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第三話 救い人 その1

 初々しさの残る時は過ぎ、暑さは盛況を迎える。人々は文句を言いながらも、その青さに心を躍らせる。


 陽光の下、人々は今日も日々を過ごす。幸福も、不幸も、何もかもが等しく照らされる季節に、私の運命は変わっていくのだ。


8月1日


 今日も木々の影に身を潜めながら、二人だけの時間を過ごす。澄希さんはすっかり慣れた手つきでカセットを取り出すと、いつものように一息ついて、彼女は言葉を紡ぎ出した・


「ありがとう、今日もよかった!」


「ならよかったです」


「特に三番目の……えっと、何だったっけ」


「G線上のアリアですね」


「あ、そうそう。やっぱりいいねえ」


「まあ、これだけ長く聞かれてるだけはありますよね」


「そうだねえ」


 うんうん、といった様子で澄希さんが頷く。


 あの日からというもの、私達は毎日二人で会っていた。私がプレーヤーを選んだカセットとともに持っていき、澄希さんがそれを聞いて、それから二人で感想を話しつつ雑談する。


 ありきたりのようにも思えるこの時間が私には新鮮で、何よりも、友達と一緒にいるようで楽しかった。


「祈李?」


「え、ああはい、何ですか?」


「もう、暑さにやられちゃった?」


「すみません、ちょっと考えごとをしてて」


「そう、ならいいんだけど」


「それで、何の話ですか?」


「いやまあ、特に話題があったわけじゃないんだけど」


「そうですか」


「そうなんです」


「……えっと、じゃあ何か話しますか。」


「話、話かあ……」


 そういって、澄希さんはうーんと悩みだした。暫くの間真剣に悩んだ後、何か思いついたのか顔を上げる。


「何か思いつきました?」


 すると、澄希さんが無言で指をさしてきた。後ろを見てみるも、何もない。もう一度澄希さんの方を見ると、今だ私の事を指さし続けている。


「えっと、もしかして私ですか?」


「あったり~!」


「……えっと、どういうことですか?」


「いや、そういえば祈李のこと全然まだ知らないなあって思って」


 そう言われて、今までのことを思い返すと、確かに自分の事を何も話していなかった。いや、というより多分、無意識に避けていたのだろう。


 考える。彼女には、自分でも少し心を開き始めている気がする。でも、この一線を越えるのはまだ決心がつかない。


 しばらく悩んで、悩んで、悩んで。悩みぬいた私は、その質問を口にした。


「澄希さんは、私の事、どう思ってます?」


「どうしたの、突然」


「答えて、貰えませんか」


「友達」


「……え?」


 思わず驚く。一拍も置かず、はっきりと澄希さんは答えた。


「とも、だち?」


「うん」


「とも、だち」


「そうだけど」


 当たり前。そういうようなまっすぐな眼差しが、私の胸に突き刺さる。血縁というわけでもなく、押し付けられたわけでもなく、仕方なくというわけでもなく、数日前まで赤の他人であったはずの私を、彼女は確かに友達と、対等な関係であると口にした。


「いいん、ですか?」


「いいんですかって、友達は友達でしょ」


「でも、私たちの関係って、プレーヤーを貸し借りする、それだけですよ」


「それだけって……」


「だって、プレーヤーがなかったら、澄希さんが私と関わる理由なんてないじゃないですか」


「……それ、本気で言ってる?」


「そうですよ。私たちのつながりなんて、それだけじゃないですか」


 心が震える。認めたくなかった事実を自分自身に突き立てる。たまたま会って、たまたま話してくれて、それだけの関係性だった、それだけなのに―


「祈李」


 名前を呼ばれて、顔を上げる。すると、今まで見たことのないような真剣な表情の彼女が、そこにはいた。口が、ゆっくりと開かれる。


「……あなたが、今までどんな風に生きてきたのかは知らない。けど、この数日の関係は、それだけなんかじゃない。少なくとも私にとっては、楽しくて満ち足りた、友達との時間だった」


 友達との時間、彼女はそう話す。


「友達って言うのは確かに曖昧で、複雑な関係性だと思う。けど今は、もっと気軽に考えていいの」


 その言葉には、優しさがあった。さっきまであった心の壁が、溶けていくような気がした。彼女の言葉は続く。


「数日会って、話して、なんとなくでも相手の事を知っている。ならもう、他人なんかじゃない。難しく考えなくてもいいの」


 深く、深く、深く。言葉の一つ一つが自分に埋まっていく。


「もし、それでも貴方がこの関係を友達と呼べないのなら、構わない。これからの時間でそう呼べるようになっていけばいい」


「これからの、時間」


「そう、これからまだまだ関わっていけるんだから、少しずつあなたの思う友達になっていけばいい」


 澄希さんが、私にプレーヤーを渡す。


「これは、私たちの関係の証。今は違うかもしれないけれど、いつかこれが、友達の証になる」


「証、ですか」


「そう、証。」


「その、良いんですか、本当に」


「いいよ。あなたと私は友達、ここで会って、音楽を聞いて、話をする、そんな友達」


「……ありがとう、ございます」


「お礼は結構」


「すみません」


「謝らないの」


「……うん」


「さて、と」


 そういって、彼女は立ち上がる。そうして私の前に立つと、手を差し出した。


「えっと、これは」


「よろしく、ってことで」


 澄希さんはにっこりと笑う。


「……はい」


 そうして、私はその手を握った。木々の隙間から、暖かな光がこぼれた。


「それじゃあ、改めて。祈李のこと、教えて?」


 その言葉を受けて、私は語る。まだ、核心には触れられないけれど、それでも、彼女に話す。私の、三司祈李のことを。


――彼女と、親しくなるために……



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