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第一話 夏の夜の夢 その3

7月26日


――今日も猛暑が続き、都内では最高気温を……


 ニュースキャスターはいつものように、暑さによる影響を伝えていた。


 確かに梅雨も明けて曇り空は減り、毎日暑いと心の中でつぶやいていた気がする。そんなことを考えながら、私はご飯を口に運ぶ。


 一夜明け、夜更かし二人で占拠してしていた台所には、私含む四人が朝食をとっていた。


 真那は少し離れた席で、どこか気まずそうに箸を進めている。


 その隣を見ると、時雨家の姉弟が少し眠そうにしながら食べていた。


 そしてその様子を、綾音さんが微笑ましそうな顔で眺めている。


 この家でのいつもの風景。かつての私も、この家の一員だった。


「ごちそうさまでした」


 一足先に食事を終え、食器を下げて出ようとすると、


「祈李」


 不意に、綾音さんが引き留める。


「なんですか?」


「今日も、また出かけるの?」


「はい。ああでも、お昼には帰ってきますよ」


「そう、気を付けてね」


 会釈で返事をし、台所を後にする。あれは、純粋に心配をしてくれている顔だった。綾音さんにとって私は今でも【守らなければならない子】なんだろう。


 その重荷を背負わせないために私は、一人でやっていこうと思ったのに。


 身支度を整え、プレーヤーとスマホを手にすると、今日も私は一人で外へと歩みだす。


 戸を開けると、既に太陽は日差しと熱気を余すことなく届けていた。私は時々日陰に入りながら、いつもの道を進んでいく。


 田畑では、農家の人たちが今日も作業に勤しんでいる。ふと声が聞こえそちらを向くと、年下であろう少年たちが自転車を漕いで、どこか遠くへと向かっていた。娯楽の少ないこの町では、満足いっていないのかもしれない。


 自然に囲まれ、時代に取り残されたような風景がどこまでも続いていく。車の走る音は聞こえず、道行く人の騒々しさもない。空気は澄んでいるように感じられ、窮屈さはどこかへ行ってしまった。


 そんな世界では人々の心は開放的になり、本来の姿へと近づいていく。手を取り、結びつき、親しみを深める。そして仲間を取り合うかれらは、“裏切りものは決して許さない。”


 体もだいぶ汗ばむ頃、私は目的地にたどり着く。そこは林の入り口で、人は全く寄り付かない、私だけの秘密の場所だ。中へ入ると日差しの力は木々の糧となり消えていて、暑さは徐々に忘れられていく。


 そしてその奥深くにある少し開けた場所こそが、私だけの安寧の場所だった。今日、この時までは。


 その少女は、大きな木に背中を預け、静かに寝息を立てている。顔に覚えはなく、おそらく初対面だろう。


 自分一人の場所だった所に、現れた他人の存在に、思わず戸惑う。


 誰にも会わないからこそこの場所に来ていた私にとって、これは大きな問題だ。


 どうしたものか、あれこれと考える。その結果出た結論は、取り敢えず気にしないというものだった。


 いると思わなければいないのと同じ、そう思い込んでいつものように音楽を聞こうとしたその時、閉じていた瞼が、ゆっくりと開いた。



 うーんと唸り、立ち上がって伸びをして、よし目覚めたという表情をした彼女が目の前の私に気付くのに、そう時間はかからなかった。


 私を目にした彼女は少しぎょっとした後、じーっと私を眺める。少しの沈黙ののち、彼女の方から話しかけてきた。


「こんにちは」


「……」


「あれ、こんにちは」


「こ、こんにちは」


「どうかしました、そんな縮こまって」


「ああ、いや、ええっと……」


 準備ができていなかった私は、思わず言葉に詰まる。私がどうするべきか悩んでいると、彼女はは不意に笑みを浮かべた。


「もしかして、貴方もお仲間?」


「えと、その、お仲間って……」


「ん?あなたもここに一人になりに来たんじゃないの?」


「それは、そう、です」


「やっぱり!わかりますよ~ここ全然人来ないですもん」


「そう、ですね」


「……ってしまった、ごめんなさい!初対面で急にこんな話しかけて」


「あ、いや」


「え、初対面じゃないですか?」


「ああいえいえ、初対面です初対面!」


「ですよね、良かったあ……」


 彼女は安堵した表情を見せる。一方で私は状況に頭が混乱し、すっかりパニック状態だった。


 「えっと、その、それでは!」


 どう対応すべきかわからなくなった私は、逃げることにした。捨て台詞とともに、すぐにその場を去ろうとする。けれど、そんな私を、彼女は手を掴んで引き止めた。


 急に手を掴まれ、頭が更に混乱する。


「放してください!」


「ちょ、一旦落ち着いて」


 彼女の声は耳に入らず、思考はただひたすら逃げることだけを考える。


「本当に落ち着いて、ってうわあ!」


 無理に手を振りほどこうとしたせいで、私は足を滑らせる。手をつかんでいた彼女もそれにつられ、誰もいない林で二人、盛大に倒れこむのだった。


「本当にすみませんでした!」


 少しして起き上がった私は、ひたすらに謝っていた。


「いや、全然大丈夫ですから。手をつかんじゃったのは私ですから、責任ならこっちにもあります」


「いやでも、逃げたのは私で……」


「それはそうですけど。ていうかどうして急に逃げようなんて」


「それは、その……邪魔かな、って思って」


 無意識に出た、考えだった。


「邪魔って、どういうことですか?」


「だって、一人で居たいからこの場所にいたんですよね。だから、邪魔かなって」


 一人でいようとしていた場所に他の人が、それも見ず知らずの人がいるなんて、そんなの邪魔に決まってる。


 返答が怖い。これで本当に邪魔といわれたらと考えると、心が締め付けられる。


 けれど、そんな風に考えていた私に帰ってきた返答は、思いもよらぬものだった。


「……なんで?」


「な、なんでって」


「だって、邪魔って思う理由がないじゃないですか」


「え、でも、一人が良かったんじゃ」


「まあたしかに、ここに来た理由はそれですけど。だからってあなたを追い払う資格なんてないですよ」


「いや、でも」


「それとも、そんなに嫌ですか?私といること。それなら……」


「そんなことないです!」


 思わず、そう返答してしまった。確かに驚きはしたけれど、決して彼女がいやなんてことはなかった。


 その返事を聞いた彼女は、安心したようににっこりと笑った。そしてひとつ、私に提案をする。


――少し、お話ししませんか?


 これが、彼女との、澄希(すみき)との出会いだった。

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