ACT.58 人中の怪
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──聖教会の教えでは、転生者は悪である。
悪戯にこの世を、秩序を乱す違法の異邦者たち。
元は存在そのモノを隠匿されていたが、アルドラの乱という一大事件ののち、一般にもその存在と危険性が広く知れ渡ることになった。
しかし、それは同時に転生者の別側面も知れ渡ったとも言えた。
──転生者とは、金になるのである。
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聖ルバウス王国は、大陸で最大の巨大国家である。
それは周辺諸国と比べて最も人的資源が豊富であり、文明が発展していることとイコールで結んでも差し支えないと言える。
だが、別にそれは楽園であることとはイコールで結べるわけではない。
巨大な鯨には多くの寄生虫が棲む様に、家の柱を知らぬままに蝕む蟲がいる様に。
巨大な国家には、日の当たらず目で確認しきれない死角がある。
そして弱々しくも国を蝕まんとする蟲もまた、その闇に潜む。
第二都市ベネトナシュから離れた、中規模都市。
それに付随するかのように、その町はある。
いや、町というのも烏滸がましいかもしれない。
その町の在り方は、付随というより寄生に近かった。
社会で溢れた不成者、人に馴染めなかった不適合者、居場所を得られなかった移民に貧困層。
そういった者たちが住まう塵箱──俗にいうスラム街である。
国にとって放置したくはない場所でありながら、価値はある為敢えて無視を決め込んでいる町。
そんな法治国家でありながら治外法権ともいえるスラム街は国内に数カ所点在していて、此処はその内の一つであった。
スラム街には、法はなくとも暗黙のルールはある。
他人の事情を詮索しないこと、自分の問題は自分で解決すること、互いの縄張りにはなるべく不干渉でいること。
いつも人で溢れているが馴染みの顔は少ないという、人の居付かない町──突然人がひとり消えても問題にならない町。
だからこそ、そこは絶好の狩場であった。
月のない夜に、塵溜の中で誰かが叫ぶ。
その誰かとは薄汚い小男であった。
がりがりに痩せて骨が浮き出た胸に申し訳程度にぼろ布を纏った、背骨の曲がった浮浪者。
金目のモノを探しに人知れず他人の縄張りにある塵溜に侵入してきた彼が出会ったのは、怪物であった。
身長は2mを悠々と超え、手足は巨木の如く太く厚く、黒く短い毛並みが全身を覆っている。
巨大な類人猿のようなソレは簡素な腰布と、顔を覆う厳しい仮面を着けていた。
だが知性なき獣とは違う雰囲気を漂わせていた。
「──。」
ソレは一切の鳴き声を上げずに仮面の下から見下すように見窄らしい小男を睥睨している。
明らかに異常、そして危険。
塵を漁る男の眼前にぬらりと音もなく現れた怪物に、絶叫が迸る。
だが、その小男を誰が助けてくれようか。
他人に不干渉がルールのスラム街で、更に他人の縄張りに勝手に侵入したのは彼だ。
もし、誰かに見つかったとしたなら、ルール違反をした彼が殺されても仕方がない。
だから、誰も助けない。
誰も助けられない。
怪物の巨腕が大きく振り上げられる。
明確な死が眼前に迫っているのに、男は動けない。
迫る拳の形をした死そのものに、男は全てを諦めて目を瞑る。
──瞬間、銀閃が奔る。
肉が潰れるような醜い音が闇夜に響く。
その音に続けて響いたのは、このスラム街には似つかわしくない声だった。
「ありゃりゃ、腕ごと斬り飛ばす気持ちでいたのに! 案外硬いのね!」
若々しく、快活な女性の声。
余りに予想だにしていなかった状況に、小男は恐る恐る目を開く。
そこで彼が目にしたのは、ふたつ。
ひとつは、半ばから折れて変形した左腕を押さえて後ずさる巨影。
そしてもうひとつは、自身を庇うように立つ一人の騎士の姿。
星の光を鈍く跳ね返す黒鎧は細く女性的なシルエットを形作り、その両手には2本の無骨な斧が握られている。
刃も柄も金属製の白銀に煌めくその斧を持つ黒騎士──否、粛清騎士は名乗りを上げる。
「聖教会所属、粛清騎士序列四位レオーネ・ゴドウェン! 女神に代わって、これより秩序を遂行します!!」




