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01.群青の瞳


「ララ姉さま」


盤面の夜空を凝縮したような、青の瞳。

その瞳は若干うるおい、上目遣いで助けてと訴えてくる。


「大丈夫よ、ルカ。お姉ちゃんが悪い女全員、叩き落してあげるから。」


私はそっとルカに近づいて、その小さな身体を抱きしめる。


「ララ姉さま?」


夜の闇に冷やされた、ルカの額がお腹に当たる。

その姿に、母性が揺れ動くのを感じる。



この児はなんとしても守る。



そう、何度胸に刻んだかわからない誓いが、今も私の中にある。

そんな決意を諭されないよう、さらに包み込むようにルカの金髪の髪を撫でて、耳元で囁く。



「さあ、そろそろ行きましょう。今日はあなたにとって大切な日。」


そう、私にとっても大切な日。


「あなたの婚約者発表イベントなのですから。」


刹那、幕が左右へ開かれ、光がこぼれる。

光の指し示す方向は、赤の絨毯に敷かれ、階段状の舞台へと続く一本の道ができていた。



私はルカの手を取る。

白磁のような肌に、白い手袋をはめ

夜空の群青よりも碧い瞳の、涙を拭き

ステージの光よりも眩いオーラを放つ、王子様にマントを被(かぶ)せる。



私の推し、ルカ王子がそこにいた。

儚げな雰囲気に、整った鼻筋、年齢より少し背が高く、細身の体つき。

こんな可愛い弟を、変な女に奪われたくない。



それは肉親としての情もそうだし、何よりも推しの幸せを願う者にとっては彼が本当に幸せになれる婚約者を選んであげたい。


出来れば自分が・・・



既に運命は定まっていた。


私は不慮の事故で死に、転生した先でララ姫として生を受けた。

運命なのか、そこは転生前でやり込んでいたゲーム「Duel Sisters」の世界だった。

それに気づいたのは、弟が生まれた時だった。


いや、私の推しのルカ王子そっくりじゃん!


激かわ王子の顔は、ゲームの登場キャラ、ルカ王子だったのだ。

この王子を何度、取り合ったことか。



『Duel Sisters』

私が人生を捧げたゲーム。

4人の令嬢があの手この手で王子様を奪い合う、地獄の対戦ゲームだ。

あの4人なら、絶対ろくでもない。

きっとルカは無茶苦茶にされながらも、もう僕のために争わないでと言いそうである。


嗚呼、ルカ

なんてかわいそうな


そして、なによりも自分がそのゲームに参加できないのが悔しい。

私、ララ姫は婚約者候補にすら上がっていない、ただのモブキャラである。

私はこのゲームのガチ勢、累計プレイ時間は2000時間は超える。あと少しで私が生きていた西暦を超えそう、というほどやり込んでいた。


出来れば、私も婚約者候補としてルカ王子に見初められたかった。


だが、できない。


姉として、人として、この国の摂政として超えてはならない一線がある。


「ルカ姉さま、いきなり強く抱きしめてどうしたのです?」



王子様に群がるハエ4匹…

じゃなかった、婚約者候補4人


ルカに相応しい人格を持っているか、どういった意図を持っているか探って、婚約者レースから降ろす。


私にはその権限がある。

摂政として、次期国王ルカ王子の婚約者を見極めることは弟のため、ひいては国のためにもなる。


悪い女から国を、弟を守る。


そのためにはどうすればいいか。

情報操作...

風評被害...

黒魔術...

さすがに最後のは現実性がないわね。


そんなことを長々と考えていると、

ふとルカは私の抱擁から外れ、手を強く握る。



「ララ姉さま、覚悟を決めました。行きましょう。」



声には震えがある。

でも、ルカは逃げない。

一度決めた決意は最後までやり切る。


きっと、ルカなら初めての大衆の場であっても卒なくこなせる。

そんな信頼があった。




歩き出す、小さな歩幅。

私は、半歩後ろを歩く。


階段上のステージに上がると、群衆の視線はルカと、ルカの座るであろう玉座に移る。

ルカが玉座に座ると、群衆は一斉にひざまずく。


「面(おもて)を挙げよ」


その一言で、会場の群衆が面を上げる。


「婚約者候補、前へ出よ」


ルカは言うと、群衆の中から三人の女性が現れる。

3人とも敬意を表すために、片膝をつき、胸に手を当て、かしずいている。


私は眉をひそめる。

ゲームでは、四人のはずだ…

そんな私の懸念をよそに、左手の女性から自己紹介を始める。


「シルルトン=フラーティカでございますわ、王子。以後お見知りおきを」


シルルトン伯爵令嬢


初戦は初心者キャラだ。


流れる黄金色の髪をこれ見よがしに揺らしている。

なんというか印象は、金持ちのメスガキ。


父親は国一番の金持ち。

『Duel Sisters』では金がものを言う。デートには金がいる。イベントにも金がいる。装備にも金がいる。


そして、この女だけは金に困らない。


親の財布を自分の財布のように使いやがる。

前世の私なんて、必死こいて金策していたというのに。



「婚約者には是非、このわたくしに」


恭しく頭を下げるシルルトン。

ふと上げる顔には鷹の目のように鋭い眼光。

見たものを逃さない捕食者の目だ。


がちがちに私のルカを狙ってんな。


私の脳内メモに 要警戒 と…



「ふ、フルです。以後お見知りおきを」


フル

またの名を聖女フル


純朴に修道服を着せたらこうなるのだろう。

淡い栗色の髪、まだ世間を知らないようなあどけない顔。


この顔を見れば、毒気が抜けて、おーよしよしこっちおいでとなりそうだが、ここは『Duel Sisters』である。


奪い奪われの世界で、涙だけを武器にするキャラは生き残れない。

ここに立っているということは生き残り、つまり強者だ。


ゲーム内性能も、ほんわか系の聖女というよりも、魔性の女というべきキャラ。

私の脳内シミュレーションがアラートを出している。


私の脳内メモ フル=超警戒 


最後のキャラは...



「おーほっほ、バーラカ・フラレル・アスハナイ公爵でございますわ。以後お見知りおきを。」


おーほっほ。

高笑いが響く。


出た。

私が前世で最も愛用していたキャラ。


バーラカ悪役令嬢

黒の蝶を彷彿とさせるようなドレスを身に纏い、紅の髪はまるでドリルのように巻き付いている。


嗜虐心に満ちた瞳には、邪悪な紅と、腹の黒さが滲んでいる。

性格の悪さが滲み出ているこのキャラに、私はハマった。


このキャラは、簡単に言うと人の足を引っ張ることだけに全振りした女である。


シルルトン伯爵令嬢が王子さまとの親密度を稼いでいる?

王子様のパンツが盗まれた。あら、シルルトン女史の部屋から王子様のパンツがありますわね。


フル様がバレンタインチョコを持ってる?

階段から落として、チョコ撃破、ついでに全治1週間、1ターンスキップですわね。おほほほ。


といった悪役令嬢全開のキャラ。

前世、なろう作品の悪役令嬢が顔面殴るレベルのくずっぷりが許容されるのがこの世界の悪役令嬢だ。

まあ、本来の悪役令嬢として然るべき姿ではある。


できれば、私も悪役令嬢として王子様を奪い合いたかった。


現実は残酷だ。

今は、ルカ王子の姉として、弟を守る。

これが私の運命なのだ。


強い瞳で睨む私に、3人もまた力強く睨み返す。

一瞬の緊張の後、ドアがはじけ飛ぶ音がした。


「諸君、元気にしているか?」


ドアが勢いよく開かれたと思うと、現れたのは鋼鉄の鎧に黒いコートを羽織った女性軍人だった。


「クルシュカ大帝!」


私は思わず呟く。

隣国の王女。

武人として名高く、数々の戦場を駆け抜けた女傑。


ゲームでは「行動力」というステータスが異常に高い。


……つまり、こっちが一手考えている間に三手くらい先に行く女だ。



「私、クルシュカはルカ王子に婚約を申し渡す。」


そんな彼女も結婚適齢期。

隣国に良さげな王子様がいると聞くや、結婚しろと脅迫してくるような輩だ。


野蛮さを感じさせる美貌、と表現すればいいのだろうか。

傷がついた頬に、まっすぐとした意思の宿る瞳は、かつての偉業を覗かせる。

クルシュカは玉座に据えるルカを見つめると、にやりと笑みを浮かべる。



転生して、一番気を付けるべきは彼女。

前者三人はただの色恋、国内問題で終わらせられる。だが、クルシュカが絡むと国際問題にまで発展してしまう。

国を侵略されたくないだろ?ならば出すものは決まってるだろ、王子様。

なんてクルシュカに言われたら、心優しいルカは国を守るためにと婿に出てしまうだろう。


(お姉さま、お国のために婿に行ってまいります。)


花嫁姿のルカが私の元から去っていく姿が脳裏に浮かぶ。


そんなのはいやだ

それならば、いっそ... 

いっそのこと...


「あら、ルカ王子殿下はわたくしの婚約者ですわ。発情期のメス犬は黙ってくださいませ。」

胸を張って宣言するシルルトン伯爵令嬢。



「ぼ、ぼくが王子様の...嫁になります。」

おじおじと手を挙げるフル聖女。



「おーほっほ、下郎どもは黙ってなさい。婚約者はこのわたしです!」

邪悪な笑みを浮かべるバーラカ悪役令嬢。


「ふん、無駄なことだ。ルカ王子はわたしが手にする」

こぶしを握り締めて、強い決意を宣するクルシュカ大帝。


4人の婚約者候補は今、一堂に会して互いのことを牽制しあっている。

複数乱立した婚約者候補に、混乱する出席者たち。


ただ、玉座にいるものだけが取り残されていた。




「皆さん、落ち着いてください」


おどおどしながらも、王子として、この場を収めようとするルカ王子と。


一歩前に躍り出るララ姫。


「静まりなさい。」


透き通った声、だがどこまでも届く声でもあった。

皆が皆、ララ姫を見つめる。


「婚約者は一人です。よって残りを却下します。」


宣言だった。

番(つがい)になれるのは一人だけ。

それはこの世界(ゲーム)の理。変えることのできないルール。


「そして、ここにルカ王子の婚約者を発表します。」


大衆は期待を込めた目で見つめ、

婚約者候補4人は食い入るように見つめている。

ルカ王子は助かったとばかりに、安堵した瞳でララ姫を見つめる。

そこには、姉を尊敬する瞳があった。



「婚約者は、王子をもっと愛しているもの。よってこの私、ララ・ヴラティエ・アルヴィンカこそが婚約者です。」


「お、お姉さま!?」




うわぁぁぁぁ、言っちゃった。

言ってはいけないことを言っちゃった。


後悔先に立たず。

内心の焦りが、手中に滲み出る。


それでもこの機会を逃したら、他にないという焦燥感が私の背中を後押しした。



どれほど、バーラカでルカ王子を奪い取る夢を夢想したことか。


今、現実にあるならば、守りたい。


「お嬢様」



そして、手にしたい。


「あの、お嬢様?」



ならば、近寄ってくる邪魔者はすべて排除しなければ。



「お嬢様、起きてますか?」

・・・

・・

・


「うあぁぁぁぁぁ! ゴッ」


いきなりの問いかけに飛び上がる。

覗き込んでいた執事の顔面を粉砕するがごとく立ち上がった私は、ベットの上から起床した事実に気づく。


先程の出来事が夢だと気づき、安堵の息を漏らす。

すると、ある懸念が浮かぶ。

私は、地面でもだえ苦しんでいる執事を見る。


「ねえ、わたし寝言言ってたかしら?」


「いえ、特には… 何か変な夢でも見られましたか?」


良かった。

もしこれで、私は弟を嫁にするわ、的な趣旨の発言をした時には、重度のブラコン認定を受けるところだった。

これが、城内で噂になり、ルカの耳にまで届くと想像すると、起きて早々に冷や水を浴びた気分だ。


「ええ、変な夢を見たわ」


重度のブラコンが、弟にプロポーズという変な夢。

執事が聞いたら即倒しそうだ。


「ララ様のことですから、やはり弟君のことですか?」


まさかと思い、執事に顔を向ける。

私の夢を覗かれたのでもいうのか、特殊能力でも持っているのかと疑ったが、その顔には純粋に心配する表情があった。彼の顔からは、ブラコン容疑をかけているわけではないと気づく。

ルカについて悩んでいるのは、まあその通り。かといって、悩んでても解決方法は存在しない。


執事の問いには、弟の心配事と同じように、悩む私のことも心配してくれてるのだろう。


「大丈夫よ。ルカですもの。それよりも朝食を用意してくれるかしら?」


口ではそう言いつつ、頭の中はルカいっぱいだ。

ルカが泣く姿は見たくない。かといって、うまい案がない。

うーんうーんと唸りながら、ベッドで腕を組んでいると、部屋の外に続く扉がゆっくりと開く。



「ララ姉さま」


体半分を残して、こちらを覗くルカ。

女の子の部屋に入るのを少しためらっているのか、その姿は小動物のように愛らしい。

私は寄ってくるように手招きすると、ルカは私の膝元まで近寄る。

あー至福、なんて思っていると、思いつめたような顔をしていることに気づく。

ルカは口を開く。


「ララ姉さま、実は昨日、変な夢を見まして」


「変な夢?」


そう言ったルカは、私を見つめる。

深い藍色に染められた群青の瞳は、じっと、何か求めるように。



やべえな、この主人公…



毎週金曜日に投稿をしたいなー、できるかな。

???「出来なきゃセップク、ザーコ♡ ザーコ♡」



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