第六話 三司祈李 その1
8月9日
「やあ、元気してた?」
「そこそこですかね」
久しぶりに聞いたその快活な声に返事をする。数日降り続けた雨が止み、私は少しの高揚感と共に澄希さんの元へやって来ていた。
「そこそこかあ、それはいいね」
「そういう澄希さんは、今日も元気そうですね」
「勿論、それくらいしか取柄ないからねえ」
「そんなことないですよ」
「ええ~、そうかなあ」
「そうですよ。澄希さんで取柄それだけって言われたら、私なんか何もないですよ?」
「へえ……」
「え、何ですか?」
「いやあ、祈李は私の事思ったより見てくれてるんだなあって」
「それは、その……友達、ですから」
「成程、つまり自分にはいい友達が出来たってことか」
「それを言うなら、私もです。澄希さんほどの人なんて二度と会えないかもしれないですから」
「え、すごい褒めてくれるじゃん」
「あ、えっと、駄目でした?」
「ううん、うれしい」
間を置くこともなく、澄希さんはそう言ってくれた。この人にとって私は特別な何かになれていたということが、私は無性に嬉しかった。
「さて、数日ぶりの再会を祝うのはこれくらいにしとこうか」
「ですね。えっと、それじゃあ……」
その言葉を受けて、私はいつものようにプレーヤーを用意して、カセットテープの入った袋を取り出す。
澄希さんとここに集まるようになって既に一週間以上が過ぎ、気づけば私の持つテープたちも、すでに6割ほどは聞き終えていた。
数日ぶりということもあって、今日は初めての時と同じくらいの気合で選んできた。今日も満足してくれるといいななんて思いながらカセットを取り出し、澄希さんの方を向く。
「今日もいいのを選んできたんですけ、ど」
澄希さんを見ると、何かしらのチラシとにらめっこしていた。
「……あの、澄希さん?」
「ん、何?」
「いや、それ、何ですか?」
「え、ああ、これはねえ」
そういうと、澄希さんはおもむろに立ち上がって私の正面に立ち、さっきまで眺めていたその紙を私に向けて見せて来る。見ると、一番上の辺りに大きく『巡魂祭り』と書かれていた。
「……巡魂祭り?」
「そう、今年もいよいよこの時期になったんだよ。やっぱりこのチラシ見ると、夏だなあ…って感じするよね」
「へえ、この辺でやる祭りなんですか?」
「え、いやいやなに言ってるの。普通にこの町のお祭りじゃん」
「澄希さんこそ何言ってるんですか、この町に祭りなんてないですよ」
二人でそう言いながら笑いあった後、少しの沈黙が訪れた。先にそれ破ったのは澄希さんだった。
「祈李、本気で言ってる?」
「はい、そうですけど」
「……えっと、一応確認なんだけどさ、祈李ってこの町の人だよね?」
「まあ元ですけど、はい」
「ああ、そういえば県外に住んでるんだっけ」
「そうですね」
「そっかそっか、それなら…じゃない、それは今の話でしょ?」
「はい、中学まではこの町に住んでましたね」
「え、ならなんで知らないの?」
「いや、私に言われても」
「いやだって、そんなはずは……」
どうしても納得がいかないのか、うーんと唸りながら澄希さんは腕を組む。やがて、結論が出たのか、澄希さんはボソリと呟いた。
「……そっか、そうだなあ。祈李なら、あり得るかあ……」
「……澄希さん」
「え、ああうん、何?」
「あの、もしかして、なんですけど」
「何ですけど?」
「私、馬鹿にされてます?」
「……ああいやいや、馬鹿にはしてないよ!?けど、なんというか、祈李らしいなあって」
「やっぱり馬鹿にしてますよね」
「だから違うって!」
「じゃあどういう意味ですか?」
「いや、それは、その……」
「ほら、やっぱり言えないじゃないですか!」
「いや、違くって!その、何て言いますか、祈李って一人が好きそうだから……」
「なるほど、つまり私はひとりぼっちだろうから祭りなんかには縁がなかったんだろうと」
「そこまで酷くは思ってないからね!」
「でも、似たようなことは考えましたよね?」
「……はい、その通りです」
「まあ、正直言うと、一人が好きなのはそうですし、そういうのあんまり興味ないのも事実ですけど」
「いや本当にごめんって! すみませんでした!」
「心のそこから思ってます?」
「思ってます思ってます! 何なら神に誓います!」
「ふむ、仕方ない、そこまで言うなら許してあげます」
「本当! ありがとう~」
「でも言っておきますけど、澄希さんだからですからね?他の人だったらぶん殴ってますから」
「はい、以後気を付けます……」
そうして、澄希さんはすっかりしょぼくれてしまった。やれやれと思いながら、私は話を戻すことにした。
「それで、話を戻しますけど。結局のところ話としては、一緒にそのお祭りに行こう、ってことですか?」
「え? ああ、そうそう! あ、勿論二人で一緒にね!」
「まあはい、それは分かったんですけど……」
「けど?」
「その、いいんですか、私とで」
「え、どうして?」
「祈李さん、今まで話を聞いてた感じだと、たくさん友達いるんですよね」
「うん、いるよ?」
「それなら当然、私よりずっと昔から仲いい人とかいるわけじゃないですか」
「まあ、程々には」
「なら、その人達との方が楽しいんじゃないかなって……」
「うん、それはそうだよ」
予想外のその返答に、私の口は空きっぱなしになった。
「え、ちょっとどうした?そんな驚いたような顔して」
「いや、その、あまりにドストレートな返事が返ってきたので」
「いや、だって誤魔化すのはもうしないって言ったばっかりだし」
「だとしてももうちょっとこう、優しさというか」
「でも正直、そういうの祈李嫌いでしょ?」
「それはまあ、そうですけど……」
「ていうか実際、祈李とはまだ会って全然日も浅いし、もっと仲のいい子がいるのも当然だよ」
「まあ、そうですよね」
「でも、だからこそなんだよ」
「だからこそ、って、どう言うことですか?」
そう私が尋ねると、待ってましたと言わんばかりの顔で、澄希さんは語りだした。
「私ね、この前祈李との現状を考えたんだよ」
「はあ」
「それで思ったんだけど、今のところは基本、ここでだけ会う秘密の友達って感じでしょ?」
「まあはい、そうですね」
「一緒にここで音楽聞いたり、色々と話したりも勿論楽しいし、素敵だとは思う。そして何より、この秘密の友達って響きがとっても素晴らしい……」
「……」
「おっと失礼。でもね、私思ったの、どうせならもっと上の関係を目指したいなって」
「上の関係?」
「そう。上の関係。つまるところ、祈李とは仲のいい子と同じくらい、なんならそれ以上に仲良くなりたいわけです」
「はあ」
「それで、そのために何が必要かなあって考えた結果、一つの結論が出たの」
「その、結論というのは?」
「それはねえ……」
そういうと、澄希さんはおもむろに立ち上がる。そして一拍をあけて、彼女は告げた。
「ズバリ、二人だけのよりよい特別な思い出を作ればいいのです!」
「……成程、それで、お祭りになったわけですか」
「そうです!と、言うわけで、どう?」
「いや、ここで振られても……」
「ええ……そこはズバッと答えてほしかったなあ」
「だって、根本的な話は変わってないので」
「む、そう来るか」
少し考える素振りを見せた後、彼女はこう問いかけてきた。
「なら、さ……祈李は私と行くの、嫌?」
澄希さんはまっすぐな目でこちらを見て来る。本当、こういうところが澄希さんのずるいところだと思う。
ここぞというタイミングでうまく口説いて、私の心に踏み込んでくる。けど、だからこそ私は、この人となら仲良くなれるって、そう思った。
「……嫌じゃ、無いです」
「うん、私も」
「……そ、それで、話は戻りますけど。そのお祭りっていつやるんですか?」
「それなら、はい」
澄希さんにチラシを渡され、改めて内容を見る。
『巡魂祭り』
開催 :8月16日 午前10時~午後10時まで
場所 永和町役場 ふれあい広場
「日付は大丈夫そう?」
「はい、特にこれといった用事は無いです。時間はいつ頃からですか?」
「う~ん、出来れば最初からがいいんだけど……。まあ、お昼食べてから来るってことで、2時からにしよう!」
「わかりました。じゃあ、そういう事で」
「あ、後浴衣着てきてね」
「はい、わかりまし……え?」
「ん、まだ何かある?」
「いや、浴衣ですか?」
「うん、やっぱりお祭りなら浴衣は着ないともったいないし。そもそもそんな機会じゃなきゃ着ないしね」
「まあ確かに、そうですね」
「でしょ?いやあ、ますます楽しみになっちゃうなあ」
「ですね」
「……さて、この話はこんなところにするとして、今日もいつも通り祈李の選んだ曲を……」
「澄希さん」
「ん、何?」
「……いや、やっぱりなんでもないです」
「そう? ならいいけど」
本当は、ふと聞きたくなった言葉が喉まで込み上げていた。けれど、それを押しとどめる。これは、関係のない話だ。この人は、何も知らない。本当に只の友達なんだから。
※※※※※※※※※※
「カセット、今日も選りすぐりの持ってきましたよ」
「本当、いつもありがとうね」
「いやいや、そういう約束じゃないですか」
「それはまあそうなんだけどさ、やっぱり大変じゃない?こんなに集めるのって」
「いえ、特には。そもそも私が集めたわけじゃないので」
「え、そうなの!?」
「あれ、言ってませんでしたっけ」
「うん、聞いたことないはず。ていうか、じゃあ誰が集めてるの?」
その質問で、一瞬祈李の動きが止まる。迷っていたんだろうか、少しの間を開けたところで、彼女は彼女は口にした。
「母親です。まあ、正確には集めてた、なんですけど」
そういって、彼女は何事もなかったかのようにカセットとプレーヤーを渡してきた。
その顔には、先ほどまであった表情の機微がなかった。本当にただ淡々と、事実を述べただけなのだろう。けど私は、どうしてもその言葉を抑えられなかった。
「……集めてた、っていうのは?」
「言葉通りですよ、もうとっくの昔に死んでますから」
「えっと、その、ごめん」
「ああ、別に気にしなくてもいいですよ」
「いや、でも」
「それよりほら、早く聞いてみて下さい。今日もいいの選んで来ましたから」
「……わかった」
言おうとした言葉を仕方なく飲み込む。そして私はいつものようにカセットを入れて、プレーヤーのボタンを押した。
数秒後、テープが回って録音された音楽が流れだす。いつもならここで目を閉じて音楽の世界に浸るけれど、今はどうにも祈李が気になる。
心を押さえきれなかった私は、ほんの少しの興味に従い、そっと横を振りむいた。けれど、祈李はただそこに座っているだけだった。
何かを気にしている素振りもなく、本当にどうでもいいのだと言わんばかりのその姿を見て、さっき飲み込んだ言葉は、より熱いものとなって私の心で煮えていた。
時は経ち、いつもの雑談を終えた私達は、いよいよ別れようとしていた。プレーヤーとテープを受けとり、帰り支度をする。
あれから、一度くらいは触れられるかとも思っていたけれど、澄希さんは何も言わなかった。
気にしていないのか、或いはずっと我慢しているのか。どちらにしても、私にとってはありがたい。この人とは、ただの友達として接していたかった。
「それじゃあ、また」
仕度を終えた彼女は一言、私に告げて立ち上がった。ずっと切り出そうとしていた。
けれど、言葉に現れない何かで牽制され続け、結局ここまで触れられなかった。もうここまで来たら、いっそ忘れてしまった方がいいのだろうか。
歩みを進める彼女の背中は、少しずつ遠くなっていく。今聞かなければ、きっと祈李二度と話してはくれない。
でも後一つ、後押ししてくれる何かが足らない。それさえあれば…。
『友達』
ふいに、心に浮かんだ。
そうだ、そうだよ。私は祈李と友達になるんだ。だとしたら私は彼女に対して、嘘つきのままではいたくない。
彼女がそう思っていなかったとしても、私は祈李に、誠実でありたい。そう思ったとき、気付けば私の口は、一つ言葉を吐いていた。
※※※※※※
「待って!」
突然の声を聞き、思わず私は立ち止まる。振り返るとそこには、立ち上がってまっすぐに私を見据える澄希さんがいた。
「えっと、どうかしました?」
「うん、一つ、言い忘れてた」
一拍をおいて、彼女はそれを私に告げる。
「私は、祈李の全てを受け入れたい。受け入れた上で、私は祈李と対等でいたい。祈李が苦しんでいるのなら、私はあなたを救いたい。だから…だから、祈李の抱えているそれを、よかったら私に教えて欲しい」
それは、どうしようもないほど正直な言葉だった。取り繕いもせずに、ただただ自分の思いをぶつけられた。
ああ、本当にこの人は、なんてずるい人なんだろう。そんな風に言われたら、私も答えるしかないじゃないか。
「…ひとつ聞いておきます」
「何?」
「澄希さんはこれから話すことを聞いたとしても、私と今まで通り、何も変わらずに接してくれますか?」
「勿論」
「嘘ついたら、許しませんからね」
「それでいいよ」
「……わかりました」
一つ、深呼吸をする。それから、一つの話を始めた。それはありきたりで、誰もがなんとなく理解するような、現実に起きた、一つの不幸の話だ。
「私には、亡霊が取り憑いているんです」




