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外伝11 マグロ釣りと解体ショーと寿司

「津田光輝! 宇宙を釣る!」


「兄貴、急に何よ?」


「ほら、俺達が子供の頃にそういうテレビ番組があったじゃないか」


「芸能人が大物狙いだっけ?」


 本日、光輝は弟清輝と共に、紀伊沖でクロマグロ釣りに挑戦している。

 津田領内での江戸前寿司の流行とともにクロマグロの漁獲量も増えていたが、やはりまだ供給量が少なかった。

 光輝ほどの地位にある人間が何も自分で釣りに行く必要はないのだが、光輝が自分で釣った魚は美味いからと、強引に清輝を連れ出してたのだ。


 インドア派の清輝にとっては大きな迷惑であったが、一人しかいない兄からの誘いだからと仕方なしに参加している。


「クロマグロって、そんなに簡単に釣れるのか?」


「仕掛けとポイントさえ間違っていなければ大丈夫だ」


 竿も仕掛けも江戸に集めた職人の作であったが、最近では技術力も上がっており、大物がかかっても逃がす心配はない。

 ラインも、頑丈な物が作れるようになっていた。

 

「兄貴、餌は?」


「今日は、疑似餌を使う」


 太くて長い竿に、デカイリールに、太いライン、これにイカやサバの形をした疑似餌をつける。

 船を動かしながらクロマグロを探し、見つかったら仕掛けを投げ入れる。

 まるで生きているかのように疑似餌を動かし、クロマグロが食いつくのに期待するというわけだ。


「難しそうだな」


「清輝、クロマグロ釣りは根気なのだ。釣れるまで帰らないから」


「兄貴、僕はここに来なければよかったと思うよ」


 仏心を出してつき合ってしまった事を、清輝は大いに後悔した。

 一緒に釣りをする兄の運の悪さを知っていたからだ。


「自分で釣ったクロマグロは美味いぞ。高虎、操船を任せるぞ」


「ははっ!」


 本日使っている船は、津田家所有の釣り専門船であった。

 小型と中型くらいの間の大きさで、釣ったあとの魚を締め、保管する冷蔵庫、冷凍庫、製氷機を完備している。

 船を操船しているのは、光輝と九鬼澄隆が脇坂安治とともに水軍若手期待の将だと評価している藤堂高虎であった。


 捕鯨船団の指揮官でもある彼は、鯨博士としても有名であった。

 

「高虎! 釣れなくても日帰りだよな?」


 清輝は、下手の横好きである光輝に付き合わされては堪らないと、高虎を縋るような目つきで見つめた。

 船を操船している彼を上手く説得すれば、日帰りで帰れると思ったからだ。


「大殿様のご命令は絶対です」


「俺も結構偉いじゃん!」


「ですが、大殿様には及びません」


「そこは、臨機応変に頼むよ!」


「申し訳ありませんが、不可能です」


「こいつ、兄貴への忠誠心高っ!」


 清輝は結構どころか津田家でナンバー2であったが、高虎は辛うじて武士であった程度くらいの自分を引き上げてくれた光輝を崇拝していた。

 浅井家にいたら自分はここまで出世できなかったであろうと思っており、よほど無茶な命令でなければ素直に聞いた。


 完全に海の男になってしまった高虎からすれば、数日釣りをするくらい趣味の範囲でしかない。

 光輝の命令を断る理由がないのだ。


「清輝様、大殿様が一日で釣ればいいのです」


「そんな奇跡が起こるか!」


 光輝の釣り運の悪さは有名である。

 腕は悪くないのに、唯一の欠点は運が致命的にないと言われるほどなのだから。


「大丈夫です、清輝様。大殿様なら必ずクロマグロを釣りますよ」


「そりゃあ、いつかは釣るだろうさ……」


 結局マグロ釣りは、光輝が三日後にクロマグロを一本揚げるまで続いた。

 ちなみに清輝は、完全な素人なのに三日で七本もクロマグロを釣り、筋肉痛でヘロヘロになってしまうのであった。






「手が痛い……。体中筋肉痛だ。でも、マグロは美味い」


 光輝達が釣り上げたクロマグロは、船上で鮮度と味が落ちないように処理されてから冷蔵庫に入れられて石山にある津田屋敷へと運ばれた。

 到着までに熟成も進み、今が食べごろである。


「お館様、シビウオですか?」


「シビウオ? いや、これはマグロだろう?」


「お館様の故郷ではマグロと呼ぶのですか?」


「そうだよ」


 この時代、マグロは『シビウオ』と呼ばれていた。

 『シビ』は『死日』に通じるので、津田領以外では特に武士にとっては縁起の悪い魚として忌避されている。

 屋敷の使用人達は津田領の人間ではないので、マグロは低級魚だと思っていた。

 温度管理もできないのでトロの部分が悪くなりやすく、そのせいで味も悪いと思われていたのだ。


「美味しいんだけどなぁ……なあ、今日子」


「試しに料理をしてみればわかるよ。そうだ! マグロの解体ショーをしよう!」


「えっ? 誰が?」


「勿論、私」


「「できるのかよ!」」


 色々とできると思ったが、まさかマグロの解体ショーまでできるとは、光輝も清輝も今日子の万能さに驚くばかりであった。


「今日行われる宴会で出そう」


 いまだ朝鮮での戦役は続いていたが、石山城において信長が宴会を開く。

 こんな時期にと思わなくもないが、信長は逆に自粛する事で発生するリスクを考えたのであろう。

 参加者は当主の代理人なども多かったが、予定どおりに行われる事になっていた。


 勿論光輝夫婦と、今回は清輝も参加する事になった。

 普段は滅多に外に出ない男なので、ある意味諸将の注目を集めている。


「キヨ、何年ぶりだ?」


「はてさて、かれこれ二十五年ぶりくらいですか?」


「お前は、ある意味凄い男だな」


「外は兄貴、内は僕というのが一番効率のいい役割分担なのですよ」


「お前がそう言うと、嘘に思えないな」


 清輝と信長は、久々に話をした。

 諸将はその様子を興味深そうに見ている。


「ミツ、今日子が余興を見せてくれるそうだな」


「はい、結構面白いと思いますよ」


「ミツが結構というのだから、面白いのであろうな。それで、何をするのだ?」


「『マグロの解体ショー』です」


 信長と諸将が見守る前で台座と巨大なまな板が設置され、そこに熟成を終えた一番いい状態のクロマグロが置かれる。

 紀伊沖産で、三百キロほどの巨体だ。

 頭と尻尾は外され、いつでも解体可能なようになっている。


「大殿、これは俺が半日かけて釣ったんですよ」


 光輝はこれ一匹しか釣れなかったが、一番の大物が釣れたので自慢気に信長に語った。


「しかし大きな魚だな」


 かなり沖に出てから回遊している巨大な個体を狙ったので、これだけの大物が釣れた。 

 藤堂高虎の操船の腕がよかったのもある。


「大殿! いくら大きかろうと、このような下魚ではお話になりませぬ! それに、シビウオは縁起が悪いではありませぬか!」


 ここで、朝鮮から戻っていた柴田勝家が予想どおりに噛みついてきた。

 彼の意見は、この時代では間違っていない。

 

「武士が食べるような魚ではありませぬ!」


「『シビ』が『死日』に通じるですか? 語呂合わせなんて、何とでも言えるではないですか。それに、俺の故郷だとこの魚はマグロです。死日は関係ないですね」


 勝家の言い分を、光輝は真っ向から否定した。


「しかし、津田殿。シビウオが不味いのは事実だ」


 もう一人、光輝が嫌いな細川幽斎が、味の観点からマグロを否定した。

 

「それは、ちゃんと処理と熟成をしていないからですよ」


 釣った魚は可愛そうだがすぐに締めて殺し、急ぎ血を抜く。

 そして、温度管理をしながら身が柔らかくなるまで熟成する。

 そのまま何日も常温で置いておくだけでは、内臓やトロの部分から悪くなって当然であった。

 どんな生き物でも、死ねば血や内臓から悪くなっていく。

 

 そのまま常温で何日も放置した魚など、どんな種類のものでも美味しくないに決まっている。

 光輝は幽斎に、理論整然と反論した。


「そのような戯言は聞かぬぞ!」


「待て、権六。試してみればわかる事だ。今までは駄目であった事でも、新たな工夫でよくなる可能性もあるからな」


 光輝に怒鳴る勝家に対し、信長はやんわりと試してみればいいと言った。

 筆頭宿老である彼を頭ごなしに怒鳴るわけにはいかないので、こういう言い方になっている。

 そういう配慮ができるようになった信長が柔らかくなったのか、それとも年老いたのか、諸将は判断に悩むところであった。


 そして信長はそうは言ったが、既に生のマグロの美味しさなど百も承知だ。

 だが、それはあくまでも津田流の締め方と保存をしたマグロのみ。

 冷蔵庫が入手できない他領の漁師達は、獲ったマグロをすぐに佃煮や甘露煮にする目端の利いた者もいて、信長はそれを湯漬けに入れて食べるのは好きだった。


「では、始めます」


 今日子は大きな解体用の大包丁で、マグロの身を切り分けて行く。

 

「先に、兜焼きと、尾の身のステーキをどうぞ」


 事前に切り分けてあった頭は津田家の料理人が丁寧に兜焼きにし、尾の身もステーキに調理され、最初に信長に出された。


「大殿、兜焼きは、頬の肉の部分が美味しいですよ。目の周りの部分も珍味です」


 焼き上がった兜焼きは料理人によって部位ごとに丁寧に切り分けられ、ポン酢を添えて信長の前に置かれる。


「これは美味い。下魚とは思えぬな」


 信長の箸は進み、他の諸将にも同じ料理が出された。


「扱いの差によって、ここまで味に差が出るのですね。勉強になりました」


 羽柴家の名代として出席していた竹中半兵衛も、美味しそうに兜焼きを食べる。

 朝鮮から所要で石山に来てこの宴会に出席したが、いい物が食べられたと嬉しそうだ。


「ただ、我が主君が羨ましがるかもしれませぬ」


「であるか、サルには日持ちするシビウオの佃煮を送ってやる。ああ、マグロだったか。この名の方がいいかもしれぬな。サルは、朝鮮の地で頑張っておるからな」


 信長は上機嫌で、半兵衛に褒美を下賜した。


「なるほど、これは美味しい」


「縁起が悪いからと嫌ってしまうと、勿体ない味ですな」


 他の諸将も、マグロの兜焼きとステーキの味に大満足だ。


「権六、美味かろう?」


「はい……」


 勝家は料理の粗を探そうと懸命であったが、本当に美味しかったので素直に頷くしかなかった。


「(……またしても、差をつけられたか!)」


 細川藤孝は、自らも得意だと明言して憚らない料理で光輝に大きく差をつけられ、心の中で彼への敵意を燃やした。


「次に、お刺身と寿司をつくります」


 今日子が赤身、中トロ、大トロに、皮や骨についた身を叩いてネギトロを作り、刺身や寿司にする。

 また一番に料理を出された信長は、その美味しさに顔を綻ばせた。


「江戸ではその気になれば毎日食べられる味か。羨ましくなるな、ミツ」


 他にも、皮のポン酢和え、マグロカツ、マグロの焼き肉風、サラダ、煮物など次々と調理されていく。

 最後に骨だけが残り、それも出汁を取って最後にマグロ雑炊として出された。


「マグロ尽くしで大満足であったな」


 信長は、宴会が大成功で終わったので上機嫌であった。

 藤孝と勝家の機嫌は悪かったが、それでも料理は美味しかったので残さず食べている。

 ただ、彼らと光輝との和解にはまだほど遠い状況であった。






「ミツ、相談がある」


 宴会から数週間後、石山にある津田屋敷において光輝は信長から相談を受けた。


「実は、主上と公家どもを接待せねばならないのだ」


 信長も光輝も、勤王家としての評価が高い。

 光輝は未来にも皇室があり、歴史ある凄い人達で何となく敬わないといけないから、信長はその方が得だからという考えだ。

 山城国内に五万石を超える荘園と、毎年銭と様々な物品を献上している。


 そのお礼で光輝の官位と階位も勝手に上がっていたが、彼は御所に行くと緊張するので、なるべく金銭と物品の献上だけで済ませたい考えだ。

 ところが、権謀術策の世界に生きてきた公家達は、そんな光輝を勝手に奥ゆかしい人で、利用価値があると考えて関わろうとする。


 光輝は信長のようにあまり献上品に対する対価を求めないので、逆に少しは報いてあげないといけないような気がしてしまう。


 自分達が腹黒いので、受けた一の利益に対し、半分くらいは返さないとあとで怖いかもと思ってしまうからだ。

 そこで、評判になっている津田領産の料理をご馳走になり、あとでお礼に階位を上げてあげようという作戦だ。


 勿論、光輝からすると大迷惑であった。


「主上が、江戸前の寿司を食べたいと希望なのだ。ご馳走すれば、従三位中納言の官職と階位を与えるそうだ」


「ええっ!」


 中納言……従三位……どちらも根っからの庶民である光輝には重いものであった。

 できれば今のままでいたいと思ってしまう。

 今の官職と階位ですら、自分には過ぎたるものだと思っているのだから。


 第一、光輝は官位や官職に詳しくない。

 興味がないし、『大納言って官職があるけど、それって小豆の品種名じゃないの?』くらいにしか思っていなかった。


「断るなよ。これも朝鮮から撤退した後に必要なのだからな」


「大殿っ!」


「お前にしか言わぬ。朝鮮への侵攻は失敗だった。だが、今はまだ退けない。そして撤退した後の事も考えねばならぬ」


 朝鮮に兵を出した諸将に満足のいく褒美を与える余裕がないので、名誉として官職と階位を上げてやる。

 そのためには、光輝が上に行かないと下が空かないのでお話にならないのだから。


 実際に信長は、朝廷と相談して武士にだけ与える官位の数を増やしていた。

 これならば、公家と官位の取り合いで争いにならないと思ったからだ。

 官位をもらった武士は、その官位に応じた寄付や貢献を朝廷に対して行わなければいけない。

 名誉と権威に対するお礼というわけだ。

 一般庶民からすれば、どんなに低い官位でも持っている人は雲の上の存在だ。 自分の領主が官位を持っていると知れば、領民達は領主を敬うようになって統治が楽になる。

 特に、いまだに多く残る地侍などへの対策には必要であった。

 朝廷へのお友達料くらいで済むのなら、官位が欲しいと思う武士は多かった。 

 最近では、大商人でも官位を狙っている者がいるくらいだ。


「主上は寿司を希望しておる。任せるぞ」


「はい……」


 ここぞという時には信長はブラック経営者としての顔が出るので、光輝も断りようがなかった。

 それよりも、メニューの方が問題である。


「寿司ですか! ちょっとでも扱いを間違ったら切腹案件ですよ!」


 光輝が調理を任せる岩見文隆は、提供するメニューが寿司だと知って動揺を隠せなかった。

 もし主上が食中毒になれば、自分の切腹だけでは済まないと感じたからだ。


「それでも、文隆に任せるしかないからな。今まで食中毒もなかったのだし、俺は大丈夫だと確信している」


 若い頃に嫌味を言う細川藤孝の前で見事にフグを捌いた文隆も、今では多くの弟子と孫弟子を抱える料理人家臣の筆頭であった。

 他の家とは違って、津田家では料理人の家臣でも出世ができる。


 料理のおかげで武士として出世した文隆からすれば、ここは命のかけどころというわけだ。


「緊張しすぎないで、いつもどおりにやってくれ」


「畏まりました」


 そして接待の日、文隆は多くの料理人を連れて御所で寿司を提供する準備を始めた。

 各地から最高の食材を集めさせ、その処理と温度管理に細心の注意を払っている。

 少しでも駄目な食材は除外し、絶対に食中毒を出さないように緊張感を崩さなかった。


「津田、楽しみにしているぞ」


「お任せ下さい」


 正親町天皇からの声掛けに光輝は自信満々の態度で答えるが、内心では胃に穴が空きそうな感覚を覚えていた。


「楽しみにしているでおじゃるぞ」


 正親町天皇の他にも、近衛前久以下数名の大物公家が参加している。

 前久はいかにもなおじゃる言葉を喋る典型的な貴族であったが、実はそれは偽装である。

 朝廷の権威を復活させるため、全国を回って交渉に交渉を重ねたネゴシエイターとしての能力は伊達ではなく、その裏には強かな面があった。


 今日は、ただ寿司を食べに来ただけだが。


「では、始めます」


 文隆は、早速吟味したネタから寿司を握り始めた。

 タイ、ヒラメ、スズキ、カレイなどの白身魚、酢締めにしたコハダ、サバ、アジ、マグロ、アカガイ、アオヤギ、ホタテ、アワビ、ウニ、イクラ、甘エビ、カニ、カニミソなどの味の濃いネタ、サーモン、キンメダイ、サンマ、クエ、ブリ、シマアジ、ツメをつけて食べるアナゴ、シャコ、煮ハマグリ、玉子焼、巻物と。

 他にも、マグロやエンガワを炙りで出したり、イカは数種類を準備したりと、気合を入れてネタを準備した。


 突き出しとカニの味噌汁に、酒もビール、日本酒、焼酎から好きなものを頼めるようにしてある。


「最初は順番に十貫ほど握らせていただきます。そのあとでお好きなネタを注文してください」


 今までにない接待に、正親町天皇も近衛前久達も大喜びであった。


「ヒラメのあっさりとした身が美味い。イカも甘くて最高だな」


「蝦夷産のウニが最高でおじゃる。もう一つほしいのでおじゃる」


「イクラをくれ」


 御所内での食事なので、みんな周囲を気にせずに好きなネタを頼んで思う存分食べた。

 注文を受けると、順番に文隆が素早く寿司を握っていく。

 フグを捌くのもそうだが、彼は寿司の握りでもその才能を発揮した。


 和洋中すべての料理の腕もよく、多くの弟子を抱えて、今が一番脂が乗っている時期であったのだ。


「大満足じゃ。津田よ、あとで岩見と共に褒美を授けよう」


 正親町天皇は寿司の美味しさに大満足し、後に褒美として光輝には正三位大納言を、文隆も料理人としては初の官職を賜る事となった。


「大殿……」


「断ると余計失礼だから、もらっておけば?」


「はい……」

 

 官職をばら撒くために新設された名誉的なものであったが、文隆は恐縮していた。

 後世で、初めて料理人の社会的な地位を上げた人物として有名になる彼であったが、それは実は大した問題ではなかった。


 光輝は、一人石山まで連れて帰らなければいけない人物がいたのだ。


「ミツ、食べすぎて動けん。おぶってくれ」


「はあ……」


 自分で好きなネタを握ってもらって食べる。

 この手法を初めて聞いてテンションが上がった信長は、限界まで寿司を食べ、食べすぎて動けなくなってしまったのだ。


「大殿……」


「ミツよ。そうは言うが、この制度にはとんだ罠があるぞ」


「罠ですか?」


「そうだ。お勧めの旬の食材も合わせて、ひと通り握ってもらってから追加で好きなネタを頼む。あれもこれもと興味のあるネタはすべて頼みたくなるのが人情だ。そのあとに、もう一度食べたいネタなどが出てくるのだ。こうなるともう、食べる寿司の貫数に歯止めが利かなくなっていく。ミツよ、寿司とは恐ろしいものだな」


「大殿、食べきれなかったネタは、次の機会に食べればよろしいのでは?」


「しかし、ネタには旬というものがあるのであろう? その機会を逃して次に食べられなかったらどうする?」


 光輝におぶられて御所を出た信長は、森成利が手配した輿に乗って石山へと戻っていく。

 そしてあれだけお腹一杯食べたにも関わらず、彼はちゃっかりとお土産用の寿司を持ち帰るのであった。






「まあ、美味しそうなお寿司ですこと」


「お濃、それは……」


「大殿、食べすぎはいけませんよ。それに、寿司は足が早いので私達でいただいておきます」 


「イナリ寿司とかんぴょう巻は残しておいてくれ……」


 ただし、せっかくお土産に持ち帰った寿司も、ほとんどお濃の方達に食べられてしまい、信長は涙目になってしまうのであった。

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