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第二話 約束 その1

7月26日 続


「ふう」


 読み終わった本を閉じ、目を閉じて椅子にもたれかかる。先ほどまで意識していなかった風が、肌を撫でて過ぎ去っていくのを確かに感じた。


 朝と昼の丁度中頃、私は伝承についての調査のため、町唯一の図書館へと足を運んでいた。屋内というのもあるが、本の管理のためか冷房が効いているため、扇風機一つで過ごすよりもずいぶんと快適だ。


 少しして、頭の調子が戻ってきた私は、改めて作業を続けることにする。


【記録 亡夢伝承について】 

 

1 伝承の概要


・亡夢と呼ばれるこの伝承は古くから伝わっており、起源とされる話は戦国時代にまで遡る


・詳細な文書がまとめられたのは江戸時代の中頃であり、その後近代まで度々同系統の話が上がっており、最も新しいものは戦後のものとなっている。


・各資料ごとの内容は大まかな流れは似通っているものの、話によってその詳細が異なる。特に結末については、正反対と呼べるほどかけ離れた話が見られる。


・登場人物についてもさまざまであるが、一つだけ、それぞれの話の主役となる人物が皆一様に“孤独な人物”である事が共通事項として存在する。




 孤独な人間と、そこまで書いたところで、私の脳裏にふと、ある一人の少女が浮かんだ。


 三司祈李。彼女は多分、仮に私が会ったことのある人物の内の誰かを物語の主役とするならば最も適しているだろう人物だろう。


 彼女の事は、ずっと見てきた。


 昔は年上の中では一番年齢が近いということもあり、多少は頼りにしてくれていたと思う。 けれどいつからか、彼女は誰にも頼らなく、いや、正確には、頼ることを諦めたのかもしれない。


 不幸という言葉で片づけられない孤独の日々を過ごしてきた彼女の心は、もうきっと、誰もその全てを理解し得ることはないだろう。


 でも、それでも一つだけ、はっきりと私にも分かることがある。それは、私が幸せである限り、彼女の気持ちは永遠に理解できないだろうということだ。



※※※※※※


 

 夏の初め、木々に遮られなかった幾分かの陽光が差し込むその場所で今、私は誰が見てもわかるであろう程に困惑していた。


「……へえ、県外の高校行くなんて勇気あるねえ」


 そんなことを言いながら大げさに彼女、澄希すみきと名乗った少女はリアクションをする。


「勇気なんて、そんな大層な話じゃないです」


 思わず、否定をする。けれど彼女は、


「いやいや、十分凄いよ!私なんか、少し離れた街に行くってだけでなんか緊張してドキドキしちゃうもん」


 と、これまた底抜けに明るい感じで語る。そして、それに比例するように更に私は困惑していった。


 彼女と私は、言うまでもなく初対面。それも、つい先ほど偶然会っただけの関係性でしかない。だというのに、彼女は昔からの知り合いかのような距離感で私に接し、私も最初こそ淀みながらだったものの、気づけば多少の身の上話をしてしまう程に心を許してしまっていた。


 様々などうして?が未だ頭に浮かび続けているのを知ってか知らないでか、更に彼女は私に話しかけてくる。


「ね、都会の生活ってどんな感じなの?」


「え?ああ、ええっと…多分、思っていたよりは、変わらないです」


「そうなの?」


「…その、環境が変わって、自分が変わるわけじゃないですし…」


「ああ成程、そういう事ね」


「はい」


「そっかあ、確かにそうだよねえ。あ、でもなら……」


「あっ、あのっ!」


 再び質問が繰り出されそうになったところで、私は堪え切れなくなった。


「わっ、ビックリしたあ……どうかした?」


「……その、あの、すみません。質問が、多くって……」


「あ、ごめん!いつの間にか私ばっかり質問しちゃってたね」


「ああいえ、それは、その、私が上手く話題を出せなかっただけで」


「いやいや、だとしても私が悪いよ」


 私の弱気な返答に対し、彼女は本当に申し訳なさそうにそう言う。そして、


「じゃあ、えっと……祈李さん、だったよね」


「あ、はい」


 名前を確認すると、彼女は改めて私に向き直り、


「何か一つ質問してよ。私、何でも答えるから」


 ばっちこい!とでも言いたげな顔で、彼女は自分の胸に手を当てながら私にそう言った。


 咄嗟に断ろうとしたものの、彼女のその雰囲気に押され、仕方なしに私は質問を考える。


 何でもとは言われたものの、それで本当に適当に聞くのは流石にまずい。けれど、かといって何か質問があるわけでも無かった。


「あ」


 1分ほどの沈黙の後、一つだけ質問が浮かんだ私は、思わずそう口にする。


「お、何か思いついた?」


 そう聞かれると、私は一瞬躊躇い、けれど、それよりも興味が勝って、そのを彼女に聞いた。


「……理由」


「ん?」


「その、澄希さんがここに来てる理由を、聞いてもいいですか?」


 私のその問いに対し、彼女が確かに少し硬直した。けれど、それも一瞬で、瞬き一つするうちにすぐに元の表情に戻り、そして、


「来てる理由、かあ」


 うーんと顎に手を当てて少し考えた後、彼女は答えた。


「正直曖昧だなあ。こう、一人で落ち着く場所が欲しいっていうか、静かな場所で過ごしたいっていうか。そんな感じかなあ…」


 まるで雲をつかむように、ひどく曖昧なその返答は、彼女自身も明確な理由については分かっていないようだった。先ほどまでのはっきりとした明るい感じとの違いを感じ、少し不思議に思っていると、


「それで、祈李の方は、どうして?」


「……え、私ですか?」


 唐突な疑問にそう返すと、


「相手に質問したんだから、自分も答えなきゃ」


 という、なんとも理不尽な返答が返ってきた。


「え、いやでも……」


 さっき言ったことと違うと抗議しようとすると、彼女は途端に悪戯っぽい笑顔を浮かべて。


「あ、もしかして、人には言えないこととか?」


「いやいや、違います違います!えっと…私の場合は、これです」


 疑いを否定するべく、私は上着のポケットから持ってきていたそれを取り出すと、急いで澄希さんに見せた。


「これって……音楽プレーヤー?」


「はい、そうです。その、私はこの場所に、音楽を聞きに来てるんです」


「音楽っていうと、アイドルのとか?」


「いえ、クラシックです」


「クラシックって、あの楽団とかでやるやつ?」


「そうですね」


 その答えに、彼女はふうんと納得したような表情を見せてから、


「それはまた、どうして?」


 また、最初の話を忘れて彼女は私に問いかける。けれど今度は、私の方がそれを待っていたように、ぽつぽつと、その答えを口にした。


「……別の世界に、行けるからです。誰もいないこの場所で、何も気にせず曲を聞いていると、現実が移り変わるんです。その間だけは何のしがらみも感じないで、心が自由になるんです。だからここで、音楽を聞いてます」


 正直に、理由を言った。もう少しはぐらかした方が良かったかな、などど考えていたけれど、それが杞憂だったことは、表情を見てわかった。


「そうかそうか、なるほどねえ」


「……それだけですか?」


「それだけって、何が?」


「いや、何でそんなことしてるのかとか聞かないのかなって」


 想定よりも淡泊な返答で、私は思わずそんなことを聞く。すると彼女は、


「聞いて欲しかったの?」


「それは……いえ」


「だよね」


 少し、ビックリした。彼女はまるで心の中が見えているかのように、私の都合の良い距離感で接してくる。 どうやっているんだろうなんて思っていると、今度は彼女の方が尋ねて来る。


「その、もしよかったらなんだけどさ」


「はい、何ですか?」


「それ、私も聞いていいかな」


「え?」


「……ああもちろん、嫌なら全然いいよ!?大切なものを会ったばかりの他人に貸すなんて信用ならないだろうし」


 その言葉を聞きながら、私は悩んだ。


 何と無く、今まで会ってきた人と彼女は、どこかが違っている気がしていた。けれど、これを貸すとなると話は違う。これだけは、どうしても。


 そして、しばらくの間悩んでから、私は一つの答えを出した。


「ごめんなさい、貸せないです」


「だよ、ね。ごめん、調子乗っちゃった」


「や、違うんです!今は貸せないっていうか、その、聞くならもっと他のがいいかなって!」


 私の心は、気づかぬうちに一歩前へと踏み出す。


「澄希さん!」


「え、は、はい!」


「その、明日も、来ますか?ここ」


「えっと、たぶん?」


「じゃあ、その、その時貸します!おすすめの選んでくるので!」


 勢い任せの言葉だった、彼女が了承してくれるかもわからないのに、何故か私はそういってしまった。


 少しして冷静になった私は、彼女から返答がないことに気付いた。恐る恐る顔を上げて彼女の表情を見る。すると、彼女はびっくりした様子で固まっていた。


「あの、澄希さん?」


「あ、ごめんごめん。そんな風になると思わなくて」


「どういう事ですか?」


「いや、だって、嫌かなって思ってたから、ここが一人の場所じゃなくなること」


「嫌って、何でですか?」


「だって、好きじゃないでしょ?他の人がいるの」


 彼女のそれは、確かに事実ではあった。でも、彼女はやっぱり何かが少し違うような、そんな気がして、私は、確かめるように問いかける。


「澄希さんは、嫌ですか、私と会うの」


 普段なら躊躇って言えないようなことを、素直に問いかける。返事は、すぐに返ってきた。


「嫌じゃない。嫌じゃないよ」


 そういった彼女の眼はまっすぐで、本心だと、そう分かった。


「なら、よかったです」


 そして私は、澄希さんと約束をした。初めて会った、その人と。


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