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第四話 何もない日 その2

「……どうしてるのかな。」



 土砂降りの中、バスから降りた僕は傘を差しながらそんなことを考える。


 彼女から遅れる事数日、生憎の空模様の中、僕は故郷へと降り立った。


 水の壁越しに見える故郷を眺めて、変わりのないその様子に安堵を覚える。


 その安堵を元に、少しの勇気を身に着けて、僕は雨の中を歩み出した。


 道を進むたび、過去の記憶が呼び起こされる。


 両親との記憶、友人との記憶、兄との記憶。そして何より、逃げ出した記憶。これらの記憶に決着をつけるために、僕は来た。


「そういえば、清美さんも来ているんだっけ」


 彼女に直接会うのは、あの日以来か。


 時折メールなどで連絡はとっていたけれど、少し心配だ。最後に見たあの顔は、今でも忘れない。


「なんて言えばいいんだろうなあ」


 自分には計り知れない感情を抱える彼女に立ち向かわなければならないと思うと、少し緊張する。


 愚直にぶつかるしかなかった僕よりも、彼女の方が良かったのではないかと今でも思う。


 でも、それと同時に、彼女は多分乗り越えることはできないだろうなあという妙な確信があったのも確かだ。


 結局、何をしたところでこんな風に悔んだり言い訳したりするのなら、せめて自分で何かを変えたかっただけなのかもしれない。


 いや、それすら建前だ。


 僕が本当にしたかったのは、祈李という少女への贖罪だったのだから。


 

 あれこれと考えを巡らせている内に、気づけば目的地の近くにまで来ていた。少し立ち止まって、深呼吸する。


 気持ちを落ち着かせ、再び歩き出そうとした時、


友寄(ともき)君」


 降り落ちる轟音の中、かつて何度か耳にしたその声が耳に届く。


 緊張と、そうだろうという確信をもって振り返ると、誰も出歩かないような雨の中、傘を差した彼女がそこにいた。




 出会った後、僕らは仕方なしに合流して、二人で雨の中を歩いていた。


 暫く並んでいたものの、雨の音だけが耳に響き、会話は何もない。そして、それにとうとう耐え切れなくなった僕は、彼女に話を振ることにした。


「清美さん」


「何?」


「えっと、その、清美さんは……」


「何よ、そんな言い淀んで」


「いやあその、なんていうか」


「大方、こんな雨の中出歩いてるのが珍しいって話でしょ」


「その通りです……」


「理由は多分貴方と同じよ。私も祈李に用があるの」


「用事、ですか」


「そうよ。まあでも、今のところ門前払いだけど。この前の集まりなんか話しかけたのに無視されたからね」


「それは……その、すみません」


「何であなたが謝るのよ」


「いや、光景が浮かんだもので」


「……馬鹿にしてる?」


「そんな意図はないですよ。ただ、僕も未だにそんな感じなので」


「そんな感じっていうと?」


「はい。やはりというか、それはそうだろうという話なんですけど。僕らが手を差し伸べるにはもう、遅すぎたみたいです」


「まあ、でしょうね」


「本当、自分が憎らしく感じます。何であの時逃げてしまったんだろうって」


「……逃げたのは、悪い事じゃないわよ」


「清美さんは、そう思いますか」


「そういうってことは、そっちは違うわけ?」


「そうですね。僕は、ずっと悔しかったんですよ」


「悔しかったって?」


「兄さんを、自分の力じゃ助けてあげられなかったことです」


 その言葉を聞いた途端、清美さんの表情に陰りが出来た。


「あれは、正直貴方じゃ無理だったでしょ」


「それくらいは分かってます。わかってるからこそ、自分が許せない」


「人は、自分に出来る事に限りがあるの」


「ええ、勿論知ってます。あの人には本当、嫌というほど実感させられましたから」


「私もよ。だから……」


「だから私は諦めた、ですか?」


「……ほんっと、だからあなたの事嫌いなのよ」


「はは、そうもはっきり言われると、なかなかきついものですね」


「そういいながら口元が笑ってる奴がよく言うわ」


「ええ、だって――



   僕は、貴方とは違うから。



 返答はなかった。その代わり、先ほどまでよりも強い敵意が感じられた。


「僕は、貴方たちに何と思われようと、この夏で彼女を自分と向き合わせる。これだけは何があっても譲れない」


「……あの子はもう成長してるの。必要なのは過去じゃない、未来よ」


「その未来に進むために、過去が足枷になるって言ってるんだ」


「祈李をこれ以上過去に縛り付けて、何になるっていうのよ」


「その枷を作ったのは僕らだ」


「だから私たちが解き放ってあげなきゃいけない」


「枷を外すには、根底に埋まっている楔を抜かなきゃいけない」


「それこそ、私たちが……」


「楔になってるのは、あの人だ」


 さらに、敵意が増した。


「結局何が言いたいわけ?」


「清美さん。貴方は何回、彼女にあの人を重ねた?」


「…知らない、わからないわよ」


「僕もだ。僕らですらはっきりとは分からないその行為を、彼女は何回されてきたと思う?」


「……なるほどね」


「それが、僕らの最大の罪です」


「でも、仕方がないじゃない。重ねるなっていう方が無理よ」


「だから、彼女の方に乗り越えてもらわなきゃいけない。散々自分を縛り付けてきたそれに、立ち向かってもらわなきゃいけない」


 その言葉とともに、僕は前を向く。目の前には、一軒の家の扉があった。傘を閉じて、扉に指をかける。決意は、嫌というほどした。だから僕は、迷うことなく扉を開けた。


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