密着最終日
また朝日が昇った。雲一つない青空だ。反面、ライフル銃を構える河丘の表情は曇っている。アマゾンに入ってから九日。プテラノドンは、三日目に空高く飛行していたそれらしき姿を見たきりだ。一週間近く状況は変わっていない。河丘が狩った猿の肉で、もう二、三日は持ち堪えられるだろう。しかし、その間にプテラノドンが射程圏内に入ってくれるとは限らない。
猿の肉を餌にしておびき出すことも考えた。だが、プテラノドンの餌なら目の前のアマゾン川に大量に存在している。魚だ。プテラノドンは魚類を主食にしていたといわれている。猿の肉よりも、川の魚に食いつくだろう。ならば、今さら餌を仕掛けても無意味。我々にできるのは、ただ待つことだけなのだ。
六時間後、ついにその瞬間が訪れる。我々が隠れている倒木から十数メートル先、巨大な鳥が滑空し、川岸に着地した。我々に背を向けながら、川に頭を浸けている。あまりにも大きい。これほど巨大な鳥が存在するのだろうか。否、あれこそ、我々が追い求めた太古の翼竜・プテラノドンに違いない。
河丘「来た……静かに……」
倒木の上にライフル銃を乗せ、左目をつむって狙いを定める河丘。右手の人差し指を引き金に伸ばしながら、大きく息を吸い、吐き出す。麻酔弾は銃に装填されている一発のみ。プテラノドンを待ち望む人々のために、そして命を落とした隊員たちのために、絶対に外すわけにはいかない。最初で最後のチャンス。
河丘が息を吐き切る。同時に、引き金を引いた。銃声と共に射出された麻酔弾は翼竜の背中、ど真ん中に命中。驚き、羽ばたいて飛び立とうとするが、動けば動くほど麻酔が体を回り、夢の世界へと誘う。
数メートル浮き上がった翼竜だが、あっという間に力尽きて地面に落下した。川に落ちなかったのは幸いである。
河丘「やった……やったぞ!」
興奮を隠せぬ河丘は、疲れを忘れて駆け出す。我々も後を追い、プテラノドンに近づいた。接近するほど、その大きさに驚愕させられる。だが、我々が本当に驚かされたのは、その大きさではなかった。
河丘「何だこれは……どういうことだ……?」
河丘が麻酔弾を撃ち込んだのは、プテラノドンではなかったのである。大きいが、プテラノドンの翼開長は九メートルにもなると聞いていた。我々の目の前に横たわるそれは、九メートルもの体躯ではない。特徴的なトサカもない。体は黒い羽毛で覆われ、図鑑で見るようなプテラノドンの姿とはまるで違う。
その正体は、アンデスコンドルだった。その名のとおりアンデス山脈を中心に生息する鳥で、死んだ動物の肉を貪り自然に還す「南米の掃除屋」。肉食の鳥類の中では最大級だ。
河丘はプテラノドンと勘違いし、アンデスコンドルに麻酔弾を撃ってしまったのである。
河丘「なんてこった。ターゲットを見間違えたか……。しかも麻酔弾はもう残っていない。もしプテラノドンが現れても、捕まえる手段がないぞ……」
いつまで待機すれば良いのかわからないことによる焦り。劣悪な環境に身を置き続けたことによる神経の衰弱。隊員たちの死を背負っていることによる重圧。それらが河丘に、アンデスコンドルをプテラノドンだと誤認させてしまったのだろう。
これ以上、我々がプテラノドンを追ったところで捕獲はできない。ミッションはここで打ち切りとなった。
数時間後、麻酔弾を撃ち込んだアンデスコンドルが起き上がり、また大空へ戻っていくのを見届けてから、河丘も帰路につく。
プテラノドンを必ず捕獲すると、死んでいった隊員たちに約束した河丘。だが、その悲願を達成することはできなかった。河丘に油断や手抜かりがあったわけではない。全身全霊をかけて捕獲に臨んだ。しかし広大なアマゾンは、太古の翼竜を見事に隠し通したのだ。このジャングルに突入してすぐ痛感した、大自然と我々との力の差。そのパワーバランスを逆転させるには至らなかったのである。
いかに河丘が一流の探検家だとしても、たった一人の人間に過ぎない。人間の力などアマゾンの前では無に等しいのだと宣告されたような気分だ。やるせなさを感じずにはいられない。
一方で我々は、可能性を掴んだ。三日目に我々の上空を飛行していた生物は、遠目ではあったが、アンデスコンドルよりもはるかに巨大に見えた。あれはプテラノドンだったに違いない。アマゾンに残る人類未踏の地、そこにプテラノドンは確実に存在している。
河丘の冒険はまだ終わっていない。プテラノドンがいるのならば、捕獲するまで何度でもアマゾンに踏み入る。日本に帰還できずこの地に眠ることになった四人の隊員たちにそう誓い、我々は数多の脅威と謎を秘めた密林を後にした。
“この作品は、サバイバルエンターテイメントです。一部、演出・脚色を加えた箇所があります。なお、取材中に亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。”




