
だが、あくまでも一瞬。
戻しそうになっただけだ。
ライは無言で、少女の言葉にすら何も返す事なく礼拝堂を出て行く。
力強い足取りで──虚勢を張った足取りで。
そして、誰にも聞かれないように呟く。
「そんな資格あるわけ、ないだろ」




